10.婚約解消? 婚約中?
全員が揃ったところで話し合いが始まった。
まずは王の謝罪からだった。
「我が愚息チャールズの思い上がった行為で、パトリシアをひどく傷つけてしまったことを心より詫びる」
全員の視線がすっとこちらへ向かう。
この国の頂点である王が、軽く頭を下げて述べるその口上に否はない。受け入れるしかない。
が、そう簡単に終わらせてはならないのだ。
「もったいないお言葉です、陛下。確かに驚きましたが、先のパーティーで申し上げた通り、わたくしもチャールズ殿下と可愛い妹アビゲイルはとても似合っていると思います。それにおかげさまでとても素敵な方と巡り会えましたので」
チラリとライオネルを見やる。彼も優しく私に微笑み返した。
今日はとにかく笑っていてくれとお願いしている。彼に余計な負担を強いる気はない。矢面には私が立つ。
「パトリシア!」
父が思わず上げた声に、国王陛下はさっと手を挙げ黙らせた。
「その件だが、あれはチャールズの先走った行為であり、単なる口頭で宣言しただけのことである。このようにチャールズも十分反省している」
そのチャールズ殿下はうつむいて両手の拳を握りしめていた。それだけだ。謝罪の言葉も出てこない。
私は小首を傾げる。
これが反省している者の態度だろうか?
「それが反省している者の態度か?」
私の思ったことそのままをライオネルが口に出す。
「……ライオネル・スタンゼット。領地から出てきたと思えば、なぜこの場にそなたがいるのだ」
王は怒ってるわけではなさそうだった。完全に無表情だが怒りの感情は感じとれない。
「本日はグレンウィル公爵閣下に私とパトリシア嬢の婚約についてお話をしようときたのですが……なぜか王城へと連れてこられました」
「パトリシアお前! もう新しい男を!!」
ようやく顔を上げたチャールズはこちらを睨み付けてくる。
だから私もやり返してあげた。
「別れる前に二人目を作っていたチャールズ殿下には言われたくありませんわ」
私の言葉に笑ったのはライオネルだけだった。
「……それについてだが、正式にはまだチャールズとパトリシアは婚約状態だ」
「まあ! でしたら早く解消しなければなりませんね」
「パトリシア」
「そういえばサインも何もしておりませんでしたね。失念していました。書類は揃っておりますか?」
「パトリシア」
「これではアビゲイルとの婚約もできませんものね。本当に大変失礼いたしました。申し訳ございません、チャールズ殿下。わたくしも公に婚約解消をしておりませんのに、ライオネル様という素敵な方と出会ってしまいましたわ」
うふふふと笑うと、とうとう父が机を叩き大声を上げる。
「パトリシア! 婚約は解消しない!」
きれいに作っていた笑顔を私は消した。
「なぜでしょう。大勢の前でわたくしは婚約をとりやめるとはっきり言われましたのに」
「パトリシア、すまぬ。あれはチャールズが先走ったものだ」
「大勢の、国中の貴族が集まる前であのような辱めを受けて、それをなかったことにしろとおっしゃるのですか?」
頭の中で何度も何度も繰り返した台詞だ。
何度も何度も。
何度も、どうやったらこちらが怒りを押し殺し、感情を押し殺して絞り出したように見えるか練習した。
その効果は絶大だったようだ。
冷水を浴びせられたように、彼らは黙る。
ここからは我慢比べだ。
相手の中の罪悪感の芽をどれだけ大きくできるかが、私の得られるものの大きさとなる。人には考える時間が必要だ。短すぎても、長すぎてもいけない。
冬の閉ざされた領地で、私を呼び戻しても物理的に移動が無理だった。季節一つ分でこの事態の厳しさをまざまざと思い知らされただろう。
第三王子は次期国王ではない。上に優秀な王子が二人もいる。とはいえ、外国へ向かう王子でないなら、王族としての責務がある。領地の経営や王族としての仕事、そして公式行事への参加。
チャールズ殿下はさすがにマナーはきっちり叩き込まれていた。だが、我が義妹アビゲイルはそういったことがまったくできていない。公爵家としても恥ずかしいのに、王族などもってのほかだ。
