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26.破落戸たちの末路。

※グロいシーンがあります。閲覧注意。飛ばしても本編には影響はない、はずっ。

「――ちくしょう…! ちくしょう、ちくしょう! 俺、俺の腕を、ぶ、ぶぶぶ、ぶった切りやがったァァ! あの、あの、あのクソヤロウ!」


 薄暗い路地裏で、男は古ぼけた木箱を蹴りつけた。

 後、少しだったというのに。

 あれほどの上玉は、滅多にお目に掛かれないというのに。


 儚げに見える美しい少女。天使と見まごうばかりの美少女だった。

 あの口調から、恐らくどこかの貴族の娘かもしれない。

 あれほど美しい娘なら、数年は遊んで暮らせただろう。

 この手で抱え上げたというのに、奪われた。

 俺の獲物だったのに。極上の品だったのに。

 暗がりに浮かんだフードの下のぞっとするほど冷たい瞳に、一瞬体が硬直した。

 あっと思った時には、奪われてしまった。

 許せない、許せない、許せない――!

 目を血走らせ、口から唾を飛ばし、男は咆哮する。

 仲間の男が宥めるように男の肩へと手を置いた。


「落ち着けって、ガスパー、あれは相手が悪い、諦めようぜ」

「ふ、ふふふ、ふざ、ふざけるなああぁぁッ!」


 苛立ちを隠そうともせず、男は吼えた。肩に手をやった男を殴り飛ばし、自分ももんどりを打って地べたに転がる。

 そのまま子供が地団太を踏む様に手足をばたばたと振り回し、手あたり次第、周りにある物に当たり散らした。

 切り落とされた腕はズキズキと気が狂いそうなほど脈打つ様に痛み、それが余計に苛立たせた。


「逃が、逃がさねぇ…! 鋼の緋熊だろうが、し、知ったこっちゃねぇ! アレは俺ンだ! あの女は俺がッ! 俺が捕まえたんだあァ! それを、あの、あのクソヤロウがッ! よ、横、横取りッ! しやがった! ゆる、許さねぇ! あの、あの、盗人ヤロウ!」


「――盗人猛々しいとは良く言ったものだね。誰が、誰の、――だって?」


 不意に第三者の声が響いた。

 一斉に破落戸たちが顔を上げて身構える。


 聞こえたその声は、やけに場違いな、涼やかな、ぞくりとする様な色気のある歳若い男の声だった。

 僅かに差し込む月明かりに浮かび上がった姿は、すらりと細く、金色の髪が、月光にきらりと美しく煌めく。

 上質な服に身を包んだその男は、お上品な優男、に、見えた。

 男の背後には、二人の男が控えていた。片方は商人の付き人の様な格好だが、もう一人は黒衣を纏い、フードを目深に被り、白い刃を月光に浮かび上がらせている。


「あ…あああああああああッ! きさ…貴様あああぁァッ!」


 優男の後ろに控えた内の黒衣の男を見た破落戸が指を指して叫んだ。

 ヤツだ。あのクソ黒衣ヤロウだ。


「てめぇぇぇッ! よ、よぐもッ! 俺、俺の腕をォッ! 女、女ァ返せ! アレは俺のォッ!」

「ばッ! 馬鹿よせ、ガスパー!」


 破落戸は口元から泡を飛び散らせ、狂った様に男の方へと掴みかからんと飛びかかっていく。

 黒衣の男はふわ、と主らしい優男の前へと躍り出ると、男の拳をするりと避ける。バっと鮮血が飛び散った。ぎゃっと破落戸の野太い悲鳴が上がる。

 破落戸の腕がザクリと裂け、ばたばたと鮮血が滴り落ちる。


「こ…このヤロウ…。ころ、殺す、殺す、殺して、やるぁぁぁッ!」


 他の破落戸たちは、身動きが出来なかった。

 恐らく本能的なものだろう。

 どうみても、弱っちそうな優男だ。なのに、呼吸さえもままならないほどの恐怖がせりあがって来る。

『これに手を出してはいけない』と、頭の中で何かが警鐘を鳴らしていた。


 その間にも、我を失った破落戸は、交差するたび、血飛沫を飛び散らせていた。

 腕を、足を、腹を、顔を、まるで甚振るかの様に切り裂かれ、けれども致命傷には足りない傷は、少しずつ、男の命を削っていく。手足を貫かれ、ドシャリと血だまりに転がり込んだ破落戸は、動くことも出来ずに地面を這いずり、全身血濡れたまま、爛々と目だけをぎらつかせていた。


 優男がゆっくりと近づいて来る。

 カツン、と靴音が響く。まるで悪魔か死神の足音の様に聞こえた。

 破落戸たちは、たったひとりを除き、ヒっと小さく悲鳴を上げ、一斉に後ずさった。


「さて、誰に頼まれて彼女たちを襲ったのかな?」


 優男の言葉に、破落戸たちは焦りだす。この優男が、何か勘違いをしていると気づいた。

 破落戸の一人が慌てて弁解をする。誤解で殺されては敵わない。


「ちっ違う! ただ女二人で歩いていたから! ちょっと良い女だったから狙っただけだ、他意はねぇ! 別にあの女でなくてもいいんだ、誰でも構わなかったんだ! あ、あんたの女とは知らなかったんだ! 悪かった! 俺達は金が欲しかっただけだ、もうあの女には手は出さねぇ! な、何なら俺達はもうこの街から出て行くから!」


