6.冬の屋敷
食堂は暖かく、喧噪にまみれていた。木のジョッキになみなみと注がれた酒を流し込み、もう片方の手にはフォークに刺さった肉がある。扉が開き私が彼らの前に姿を現すと、一瞬しんと静まりかえったあと、バタバタと席が作られた。
マシューが飛んでくる。
「パトリシア様!」
「どう? 身体は温まった?」
気後れさせないように笑顔で対応すると、マシューはうなずいて私を開けた席に誘導する。 騎士たちが普段から食事をする場所なのだろう。木の長テーブルが四角く並べられ、扉から一番遠い長テーブル以外は騎士たちが向かい合って座っている。私はその一番遠い長テーブルへ案内された。他の長テーブルのものより良い椅子が二つ、並んでいる。直前までは一つしかなかったのが、二つになった。たぶんライオネルと私のものだ。
使用人たちが私の前に皿とカトラリーを並べ、目の前の手をつけられていない大皿からいくつか食べ物をとってくれる。
マシューがガラス製のカップに葡萄酒を注ぐ。
「マシュー、あなたも席に戻りなさい。お腹が空いているでしょう? 私は一人でも食べられるから」
「私がお手伝いいたしますので」
先ほどの女性が言うと、マシューは悩んだ末に席に戻っていった。
一辺には六人ほどが向かい合って座っている。そこまで大きな食堂ではない。だが誰もがよく食べ、よく飲んでいた。私もそばについている彼女に勧められるがまま口にしていると、エルトン卿と一緒にライオネルもやってきた。
貴族であることを隠すように傭兵のような格好をしていたが、こうやって身なりを整えると見目も悪くない。騎士として恵まれた体つきをしているのだから当然か。上背があり、鍛えた身体に整った顔立ち。
なぜまだ結婚していないのだろう?
何か瑕疵があるのか?
私は第三王子の婚約者として過ごしていたので、そういった情報はあまり入ってこなかった。だれも無駄なことはしない。私に縁談を持ち込む者などいなかったのだ。
ライオネルに言われてエルトン卿も与えられた席に向かう。昼食の時間はとうにすぎ、吹雪いてきているので正確な時間はわからないが、あと一刻もすれば夕食の時間だろう。あとでしっかり礼はするつもりなので、遠慮なく食べるといい。
私はこの場の主人であるライオネルがそばに来たところで一度席を立とうとするが、彼は手を振りその必要はないと私に合図する。
「このような騒がしいところで食べなくとも。部屋に用意して差し上げればといったはずだが?」
私の隣に立つ使用人に向かって軽く睨みを入れるライオネルだが、本気で怒っているわけではなさそうだ。
「食事は大勢の方が美味しいのですよ、ライオネル坊ちゃま」
坊ちゃま……奥様と言っていたし、きっと古参の使用人なのだろう。先ほどから周囲の使用人への采配も、視線一つで済ませている。
家令のような采配する者はいないと言っていたが、彼女は十分その役目を果たしていた。
「こういったお食事も楽しいです」
私が彼女の援護に回ると、ライオネルは少しだけ笑ってグラスへ注がれた葡萄酒を一気にあおった。
その後は領地について当たり障りのない会話をする。騎士たちは盛り上がりながらもこちらが気になってしまうらしく、大声を上げた瞬間、慌てて大人しく席に座り直すことが何度かあった。私がいると、狩りのあと、盛り上がった気分を発散しきれないままになってしまいそうだ。
十分食べたので、部屋へ戻ろう。そして湯浴みだ。
と思っていたのに、なぜかエスコートするライオネルに連れられ、応接室で話をすることになった。もちろんエルトン卿がついてきている。マシューはもう少し食べていなさいと置いてきた。たぶんだが、騎士の中に顔見知りがいるのだろう。楽しそうに話していたのを邪魔するのは可哀想だ。
「茶か、酒か」
そう言って彼が持っているのは先ほどより度数の高い蒸留酒だった。
「お酒で」
私がにっこり答えると、エルトン卿が後ろから押さえた声で名を呼ぶ。
「心配しないで」
酒はそれなりに飲める。問題はない。
度数は高いが、どうやら少し多めに水を注いでくれたようだ。
「改めて、相談もせず勝手な真似をして申し訳なかった」
「先ほども言いましたが、謝罪は今日ここでだけにしてください。あなたたちがうちの東の森に入って狩りをしていたのは、自領に流れてくる魔物を狩り、追っていたからです。気づけばグレンウィル公爵領に入ってしまっていた、のです。それほどにこちらから魔物が流れていたのだと」
そうしておかねばせっかくの親切を仇で返すことになる。
「なるべくそのまま、こちらで得た獲物が回るようにはしていたのだが、商人に間に入ってもらっている分多少の手数料は引かれている。一応帳簿はつけているので渡そう」
「ライオネル様は本当に、まめでいらっしゃいますのね。そういったものはない方が話が上手くまとまりますのよ」
あまり明確な記録を残しておくことは、今回の件ではよろしくない。とっとと燃やしてしまってほしい。
私がチラリと暖炉を見ると、ライオネルは驚いたようだ。宙に浮いた帳簿が私たちの間のローテーブルへ置かれている。
まあ、私がもらって燃やしてしまうのが一番か。
そっと手をやり少しだけこちら側へ移動する。これで彼の懸念も消えたのだろう。表情に見えた緊張が消える。
「先ほどエルトン卿へ屋敷への連絡を、伝達の魔導具を使用するか聞いたのだが、故障しているとの話だった」
「ええ、そうなのです。魔石に傷が入ってしまったので、新しいものを得るために狩りに参りましたの」
「屋敷で心配をしているだろうな……だが、この雪で誰かを使いにやるわけにはいかない。申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
そう言って私は左手の人差し指に嵌めた指輪を見せる。
「こちらと同じものを私の騎士が持っております」
「……青は無事。問題ない。赤は緊急、だったか」
私の状態を伝えるものだ。これの受信側をグレンダに持たせていた。
「ですからあちらも捜索に人を寄越すことはないと思います。雪が止んだらゆっくり帰りますので、馬をお借りしても?」
「もちろんだ。そのときは送らせてもらう」
「ありがとうございます」
色々と心配してもらっていたらしい。
必要な会話を終えてしまうと、食事中当たり障りのない話は出し尽くしてしまったので話題に困る。
二人の間の沈黙に、グラスの中の氷がカランと音を立てた。
語ることがなくなると、つい飲んでしまうのだ。
そして我慢できなくなったのはライオネルだった。何度か口を開いては閉じてとしていた。何を聞きたいかは見当がついていた。
「大変不躾だが、…………グレンウィル嬢は第三王子であるチャールズ殿下と婚約中と聞いていたのだが、今年は領地で過ごすのだろうか?」
冬の社交はどうした、王子の婚約者だろうと言っている。気になるだろう。当然だ。そして、一応そういった話はきちんと把握していたのかと意外だった。結婚適齢期であるのに、冬の社交に出てこない辺境伯の息子。
私からすればあなたの方が不思議な存在なのだ。
「実は婚約は白紙になりましたの。真実の愛を見つけたそうです」
ぐっ、とむせたライオネルが咳をしながら苦しんでいる。
まあ、驚くだろう。私も逆の立場なら驚きに目が飛び出ている。
「真実の愛……」
「ええ。ですから二人を応援してわたくしはこの冬領地で過ごすことにしたのです」
その返答に、ライオネルはそうかと小さく漏らしただけだった。
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