さらに、第三王子に課せられた王族としての仕事は全部私に回してきていたのだ。私がいなくなり、自分でやらざるを得なくなったチャールズ殿下はそれはそれは苦労しただろう。書類仕事が大嫌いでずっと私に押しつけていたのだから。
そのチャールズ殿下が、周囲の重い沈黙に我慢できず声を上げた。
「すまなかった、パトリシア。やはりそなたは私の婚約者だ。正式な妻だ。アビゲイルは二番目の妻とする」
「はあ?」
思わず漏らしてしまった声は、私だけのものではなかった。父や王までもが目を見開き、とんでもないことを言い出したチャールズ殿下を睨み付ける。
「二番目の妻など存在しませんよ? それは単なる愛人です。申し訳ございませんが結婚前から堂々と不貞宣言されて許せるほど心は広くありませんの」
皆ににっこり笑って、さらにライオネルに笑顔を向けると彼も笑い返す。
本当に、彼はどこまでも協力してくれる。ありがたいものだ。
だがこの流れは拙いと感じたのだろう。国王陛下は私に向かってはっきりと宣言した。
「チャールズとパトリシアの婚約は解消しない。成人後速やかに婚姻を結ぶ」
「嫌だと申し上げましたが?」
「つまり、王命に従わぬと?」
卑怯だ。
この国に籍を置いている私に、王命を持ち出すとは。
隣で王妃がそわそわと私と国王陛下を見比べていた。
「私に、国中の貴族に笑われながら過ごせと?」
「そなたを笑う者などいない。どこの誰に聞いても優秀で立場をわきまえていると良い話しか聞こえてこないではないか」
「では、国中の貴族に哀れみを向けながら過ごせとおっしゃられるのですね。あの愚かな第三王子と結局結婚を強要されたと」
「パトリシア!」
父が厳しい声色で叱りつけるように私の名を呼んだ。
「なんでしょう、お父様」
「不敬が過ぎるぞ」
「道を欠いたのはチャールズ殿下ではございませんか。わたくしの行動は何一つ他者を傷つけるようなものではございません。だいたい真実の愛でしたっけ? 見つけてしまったものは仕方ないでしょう。わたくしは愛し合う二人を祝福し自らその場を引いたのですよ。なぜ二人が結ばれるのが無理なのですか?」
白々しく聞くと、父は苦虫をかみつぶしたような渋面で絞り出すように言う。
「無理なものは無理なのだ」
そこでずっと黙って耐えてきていたアビゲイルが突然立ち上がった。
「そうです、わたくし、チャールズ殿下のことを愛しているのです。チャールズ殿下にふさわしいのは私です!」
便利な涙がすすすと現れ、頬を伝う。
だが私は軽蔑の籠った目をやり、ぴしゃりと言葉で彼女の頬を打つ。
「お黙りなさいアビゲイル。そうやってこの状況で大声をあげられるようだから、国王陛下や父がお前にはチャールズ殿下の妻としての資格無しと判断したのですよ」
「なんですって!? お姉様よりずっとわたくしの方が可愛いと、チャールズ殿下はおっしゃられた! 城では騎士たちがお姉様に挨拶するし、文官たちもお姉様に聞いてまわる、チャールズ殿下という方がいながら、お姉様ばかりが注目されるのを、チャールズ殿下はどれだけ心を痛めていたか!」
せっかく黙れと言ってあげたのに、チャールズ殿下の恥ずべき部分を皆の前で披露してくれる。
「騎士たちがわたくしと話すのは彼らの訓練場に時折顔を出して話していたから。剣術の授業から逃げ出すようなチャールズ殿下を、武に重きを置く騎士たちが尊敬できるはずがないでしょう。苦手でも取り組む姿勢が大切なのに。見える努力も多少は必要なのです。それに、文官がわたくしのところに来るのは、チャールズ殿下の仕事をわたくしに押しつけていたからです。文官は話の通じないチャールズ殿下よりもわたくしに直接聞いた方が早いと知っているのですよ」
「アビゲイル座りなさい」
「お父様!? わたくしチャールズ殿下と添い遂げたいのです。可愛い可愛いわたくしのお願いを聞いていただけないのですか?」
普段ならそれですべてが通っていたアビゲイルも、さすがに今回は睨まれた。
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