それは、決闘でした
ルドたちが、しばらく歩いていると、楕円形の闘技場が現れた。大きくはないが、個人戦をするには十分な広さ。
二人が闘技場の中心で向かい合う。イディはオグウェノのはるか後方から見守る。
ルドが大きめの声でオグウェノに訊ねた。
「ルールはどうします?」
「そうだな。古くからある決闘の様式通りにするか?」
「わかりました」
ルドが腰から下げている剣を地面に置く。次に手足の鎧を外した。
オグウェノも同じように、身に付けている鎧を全て外す。
身軽になったオグウェノが、体を動かしながらルドに言った。
「その服でいいのか? 動きにくくないか?」
「ご心配なく。こう見えて、動きやすく作られていますから」
ルドが少しだけ首もとを緩める。オグウェノが軽い気配を消し、真剣な表情になった。
「魔法、武器の使用は一切なし。先に拳で相手の顔面に一発いれたほうが勝ち。いいな?」
「はい」
沈黙が落ちる。闘技場に二人の呼吸が響く。
二人の気迫から逃げるように、観客席から鳥が羽ばたいた。羽根が二人の間に舞い降りる。
刹那。
二人の体が同時に動いた。ルドが地面を蹴り、オグウェノとの距離を詰める。目前に迫るルドに、オグウェノは足を踏み出し、拳を振り上げた。
「クッ」
重い拳圧が身をかすめ、赤髪を揺らす。上半身を捻ってかわしたルドは、その反動を活かしオグウェノの腹に拳を入れる。だが、オグウェノは少し足が下がっただけだった。攻撃が効くどころか、ルドの拳に痛みが走る。
ルドは素早く後ろに飛んで距離を取った。
「鉄板でも入っているんですか?」
「鍛え方が違うんだよ」
「王子をしているのが勿体ないぐらいですね」
「国一つ守れないで、惚れた女を守れるわけないだろ。おまえは、どうなんだ?」
「自分は……」
ルドが腰を落とし、足裏で砂を撫でる。
「師匠の笑顔。それが守れれば十分です!」
その言葉に、オグウェノは目を大きく開いた。それが差か、とルドには聞こえない小声で呟く。
ルドが駆け出した。
突進してくるルドに、オグウェノがかまえる。タイミングを合わせ、腕を引く。間合いまで、あと一歩。拳に力を入れる。
そこで、ルドの姿が消えた。
「どこ……グッ!?」
オグウェノの足首に衝撃が走り、体のバランスが崩れる。ルドが地面に伏せて、足払いをしていた。
前に倒れていくオグウェノの鳩尾に、ルドが膝を突き出す。
「ゲホッ!」
急所に入った攻撃に、オグウェノが顔を歪める。しかし、やられっぱなしでは終われない。痛みを堪えながら、腹に入ったルドの膝を掴む。軽くないルドの体が宙を舞った。
「しまっ!?」
膝を捕まれたルドが、容赦なく地面に叩きつけられる。咄嗟に受け身はとったが、全身に痛みが走った。
「ガハッ!」
ルドが空気を吐くと同時に、砂埃が口に入る。間髪入れず、再び体が宙を浮く。
「ウワッ」
体勢を整える前に、投げ飛ばされた。飛び石のように地面を跳ねる。腕を地面に突き刺し、転がる体を無理やり止めた。
「どぉりゃぁっ!」
響く怒声。慌ててルドが顔を上げると、目前に拳が迫っていた。体を捻り、寸前で避ける。
オグウェノは拳の勢いを止めることが出来ず、地面を殴りつけた。その隙にルドは立ちあがり、蹴りを入れる。
だが、オグウェノはそれを左腕で防御した。ルドが流れるように足を空へ掲げる。一直線にオグウェノの後頭部へ踵を落とした。
「ブッ!」
無理やり地面に叩きつけられ、オグウェノの顔面が砂だらけになる。思わぬ攻撃に、オグウェノの動きが止まる。
今まで、何度も模擬戦はしてきた。だが、オグウェノは王族。対戦相手たちは言葉通り、国の顔となる王族の顔への攻撃は無意識に避けていた。
しかし、ルドはそれを容赦なくやった。
土を舐めるという初めてのことに、オグウェノが動揺する。そこを見逃さず、ルドはオグウェノの横腹を力一杯蹴り上げた。
蹴り飛ばされたオグウェノが、その反動を使って体を起こす。顔面についた汚れを払い、口の中に入った砂を唾とともに吐く。
「足癖が悪いな」
「本気ですから」
「それでいい」
二人とも土まみれだが、楽しそうに獰猛な笑みを浮かべる。こうして、ひたすら肉弾戦を続けた。
※※
最初、観客はイディしかいなかった。それが、どこから噂を聞きつけたのか、徐々に観客が集まっていた。
「おい。ルドが模擬戦してるって、本当か!?」
「相手は誰だ!?」
「目が離せねぇんだよ! 黙って見ろ!」
ほとんどは魔法騎士団の団員だった。始めは五月蠅かった観客たちも、目の前で繰り広げられる高度な殴りあいに言葉を失くす。
