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サティロス・ギルド

 こうしてエリカを連れた冒険は終わる。


 彼女は満足したようで、迷宮の帰り道、

「これでお姉ちゃんの恋人『候補』の強さを見届けることができました」

 と、ささやいた。


「こ、恋人候補じゃないよ。恋人だよ」


 と、主張したが、彼女は笑顔で首を横に振った。


「演技はもう十分ですよ。とっくにばれていますから」


「……そうか、ばれていたのか。ちなみにいつから?」


「最初からですよ」


「うーん、どこか不審な点はあった?」


「不審と言えば全部不審ですが、まあ、決め手は恋人同士なのになぜかよそよそしいところですね」


「なるほど」


 それは仕方ない。実際に恋人ではないのだからよそよそしいに決まっている。


「それとやっぱり姉との長年の付き合いでしょうか。姉の嘘はすぐに見破れます。もしも、姉がクロムさまとそういう関係になったら、もっとラブラブビームを出すと思うんですよね」


「そうなんだ」


「ええ、姉は愛情豊かな人ですから、それはもう情熱的に迫ってくると思いますよ」


「なるほど……」


「なので覚悟してくださいね。もしも姉と恋人になったら、クロムさまはあの館を追い出されます」


「たしかに、リルさんはバカップルが嫌いだからね」


 バカップル禁止! 私の前でいちゃつくやつは首がもげて爆発しろ! と公言しているリルさんの前でカレンが情熱的に迫ってきて、僕が受け入れてしまったら、追い出されること必定だ。


「そうです。我がジュノシー家のメイドさんを雇うのは大変ですよ。クロム様は破産してしまいます」


「だね、せめてもっと稼ぎをよくしてからでないと」


 冗談めかして言うと、僕は尋ねた。


「しかし、最初から分かっていた、ということは、ジュノシー家への報告は控えてくれるんだよね」


「もちろんです。わたしはお姉ちゃんっ子、姉のマイナスになるような真似はしません。ですから、一応、クロム様を姉の恋人ということにし、お見合いは延期してもらいます」


「それは助かる」


「お姉ちゃんがですか?」


「それもあるけど、僕とリルさんもかな」


 と、僕は続ける。


「リルさんはあの性格だからね。掃除洗濯が苦手なんだ。僕もこんななりをしているけど、姉の教育方針で家事全般は不得手でね。そんなふたりからカレンを取り上げられてしまったら、あのフェンリルの館は冒険者ギルドではなく、ゴミ館と呼ばれるようになるよ」


 事実、以前、カレンが長期休暇を取ったとき、フェンリルの館は一瞬でゴミであふれたそうな。


 もしもカレンがいなくなれば、その再来が見れるだろう。

 見たくないが。


 そのことを話すとエリカは、

「そのときはわたくしたちジュノシー一族のメイドさんをお雇いください」

 と笑った。




 

