7.私の事情とライオネルの事情
雪が溶けて馬車で移動できるようになるまで、私は思い切り羽根を伸ばすつもりだ。こんな風に天気が急に変わるのも、普段なら気づいて早めに引き上げるのだが、今日は侵入者がいるとそちらに夢中になってしまった。次はこんな事態になるより先に屋敷に帰ることができるはずだ。
「冬の間積極的に狩りをするつもりですので、森でご迷惑をおかけすることはなくなるはずです」
そう言うと少し表情を緩めたライオネルが口角を上げた。
「訓練ばかりではつまらないという騎士たちのよい気晴らしだったのだが、残念だ」
そういえば、魔物を相手して、倒したときの歓声はとても楽しそうなものだった。屋敷の広場でお互い剣を交えるよりも、ああやって魔物狩りをしている方が楽しいのか。そこは私と一緒だなと思った。
「でしたら今度またご一緒しませんか? ご迷惑でなければ、隣の領地同士の交流ということで、私の狩りに付き合っていただく、とか」
「それは、楽しそうだ」
後ろに立つエルトン卿へ目をやれば、彼は無表情だった。反対はしていないようだが、賛成もしていないといったところか。
まあ、我が領としては自領の戦力が足らないと知られてしまった、本来なら恥じるべき事態だ。あくまで事務的に処理し終わらせてしまいたいところを、私がまた関わろうとしているのだ。
昨日帰ってきたばかりで、屋敷に在駐している騎士の数や、そこから何十名が西の森の討伐に行っているかなど、まだ把握し切れていない。オリバーが杜撰なことをするとは思えないが、父が領地経営を軽く見ているならば、オリバーの進言に真剣に耳を傾けていない可能性はある。
昔はそうではなかったが、最近は王都で権力を広げる方へ意識を持っていきがちで、本来ならば年に数度自領へ戻るはずが、確か今年は一度だけだったはず。
この冬はそのあたりもよくよく見てみなければいけない。
「最近はこの周辺の魔物はどうでしょう?」
「そうですね……数年前に南へ兵力を裂いた余波か、少し増加傾向にあります。ただ、魔物は倒せば資金となりますから、北の領地の領主たちはそこまで重くは見ていないようですね。ほどよい量の魔物は領地を潤します」
だが、放置すれば魔物は増える。増えて他領まで流れるようなら、やはり領地の運営が上手くいっていないということだ。
とにかく、兵が、騎士が足りないのだろう。
「……本当に迷惑ではなかったのですよ?」
思考の海に沈んだ私の沈黙を何かと勘違いしてか、ライオネルはそう言った。青い瞳が少し焦りを含んで私を見ている。
「お気遣いありがとうございます。兵士の増やし方を少々考えておりました」
私の目標に、王都にとられた騎士たちを領地へ取り戻すという項目を増やしていたのだ。
本当に、憎らしい。あの王子の愚かさはこんなところにまで影響をもたらしていたのか。
「騎士や兵士は、増やそうと思って増やせるものはありませんからね。現実的なのは、王都にいる騎士を呼び戻すことでしょう」
ライオネルの言葉に私は微笑む。
「私の騎士たちを使ってもらってもかまいませんよ」
「それは申し訳ありませんわ。我が領地の騎士の面目というものもあります。ですから、ぜひ狩りをして遊びましょう」
辺境伯の地には、たくさんの騎士や兵士がいることだろう。羨ましくもあるが、それはあくまで辺境伯の持ち物だ。
マシューたちとこっそりやっていた狩りは、場合によっては迷惑をかけられたと領地間の問題にもできるくらいのことだった。そうしなかったのは辺境伯の意向か、それともライオネルの独断か。
どちらにせよこの話題はもう終わりにした方がいいだろう。
何も話すことがないのなら、席を立てばよいのだがそのきっかけも掴みかねていた。
「……ライオネル様は、冬の間もずっとこちらなのですよね?」
「ええ、王都へ続く道は雪で閉ざされつつあります。本格的な冬が始まる。父はすでに王都入りしておりますが、私はこちらで狩り三昧の予定です……社交は面倒なのですよ。色々と」
「面倒で終わらせられるのですね」
「終わらない……が、道が閉ざされてしまえばどうしようもない」
つまり、彼と私は今同じ状態なのだ。
王都からの呼び出しを、雪のせいにして断っている。
「ふふ。大変不躾な質問ですが」
私が先ほどのライオネルと同じ言葉を紡ぐと、彼もそれに気づいたので先を促す。
「わたくしの耳に入っていないだけかもしれませんが、ご婚約者様は?」
「おりません。一度婚約者がいたことはありますが、戦があり、魔物が出ると私が出陣します。二ヶ月三ヶ月と帰ってくることはない私に、婚約者は愛想を尽かしましてね。急に帰って会いに行けば、どこぞの男と密会中でした」
それは、知らなくて当然だ。お互いにとっての醜聞はできうる限り伏せるだろう。それでいてどこからか漏れる。漏れた話は偽りが混じり、聞き手が楽しいようにと尾ひれがつく。
「こちらは大事にせず婚約を解消するに留めたのですが、あちらが気に入らなかったようで、何やら世間では私は大変無慈悲で冷酷な戦闘狂だそうですよ」
「無慈悲な戦闘狂の部分は多少聞いたことがあるような気がします」
私の周囲の女性たちは、噂話は好きだが、不確かな情報や偽りが多い話は耳に入れようとはしない。それが良いか悪いかは別として、下手な噂話に振り回されることがなく、楽だった。
だが、噂はやはり大切でもある。別ルートで手に入れてはいたが、この話はすでに婚約者のいた私には必要ないと切り捨てられたのだろう。
何よりライオネルに非がなく、隣の領地のこととはいえ、グレンウィル領への不安材料ではなかった。元婚約者もあまり関わりのない領地の令嬢なのだろうか。
「それは大変でしたわね……今回のお礼にその評判を鎮めるようにいたしましょうか?」
それくらいなら季節一つ分でどうにかできる。
「いや、必要ない。今の暮らしを気に入っていてね」
だが、確か一人息子だったはずだ。
子どもができなければこの先困るだろう。家門内から養子を求めるとしても、ライオネルがいればスタンゼット家の中でも揉めそうだ。何せ王家の血筋なのだから、それを絶やすわけにいかないと親戚があちこちから湧いてくる。
「本当に、必要ない。気遣いをありがとう。どうも今日のように騎士たちと領地内を駆けずり回っている方が性に合っている。領地経営などは面倒でしかたない。任せられる者がいるなら任せればいい」
しかし、辺境伯か。
私はそんなことを考えながら彼との会話を終えた。先ほどの使用人が湯浴みの準備ができたと呼びに来たのだ。
領地の本邸とは違い、ここはライオネルが狩りの拠点にしている屋敷の一つだそうで、使用人の方が力が強いという。
この準備ができたには逆らわない方がいい。
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