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22.無頼風。

 「ひゃっは――ッ! そこですわッ! いっけぇ――、やっちまえ――ッ! なのですわっ!」


 大熱狂の中、腕をぶんぶんと振り回し、甲高い声で鼻息も荒く絶叫するライサの隣でリューティアは気絶寸前だった。

 

 翌日、カイが闘技大会にエントリーするため、闘技場に赴くというと、ライサががっつりと食いついてしまったのだ。

 リューティアも、ほんのちょっぴり見てみたいとは思っていた。

 格闘技なんて見たことがなかったし、カイの仕事と聞けば、その雄姿を見てみたいと思っても仕方がないと思う。

 けれど、一番後ろの方でこそっと見れれば十分だったというのに、ライサは目の前に出来ていた筋肉の壁に向かい、それはそれは愛らしい天使の笑みで、そそり立つ難攻不落としか思えない筋肉の壁を切り崩していった。


「もし、申し訳ございません。連れの試合を拝見したいのですが、皆様方の逞しいお背中しか拝見できませんの。前に入れていただいても?」


 天使もかくやという絶世の美少女のライサにそっと腕に触れられ、鈴を転がすような愛らしい声でお願いされ、寸前まで興奮し殺気を纏っていた屈強な男たちは、一瞬で攻落された。

 でれっと鼻の下を伸ばして我先にと道を譲り、結果筋肉の壁の間を悠々と進んだライサによって一般観客席の最前列まで進んでしまったのだ。

 コロッセウムは、最前列が貴族席、その後ろに騎士席、商人などの富裕層の席と続き、一般観客席はその後ろにある。距離はあるが、階層ごとに段になっているためバッチリ見えてしまう。

 

 野太い声で怒声を上げる頭一つ二つは優に大きい筋肉の壁に囲まれ、眼下の闘技場では大男がほとばしる汗を飛び散らせ、血まみれになっている。

 時々打ち合う男たちの血飛沫が舞い、リューティアとライサは、片方は恐怖の悲鳴を、もう片方は歓喜の悲鳴を同時に上げ続け、そろそろ喉がヤバい。


 因みに格闘技を好む女性がいないわけではない。が、通常女性は女性専用の観戦席がある。高貴なご令嬢に至っては女性専用のVIP席も設けられている。

 筋骨隆々の男達に混ざっているのはライサと同様の戦闘狂の女性か、男達に負けず劣らず逞しいご婦人が数えるほどにいるだけだ。

 ゴリゴリムキムキでない殿方もいるのかもしれないが、マッスル率が高すぎるせいか目に付かない。

 なのになぜ、つい先日まで引きこもりだったリューティアが、ムキムキの筋肉の中に突撃し、ムキムキの筋肉に囲まれ、ムキムキの筋肉のぶつかり合う様を見なければいけないのか。

 十年前ならいざ知らず、今のリューティアは男性の免疫がまったくない。とっても怖い。


 もうやだお部屋に帰りたい。リューティアは涙目でキンキンと痛む両耳をぎゅぅっと押さえ、早くカイの試合が終わってくれますようにと必死に神に祈っていた。



 一際大きな歓声が上がる。

 力尽きてへたり込みそうになっていたリューティアの背を、ライサがバンバンと大興奮で叩いた。

 痛い痛い痛い。


 「リティ! 来ましたわ来ましたわ、カイですわ――っ! カイ――っ! 負けたら承知しませんことよ――っ!」


 ライサの声にリューティアはまっつぁおな顔を上げる。周囲の男たちが、『無頼風!』だの『緋熊!』だのと歓声を上げていた。

 ほんとだ、カイだ。上半身は裸で、革のベルトを斜めに掛けている。鋼の様に鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなく晒し、額と腕に赤い紐が揺れ、顔には鋼の緋熊の戦闘用の化粧である赤い隈取が目元と頬に入れられていた。

 相手はスキンヘッドで大きさで言えばカイよりも巨漢だが、何となく筋肉というよりも太っている印象だ。カイの方が筋肉がギュっと引き締まっているように見える。


 後方の高い位置にある令嬢席から『カイ様――っ!』っと黄色い悲鳴がいくつも上がった。へぇ、人気あるんだ。意外。

 お嬢様方って見目麗しく細身の殿方が好きなのかと思ったけれど、筋肉ラブな方もいるのか。…と、思ったけれど、隣をちらっと見ると、ライサが顔を真っ赤にし、鼻息荒く目をギラギラさせていた。

 ……ああ、うん。いるね。身近にも一人。

 

 気を取り直し、闘技の行われる闘技場を見下ろし、違和感に気づく。

 …あれ?

