21.闘技場の街。
「そろそろ出発すんぜ」
「あ、はぁい」
盗賊の輪の中に、大分硬くなってしまったパンを置くとリューティアは慌てて立ち上がった。
逃げ出される懸念はあったが、飢えてしまうのは忍びないと、彼らを縛っていたロープは解いている。
代わりに小屋を出る時に大きな丸太で入口を塞ぐ事で彼らを捕らえる形にする。
「リティは人が良いのですねぇ」
呆れた様にため息を着くライサにリューティアは苦笑を浮かべる。
「元を正せば私の家のごたごたのとばっちりを受けたんだもの。この程度じゃ何の罪滅ぼしにもならないだろうけど」
盗賊たちは、小さくすまないと詫びてくれた。
明後日にはヒルトゥラの自警団が捕らえに来るだろう。
僅かなパンだけでは大分ひもじい思いをさせてしまうだろうが、リューティアが持っている食料はその僅かなパンだけだった。
無論、飲み水だけは桶に一杯汲んでおいたが。
幸い、というべきか、小屋の中には盗賊たちの持っていた食料も残っている。
数日であれば何とかなるだろう。
カイにリューティア、そしてライサを加え、三人での旅が始まった。
***
「まぁ、拳闘士ですの?」
ライサの眼がキラキラと輝く。
「そういえばヒルトゥラには大きな闘技場があると聞きましたわ。わたくし一度闘技場を見てみたかったのです!」
「お。ライサはそういうの好きなんだ?」
「ええ! 血沸き肉躍る、ワクワク致しますわ!」
「だよな!」
──儚げな愛らしいご令嬢かと思いきや、まさかの戦闘狂だった。 脳筋同士で妙に意気投合している。
割と貴族のご令嬢にも人気だとカイから聞いては居たが、退屈をしている令嬢には良い刺激なのだろうか。
妙に盛り上がりだした二人を、何とも言えない気分で眺める。蚊帳の外感が半端ない。
「闘技場は良いアイデアだと思いますわ。貴族でも平民でも平等、強いものが勝つ。暴れるのが好きな者を野放しにするよりも暴れさせて発散させることが出来ますし、興行収入は計り知れませんもの。腕に覚えがある者の傭兵や騎士としての登竜門にもなりますものね」
うんうんとライサが感心しきりといった表情で頷く。
ただの脳筋かと思ったが、この辺は流石貴族令嬢といったところか。
意外と勉強になる。
「ライサは物知りなのね」
「あら、この程度は貴族としての嗜みですわ。自国は元より近隣諸国の特産や収入源の把握は必須でしてよ」
「私、そういうの全然知らなくて。ねぇ、ライサ。私に色々教えてくれないかな?」
「ええ、宜しくてよ」
フフリとライサは得意げに笑う。二つも年下の、それも異国の令嬢に教わると言うのも何だかなぁとは思わなくもないが、形振り構っては居られない。
知らなければいけない事、学ばなくてはいけない事は山の様にあるのだ。
ライサはライサで、頼って貰えるのが嬉しくてならない。
ヒルトゥラへの道中、惜しみなくリューティアに近隣諸国の情勢や特産、主だった貴族の名前に容姿、家族関係を面白おかしく語って聞かせる。
特に主だった貴族の名に爵位、役職などはリズムを付けて歌にして覚えのは楽しかった。
ライサはその見た目に反し、意外と体力がある。一番体力が無いリューティアは申し訳なく思ったが、カイもライサも気にしていないようだった。
時折休憩を挟みつつ、陽が落ちる頃、ようやく木々の間から巨大な闘技場がそびえるヒルトゥラの街が見えて来た。
***
「凄い! 魔灯だわ!」
ヒルトゥラの街の闘技場付近は、夜だと言うのに驚くほどに明るく、人通りも多い。
高い街灯に灯るのは、魔石を使った魔灯だ。
魔灯は値段も高く、これほど大掛かりなものを見るのは初めてだった。
賑やかな街の様子にワクワクとする。
大道芸人の姿も多く、あちらこちらに人だかりができ、陽気な音楽が響き渡っていた。
三人は今宵の宿屋を探しながら、ぶらぶらと街の中を歩いていた。
