12.通ったと思った道が
「この数字が必要な資金か」
「おおよその数字ですが」
渋い顔をしている国王陛下に、隣にいた王妃殿下が囁く。
「今回話がこじれたのは冬の間パトリシアを王都に呼び戻すことができなかったからですわ。それに、グレンウィル領の青染めが冬の間も手に入るようになります」
それはあまりにも核心をついた言葉だった。
私が領地に帰った時点ですぐ連れ戻せていれば、ここまで大きな事態にはならなかったのだろう。さきほどアビゲイルが言っていたお茶会の惨状は、ほんの一部に違いない。
「それに結婚してしまえばこれもチャールズの土地です」
さらにさらに小さな声で囁く王妃。
聞こえている。私は耳がいいのだ。
森の中でウサギが小枝を踏みしめる音も聞き分ける。
我が子が可愛いのだろうが舐めてもらっては困る。その辺りはまた別に考えている。王も子どもに甘いが、それ以上に王妃が末っ子であるチャールズ殿下を溺愛していた。
「さらに、王都に留めているグレンウィル領の騎士を領地へ返してください」
「騎士を……そういえばまだ王都にいたな。わかった」
こちらはさほど問題視してはいなかったのだろう。どちらかというとチャールズ殿下とその要求にあらがえない父との間の問題だ。
あとは、アビゲイルだ。
「お父様、アビゲイルは確か南のウェンティア伯爵からお話が来ていましたよね。冬の社交に大失敗したようですし、そちらをお受けしては?」
「ぱ、パトリシア……」
父は狼狽え、アビゲイルは悲鳴を上げた。
「さすがに不愉快よ、このまま関係を続けると宣言されたのよ。そんなことお断りだわ」
「グレンウィル公爵、そのようにせよ」
すかさず国王が命ずる。
自分の損にならないことには判断が速い。
これで全部か。
これで、道が繋がる。
だが、そこで一人不機嫌を隠すことなく一石を投じる者がいた。
「困るな。今日、私は、パトリシア嬢との婚約を結ぶために王都に来たのだ」
へっ!?
ばっと隣を見ると、大変不満そうなライオネルの姿があった。片手を頬にあて、机に肘をつき、真っ直ぐと国王陛下を見やる。
「ライオネル様……」
何がどうしたのだ。
「パトリシア、君は忘れられるようだが、私は君と過ごしたあの夜のことを忘れられそうにもない。他の男に君をやるのは嫌なんだ」
「ライオネル様!?」
何がいったいどうしたというのだ!!
「パトリシア貴様!! その男とすでにっ!」
「黙れ!」
思わず飛び出た言葉に皆が驚く。
うるさい! 今彼が何のことを言おうとしているのか必死で思い出そうとしているのに、思い当たらない。
そんな私にライオネルは心底傷ついたといった表情をする。
「酒を酌み交わし楽しい時を過ごしたあの日を忘れてしまったのかい?」
……話をしただけですよね!!
言い方が悪い。
「ライオネル様、誤解を招くような発言は控えていただきたいですわ」
せっかく完成した道なのに、今までずっと献身的に協力してくれたと思っていたのに、いったいどうしたというのだ。
まとまりかけていた会議が突然崩壊し、国王も、父も、皆困惑していた。
一人、いや、チャールズとアビゲイルの二人だけが勢いを取り戻している。
「人のことを言えぬではないか! そなたらもまた不義密通していたということだろう」
「お姉様だって、愛を確かめ合っていたということですよね! わたくしと変わらないじゃない!」
「それならやはり私はパトリシアよりもアビゲイルとともに歩みたい。そなたはすべてが鼻につく!」
ひどい言われようだし、なんなら大問題発言を私は聞いた気がする。
「愛を確かめあったって、まさか、身体を重ねたの? アビゲイル」
「いや、いやそれは!」
「仕方ないでしょう! 愛し合っていたら自然な行為です!!」
それは、もうどうしようもない。救えない。
甘かった。彼らの倫理観を甘く見ていた私の負けだ。
国王と王妃がチャールズ殿下をものすごい表情で睨み、父は頭を抱える。
と、大混乱の現場に一人の男性が現れた。黒髪に青い瞳。ライオネルとよく似た男性だ。
「失礼いたします。息子が来ていると」
そう、現スタンゼット辺境伯である、ライオネルの父親だ。
「お久しぶりです父上」
「ああ……なんというか、混乱しておりますな」
皆の顔色を見て、スタンゼット辺境伯はつぶやく。
「父上、私は現在王家にどの程度の貸しがありますか?」
ライオネルとよく似た太い眉をピンと跳ね上げ、息子を見やる。
「モノによる」
「パトリシアが欲しい」
「ライオネル様!?」
「……まあ大丈夫では? もう女なぞこりごりだと言ったお前が結婚するというなら私は全力で協力する。いい加減に孫を見たい。それに、元婚約者のチャールズ殿下はアビゲイル・グレンウィル嬢と結婚すると、貴族の間では話が通っている」
「まだ、パトリシアが婚約者だ!」
「ですが、国王陛下……チャールズ殿下とアビゲイル嬢の姿はあちこちで目撃されています。一年以上前からです。とても親密なご様子だったと。少々怪しげなパーティーにもお姿を現している話も聞きましたね」
国王がチャールズを睨むと、チャールズは視線を机の下へ向けた。
「それでも、だ。もう話はまとまった。この土地をパトリシアへ譲り、各領地の土地も得て資金を国庫から捻出する。アビゲイル・グレンウィルは南の領地に嫁入りする。王命でな!」
「父上!」
「いやあああ!!」
王命であればまかり通る。
その宣言にチャールズ殿下とアビゲイルが悲痛な叫びを上げる。
だが、ライオネルはどこまでも余裕だった。
スタンゼット辺境伯は、入り口から移動し、ライオネルのそばまできた。
「ライオネル、どこまで本気だ」
「私はいつも本気ですよ」
余裕綽々と笑う彼に私は混乱していた。




