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三人の鍛冶屋

「こうして手を繋いで歩いていると恋人のようだな」


 リルさんは唐突に言う。

 僕は慌てて手を離す。


「あ、ごめんなさい、つい癖で」


 姉と買い物に出掛けるとき、よく手を握るので、そのときの癖が出てしまった。


 リルさんは小さく、可愛らしいが、考えてみれば僕よりも遙かに年上の神獣さま、不敬を働いてしまったかもしれない。


 素直に謝るが、リルさんは逆に頬を膨らませる。


「こりゃ、少年、ここで手を離すやつがあるか。一度繋いだからには容易に離すでない」


 なんでも普段、世間から神様扱いされているから、このように女の子として扱って貰えると嬉しいとのこと。


 ならばとしばらく手を握るが、周囲の視線が気になる。

 リルさんには立派な耳と尻尾があるため、どう見ても兄妹には見えない。

 恋人として見られているのだろうか。

 気になるが、リルさんもはやし立ててくる。


「少年、周囲の人間には我らはどう見えているのだろうな。種族の概念を超えた恋人、あるいはいたいけな獣人族をたぶらかす人買いと奴隷に見えているのかな」


「後者だったら迷宮都市の護民官に捕まりますよ」


 なのでそうではないことを祈る。


「ふむ、ならば恋人らしいことでもするか。通報されないように」


「恋人らしいこと?」


「例えばこうするとか」


 と、リルさんは言葉にするよりも先に腕を組んでくる。


 たしかに恋人らしいが、フェンリル・ギルドはバカップル禁止なのではなかったか、そのことを注意しようかと思ったがやめた。


 せっかく、機嫌のよい神獣さまを不機嫌にするのはよくない。


 それにこうして腕にひっついてくれた方が、その辺をちょこまか動き回るよりもやりやすかった。


 リルさんはニアほどではないにしろ、迷子癖がある。

 珍しいものを見つけると黙ってそちらにいってしまうのだ。

 僕は左腕を彼女に貸すとそのまま探索を続けた。



 さて、このようにして始まった鍛冶屋探索だが、当てずっぽうに探すわけではない。


 取りあえず近くにいた中年の鍛冶屋に【火神の槌】のメンバーの経営する鍛冶屋がないか尋ねた。


 男はすぐに答えてくれた。


「【火神の槌】の連中の店は、煙突に火神の槌をくくりつけてあるからすぐに分かるよ」


 とのことだった。

 たしかにそれは分かりやすい。

 この周囲には三件の【火神の槌】所属の鍛冶屋があるとのこと。

 リルさんはその中でも一番、腕の立つ鍛冶屋は誰か尋ねた。

 男は待ってました、とばかりに答えてくれる。

 どうやらこの男は話し好きの男のようだ。


「この区画に集まっている【火神の槌】の連中は、【火神の槌】の中でも屈指の連中という評判だ。どれも甲乙付けがたいが」


 と、三人のそれぞれの長所を挙げてくれる。


「まずはドワーフのボムズ。寡黙で無愛想な男だが、その技量は天下一品。ボムズの作った大剣は王都の武器オークションで非魔法武器としては最高価格で落札されたこともあるんだぜ」

 

 それはすごい。


 王都でそのような評価をされるということはボムズという人は相当の腕前を持っているのだろう。是非、鎧も作って欲しいところだ。


「それと獣人の鍛冶屋ジジンもすごいね。本来、獣人は不器用で鍛冶屋に向いていないのだが、ジジンだけは別格だ。その風貌に似合わない繊細な技術で、工芸品のような武具を作る」


 それもすごい。


 僕は線が細いタイプなので、あるいはボムズさんよりもジジンさんに頼んだ方が良い防具と巡り会えるかもしれない。


「そして最後にヴァイクという鍛冶屋なんだが。まあ、最初のふたりはたしかにすごいんだが、こいつと比べたらカスかもしれないね。ふたりは」


「カス? そんなにすごいのか? ヴァイクという男は」


 リルさんは尋ねる。


「すごいなんてもんじゃない。その技量はまさしく神業、ギルドマスターのサティロス様に、もしもヴァイクが神獣だったのならば、オレの後継者に指名したかったくらいだ、と言わしめた男だ」