 そんな和やかな感じで家路につく途中、エリカがとあることに気がつく。


「あ、クロム様、服がほつれていますよ」


 と、僕の肘を指さした。

 腕を持つ上げ、確認してみると、ほつれているどころか穴が開いている。


「ああ、またか……」


 と、漏らす。


「またか?」


 不思議そうに言うエリカ。


「よくあることなんだ。この旅人の服は故郷からずっと着たきりでね。かれこれ一年着ている」


 カチュアがなにか言おうとしたので、

「もちろん、洗濯はかかしたことがないよ」

 と、続ける。


「ギルドに入ってからも立て続けに戦闘しているからね。破けたり、ほつれたりはしょっちゅうさ」


「なるほど、そのたびにお姉ちゃんが補修しているんですね」


「そういうこと。なるべく目立たないように縫い直してくれてはいるけど……」


 僕は全体的に薄汚れてきた服を見下ろす。


「そろそろ寿命かな。新しい旅人の服を買わないと」


「旅人の服を買い直すんですか?」


「うん、そうしようと思ってる」


「ですが、クロムさまほどのレベルならば、そろそろ鎧を着てもいいと思うのですが」


「それも考えたんだけどね、鎧は高くて……」


 先立つものがない、とは言わなかったけど、すぐに事情を察してくれたようだ。

 差し出がましいようですが、と前置きした上でこう言ってくれた。


「……あの、実はわたしの従姉妹が鍛冶ギルドに奉公しているんです。サティロス・ギルドって知っていますか」


「もちろん、知っているよ。この迷宮都市イスガルドでサティロス・ギルドのことを知らない人はいないよ」


「あたしは知らないけど」


 と、カチュアは平然と言う。


「……まあ、そうだろうね」


 と言うと僕は彼女に説明する。


「サティロス・ギルドは、別名【火神の槌】と呼ばれるイスガルドでも名門の鍛冶ギルドだよ」


「なるほど、あたしは魔術師だから、武具には縁がないしね」


「戦士系の僕には憧れさ。【火神の槌】に所属する職人が作る一流の武具を装備して迷宮の地下深くに潜りたい」


「ならばその武具を買ってもぐればいいでしょ」


「そういうわけにもいかないよ。【火神の槌】印ともなれば、通常の武具の数倍はするからね。とても買えない」


「そうなのです」


 とエリカは言う。


「【火神の槌】印の武器は高い。しかし、その分、性能は折り紙付きです。それに今のクロムさまなら決してその武具らも見劣りしないと思うのです」


「うーん、そうかな?」


「そうですよ、ですので、是非、購入されてはいかがですか?」


 とエリカは笑顔で言う。


 だけど先立つものがないよ、と同じやりとりを繰り返そうとしたが、彼女はそれを制するかのように懐から書状を取り出す。


「これは従姉妹への手紙です。従姉妹はかれこれ十年近くサティロス・ギルドで働いています。彼女の紹介とあれば、いくらかはディスカウントしてくれるでしょう」


「それは本当?」


 と思わず聞き返してしまう。


「本当ですよ。市場価格の半額とは言いませんが、それに近い値段で買えるはずです」


「……ならば手が出るかも」


 そう思った僕は、エリカから紹介状を貰った。

 後日、僕はサティロス・ギルドにおもむくこととなる。



 ちなみにフェンリルの館に帰ると、エリカはそそくさと身支度を終え、郷里に帰っていった。


 大きなリュックサックをかつぐと彼女は姉に耳打ちをしていた。


「クロムさんはとても素敵な男性だね。あのエルフの娘も狙っているみたいだから、お姉ちゃんもうかうかしていられないよ」


 カレンは珍しく頬染めると妹の額を指で突きながら言った。


「生意気」

 と――。


 妹はえへへ、と答える。


 最後にカレンは妹を抱きしめると、

「初めてのご奉公、がんばってね。辛くなったらお姉ちゃんに手紙を送るのよ」

 と言った。


 カレンは初めてメイドの仕事をする妹を気遣っているようだ。

 妹を気遣っている姉を気遣う妹。


 彼女はつとめて元気な笑顔を浮かべながら、

「ジュノシー印のメイドさんの有能さを轟かせてきます」

 と、姉に返した。


 その後、エリカは名残惜しむことなく、フェンリルの館をあとにした。

 カレンはギルドの仕事があるので、僕が乗合馬車の駅まで送っていった。

 こうして僕とカレンの偽装婚約者騒動は終わった。


 エリカは実家に帰ると、姉の恋人は将来有望と報告してくれ、お見合いの話は立ち消えとなった。


 その後、エリカはどこか貴族のお屋敷に奉公に出たようだ。

 定期的にカレンに手紙が送られてくる。

 僕はそれを見せてくれるように頼んだが、カレンは一度も見せてくれなかった。

 なんでも僕についてのこともよく書かれているらしい。


 どんなことが書かれているんだろうか、気になるが、それは詮索しない方がいいだろう。


 ただ、またエリカに会いたいな、と言うとカレンは花のような笑顔を浮かべこう言った。


「その願いはきっと叶いますよ」

 と――。

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