24.ルフタサリ領の闇。
「えーっとね、馬鈴薯は蒸かしでバター付けてね。それから腸詰めとミートボール、後串焼きも。玉ねぎ厚めに切ってね。それからー、ハーブ入りのパッティと、チエッタね。チエッタはヒヨコ豆とチリソース増し増しで。パンはライ麦で、オーツ麦入りのある? じゃそれも。後エールね」
「遠慮ねぇな…」
ニコニコと店員に注文をする男を、カイが心底嫌そうな顔で眺める。リューティアは苦笑を浮かべ、ライサは眉を下げ、申し訳なさそうにカイへ視線をちらちらと向けていた。
因みにパッティは生の豚挽肉にハーブを練り込み、薄くスライスしたパンに乗せ、上からパセリに青唐辛子とニンニクを漬け込んだオリーブオイル、たっぷりの玉ねぎを乗せた料理。チエッタはヒヨコ豆やレンズ豆と白身の魚をハーブと辛みの強い数種類の香辛料で味付けをした激辛の煮込み料理だ。
礼をさせて欲しいと言ったライサに、男は人懐っこい笑みを浮かべ、「あ、じゃ遠慮なく」と宿屋まで付いて来て、現在四人でテーブルを囲んでいる。
明るい場所でフードを取った男は、茶褐色の髪と瞳で、人が良さそうといったこと以外これといった特徴の無い平凡な顔立ちをしていた。
第一印象が冷たい殺戮者の様な印象だっただけに、やけに人懐っこい笑みと気さくな口調に気が抜ける。
「好きなモン注文してくれつったのはそっちじゃーん?」
「ちったぁ遠慮しろよ。――連れが助けて貰ったのは事実だから良いけどよ」
「あの…。わたくし、屋敷へ戻れたらお支払いいたしますわ…」
「あー、いいよいいよ、ライサは気にすんな」
「そうそう、俺がたかってるのはお嬢さんじゃなくそっちの熊さんだから」
「ぶん殴るぞてめぇ」
迂闊なことをいったと眉を下げるライサに、男は悪びれも無くニッコリと笑み、カイは苦虫を噛み潰した様な顔で財布の中身を確認する。
「――でも、このあたりも随分と物騒ですのね。まさかあんな街中で、人の往来もある時刻に堂々と浚われかけるとは思いませんでしたわ」
怖かった、と腕を擦るライサの背を、リューティアがそっと擦る。
二度も浚われるなど、よほど怖かったに違いない。リューティアもまだ少し手が震えてしまっている。そんな二人の様子に、男は目を細め、口の端を少し意地悪そうに上げた。
「お嬢さん方ね。危機感なさすぎだよ。この熊連れてりゃ手ぇ出す馬鹿はいないだろうけど、夕暮れ時は逢魔が時ってね。一見平和そうに見えても、このあたりは治安がすこぶる悪いんだ」
「それほど酷いのですか?」
ライサがちらりとリューティアを気づかわし気に見やる。
「ああ、やっぱあれね。手綱引く人がいなくなっちゃったからねぇ。先代のルフタサリ卿の時は子供が夜に出歩けるほど安全だったらしいけれど、今のルフタサリは『何もしない』から、最近じゃ馬鹿どもが堂々と悪さをする始末なんだ。今は領地がアッテルベリ領に移ったから、いくらかマシなんだけどね。表通りからだと綺麗に見えるでしょ? でもね、東区はいまだ顕著にでてるよ。あそこなんて呼ばれてるか知ってる? 『ヒルトゥラ狩猟区』だよ」
「狩猟区?」
「そ。奴隷狩りが日常的に行われている場所。東区と中央区の境にある大きな劇場知ってる?」
「ああ、オペラ座ですわね。マリンベル・オペラ?」
「そう。あそこの地下には奴隷オークションが行われてるって噂」
「まぁ…。世も末ですわね…」
「他人事じゃないよ? 君たちだって、あのまま捕まっていたらオペラ座の地下へご案内されて今頃鳥籠の中だったかもしれない」
「冗談じゃありませんわ!」
ひぃっとライサが慄き、リューティアにしがみ付く。
リューティアの顔はすっかり血の気が引いてしまっていた。
「そう、冗談じゃないんだよ。隠れてコソコソしていた連中が権力を笠に着て、大手を振って好き勝手する馬鹿どもにとっては好都合の無法地帯、それが今のルフタサリ領なんだ。ヒルトゥラはアッテルベリに領地が移る前の悪政が祟って水面下じゃ随分腐ってる。華やかさの裏には闇もあるのがこのヒルトゥラなんだ。わかったら夕暮れまでフラフラ出歩くんじゃないよ。後、熊さんが一緒じゃない時は裏通りにはいかないこと。他人は信用しないこと」
「わ…わかりましたわ」
男とライサの話に耳を傾けながら、リューティアは罪悪感でいっぱいだった。
本来ならば、ルフタサリ領の正当な後継者はリューティアであったはずなのだ。
リューティアも、ルフタサリを乗っ取ったアーグウストの被害者ではある。けれど、自分の家の内情で、多くの民が奴隷として売られ、虐げられている。
あの男が領地を経営したらどうなるのか、少し考えれば判ったはずだ。
なのに、リューティアは『何もしなかった』。自分の事ばかり、憂いていた。まるで、自分ばかりが不幸な気になって。
とんでもなかった。一番の被害者は、ルフタサリ領に住まう領民達だ。
彼らを守れるのは、リューティアしかいなかったというのに。
――ごめんなさい。
謝って、済むことではないけれど。
落ち込むのは、ずるいことだ。嘆いていても、変わるものなんて何もない。
あの男が、領主に収まっている間は、悪くなる一方だ。
一日も早く、ルフタサリを取り戻さなくてはいけない。
「リティ?」
ライサに覗きこまれ、リューティアははっと我に返る。
小さな柔らかい手がそっと自分の手に触れていた。
「ううん、何でもないの。大丈夫よ」
「まぁ、お説教はこの辺で。安心したらお腹空いたでしょ? 食べよう食べよう!」
次々と運ばれてくる料理に、空気を変えるように男が明るい声を出した。
大変遅くなってすみません…;; まさかのインフルくらってしまいました。
こんな時期にインフルって掛かるもんなんですね…。まだ10月頭だっちゅーのに。
冬しか掛かった事がなかったんでびっくりしました。
今日はもう一本Upします!