「それはすごいな」


「ああ、しかも防具を作らせたら天下一品。この鍛冶屋街でも五本、いや、三本の指に入る男だ」


「決まりだな。我らが欲っしているのは防具。その男に依頼するか」


「ですけど、リルさん、そこまですごいと逆に頼みにくくないですか」


「どういう意味だ?」


「これですよ、これ」


 と、僕は指で輪っかを作る。


 つまりそれほどの名工に防具を作ってもらうには相応のお金が掛かるのではないか、そう言っているのだ。


 リルさんもそのことに気がついたようだが、彼女も神獣、ここにきて後に引くことはできない。


 男の前では「金など気にするな」という態度を崩すことはなかった。

 ただ、男に礼を言い、道を曲がると小声でこんなことを言う。


「まあ、聞くだけならタダだしな」


 前後の落差が激しい台詞であるが、気にしない。


 神獣さまには神獣さまの自尊心もあるだろうし、見栄もあるのだ。その辺をくんであげるのは神獣さまの部下の勤めであろう。


 改めてリルさんのリルさんらしい性格を確認すると、僕たちはヴァイクという男が営む鍛冶屋へ向かった。



 ヴァイクという男が営む鍛冶屋は、鍛冶街の中央にあった。

 煉瓦積みの立派な工房で黙々と煙が上っている。

 さっそく、扉を叩き、訪問しようと思ったが、その前に扉が開け放たれる。

 魔力敷きの自動ドアではなく、どうやらこの家の人間が開けたようだ。

 しかもその人間は、来客を蹴飛ばし、無理矢理外に追い出すとこう言った。


「女だからって馬鹿にしやがって! そんな仕事、こっちから願い下げだ」


 彼女はそう言うと、小間使いの少女に塩を持ってこさせ、それを握りしめ、先ほど蹴飛ばした男に掛ける。


 塩をまともに食らった男は這いずり回るように逃げ出した。

 その後、バタン! と閉まる扉。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔とは今の僕とリルさんのことを指すのだろう。

 突然のことに言葉もない。

 仕方がないので地面にへたり込んでいる男に話を聞いた。

 男は事情を話してくれる。


「いえね、あっしはとある地方貴族の従者なんですが、ヴァイク殿の作る鎧を求めて、遠路はるばるやってきたのです」


 どうやら男は客らしい。


「しかし、ヴァイク殿は三ヶ月ほど前に亡くなっていて。途方に暮れていたのです」


「え、ヴァイクさんは亡くなっているのか」


 それは僕にもショックであった。


「ですが、ヴァイク殿には娘さんがいましてね。彼女はヴァイク殿には劣るが、それなりの腕前の持ち主だった。そこでヴァイク殿の代わりに鎧を作ってもらったのですが」

 

「その出来が悪かったのか?」


 リルさんは尋ねる。


「いえ、そんなことはなかったです。無論、ヴァイク殿には及びませんが、見事な鎧を仕上げてくれた」


「ならばなんであんなふうに蹴られて、塩までまかれたのだ」


 リルさんの問いに男は落胆する。


「それがふと出たあっしの言葉にお怒りのようで。こちらは褒めたつもりなんですがね」


「なんと言ったんですか?」


 男はため息交じりに言った。


「『女が作ったにしては見事な一品です。我が主も喜びましょう』と言ったのです」


 どうやらそれでプライドを傷つけてしまったようで。


「なるほどね、それは怒られても仕方ない」


 僕がそう言うと、男も「やはりそうですよね。口から出た災いとはこのことだ」と気の毒なほど肩を落としていた。


 男はそのままその場をあとにしたが、問題なのは今後の僕たちである。

 これから依頼を頼もうと思った矢先にこれだ。

 どのような顔で訪ねていいか、分からなかった。


 なんでも男の情報いわく、しばらく『男』の冒険者の装備は作らない、と啖呵を切っていたそうな。


 仕方がない、僕たちはそう漏らすと、ヴァイクの娘に依頼をすることは諦め、残りのふたりに依頼をすることにした。


 しかし、その判断も報われない。

 ドワーフの名工ボムズは多忙のため、言下に断られた。

 僕たちの身なりを見てお金にならないと判断されたのだろう。


 獣人の名工ジジンはOKをくれたが、エリカから貰った紹介状を見せても50パーセントしか割り引いてくれなかった。


 いや、それは失礼か。50パーセントも割り引いてくれたが、それでも元の値段が高すぎて僕の貯金では手も足も出なかったのである。


「こうなると、やはりヴァイクの娘に頼るしかないな」


 と、リルさん。

 ジジンやボムズもそれを勧めていた。


「気むずかしい娘ではあるが、防具を作る腕前は父親譲り。それにまだ駆け出しだから依頼料も安く済む」


 とのことだった。


「そうですね、最初に彼女の家を訪ねようとしたのもきっとなにかの縁です」


 そう締めくくると僕たちは再び、ヴァイクの鍛冶屋へ向かった。

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