3.久しぶりの狩り
雪はまだ降り始めで、積もることはなかった。
「ですが、そろそろと思っております」
会話は私とエルトン卿の間で交わされる。マシューは何か言いたげだが従者として耐えていた。じっと私たちの話を聞いている。
「しっかり雪が降ったあとの狩りも楽しいのだけれど」
「パトリシア様は昔から雪が好きでしたね」
「埋もれるのが楽しいでしょう?」
屋敷の近くにはさすがに魔物は出ないが、馬で半刻ほど駆けたところには森がある。かなり深い森だ。魔石を持つ魔物はそれなりの大きさが必要だった。それでも雪狼あたりなら、二体に一体くらいの割合で魔石が採れた。それを組み合わせて使うこともできる。鹿が出そうなあたりで、それを狙う雪狼もろとも捕まえてしまいたいなと思ってる。
「欲張るとすべてを失います」
「わかっているわ。久しぶりの狩りに興奮しているの」
今日の狩り場は知らせてあるし、森の入り口で馬は置いていく。狼が出たら逃げられるように手綱は緩めておいた。アナベルたちは利口だから、その場から逃げ出せば自分で屋敷に帰る。そうすれば、屋敷からこの森へ騎士が送られるだろう。
「こちらに鹿の痕跡が」
木肌が削られている。マシューが示す先にはさらに糞が落ちていた。もちろん足跡もある。
「半刻ほど前かと思われます」
「彼はとても森に詳しいのです」
「頼もしいわね」
今まで後ろを着いてきていたマシューだが、森に入ると一番先頭を行くようになった。しかも、魔法を使っている。
「簡単なものですが、風を使うことができます」
「それは、狩人としては最高のプレゼントだわ」
私が褒めると、ずっと緊張していた彼の表情が少しほころんだ。
魔法の素質はこの世界に生きる者誰しもが持っている。が、実際使える市民は少ない。貴族も半数ほどだった。魔力量は産まれ持ったもので、増やすことができない。身体を休めれば回復するが、いちどきに使える魔力量には個人差があるのだ。
私は両親ともに魔力量が多く、それが受け継がれた。
実戦でも使えるし、魔導具作りもできる。
マシューの先導により、鹿の姿を見つけ、さらにそれを狙う雪狼の姿も発見した。風を上手く使い、私たちは彼らの風下にいる。まだ気づかれていない。
「どうしましょう?」
エルトン卿が私に今後の指示を仰ぐが、私はマシューへ目をやる。
「二手に分かれて、俺が……私が弓で鹿を射ます」
彼は腰に剣を下げていたが、背に弓も背負っていた。使い込まれた弓だった。
「ではそのように」
つまり、鹿を仕留め、雪狼と敵対し、二方向から雪狼を攻めるというのだ。
「私があちらに移動するわ」
「お嬢様はマシューと一緒にお願いします」
「嫌よ、あちらの方が楽しそうなのに」
「パトリシア様、マシューをお願いしますね?」
有無を言わせずエルトン卿は私にマシューを押し付けて、音を立てずにその場を離れていく。反対か? 私の子守をマシューに頼んだのかもしれない。
まあ、戦力的にもこれが最適なのはわかる。鹿を一撃で仕留められたとき、雪狼はまずこちらへ意識をやるのだから。
風を使い、正確な数を把握する。木肌を食んでいる鹿を狙っているのは三匹の雪狼。相手に魔法の気配を感じさせないようごくごく細い風の糸を編んで探る。
マシューの弓の腕はいかほどだろう。私は、いざというとき仕留められるよう魔力の渦を手の中に作り始めた。
「いきます」
小さく、私に聞こえるようマシューが合図をする。
引き絞った弓が真っ直ぐ矢を放った。
心臓あたりを狙うかと思っていたのだが、マシューの矢は左足付け根に吸い込まれた。足は、お世辞にもよい的とは言えない。この場から逃げた先で倒れることの方が多いだろう。
だが、それは私の間違いだった。マシューが放った矢は左足を吹き飛ばしたのだ。四つ足の動物が、突然三つ足になれば移動するにしても限度がある。衝撃に跳ね上がった鹿は、倒れてそして、起き上がることができなかった。
