29.できること。
アッテルベリの屋敷を後にしたリューティアたちは、その足で街へと赴き、旅に必要な携帯食や雑貨を購入した。
もう一日滞在を伸ばしたのには、宿屋の少年との約束があったからでもある。
夕刻から開始される宿屋の闘技場で、カイは存分にその力を振るい、観客を大いに沸かせた。
『無頼風』が試合をすると噂を聞きつけ、店は人が溢れかえるほど大盛況で、夜遅くまでにぎわっていた様だ。
カイは三つほど試合をこなし、一泊した後、翌早朝、ヒルトゥラの街を出立した。
ライサもリューティアも旅の装いを新たに購入し、安物ではあるが丈夫で動きやすい服装に着替えている。
次の村には、昼過ぎには到着をするだろう。
道中、ライサは貴族としての心得や立ち振る舞いを丁寧にリューティアへと教え込んでくれた。
リューティアよりもライサの方が歳は若かったが、十歳の時から部屋に幽閉され、学ぶ機会の無かったリューティアと異なり、ライサは先日まで母国で貴族の通う学園に通っていたそうで、貴族としての振る舞いもマナーも教養も猫さえ被れば完璧と言って差支えが無かった。
カイはそんな二人の様子を変なものでも見るように眺めている。
「……何か言いたそうな顔ですわね」
「あー、いや、なんか肩凝りそうだなと思ってな」
「カイは戦う為に筋肉で武装をしてらっしゃいますでしょう? 貴族というのはマナーや教養、身に着けるものに仕草、そういったもので武装しますのよ。言わばこれは貴族にとっての筋肉ですわ!」
「いや、筋肉って……。せめて鎧とかにしようよ……」
ふんす!と鼻息を荒くするライサにリューティアは思わず苦笑してしまう。
「歩きながらでも知識くらいでしたら得られますでしょう? 立ち振る舞いは歩きながらとは参りませんから、エッゲリングについてから、ですわね」
「ライサは貴族の娘、なのよね?」
「ええ。けれど、詳しいことはまだ聞かないで下さいませ。エッゲリングに到着をすれば、嫌でもお話することになると思いますわ。それまでは、聞かないで頂きたいのです。……お二人なら大丈夫とは思っておりますが、気まずくなるかもと思うと、不安ですの」
ライサは申し訳なさそうに眉を下げた。
カイはそれ以上何か言うつもりはないのか、先に立って歩いていく。
リューティアとライサは、歩きながらでもできるハルヴォニーの歴史や人気のお茶にお菓子の話、デザイナーに美術品、貴族に流行りの噂話と、一見どうでも良さそうなことを詰め込んでいった。
***
予定通り、昼過ぎに次の村、ヒエルペに到着をした。
「ルフタサリの領地に入った途端に酷くなるわね…」
到着した村は、以前通過をした湖のある村、ユピアと同様の酷い有様だった。
この村もまた、街道は荒れ果て、道端に座り込む人々は、死んだ魚の様な眼をのろりと向けては来るものの、すぐに視線を地面に落とす。
リューティアもまた、じくじくと胸が痛み、申し訳なさで顔を上げることが出来ない。
少しの間、カイもライサも何も言わずに歩いていた。
だが、リューティアたちが村の中ほどまで進んだ時だった。不意にライサが足を止める。
「……ライサ?」
「……ねぇ、リティ。本当に何も出来ないのでしょうか? そうやって俯いているだけでいいのですか?」
ライサの目は、少し怒っているようにも見えて、リューティアはドキリとする。
「え、でも……。私、お金も持っていないし……。領地も屋敷も奪われてしまっていて……」
「そんなことは判っておりますわ」
責められている様な気になって、言い訳をする自分が情けなくなる。
俯いてポソポソと口にするリューティアに対し、ライサは真顔で村を眺めるようにぐるりと視線を流した。
「彼らは元は貴女の領民ではないのですか? 何もできないからと見捨ててしまえば、貴方の叔父様と変わらなくなってしまうではありませんか。それでもよいのですか?」
「良いなんて思っていないわ。でも……。私には何もないのよ? どうしろというの?」
「何も無い? あるではありませんか。わたくしたちには、手はちゃんと二本、ありましてよ。足もありますわ。言葉も喋れるではありませんか」
ライサの言葉の意図が分からず、リューティアは不安げに眉を下げ、首を傾げる。
「リティはカイと野宿をしたと仰っていたではありませんか。リティ。お金を使い、権力を使わねば人助けは出来ませんか?」
「――あ」
ようやく、リューティアはライサの言葉の意味に気が付いた。
ずっと、何も持たないリューティアには、何も出来ないと思い込んでいた。
けれど、野宿のやり方はカイに教わった。通って来た森には、食べられる木の実や草もあった。
カイがいれば、瓦礫を片付け、雨風を凌げるようにも出来るのではないだろうか。
「そっか……。そうよね! 何も無くても、手伝うことはできるかも! あ……、でも、ライサ、戻るのが遅くなっちゃう……」
「一日二日遅れた程度では問題ないと思いますわ」
「うん、ありがとう……!」
リューティアは目の前が開けた様な気がした。
カイへ視線を向けると、見守るような優しい目と目が合った。
「カイ、ライサ、手伝ってくれる……? 私、やってみたい!」
リューティアは興奮で頬が高揚した。ここでやってみたい事が、次々と浮かんでくる。
言ってリューティアは自分が箱入りで世間知らずなのも、無力なのも判っている。
けれど、幸い今は一人じゃない。
自己満足に過ぎないだろう。それでも、出来ることが僅かでもあるのなら、何かをしたかった。
「何すりゃ良いんだ?」
に、とカイが笑みを浮かべる。ライサも笑みを浮かべていた。
「ええと……。まずは、炊き出し? 森に行って食材を集めて……。きっとお鍋とかくらいはあるわよね。村の人にお鍋を借りて食事を作って、それから……。それから、瓦礫を片付けて、街道を綺麗にして……。雨風を凌げる場所を作りたい! とりあえずは、炊き出しを!」
「森で食べれるものはわたくし存じ上げませんわ。教えてくださいませ」
「じゃ、まずは森、だな」
「うん!」
瓦礫の撤去や街道の整備には時間がかかるだろう。流石に浚われていたライサをそのまま引きずり回すわけには行かない。
使える時間は一日か二日。それでも何も持たない自分に出来ることがあると思えるのは、とても嬉しい事だった。
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