4.密猟者の正体
「ここはグレンウィル公爵領の森だ! そなたらは許可を取ってここで狩りをしているのか!?」
まだ密猟者の方がマシだった。
彼らはそうはみえない。
私は糸の存在を相手にもわかるようにした。
多少魔力を使える者なら。状況の拙さに気づくだろう。逃げようと動けば四肢がちぎれる。もちろんかなり距離をとって張り巡らせているので、今すぐに彼らを傷つけるようなことはない。ただ、包囲されていると言うことがわかるのなら、それだけ危険な相手だし、同時に動こうとはしない。
今まで狩りの成果に湧いていた男たちは顔色を変えた。
しかし、殺気のようなものは見られない。こちらへ敵意をぶつけてはこなかった。
エルトン卿も剣を抜いて備えている。
初めの、彼らの中の中心人物である男が、こちらへ進み出た。他の男たちは下がって跪く。ただ、一人は彼の隣に立ち、何やら耳打ちしている。
やがて男が真っ直ぐこちらを見て話し始めた。
「グレンウィル公爵家の長女、パトリシア様とお見受けします」
答えずにじっと見ていると、彼はその先を続けようとした。
だが、突然後ろから茂みをかき分け近づく音がする。私とエルトン卿は思わず振り返った。
「パトリシア様! お待ちください!!」
「マシュー!?」
屋敷へ連絡をといったはずの彼が現れ困惑する。
「パトリシア様、彼らは、スタンゼット家の方々です!!」
「スタンゼット!?」
思わず応えて、再び振り返り崖下の彼らを見やると、誰も彼もが気まずそうな笑みを浮かべていた。
「説明、してくださるかしら?」
私は軽く彼らを睨み、魔力の糸を解いた。
こちらに来てもらうよりもあちらに下りた方がいいと、私たち三人は崖を滑るように移動し、彼らの前に立つ。
スタンゼット辺境伯の騎士たちというなら、理解できることは多いのだ。本人もだが、馬もかなりよい扱いを受けているものばかりだ。毛艶がいい。
「ライオネル・スタンゼットです」
黒髪に青い瞳の男性はそう名乗った。
確か辺境伯には長男がいたはずだ。今年で二十一くらいだったと記憶している。辺境伯がタウンハウスに在住し、領地には先の辺境伯、ライオネルの祖父にあたる人と暮らしているということか。
「この森は、我が領地へも続いており、狩りの時に少し足を伸ばすことがあるのです。大変申し訳ございませんでした。こちらで得たものはグレンウィル家の屋敷にお持ちします」
領地を侵犯し、狩りをしていた。その事実に強い言葉で抗議してもよいのか、判断がつきかねる。公爵家と伯爵家といいたいところだが、辺境伯は普通の伯爵家とは違う。国の防衛の要ともなるし、事実何度も戦線を押し返している。スタンゼット家は特に優秀な騎士を排出する家門だった。
あちらが悪いと勝手に喧嘩を売って良い相手ではない。
保留としよう。
そう決めて顔を上げると、マシューが再び間に入ってきた。
「違うのです、パトリシア様!」
「マシュー!」
エルトン卿でもない、もちろん私でもない。
彼を制するような声を上げたのは、先ほどライオネルに耳打ちした男だった。立ち位置的に副官なのだろう。
けれどマシューは止まらない。
「パトリシア様、申し訳ございません。スタンゼット家の方々は、我々の領地の狩りもしてくださっているのです。得たものは、我々の領地へ持ち込んでくださっております。もう、三年も前からです」
マシューはひざまずいて頭を伏してそう言った。
「どういうこと?」
申し訳ございませんと繰り返すマシューではなく、エルトン卿を見るが、彼もまた驚いた様子だった。
「マシュー、一から説明してくれないかしら?」
誰かにわかりやすく状況を解説してほしかった。
ライオネルはそんな私を見て深い息を吐いた。頭を掻きながら諦めたような声色で話し出す。大変耳心地の良い声から、最悪な話を聞くこととなる。
「四年前、南方で大規模な戦があった。北方の我々の元にも、兵を送るよう、国から命が出たんだ」
「ええ、存じております」
城でチャールズ殿下がぎゃーぎゃー騒いでいた。特に自分が何をするわけでもないのに、ただ騒がしかった。
「戦自体は一年も経たずに終結したが、グレンウィル嬢の領地の兵は半分も帰ってこなかった。あなたの婚約者が王都に留めよと命じたためだ」
私は顔をしかめる。あの愚かな王子は何を恐れたのか婚約者なのだから兵を置いておけ、自分を守れと無茶を言ったのだ。城には城の兵士がいる。必要はないと進言したが、無理を通してきた。
「ですが、一年という約束だったはずです」
エルトン卿を見ると、彼は頭を振った。
は? まさか、まさか、だ。
「父からは帰還したと聞いていたけれど?」
「残念ながら」
あの王子は、本当に、もっと貶めてやればよかった!!
