2.雪に閉ざされる領地
宿に泊まるのも最小限で、夜遅く、そして朝早く出る。すべてが計画通りに進み、領地までの道のりを三日で駆けた。
三日目の夕方、幼い頃駆け回った愛しのグレンウィル領へ辿り着く。
その頃になると、ちらちらと白いものが舞うようになってきた。後から来るケイリーたちの道が困難でなければよいが。
領地の大きな街はすべて避けてきた。伝達の魔導具でパトリシアを引き留めろと話が回っていたら困るからだ。小さな宿場を経由し着いた屋敷で、使用人たちがそろって出迎えてくれた。
「オリバー! 久しぶりね」
馬から下りると使用人がその手綱を受け取る。
それとは別に優雅に素早く駆け寄ってきたのが、長年屋敷に仕えてくれている家令のオリバーだった。久しぶりに見る彼は、髪に銀が混じるようになっていた。それでも足取りは確かで衰えを見せない。多少口ひげが似合うようになったか。
「パトリシアお嬢様、お待ちしておりました」
「さすがに疲れたわ」
「先に湯浴みになさいますか?」
「そうね、グレンダにも」
「かしこまりました」
屋敷の中は暖かく、コートをオリバーが受け取りそばの使用人に渡す。
「どこまで聞いている?」
「お嬢様にすぐ戻るようにというところまででしょうか」
やはり、あちらは混乱しているようだ。
「しばらくゆっくりするわ。冬を楽しむつもりよ。冬支度が三人分増えるのは大丈夫かしら? もしかしたら傭兵たちの分も」
「旦那様から連絡が入った時点で追加を準備しておりますし、お嬢様はまた狩りをなさるのでしょう? 肉はそれをあてにしております」
「期待してもらってもかまわないわ」
冬は道が雪に閉ざされるが、領地には食べられる魔獣がそれなりに現れる。晴れた日には積極的に狩りに向かう予定だ。
魔獣狩りなんて、何年ぶりだろう!
王家の森の、決められた手順を踏む狩りなら何度もした。しかし、私が好きなのは本気の狩りだ。痕跡を探し、追いかける狩りだった。
「久しぶりに思い切り動けそうだわ。お父様に私の到着を知らせるのはあとでよくってよ?」
「最近伝達の魔導具の調子が悪いので、せっかくなのでお嬢様が到着されたら見ていただこうと思っておりました」
「了解したわ」
寂れた町の簡素な宿では湯浴みなどできるはずもなく、久しぶりの湯船に芯から温まる。
「髪もずいぶんと長くしてらっしゃるのですね」
湯浴みを手伝う使用人がそういうと、私の髪を丁寧に梳いた。
彼女もまた、昔からこの屋敷に仕える者だった。
長い長い金髪を見ながらため息をつく。
「殿下が髪の長い女性が好きなのよ。お淑やかで常にそうですねと笑っているような女性が」
「それは、パトリシア様は窮屈でございましょう」
「窮屈なんてものじゃなかったわ。そうね、ちょうどいいから思い切って短くしましょう!」
侍女がハサミと櫛を用意し、女性として恥ずかしくないくらいまで髪を切って整えてくれる。頭がすっと軽くなった。
あのとき言ったことは真実だ。
互いを引き合わせ、婚約者だと宣言されたときから私たちの趣味が合うことなんてなかった。
活発で何にでも興味を持つ私と、剣の稽古や乗馬などよりも、新しいものや珍しい者に目がない殿下。
別にそれが悪いことだとは思わない。
ただ、そのどれもが中途半端で、すぐに飽きる。
穏やかに過ごすことが好きなのかと思えば、そういったわけではない。退屈だ、何か面白いことをしてみろと、周りを動かそうとする。
勉強もせず、もちろん成長するごとに与えられる、今後のための、学ぶための政務もはねつける。
一応、もしものためにと課された王妃教育で忙しいというのに、こちらに全部回すのだ。
今まさに城は大混乱だろう。
私がきちんと譲ったのだ。
チャールズ殿下のご機嫌をとりたい貴族たちは、それならばアビゲイルをと言う。第一王子が王となることは決まっているが、第三王子であるチャールズ殿下は広大な領地を得ることになる。爵位も公爵とする、と聞いていた。