 相手の方は斧の様な武器を持っている。が、カイは丸腰にみえる。拳闘士といっていたが、斧を持った相手と拳で遣りあうというのか?

 リューティアは蒼白になってライサの腕を引っ張った。


「ねぇ、ライサ。相手は武器持ってるけど…。カイは武器持ってなくない?」


 私の言葉に答えたのは、ライサではなく隣にいた髭面の山賊の様な頬に傷のある男だった。


「嬢ちゃんたちはコロッセウムは初めてかい? カイ=テラァスカルフはここの常連だ。ヤツはいつだって武器無しだぜ! 問題ねぇ! 武器持ちよりも殴りあいの時の方が迫力があるくらいだ」


 なぜかドヤ顔で男が言い、ライサも大丈夫ですわと笑っているが、リューティアは心配で胃がキリキリする。


 ゴォンっと銅鑼(どら)の音が響き渡った。

 開始の合図と共に、また地鳴りの様に歓声が上がる。声の洪水の様だ。リューティアは耳を押さえたまま、闘技場に釘づけになった。

 遠目だというのに、はっきりとわかる。


 ――笑っている?

 カイは、笑っていた。楽しくて仕方がないという様に。


 カイの対戦相手の振るう斧の風切音がここまで届く。対戦相手が咆哮する。

 まるで、踊っているかの様だった。

 カイに突っ込みながら縦横無尽に斧を振り回す対戦相手を翻弄するかのように、カイの身体が躍動する。カイが足を滑らせると、土煙が上がる。

 刃を潰してあるのかもしれないが、あの勢いで当たれば命は無いだろう。なのに、カイは楽しそうな笑みを崩さない。

 赤い紐が軌跡の様にカイの後を付いてくる。

 あの鈍重そうな体が嘘の様に、轟音を上げる斧を紙一重で身を翻し避ける様は、水中を泳ぐ魚の様だった。荒々しいのに、美しくさえ思えた。

 歓声でコロッセウム全体が吼えている様だった。すぐ傍で聞こえているはずのライサの歓声すら、耳に入って来なくなっていた。息を付くことも忘れ、リューティアはカイの姿を目で追った。

 対戦相手が振り下ろした斧が、闘技場の石床を砕く。小さな破片が幾つも舞うのがみえる。カイは破片を避けもせず、対戦相手の腕の下を掻い潜り、背後に回った。

 『無・頼・風! 無・頼・風!』と、観客が揃えた様に叫びだす。突き上げられる拳まで息ピッタリだ。

 ライサも一緒になって拳を突き上げ、『無・頼・風!』と叫んでいた。

 隣の男が、「無頼風ってのはカイ=テラァスカルフの異名さ」と周囲の声に負けじと怒鳴る様にして目をキラキラさせて教えてくれた。


 声援に溺れてしまいそうだ。カイの腕が、背後から対戦相手のベルトを掴む。後ろに引かれ、ぐらりと対戦相手がよろめいた。石床を削り、大きく足を開いて身体を沈めたカイのもう片手が相手のふくらはぎを掴む。

 歓声が更に上がる。ドンドンと踏み鳴らされる観客の足踏みの音がドキドキと騒ぐ鼓動の音と混ざりあい、心臓が破裂しそうだ。

 カイが後ろに重心を落とし、ベルトとふくらはぎを掴んだまま、グンっと腕を振るう。

 背後を取られ、斧を振るう事も出来ず、対戦相手が面白いようにカイを中心に手をバタつかせ、片足で必死に跳ねながら回り始めた。巨体がふわりと浮き上がる。

 二つの巨体を中心に、風が渦を巻き始め、砂埃が舞い上がる。まるで、竜巻の様だ。対戦相手が悲鳴をあげる。

 観客の興奮は最高潮に達していた。


 男の身体がカイの手から離れる。一瞬ふわりと浮いた男は、数メートル吹き飛んで顔から地面へと突っ込んだ。濛々と土煙があがる。息を飲む様な一瞬の静寂の後、コロッセウムが大歓声に揺れた。


 闘技場の中央で、カイが高々とその拳を上げ、割れんばかりに響き渡った大歓声は、暫く収まることがなかった。

大変お待たせ致しました! ご閲覧感謝です! 次回は早ければ明日、遅くても明後日には投稿出来ると思います。

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