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23.黒衣の男。

「楽しゅうございましたわね!」

「……うん、そうね……」


 カイはまだ、試合が三つほど残っているらしい。

 体力の無いリューティアは残念ながら、カイの試合の後力尽き、残念がるライサを伴い、街のカフェで一休みをしていくことにした。

 一度はお金を持っていないからと断ったのだが、ライサが持っているから大丈夫だという。

 浚われてたのになぜお金なんて持っているのかと思ったら、リューティアの知らない間にカイに強請ってお小遣いを貰っていたらしい。

 可愛い顔をして遠慮がないというか図々しいというべきか。ライサはとっても逞しかった。


 二人の目の前には、大きなお皿に乗った揚げたてのお菓子がほこほこと湯気を立てている。

 街で人気のお菓子だそうで、流行りのお菓子はバターをたっぷりと練り込んだ生地をしぼって揚げたポルトという棒状のお菓子だ。

 外はサクサク、中はしっとりふわっと軽い口当たりで、熱々のホットチョコレートに絡めて食べる。飾り気は無いがとても美味しい。

 手首ほどもある太さで、皿からはみ出す程に大きいのだが、口当たりが軽く甘すぎないためか、女性でもペロっと食べれてしまう。


 興奮冷めやらぬようで、頬に手を当て、うっとりとため息をつくライサは、頬を薔薇色に染め、幸せそうに微笑んでいる。

 傍から見れば恋バナでもしているように映りそうだ。まさか闘技場のバトルの余韻に酔いしれてるとは誰も思うまい。


 でも――。

 うん。格好良かったかも。ほんの少しだけ、決闘に夢中になるライサの気持ちがわかったような気がしないこともない。

 リューティアはたぷたぷとチョコレートの入ったカップにポルトを浸し、口に運ぶ。


「うわ何これすっごい美味しい!」


 熱くてふはふはとしてしまうが、こんな美味しいお菓子を食べるのは初めてだ。


「本当! とっても美味しいですわ!」


 リューティアを真似てポルトを口に運んだライサも目を輝かせる。

 女の子と、こんな風におしゃべりをしながらお茶を飲むだなんて、少し前では考えられなかった。

 思いの外楽しくて、話題は中々尽きない。

 気づくとあたりは陽が落ち始めていた。


「あ、いけない、遅くなっちゃったわ」

「まぁ、本当。そろそろカイも終わった頃かもしれませんわね。暗くなる前にわたくしたちも戻りましょう」


 ここから宿までは二十分ほどだ。

 暗くなると治安も悪くなる。宿屋は大通りから少し外れてしまうため、女の子が二人で出歩くのは危険すぎる。

 リューティアとライサは慌てて立ち上がると、コインを支払い早足で歩きだした。

 夕暮れ時の街は、昼間とは様子をガラリと変えていた。

 あれほど賑わっていた通りからは、人の姿がぐんと減り、軒を並べていた露店も皆店じまいをして、妙に静かに感じた。

 表通りから裏通りに入り、少し歩いたところで、不意にライサが声のトーンを落とし、話題を変える。


「――ときに、リティは何か武器など持ってらっしゃいまして?」

「――は?」


 たった今まで、隣国の美味しいお菓子の話に話を咲かせていたはずだ。歩きながら、唐突にそんなことを問われ、リューティアは首を傾げた。


「ううん、持ってないけど……」

「まぁ、カイったら。気が利きませんこと。わたくしも武器は捕らわれた時に取り上げられてしまいましたの。取り返しておくべきでしたわね」


 頬に手をやり、困った様に呟くライサ。リューティアの頭をハテナが乱舞する。何だか嫌な予感がする。


「とりあえず、リティは護身術も習ってはいらっしゃらない様ですし、わたくし頑張りますわ。ああ、振り返ってはなりません」


 きゅっと柔らかい手がリューティアの手を握る。頑張るって、何を?

 そこまで思って気が付いた。背後から、誰かがつけて来ている。足音は、二つ、三つと増えていくようだった。

 サァっと血の気が引く。生唾を呑みこんだ。


「リティ!」


 不意にライサが駆けだした。リューティアも必死に走り出す。いつもはカイが一緒だったから、カイならどんな相手でも大丈夫、そんな油断があった。

 けれど、今はカイはいないのだ。うっかり自分の置かれた状況を忘れていた。こちらが駆け出すと、背後の足音も駆け出した。ぐんぐん距離を詰めてくる。


 やだ、怖い――!