アビゲイルも四公の娘であることには変わりない。姉は逃げ出したのだから妹でもいいだろうと。
父は反対するだろう。公爵家に対する侮辱だ。こんなことは許されないと猛抗議しているはずだ。
だが、きっと継母が出てくる。母が亡くなったあと、屋敷にやってきた親子。アビゲイルも父の子だそうだ。まさか私と一つしか違わない妹がいるなんて知らなかった。
貴族が余所に子どもを作るなどよくあることだ。母が亡くなるまでは屋敷に踏み入れさせなかっただけマシだ。私もそこを責めるつもりはない。
だが、腐っても四公の娘とするならば、教育はしっかりしておくべきだった。勉強も、そして常識も。どこか街に屋敷を借りて、公爵家の娘として恥ずかしくないよう、とことん叩き込むべきだったのだ。
「まあ、叩き込むという話ならば、殿下だけれど」
私の物騒なつぶやきに、使用人たちは聞こえないふりをして通す。
王子の教育こそ失敗しているのだから。
ああ、これから彼の分の政務はどうなのだろう。私が処理していたあれやこれや、ぜーんぶ放ってきたのだ。
城の混乱は今から楽しみだ。
それくらい楽しみにしたって罰は当たらないだろう。
何が真実の愛だ。
そんな馬鹿なことに巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。
夕食をとり、きれいに整えられていた私の部屋でぐっすりと眠った。グレンダもしばらくはゆっくりするといい。冬の間はまあ、好き勝手できるだろうから。
朝食をとり、使用人たちに挨拶をしながら屋敷の執務室に入った。そこにあるのは壊れた魔導具。
「あらあら、これはまたずいぶんと派手に」
伝達の魔導具は、真っ二つになっていた。
「肝心の魔石に傷がついているわね。これは……魔石をとりに行かねばならないわ!」
オリバーを振り返ると、彼は苦笑しながらもうなずいた。
「すぐ準備いたしましょう。護衛はどうされますか?」
領地には騎士たちがいる。タウンハウスと領地を順に移動するのだ。
「そうね、二人くらい連れて行こうかしら」
かしこまりましたと、オリバーはすぐ動き出した。父より年上の彼は、長年この屋敷を采配している家令だ。以前はタウンハウスと行き来していたのだが、三年ほど前から領地の屋敷を任されていた。タウンハウスには彼の息子がいる。年を取ったのでと言っていたが、タウンハウスで何かと口を出してくる継母に辟易していたのを私は知っていた。
今はこちらでのびのびやっているようだ。
ドレス類は馬車に積み込んでいるが、狩りをするときの乗馬服などは事前にこっそり送っていた。
それらに着替え、剣を腰に差して玄関に向かうと、よく知っている壮年の騎士と、初めて見る少年と言っても差し支えないような年若の男性がいた。服は支給される騎士服だ。
「エルトン卿、よろしくね」
彼は古くから仕えてくれている熟練の騎士だ。腕もいいし、多少魔法も使える。
「去年入ったばかりの者ですが、腕はよいですし、このあたりをよくわかっております」
「マシューと申します。よろしくお願いいたします」
胸に手を当てて軽く頭を下げる姿に、私は微笑む。姓がないのならば平民上がりなのだろうが、エルトン卿が従者として選んだのなら問題はない。
「よろしくね、マシュー。今日は魔石と、捕れるならば肉を。まあ、魔石優先ね」
彼に声を掛けながら、正面に牽かれてきた栗毛の馬に駆け寄る。
「アナベル! 元気にしていたようね」
私の大切な愛馬は、頬をこすりつけるように寄せてきた。首筋を抱えると、腕の中で大人しく頭を揺らす。
そうして、私は久しぶりの楽しい狩りへ出発したのだ。
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