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28.令嬢は脱走中。

「リティはルフタサリの家を取り戻したいのでしたわね」


 ヴェストリンの屋敷からの帰り道、ライサはじっと考え込んでいた。


「ええ、そうよ」

「ルフタサリと言えば東の要。今はナースリヴェーラもごたついているから、ハルヴォニーに攻め入る余裕は無いでしょうけれど、攻め込まれたら一発でアウトですわね。状況的に国王陛下が動いても不思議ではないと思いますけれど…。今まで見て来たものだけでの判断では、ルフタサリに辺境伯が務まるとは到底思えませんわ」

「俺も詳しいことは知らねぇけど、ハルヴォニーはまだ王太子が決まってねぇだろ? 第一王子派と側室腹の第二王子派で真っ二つに割れていて水面下でごちゃごちゃやっているらしいからなぁ。それで揉めてるらしいって話は聞いてる。不敬になるから迂闊な事は言えねぇけど、ほれ、ハルヴォニーは第一王子がアレじゃん…?」

「あー…」


 ライサは理解したように遠い目をしたが、リューティアには意味が理解できずに首を傾げる。

 その口ぶりから、第一王子は王位を継ぐにふさわしくない人物らしい。

 引きこもりのリューティアには、その辺の情報はさっぱりなのだが。

 そんなリューティアの表情にライサが苦笑を浮かべた。


「第一王子のウィンバリ様は、一部の貴族にとっては『美味しい』方なのですわ」


 ライサは自分の掌を上下に合わせる様な仕草をすると、丸めるように掌をコロコロと転がして見せた。

 つまり、頭が残念で良いように操れる方、という事らしい。

 仮に第一王子殿下が手の中でコロコロされているのならば、他にも問題が散らばっていそうだ。

 ナースリヴェーラに動きが無い状態であれば、ルフタサリは後回し、構っている余裕がないということか。


「けれど、ルフタサリに対しての不満は少しずつではあっても持ち上がっているとは思いますわ。恐らく表面化はしていない様ですが、ルフタサリの地位を欲しがる者は少なくないはずですもの。アッテルベリ卿も動いてくださってはいる様ですし、今しばらくあの方に持ちこたえていただくしかなさそうですわね。その間に少しでも多く見方を付けるのが良いかと思いますわ」

「そう、なんだけど。今の私では、きっと誰も話を聞いては頂けないと思うわ。幸いアッテルベリ卿は私とも面識があったし、お父様のご友人でもいらっしゃったし、アッテルベリ卿も私のことを娘の様に可愛がってくださったし、アッテルベリ卿のご子息エドガー様も私に懐いてくださっていたから」

「そうですわね…。なら、まずはリティがルフタサリに相応しい教養や品格、領地経営を学ばれて、その上で掛け合う方が良さそうですわね」

「でも、私結局学園にも行けなかったし、教わるにしても教えて下さる方がいるかどうか…」

「アッテルベリ卿に教わるのも良いかもしれませんが、悠長にはしていられませんものね。良いですわ。わたくしに少し考えがありますの。ひとまずカイ。わたくしを無事エッゲリングへ送り届けてくださいな」

「…唐突だな。まぁ、元々エッゲリングに向かうつもりだったから構わねぇんだけどよ。エッゲリングに何かあるのか?」

「エッゲリングまで行けばわたくしの連れがおりますわ。その――。わたくしの連れはわたくしがエッゲリングで脱走したと思っているはずですから、わたくしがヒルトゥラにいるとは想定していないと思いますの」


 ただ、今頃ばれてそうな気もしなくもありませんが、と小さく呟いたライサの声は聞こえなかった。


「脱走って、お前侍女に連れ出されたと言って無かったか?」

「そうですわ。けれど、盗賊は襲ってきた時馬は乗っておりませんでしたし、侍女も護衛もわたくしが大人しく捕まっているとは思っていないはずですわ。明らかに盗賊は素人集団でしたし、そう遠くへは行っていないと思ったはずです。中々戻って来ないので、私がそのまま脱走したと思っている可能性はありますわね。実は何度か脱走を試みておりましたので、皆わたくしが婚姻に乗り気でないことは知っておりましたし。もちろん、今頃血眼になって探してはいると思いますが」


 ――なんと。コロコロと無邪気に笑ってはいるが、笑い事じゃない。

 道理で追手が掛からないわけだ。


「けど、良いのか? 帰りたくないと言っていたし、脱走を図るくらいには婚姻が嫌だったんだろう?」


 慌てた様にカイがライサを覗きこむ。対してライサはにっこりと嫌がる素振りも迷う素振りも無かった。


「問題ありませんわ。別段それほど嫌だったわけではありませんの。ただ、ほんの少し、不安があったのと、最後に自由が欲しかっただけですわ」

「本当に、良いの? 私の為に無理をしようとしているんじゃない? 私、ライサに我慢をさせてまで自分の我儘を通したいわけじゃないのよ」

「わかっておりますわ。けれど、本当に大丈夫でしてよ。嫌だと駄々を捏ねたのは、わたくしも国が恋しかったからですもの。家族と離れるのは寂しいし、親しいお友だちと離れるのが嫌でしたの。本気で脱走しようとしていたわけではありませんわ。わたくしの脱走が先延ばしにしたい時間稼ぎだという事くらいは、家族の様に過ごしてまいりましたもの、皆わかっておりますわ。わたくしまだ十四歳でしてよ? それに、婚約者は十も年上ですの。仕方の無いこととはいえ、不安は拭えませんわ。お手紙で誠実な方なのはわかってはいるのですが、何だか…腹黒そうなんですもの」


 それは本当に大丈夫なのだろうか。オロオロとするリューティアにライサは可笑しそうに笑った。


「婚姻は避けられませんわ。会っても居ないのに避け続けるわけには参りませんし、あまり逃げ続ければ不敬となりますもの。事情が事情ですので大目に見てはいただけるとは思いますが、いい加減戻る頃合いでしたの」

「もし、ライサの婚約者が最低な人だったら、その時は私と一緒に逃げちゃおうか」


 国に残っている家のこと、政略のこと。リューティアと違い、ライサは家族に愛されて過ごして来たのだろう。

 ライサが逃げだせば、その罪を問われるのはライサの家族だ。逃げることなど許されないことは、リューティアもライサもわかってはいる。

 ただの、気休めだ。


 それでも、ライサは「それも楽しそうですわね」と嬉しそうに笑った。

お待たせしました! いつもご閲覧ありがとうございます!

次の更新は明日を予定しています。

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