すぐさま手の中の魔力の渦の放出先を雪狼に切り替える。位置的にも手前の右側が私の得物だ。隣ではマシューが次の矢をつがえていた。
手の中の魔力を放ち、茂みから剣を抜いて飛び出す。
氷のつぶてが雪狼を襲う。それはあくまで牽制で、私の剣が飛びかかってきた狼の首を刎ねた。もう一匹はマシューの矢が頭部を貫く。三匹目は怖じ気づいたところをエルトン卿に始末された。
「すごいな、どれだけ強い弓なの」
「私ではまともに扱えない弓ですよ」
エルトン卿の言うとおり、常人ではこの弓は引けない。彼は生粋の狩人なのだろう。
鹿は雪狼を相手している間に出血により絶命していた。雪狼を地中に埋め、鹿も腑分けし、必要な肉を革袋に収める。雪狼からはよい魔石が採れたので、これを合わせて使えば伝達の魔導具も直せるだろう。
「もう少し狩りを続けたかったのだけど……」
そう言って空を見上げる。
木々の隙間から多少見える空に雲が流れている。かなり早い。
「天候が変わりそうですね。帰りましょう」
エルトン卿の言葉に、私はうなずく。だが、張り巡らせていた風の糸に引っかかるものがあった。
「待って……人の気配がする」
グレンウィル公爵領の屋敷は、かなり北寄りにあった。間に辺境伯爵領があるとはいえ、他国が近い。ここ数十年はその先の領地とも仲良くやっているのだが、百年以上前はそれなりに小競り合いを繰り返していた土地だ。
「様子を見に行きます」
「お嬢様、屋敷へ戻って他の騎士を伴います」
「いいえ……馬がいるの。騎馬した者が十数名よ。様子だけでも見て来た方がいいわ」
エルトン卿は私をじっと見たあとため息をついてマシューへ命ずる。
「屋敷に戻り報告を。馬の手綱は完全に緩めておけ」
「……わかりました」
何か言いたげだったが、マシューはすぐさま走り出す。
「もう少し先に確かに小道があったわよね。崖下の。たぶんそこをずっと移動してきているんだわ」
「森に騎馬で進行しようというならそうでしょうね」
私とエルトン卿は囁き声で意見を交わし、先へ進む。崖下なら距離がある。多少は安全だ。そこにいる間に相手の顔を見ておきたい。
足音を聞かれないよう、魔法を使う。音を消す魔法だ。何かエルトン卿が言っているが、それすらも聞こえず肩をすくめた。注意喚起なら腕を伸ばしてくるだろう。そこまでしないということはきっと私の魔法を褒めてくれているのだ。
こういった令嬢には似つかわしくない、相手を欺くようなちょっとした魔法が得意だった。王宮内は下手に魔法を使うと叱られるし、場合によっては糾弾される。だが、自分の屋敷でのパーティーやちょっとした場面で重宝した。人の気配を探る先ほどの糸の魔法も同じだ。
私が手を挙げると、エルトン卿も走るのをやめた。二人で崖上から下を覗く。その先には男たちが十八名。今は馬から下りて魔物と対峙していた。灰色熊が三頭。どれも成獣で、人里に下りてくれば大きな被害が出るだろう。
同時に、魔石はかなり大きく、重宝される。
どっと笑い声が起こった。
三体いた灰色熊がすべて倒れる。誰も魔法を使っていなかったが、誰もが動きに隙がなかった。とても安定した狩りだ。
十八名。これを全員組み伏せられるか。
すでに周囲に糸は張り巡らせている。全員足の健を切れば、とりあえず機動力は奪えるだろうか。半数は一撃で始末しておく方が安全か。
彼らの服装は冒険者のそれだったが、肌の色艶がいい。髪も市民のそれとは違う。ただの冒険者や傭兵にはとうてい見えないのだ。
その中でも、明らかに頭である黒髪の美丈夫がいた。持っている剣もかなりの品であることがうかがえる。
と、その男がこちらを見る。
目が合った。青い瞳が真っ直ぐに私を射貫く。
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