それは、クリスの答えでした
人波が割れて出来た道を、美青年が悠然と歩いていた。
揺れるごとに光の粉を散らす白金の髪。長い睫毛に縁取られ、宝石より輝く紫の瞳。言葉では表せぬ美麗な顔に、陶磁のごとき滑らかな肌。精霊と見間違える完璧な容姿。
上質な布と宝石で作られた一級品の正装が、粗製品のように映る。
歩を進めながら、紫の瞳が来客の一人一人に微笑みかける。視線が合った人々は、もれなく蕩けた顔となりセルシティの後ろ姿を追う。
その光景にオグウェノが苦笑いを浮かべた。
「オレの比じゃねぇな。あれだと、男も女もイチコロだろ」
「「いつものことです」」
ベレンとルドの呆れた声が重なる。
しっかりと周囲を虜にしたセルシティは、ルドたちの前にやってきた。
「よく来てくれたね。おや。クリスティは、まだ来てないのかい? ルドは一緒に来なかったのかな?」
「……知っているだろ?」
ルドがオグウェノと決闘をしたことを、セルシティが知らないはずがない。
セルシティは微笑みを崩さず頷いた。
「なかなか面白いことをしていたようだね。見たかったけど、話し合いから抜け出せなくて。惜しいことをしたよ」
「まだ話し合いをしているのか?」
「これからの国の方針が決まるからね。難儀している」
そう言いながらも、セルシティは余裕の雰囲気だ。
そこに再び人々がざわついた。人垣が割れ、その先にコンスタンティヌスとクラウディウスが現れる。
二人は疲労を隠しきれない笑顔で、客人に挨拶をしながら奥へと移動していく。
「対照的だな」
オグウェノがセルシティとコンスタンティヌスを見比べる。
白金の髪、キリッとした紺色の瞳。通った鼻筋と、形のよい唇。整った顔立ちに、程よい体格。コンスタンティヌスは美形と呼ばれる条件を満たしている。むしろ、立派な美形だ。が、比べる相手が悪かった。
いくら整っていても人間は人間。人間を超えた美貌には敵わない。どんなに売り込んでも、精霊が微笑みかければ、それだけで全てを持っていかれる。
オグウェノがコンスタンティヌスに同情していると、セルシティが隣で囁いた。
「私も人間だからね」
「……読心術ができるのか?」
「まさか」
セルシティが上品にクスクスと笑う。
「だが、考えていることが分かったのだろ?」
「顔を見れば分かるよ」
「ほら、読心術じゃないか」
「違うよ。貴殿も人の顔色ぐらい見るだろう? それと同じだ」
「……そういうレベルではない気がする」
セルシティは艶やかに微笑むと、視線を入り口の方へ向けた。
「それにしてもクリスティは遅い……あ、来たようだ」
全員が入り口の方を向く。すると、いままでのざわつきとは違う声が上がった。
何かに怯えるような、恐怖するような、小さな悲鳴とともに人々が下がる。セルシティやコンスタンティヌスたちが現れた時以上に人が割れ、大きな道が出来る。その中央を平然と歩いてくる。
その姿に全員が息を飲んだ。
長い金髪を背中になびかせ、深緑の瞳は前だけを見つめている。高すぎない鼻に、しっかりと結ばれた花びらのような唇。小さな顔に、滑らかな肌。
「おい、なんでここに“神に棄てられた一族”がいるんだ?」
「私が知るわけないだろ。それより、首のアレ」
「まさか、ストラか? 治療師の最高位の白のストラ? だが、服が違うぞ」
「そもそも、女の治療師なんて聞いたことない」
その女性は首から白のストラを下げていたが、真っ黒な治療師の服は、少し形が変わっていた。
胸は大きく膨らみ、腰は細く引き締まり、豊かな曲線を描く。腰より少し下にスリットがあり、その隙間から、プリーツ状の白い布が、上着の裾と共にドレスのように広がる。
それは、治療師の服を元に作り直されたドレスだった。
さまざまな視線がクリスに集まる中、ルドが駆け寄る。
「師匠」
ルドはクリスの前に出ると、片膝を床につけ、右手を差し出した。
「お待ちしておりました」
「服を縫い直すのに、思いのほか時間がかかってな。ラミラに、かなり無理をさせてしまった」