「酒場が随分と広いのね」
「ああ、こういった酒場でも規模の小さい闘技場を持っているんだよ。まぁ、ちょっとした腕試しって所だぁな。メインの闘技場は誰でも参加できるって代物じゃねぇし」
「あら、そうなの?」
「年に一、二度、人を集めての闘技大会があるんだけど、そこで上位十名に食い込んだヤツだけが参加資格を得るんだ。有効期限は三年間」
「では、カイも三年ごとに大会に出ていらっしゃいますの?」
「ああ。俺も三年前に一度更新に来てる」
「凄いのねぇ…」
ドヤ顔のカイに素直に感心してしまう。鋼の緋熊は伊達ではないらしい。
「よぉ、にいさん!」
不意に背後から声が掛かった。
振り返ると、赤毛でそばかすの十歳くらいの少年がニコニコと見上げて来る。
「なぁ、宿を探しているんだろ? おいらの家、宿屋なんだ! にいさん、『無頼風』だろ? おれの家の闘技場に参加してくれるんなら部屋安くするよ。どう?」
「無頼風?」
「ああ、俺の異名だよ。 部屋は二つ欲しいんだけどあるかい? 一人部屋と二人部屋で」
「任せて!」
ケラリと笑うと、カイは良いか? という様にリューティアとライサへ視線を向ける。二人が頷くと、少年は嬉しそうに破顔した。
「やった! こっちだよ!」
跳ねる様にはしゃぐ少年の後に付いて歩き出す。少年の宿屋は大通りから少し入った所にあった。
酒場と食堂、闘技場を兼ねているらしい。古いが綺麗に掃除がされていて清潔そうな宿屋だった。
「俺は明日の試合のエントリーがあるから、こっちの闘技場に出る日程はそっちが決まってからになるけど良いかな」
「ああ、勿論構わないよ。食事はどうする?」
「折角だから店で取らして貰うわ」
リューティアもライサもこういった店は初めてだ。カイのやり取りを物珍しそうに眺めたり、店の中を見渡したりと忙しい。
「リティ、ライサ。先に飯にしようぜ」
「わたくし、こういう所でのお食事は初めてですわ…!」
「実は私も初めてなの…」
緊張気味の二人に、カイが可笑しそうに笑い、開いた席へと移動する。
リューティアもライサもカイに倣い、向かい合う様に腰を下ろした。
「今日は羊肉のシチューですが」
「ああ、じゃ、三つで。パンは籠で頼むわ。それとエールと果実水を二つな」
「まいど」
席に着くなり店員が声を掛けて来る。
慣れた様子で店員に注文する。メニューの様なものは無く、食事は一種類だけの様だ。
周りの客の三分の一ほどが屈強な体格の男で、大柄なカイがここでは霞んでしまう。
女性もいる事は居るのだが、屈強な男に媚びを売る娼婦の様な女ばかりで、リューティアもライサも縮こまってしまった。
「はい、お待ちどう」
運ばれて来たシチューは大きな肉がゴロゴロと入り、ボリュームがある。
丸ごと蒸かした馬鈴薯と大きな籠にたっぷりと入ったパンが置かれた。
「わぁ、美味しそう!」
久しぶりのまともな食事にリューティアは目を輝かせる。
「わたくしもうお腹がぺこぺこですわ。…ええと、フキンは…? それにフィンガーボウルがありませんわ」
「んなお上品なモンねぇよ」
「え”っ」
ライサの顔が引きつった。
「ライサ、野宿だとね、そういうのは無かったわ。慣れよ慣れ!」
「そ…そうですわね、我儘はいけませんわね」
パンを1つ皿へと移し、一口大に千切り、シチューに浸して口へと運ぶ。
「!美味しい!」
「本当! ハーブが効いて居てとても美味ですわ!」
最初こそ戸惑ったライサも、直ぐに久しぶりの食事に夢中になったようだ。
そんな三人を遠くから見つめる目があった事を、リューティアもライサも食事に夢中で気づかない。
ただ、たった一人、カイだけがその視線に気づいた様だった。
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