男たちをかき分け、可憐なドレスがイディの前に現れた。
「イディ! これは、どういうことですの!? 場合によっては、国際問題になりますわ!」
慌てるベレンに、イディが経緯を説明する。すぺてを聞いたベレンは呆れた顔になった。
「今さら決闘などしなくても、クリスの気持ちは、ずっと前から決まってますのに」
「王子にとってのケジメ」
「最後は殴られて、クリスを譲るつもりですの?」
無言のイディにベレンが肩をすくめる。
「そこまでしないとクリスを諦められないなんて、面倒な性格ですのね」
ベレンが鍛錬場の中央に視線を向ける。オグウェノとルドが、距離を開けて対面していた。二人とも肩で激しく息をしている。
「ですか、二人とも楽しそうに見えるのは、なぜでしょうね?」
ベレンの問いに返事はなかった。
※※
オグウェノが口を手の甲で拭いながら唸る。
「クソッ。一撃一撃は軽いのに、こう何度もくらうと、蓄積されるな」
一方のルドも、切れた口の端を指で拭いながら呟く。
「攻撃が重いから、一発でも当たると衝撃がキツいですね」
オグウェノが大声で呼びかける。
「おい!」
「なんですか!?」
「次で終わりにするぞ!」
「いいでしょう!」
手の内は出し尽くした。これ以上、殴りあっても無駄に傷を作るだけ。それなら、次の一撃で終わらせる。
お互いに右足を一歩下げた。静寂の中、観客の視線が集中する。
二人が同時に踏み出した。
「「どぉりゃぁぁぁぁぁ!」」
怒鳴り声とともに、鈍い音が響いた。
※※※※
本日の晩餐会では、現帝から重要な発表がある。それを耳にした有力貴族たちは、我先にと帝城に集まっていた。
大理石とタイルが格子状に敷き詰められたホール。さりげなく金と、装飾品で飾られた壁。人々を明るく照らす、宝石が散りばめられたシャンデリアの数々。
豪華なホールを着飾った人々が色を添える。ここぞ、とばかりに上等な布と宝石であつらえた正装やドレス。
そこに、会話を遮らない程度に奏でられる極上の音楽。
軽い談笑の中、神の加護が必要な魔法が使えなくなったことを話題にする人もいる。その周囲を暗く怪しい雰囲気が包む。
様々な思惑が渦巻く中。魔法騎士団の騎士服を着ているルドは、いろんな意味で注目を浴びていた。
祖父は救国の英雄ガスパル。父も将軍となるほどの武功を上げており、家柄は申し分ない。本人も魔法騎士団のエースと呼ばれる実力の持ち主。
外見は言うまでもなく、美形の好青年。
しかも独身。
ルドを狙っていたベレンが、一切身を引いたという噂は、未婚の女性たちの間を即座に駆け巡った。
うら若き乙女たちが、優良物件のルドに狙いを定める。
乙女たちが肉食獣のごとく、徐々に距離を詰めてくる。もちろん、その視線に気づかないルドではない。むしろ、女性恐怖症が再発して全身鳥肌が立っている。
ルドは逃げ道を探し、歩き回った。そこにイディを連れたオグウェノが登場する。
「第四王子!」
ルドが天の助けとばかりに駆け寄る。
オグウェノはケリーマ王国の正装に身を包んでいた。角度によっては虹色に輝く布で作られた、ゆったりとした服。腰には金布を巻き、裾は金糸で刺繍が施されている。そこに本人の威厳も重なり、輝きを放つ。
予期せず現れた眼福な光景に、ルドを追っていた乙女たちから感嘆のため息が漏れる。それだけで状況を把握したオグウェノが、乙女たちに流し目と微笑みを贈った。
「「「「「「はぅぅぅぅぅ……」」」」」」
乙女たちが額に手の甲を当て、膝から崩れる。
その様子にルドが唖然としていると、オグウェノが肩を叩いた。
「これぐらい、できるようになっとけ」
「無理です」
ルドがブンブンと頭を大きく横に振る。イディの後ろにいたベレンが顔を出した。
「確かにルドは、もう少し女性のかわし方を身に付けた方がいいと思いますわ」
「教えてやろうか?」
「……今度、お願いします」
てっきり断られると思っていたオグウェノは、目を丸くした後、ニヤリと笑った。
「よっしゃ! 今から教えてやろう」
「遠慮します。次の機会に」
「つれないな。それにしても、あれだけ服が汚れたのに綺麗になったな」
「これは洗い替えです。あそこまで汚れたら、魔法でも完全には綺麗にできません」
「ま、そうだな」
「ところで、クリスはまだ来ていませんの?」
ベレンが周囲を探すが、クリスの姿はない。そこに、入り口の方がざわつき始めた。自然とそちらに目が向く。すると、人波が割れ、一直線の道が現れた。
今日は昼と夜も投稿して完結します
面白かったらブクマ、星をお願いします!( ≧∀≦)ノ