クリスがルドの手に自分の手を重ねる。ルドは立ち上がると、そのままクリスをオグウェノたちのところへエスコートした。
ベレンがクリスの全身を見て、ため息を吐く。
「私なら、もっと似合うドレスを選びましたのに。金髪にその黒は合っていませんよ」
「だが、月姫らしいな」
納得しているオグウェノの隣で、セルシティが肩をすくめる。
「それが答えかい?」
「あぁ。私は治療師だ。騎士には、なれない」
晴れやかなクリスの笑顔。その隣では、ルドが視線を鋭くしてセルシティを威嚇している。
セルシティは諦めたように言った。
「わかった。では、魔法騎士団長の話はなかったことにする。けど、いままで通り協力はしてもらうよ?」
「当然だ」
「では、現帝に予定が変更になったことを報告してこよう。騎士団長の交代はなし。代わりに治療師総統の紹介だ」
「治療師総統?」
聞いたことがない役職にクリスが首を傾げる。
「すべての治療師を束ねるトップのことだよ。初代総統はクリスティだね。あ、あと、魔法騎士団の専属治療師にもなってもらうから」
「なに!?」
「さあて。変更、変更」
「いや、待て。私は了解していな……」
「え? 最初のお願いを断っといて、また断るの?」
皇族からの半ば命令にも等しい頼みを断っている。本来であれば処罰ものだ。それを理解しているクリスは大きくでれない。
恨めしそうにセルシティを睨みながらクリスは呟いた。
「私がこうすることを予想していたのか?」
「まさか。ここまでするのは予想外だったよ。でも、問題はない」
「つまり予想範囲内、ということか。少なくとも、私が魔法騎士団長になるのを断るのは、予想していたな?」
「どうかな?」
セルシティが軽やかな足取りでホールから出て行く。
「結局は手の平の上で転がされている、ということか」
クリスがルドの顔を見る。そこで、クリスはルドの左頬に手を伸ばした。
「頬が少し腫れているようだが? 怪我……というより、殴られたような跡だな? だが、おまえを殴れるだけの実力者など、そうそういないだろうに……」
「あ、いや、これは……」
ルドが口ごもる。
「そういえば、なぜ先に城に来ていたんだ? それと関係あるのか?」
「……」
何も言えないルドが視線を逸らす。クリスが周囲を見ると、オグウェノも顔を逸らした。
だが、クリスは見逃さない。
「おい、おまえの頬も少し腫れてないか?」
クリスがオグウェノの顔を覗き込む。二人ともお揃いのように左頬が少し腫れている。
「あー、いや。すぐに冷やしたから問題ない」
「冷やした? 魔法で治療していないのか?」
必死に視線を逸らして逃げようとするオグウェノに、クリスが詰め寄る。ベレンが呆れたように説明をした。
「昔からの決まりで、決闘でできた傷は魔法で治療してはいけないんですって」
「決闘?」
「ちょっ、言うなって!」
「秘密にしていてください、と……」
オグウェノとルドが慌てる。クリスが交互に二人を見た。
「おまえらなぁ。なんで決闘したのかは知らないが、今時そんな古いことするなよ」
原因に言われて二人が沈む。そのことを知っているベレンが、笑いを堪えるように肩を震わした。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
「そうか? ちなみに、どっちが勝ったんだ?」
何気ないクリスの疑問に二人の空気が凍る。ベレンが口元を手で隠して説明した。
「それが、相打ちでしたの。それは、それは見事でしたわ」
「決着がつかなくて残念だったな」
クリスが左手で髪を後ろに流す。そこでルドが何かに気づき、クリスの手首を掴んだ。
「ど、どうした?」
「ちょっと、こちらへ」
ルドが切羽詰まった様子でクリスの腕を引いて歩き出す。その雰囲気に誰も声をかけられず、見守った。
本日の夜、投稿して完結します
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