ライオネルがふっと息を吐くように笑った。
「グレンウィル嬢はご存じなかったようだ」
「わたくしの目に留まらないところに配置していたのでしょうね……」
見つけていたら絶対に間違いなく、ただじゃ済ませない。
「でもそれでは、領地の人員が足りなくなりますね」
それで、か。
「領地西方の森がかなり深く、毎年たくさんの魔物が現れます。あちらへ定期的に兵を回しておりました。正直西の森を制するので手一杯です。ここ二年ほど、東の森の魔物の数が減っていると思っていたのですが」
エルトン卿が苦渋の表情でライオネルたちへ頭を下げた。
魔獣の数が減っていたのではなく、減らしてもらっていたのか。
「そこの、マシューがかなりこまめに狩りをしていたようだが、それでも一人の手にはあまる。どうしてもうちに流れてくる魔物が多く、自然と領地を越えて狩りをするようになってしまっていたのだ。本来なら公爵閣下に許可を取ってからやるべきことだった」
「狩りの途中何度もライオネル様にお会いするようになりました。今の騎士の数と、西の森の魔物の多さでは、東の森まで手が回らないことも話してしまいました。領地の内情を他領に漏らすどころか、相手を招き入れるようなことをしてしまったのは俺なんです」
涙ながらに語るマシューを責める気にはなれない。西の森から少し行ったところには集落もある。馬で一時間の距離には屋敷だってあるのだ。
「定期的に、マシューと他の騎士をやり狩りはさせていましたが、西の森のように大規模に狩ることはここ数年しておりません」
「スタンゼット家の皆様のおかげということね。今まで本当にありがとうございます。大変お世話をおかけしました」
私は膝を折り、貴族の礼でとりあえずの謝罪を述べた。これだけでは終わらない。屋敷にとって返し、魔導具をすぐさま作り上げ、父を怒鳴りつけてやらねばならない。いや、スタンゼット家に不利益が被らないよう、それなりに手を回してからか。春まで雪に閉ざされようとした我が身を呪いたい。今すぐ王都に戻り、片っ端から殴り倒したい。
「我が領の管理不行き届きのを助けてくださったお礼をしたいのですが、なにぶん領主は不在ですので、春になり次第正式な謝罪をさせていただきたく存じます」
「いや、そこまでは必要ない。我々は狩りで暇を潰すような人種なのだ。年がら年中あちこちに狩りに出掛ける。最初に領地に踏み入れてしまったのは私たちの方だ」
「それは、絶対に余所では話さないでくださいませ。この件に関しては全面的にこちらに否があります。そちらに余地を作る言葉は慎んでくださいませ」
父はそういったほころびを見つけるのがとても上手い。辺境伯よりは公爵家の方が一応家格は上なのだ。これは簡単な謝罪などで済ませてはならない。
私にとってもこれは大変美味しい案件なのだ。
こちらの勢いに驚いて目を丸くすると、ライオネルはそのままうなずく。
「ほら、マシューも立ちなさい。あなたは確かに間違いを犯している。エルトン卿に相談すべきだったわ。それか、他の上級騎士にね」
「申し訳ございません」
涙と鼻水を袖で拭って、マシューはエルトン卿に頭を下げた。
「この冬は私とエルトン卿とあなたでなるべく狩りをしましょう。まだ森の半分も来ていないもの」
「はい」
なんとなくは予測していたが、あとで聞いたところによると、この森のそばの集落にマシューの親類たちが住んでいるとのことだった。それは、心配で狩りにくることになる。
「後日一度お屋敷に伺いたいです」
私がライオネルへそう言うと、彼は少しだけ険しい顔をした。
屋敷を訪れるのは問題なのだろうか?
「マシュー、馬は?」
私に答えず隣に立つマシューへ声をかけた。
「先ほどの鹿肉の袋を乗せて尻を叩いたので、三頭とも屋敷へ向かったと思います。手紙も添えておきました」
墨で布に森での出来事を書いて馬をやったという。他の二頭はわからないが、アナベルはきちんと屋敷へ向かうだろう。
「ならばこちらの方が近いな。すぐ移動しよう」
「えっ?」
突然何を言うと思ったが、目の前に白いものが落ちてきた。
森の木々の間を縫って落ちてくるほどなのだ。
雪だ。
早く流れていった雲は、雪を運んできた。
「大変」
「森を抜けたすぐ先に拠点がある。私の普段住まいでもあるので、客人三名くらいならまったく問題ない。女性の使用人もいる。正直この勢いではそちらのお屋敷まで森を抜けて届けるのが難しい」
馬が通れる森の中の道は、屋敷とは反対の方向に出る。確かに馬で駆けても一刻以上だ。つまり、それより早くその拠点があるのだろう。
悩んでいる暇はなかった。
「お願いします」
私が返事をすると、ライオネルがすぐさま号令を出す。小柄な騎士が別の騎士と相乗りをして、エルトン卿とマシューが乗る馬を一頭貸してくれた。
馬上からライオネルが私に手を差し出す。
家族でない男性との相乗りに一瞬悩んだが、鼻先に落ちる雪を感じて手を握り返す。
強い力で馬上へ引き上げられ、すぐさま駆けだした。
「少し急ぐ。窮屈だろうが我慢してくれ」
耳元で囁かれ、私はうなずいた。彼の手で私のフードが上げられる。
馬で駆れば森はすぐ抜けた。そしてこの短時間に積もった雪の多さに、積雪地の怖さを思い出すこととなった。
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