11.通したいもの
アビゲイルのお願いに弱い父からの叱責に、驚いて黙る。
だから私はしっかり煽ってあげた。
「そのあなたを一番に考えている殿下は、あなたを妻ではなく愛人とするとおっしゃってましたけどね。一番ではなく二番に」
カッと顔を赤くするアビゲイルに、心の中で笑ってしまう。
本当に良い表情をするのだ。
「パトリシア、そなたの言いたいことはわかる。わかったうえで飲み込んでくれとお願いしているのだ」
国王陛下が再び頭を下げると、周囲の大人たちは動揺した。
国王が貴族令嬢に頭を下げるなど、言語道断なのだ。
が、私には茶番にしか見えてなかった。
そのような禿頭を見せられて何が楽しいものか。
それでも、やっとここまできた。
国王は全面降伏の構えだ。チャールズ殿下を王子として留めるためには私の優秀さが必要だと知っているのだ。カーテシーも中途半端なアビゲイルでは、チャールズ殿下の評価は地に落ちたままだ。ここで私を再び妻に迎えることができてやっと多少のマイナスで済む。
よっぽど切り捨てた方がましなのに、国王が子に甘いのはよく知っていた。
「こたびの騒動、私の名で、チャールズの失態であり、それをパトリシアが受け入れてくれたと知らしめ通達する」
おおおと皆が声を出すが、その程度で終わらせてもらっては困る。
私は無表情で冷たい視線を向ける。
目が合った国王は動揺し、さらに言葉を紡いだ。
「その上でそなたの望むものは何でも叶えよう」
ようやく、ようやくこの言葉が引き出せた。
やっとだ。とうとう、ここまできたのだ。
「……陛下がわたくしを犠牲にしてチャールズ殿下を救いたいということはよくわかりました」
「そうではない、ただ、このままでは国が混乱してしまう」
国が? たかが第三王子の失態ごときで? 混乱ならもう十分にしているだろう。
「ですが、子を思う姿に感銘しました。いくつか望みを受け入れてもらえるなら、陛下の提案を受け入れましょう」
今日ここに来て初めて私の態度が緩んだことで、周囲の大人の表情に安堵の笑みが浮かぶ。陛下の後ろで立っている騎士団長までそのような顔をなさるのはいかがなものか。
どれだけチャールズ殿下が不安材料だと思われているのだ。
私はなぜかしれっと同行している侍女のケイリーに視線をやる。
彼女は折りたたんだ大きな紙を私の前に広げた。
「土地を所望します。ここはチャールズ殿下の土地でしたから、ここを丸ごとと、こちらの領地が欲しいのでチャールズ殿下のこの部分をロマリアン伯爵に譲り土地の交換をしてもらってください。さらにここと、ここの伯爵領も同じように。ついでにこちらの土地はチャールズ殿下ご自分の資金か、国の資金で買い上げていただきます。詳しく記してありますのでどうぞご覧ください。その土地の運用をわたくしの自由にし、それにかかる資金も国から補填願います」
机の上を紙が流れていき、国王の手元に辿り着く。
「土地……これは……」
「チャールズ殿下の土地はほぼなくなりますが、どうせ領地経営などできるはずがないので問題ないと思います。あと、わたくしこれ以上チャールズ殿下のお仕事をお手伝いする気はございません。せめて領地はなくしてしまった方がましですわ」
後ろの方に控えている文官から小さな悲鳴が上がった。
「アビゲイル、冬の社交でお友だちはできた?」
大人たちが地図を覗き込んでいる間に、唇を噛みしめて何かに耐えている彼女に話しかける。すると再び顔を赤くして食ってかかってきた。
「お姉様が手を回したのでしょう!? お茶会に呼んでも体調不良だなんだと誰も参加してくれないし、私がお茶会に行っても天気の話しかしてくれない!!」
「手を回すもなにも、わたくし領地に帰っていたし、その後すぐ雪が降って移動もままならなかったわ。手紙だって届ける人はほとんどいないのよ」
グレンウィル領は冬になると隔絶される。
大きな道が積雪地帯なのだ。山の具合かどうなのか、あのあたりにどうしても雪が積もってしまう。
だから、冬の行き来はできない土地だ。