「ふぅん、本当にただの破落戸か。馬鹿な真似をしたものだね」


 色気のある、穏やかな声。口元に浮かんだ、慈愛とも取れる優しい笑み。それが一層異質さを覚え、破落戸たちは震えあがった。


「でもね、君たちは手を出してはいけない人に手を出してしまったんだ。まぁ、彼女で無ければ良い、という話ではないのだけれど……。運が悪かったね」


 ――カツン。

 

 ゆっくりと近づいて来る足音に、破落戸の喉がごくりと鳴る。


「アレ…アレ、は、おれ…俺、の、だ…」


 自分の横を横切っていく優男の足に、荒く息を吐きながら血まみれの破落戸が手を伸ばす。

 その腕は優男に届く前に、一筋落ちて来た光によって阻まれた。

 破落戸の眼が、落ちそうな程に見開かれた。

 光に見えたのは、月光に煌めく刃だった。それが真っすぐに地面と腕とを縫い付けている。

 ゆっくりと見上げると、返り血を浴びたローブの奥の何の感情も浮かばない、冷たい茶褐色の瞳と目が合った。

 壊れた様に男の口から悲鳴が迸る。何とか腕を抜こうともがくが、もがけばもがくほどに狂いそうな痛みが全身を貫いていく。


 腕が、と叫ぶ破落戸を後目に、悠然と、優雅に男は破落戸たちへと歩み寄り、足を止めた。


「私としては、彼女に触れた時点で許すつもりはないし、彼女に及ぶ危険の芽は摘み取っておかなくてはならないからね。大丈夫、裏路地とはいえ、きちんと掃除はしておくよ」


 にっこり。

 美しい顔が、笑みを作る。サファイアブルーの瞳が、夜の闇の中にあって尚、鮮やかに煌めいた。

 息を飲むほど美しい。悪魔というのは、こういう姿かもしれないと、破落戸たちは恐怖に震えながら思った。


「泥土と汚物に塗れて薄汚く死ぬのが、君たちには似合いだと思うのだよ。自警団の手を煩わせるのも、牢に入れるのも勿体ないだろう? 君たちの様な害虫を生きながらえさせるための食事を彼らの血税から出させるなど、被害者への侮辱以外のなにものでもないからね。君たちが仮に反省したところで、君たちに傷つけられた者はずっとそれを背負わなくてはいけない。生かしておくと、被害者は増えてしまうだろう? 害虫というのはそういうものだ。なら、君たちを生かしておくのは良くないと思うんだよ」


 至極当然のことだろう?

 諭す様な口調で、男がゆっくりと片手を上げる。男の後ろに控えていたもう一人の護衛らしい男が、ゆっくりと剣を抜いた。

 破落戸たちは息を飲む。必死に、何とかこの窮地を脱する道を探した。恐怖の為か、呼吸が上手く出来ずに息が荒くなる。

 破落戸たちはお互いにお互いを盾に脱出を図ろうとしていた。傍に居るヤツを盾にして押し出し、その隙に逃げる――。


 タンッ。


 剣を構えた護衛が、足を踏み鳴らし音を立てた。

 それを合図に、破落戸たちは一斉に飛び出した。お互いに掴みかかり、振り回し、我先に逃げようとする。

 地べたに転がれば足を掴んで行かせるものかとしがみ付く。

 しがみ付いた男を振り払おうと手にした剣を滅多やたらと突き刺す。怒声が響く。


 浅ましい姿だった。仲間だった者同士が、自分が助かる為に仲間を見殺しにする。殺し合いをする。地獄絵図だった。

 優男の脇を縫って、何人かが突破を試みた。

 後、ほんの数メートル。いや、数センチ。

 優男の後ろに立つ大柄な男の刃はまだ天を指す様に頭上にある。抜けられる。

 転がる様に優男を避けた破落戸の男は、一瞬腹に灼熱を感じ、何かが零れだすのを感じ、ゾクリとした。

 見るのが、怖い。恐る恐る自分の腹へと視線を落とす。

 バクリと開いた傷口から、体内にみっちりと抑え込まれていた内臓がゴボリと溢れ出していた。

 四肢から力が抜け、地面に膝を付き、倒れ伏す。ザリザリと地面を掻くが、異様に重たい体は、ピクリとも進んではくれない。


 やがて、破落戸たちは皆地面へと転がり、涙や鼻水を垂らし、ハッハと浅い息を繰り返していた。

 身体が氷の様に冷えて行く。押さえても押さえても手の間から溢れだす臓物が、否が応でも己の死を自覚させた。


 優男が、ゆっくりと一人の男へと近づき、しゃがみ込んだ。


「た…たす、け…」

「うん、君たちが浚った子も、同じこと言わなかった?」


 優しい声に、破落戸の目から涙がばたばたと流れる。絶望と恐怖以外、何も考えることが出来なかった。


「い、やだ…。死にたく、ない…。死にたく…」

「うん、残念だったね? 君たちはもっと早くに、こんな事に手を出す前に、気づくべきだった。相手の心に一生消えない傷を残してしまう罪というのはね。決して消えはしないんだよ。罪を償っても、誰かが許したとしてもね。決して消えはしないんだ。世の中には、生きていてはいけない者などいないという人もいるけれど、私はそうは思わない。無能でも醜くても生きる価値はあるけれど、人を苦しめることに喜びを感じる者、己の快楽の為に傷つける者は生きる価値は無いと思うんだ。それはもう人ではなくただの害虫だからね。同情する余地はないでしょう?」


 必死に縋る破落戸の手を、優男がゆっくり振りほどく。


「ジョイス。ムトゥカ。もういいよ。楽にしておあげ」


 主の声に、幾つかの風切音と、何かを断ち切るザシュ、という音が響き、やがて静寂に包まれた。

お待たせしました! いつもご閲覧ありがとうございます!

次は明日の更新を予定しています。

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