 追手か、それとも破落戸(ごろつき)か。恐怖で足がもつれそうになる。


「っきゃぁ!」

「リティっ!」


 ぐんっと背中を掴れ、後ろに引かれた。繋いでいた手が離れてしまう。あっと思った時には、後ろから抱きつかれていた。

 ぞわ――ッと背中から悪寒が駆けあがる。生暖かい息が首筋に掛かり、気持ち悪さと恐怖で気が遠くなってくる。

 リューティアは必死に身体を捩り、ばたばたと暴れた。


「きゃ――っ! やだ――っ! 臭い怖い気持ち悪い――っ!」

「無礼者! 彼女を離しなさい!」

「無礼者、だってよー。かぁーわいいねぇ」


 ゲラゲラと下卑た笑いに、ライサの顔が怒りに歪む。追手ではなさそうだが、これはこれで絶体絶命だ。

 逃げ回っている内に人気のない方へと誘導されてしまったらしい。

 細い路地に人影はない。


「ライサっ! 逃げてっ!」

「逃げられると思ってんのか? おい、そっちの女は貴族だ、傷つけるんじゃねぇぞ」


 ニヤニヤと甚振るようにライサを男たちが取り囲む。

 そうだ。私は、帰る場所もない要らない女だけれど、ライサがどこかのご令嬢なのは確かだ。それも、きっと上位貴族。

 ライサだけでも何とか逃がさなくては。


 リューティアは必死にばたばたと暴れ、ぽかぽかと力いっぱい男の背を殴ったが、びくともしない。汗臭い、嫌な匂いがした。ぞっと肌が粟立つ。

 あっという間にライサも抵抗むなしく男に捕まってしまうのがみえた。


「きゃぁっ!」

「ライサっ!」


 ライサの小柄な体が、男に抱え上げられる。ライサの口から悲鳴が上がる。


――カイ――――ッ!


 無意識に、名前を呼んだ。


 その瞬間、足元を、黒い一陣の風が吹き抜けた――ように、見えた。


「ぎゃッ!?」「きゃぁッ?!」


 男の悲鳴とライサの悲鳴が重なり、ライサを抱えていた男の腕が宙を舞う。

 男の腕の先は、『消えていた』。噴水のように血が噴き出し、思わず吐きそうになる。

 ライサのドレスがふわりと揺れた。キラリと刃が煌めく。ライサは吹きだす血飛沫から護る様に、すっぽりとマントに包まれて、見知らぬ細身の男の腕に抱かれていた。


「なんだてめ――」


 リューティアを抱えていた男の声が途中で途切れた。リューティアの身体がぐんっと持ち上がる。腹に回された感触に、それが誰の腕なのか、すぐにわかった。

 大きな胸板に顔を押し付けられ、同時にグシャリと何かが砕けたような、潰れるような嫌な音が響く。

 男の断末魔の悲鳴が路地に響き渡った。


「ひっ…」

「――てめぇら…。『無頼風』、カイ=テラァスカルフの女に手ェ出すとは、良い度胸してんじゃねぇの……」

「ぶらい、ふう…」

「ぶっ殺すぞてめぇらぁッ!」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」


 カイの一喝に男たちは転がる様に逃げ出した。リューティアはほっと息を吐く。


「リティ!」


 地面に下ろされたライサが駆け寄ってきた。

 胸元に押し付けられていた手をゆるりと解かれ、顔を上げると、カイと目が合う。なぜか、かぁっと顔が火照った。

 慌てて視線を逸らし、ライサへと手を伸ばす。


「ああ、良かったですわ! カイ、来て下さったのですね! あ、ええと…」


 ライサはリューティアに飛びつくと、カイに礼をいい、思い出したように振り返る。

 黒衣の青年が剣に付いた血を払い、近づいて来た。目深にフードを被り、引き結んだ口元が覗く。建物の影に溶け込むようなその姿は、冴え冴えとした死神のようだ。思わず怯んだリューティアはカイのシャツをぎゅっと握った。


「やー、危なかったねー。駄目だよ? 偶々通りかかったから良かったようなものの、夕暮れに金持ってそうな女の子が護衛も付けずに二人きりなんて、鴨がネギ背負って歩くようなもんなんだからさ。浚われなくてよかったねー。怪我無かった?」


 にぱ。フードを親指で払った青年に、意外なほど人懐っこく明るい笑みで声を掛けられ、リューティアもライサも脳内がフリーズした。

ご閲覧ありがとうございます! 次は明日更新します。

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