そのおかげで、本来なら人で賑わうはずの公爵領が、季節一つ分動きを止めてしまう。
母の訃報を聞いたのは、春、雪解けの後だった。
体調が優れない母を、ゆっくりと過ごせる領地へ移動させたのは当然のことだ。王都にいるとどうしても茶会だなんだと人との交流をせざるを得ない。それが母の身体に負担なのは明らかだった。夏に移動し、秋の終わりに魔導具で連絡が届いた。母の容態が急変したと。
父に、領地まで戻りたいと言ったのだが、すぐ雪が降り始め、グレンウィル領は雪に閉じ込められた。
その後の経過は、魔導具で連絡は来ていたのだと思う。
だが、父はそれを黙っていた。春になったらすぐに行くと、母への手紙を毎日書き続け、雪が溶けるのをいまかいまかと待っていた幼い私の姿に、言い出せなかったのだろう。そこを責める気はない。
領地へ出発する前日に、母がかなり前に亡くなったと聞いた。
グレンウィル領は魔石を生み出す泉があり、また自然も豊富でその中には貴族に好まれる鮮やかな青の染料の布の材料になる実があった。グレンウィル領でしか採れず、領地はそれだけで潤っている。
周囲の領地がそれを妬んでもいた。
冬に行き来できなくなるくらいがちょうどいいのだと父は言っていたのだが、それがこんな辛い事態を生み出すとは思ってもみなかった。
冬でも通れる道を作りたい。
いつしかそれが私の目的となった。
だが、貴族の妬みは根が深い。
過去にも道を作りたいという提案をしたそうだ。私のお爺さまにあたる、先のグレンウィル公爵が、周囲の領主に頭を下げ、お互いに益になるよう持ちかけた。道を作る土地をもらうことはできないか、と。
幸い森などが多く、人が住んでいるところを上手く避けて、真っ直ぐとはいかずともそれほど大回りをしなければならないような経路ではない。多少魔法で補強したり、資金はかなりかかるとはいえ、二十年もすれば王都までの冬でも使える安全な道ができるはずだった。
最初はその金額と、その後もたらされる自領の益を見せられ領主たちは受け入れるような話になった。
だが、王家に報告をしだした頃から風向きが変わった。
了承の意を示していた貴族たちが、一人、また一人と意見を翻したのだ。
王家が介入していた。
公爵家の均衡などといった意味のわからない理由をつけて、貴族たちに干渉していたのだ。
たぶんだが、グレンウィル公爵家の力が強くなるのを恐れたのだ。
馬鹿馬鹿しい。
道ができれば領地が潤い、それは国庫を潤すこととなるのに。
起こってもない不利益をあげつらい、邪魔をしたのだ。
道を作る。それが私の目標だった。
そのためにどうしたらいいか。初めは正攻法で領主たちを説得しようと思っていた。第三王子と婚約すれば、私も王家の一員だ。前回は押さえつけられたものも、上手く政治に介入すれば誘導できると思っていた。
だが、予想以上にチャールズ殿下が役に立たなかった。
こちらの案に一緒に動いてくれるような人ではなかった。それどころか自分の仕事をこちらに押しつけ、自分は遊んで暮らそうという怠惰な人だった。
これではダメだと計画変更を余儀なくされた。その頃、私の屋敷に来たチャールズ殿下の視線の先にアビゲイルがいることに気づいた。
呆れもしたが、それ以上に渡りに船だと思ったのだ。
土地を詳しく調べ、どの程度の資金が必要か。愚かなチャールズ殿下やアビゲイルをそそのかす役を作り、あの場で爆発するよう誘導した。
それでもまだ足りないと思っていたのだ。
王家の全面降伏を得なければならない。
ライオネルには本当に申し訳ない。だが彼は乗ってくれたし、この道は辺境伯へも繋ぐことができる。冬籠もっていたい彼にしたら迷惑かもしれないが、領地には益となる。他にも私にできるお礼ならなんでもしよう。
新しい婚約者を連れてきた私に対して、国王は持てるものをすべて吐きださねばならなくなるのだ。
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