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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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80/86

第80話 公爵令嬢様、距離感が近すぎます! ――でも、その距離が僕たちの幸せです


 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 ついに。


 本当に。


 この日が来た。


 王城の春の親睦夜会が終わり。


 学園庭園で、友人たちとの小さなお茶会を終え。


 リリスと。


 一度だけ。


 互いに尋ね。


 短く抱きしめた、その翌日。


 俺たちは。


 フルーラ公爵家の青い薔薇の温室へ向かっていた。


 両家の家族が集まる、夕食会。


 シェルザート伯爵家。


 父上。


 母上。


 俺。


 ライズ。


 そして。


 なぜかリーマス。


 フルーラ公爵家。


 ガロウ公爵。


 セレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 リリス。


 ミラ。


 特別な式典ではない。


 王族もいない。


 大広間もない。


 楽団も。


 舞踏も。


 深い青のドレスも。


 濃紺の礼装も。


 ない。


 俺もリリスも。


 学園から帰ったばかりの制服姿。


 それでも。


 この夕食会は。


 俺たちにとって。


 少しだけ。


 いや。


 かなり。


 大切な時間になる。


 そのような予感がしていた。


 ただし。


 予感していたのは。


 感動だけではない。


 現在。


 俺たちを乗せた馬車の向かいで。


 リーマスが。


 すでに泣いている。


「若様」


「はい」


「いよいよでございますね」


「何がですか」


「青い薔薇の温室にて」


「はい」


「両家の皆さまが」


「はい」


「一堂に会し」


「はい」


「若様とアマリリス様の未来を」


「今日は結婚式ではありません」


「承知しております」


「婚約式でもありません」


「はい」


「両家の夕食会です」


「存じております」


「では、なぜ泣いているんですか」


 リーマスは。


 ハンカチで目元を押さえ。


 震える声で答えた。


「まだ始まってもいないからでございます」


「逆です!!」


 馬車の中へ。


 俺のツッコミが響く。


 父上が笑う。


 母上も。


 ライズだけは。


 いつもの落ち着いた顔で。


 記録帳へ何かを書いている。


「何を書いた?」


「リーマス、フルーラ公爵家到着前、感情先行涙一枚」


「俺の記録へ入れないでくれ」


「別記録でございます」


「別記録まであるのか」


「最終確認日でございますので」


「最終とは?」


 ライズが。


 一瞬。


 俺を見る。


「本日の夕食会が、若様とアマリリス様にとって、一つの節目となる可能性がございます」


「一つの節目」


「はい」


「終わりでは?」


「ございません」


 胸が。


 少しだけ。


 温かくなる。


 今日。


 何かが終わるわけではない。


 俺とリリスの婚約も。


 学園生活も。


 家族との時間も。


 これからも。


 続く。


 ただ。


 今まで積み重ねたものを。


 一度。


 皆で受け取る日。


 なのかもしれない。


「アル」


 母上が呼ぶ。


「はい」


「緊張している?」


「少し」


「体調は?」


「問題ありません」


「足は?」


「痛みなし。違和感なし」


「食欲は?」


「あります」


「リリス様に会うのは?」


「楽しみです」


「昨日、抱きしめたから?」


「母上」


「はい」


「その話を馬車の中で広げないでください」


 母上が。


 楽しそうに笑う。


「短い抱擁だったと聞いているわ」


「はい」


「互いに尋ねて」


「はい」


「自分たちで離れた」


「はい」


「よいことね」


 父上も。


 静かに頷く。


「近づくことだけでなく」


「はい」


「離れる時も選べた」


「はい」


「大切だ」


「はい」


 リーマスが。


 また泣く。


「若様が」


「今度は何ですか」


「ご自身で距離を」


「はい」


「学ばれて」


「はい」


「これほど立派に」


「俺は最初から、距離を取る側でした」


「取りすぎておられました」


「はい」


 そこは。


 否定できない。


 リリスは。


 近すぎた。


 俺は。


 離れすぎていた。


 だから。


 互いに。


 少しずつ。


 聞いた。


 近づいてよいか。


 離れてよいか。


 触れてよいか。


 待ってほしいか。


 言葉。


 一つずつ。


 半歩。


 一回。


 今日。


 全部。


 今の俺たちへ。


 つながっている。


 馬車が。


 ゆっくり速度を落とす。


 窓の外。


 フルーラ公爵家。


 広い門。


 庭。


 夕方の光。


 青い薔薇の温室は。


 屋敷の奥。


 まだ見えない。


 だが。


 俺は。


 そこを知っている。


 初めてではない。


 何度も訪れた。


 青い花。


 リリスの涙。


 ガロウ公爵の暴走。


 レオナルド先輩の制止。


 セレスティア夫人の札。


 家族。


 笑い。


 全部。


 あの温室へ。


 残っている気がする。


 馬車が止まる。


 扉が開く。


 最初に。


 ライズが降りる。


 父上。


 母上。


 俺。


 リーマス。


 屋敷の玄関前。


 フルーラ家の使用人たちが並ぶ。


 そして。


 中央。


 ガロウ公爵。


 セレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 リリス。


 ミラ。


 全員。


 待っている。


 リリスが。


 俺を見つける。


 制服姿。


 普段の青い薔薇。


 昨日。


 抱きしめた。


 同じリリス。


 でも。


 今日は。


 今日のリリス。


 笑う。


 少し泣きそう。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 俺も。


「ご機嫌よう、リリス」


「ご機嫌よう、アル」


「足の状態を聞いても?」


「はい」


 いつもの。


 今日も。


「痛みは?」


「ありません」


「違和感は?」


「ありません」


「疲れは?」


「少しだけ、楽しみで胸が忙しいです」


「俺もです」


「睡眠は?」


「途中で一度」


「時計は?」


「見ませんでした」


「公爵閣下は?」


 なぜか。


 リリスではなく。


 後ろのガロウ公爵が答える。


「三度起きた」


「聞いていません」


「時計は見た」


「はい」


「札を二十枚確認した」


「もう使ったんですか?」


「今はまだ三枚」


「到着から何分ですか!?」


 ガロウ公爵は。


 胸元から。


 使った札を取り出す。


『夕食会は結婚式ではない』


『制服姿の二人を白と黒の礼装へ変換しない』


『昨日の抱擁を今日の婚姻へ直結させない』


「全部必要です!!」


 俺のツッコミ。


 玄関前へ。


 使用人たちの間から。


 小さな笑い。


 ガロウ公爵は。


 俺を見た。


 少し。


 複雑そう。


 でも。


 怒ってはいない。


「アルフレッド殿」


「はい」


「昨日」


「はい」


「娘を」


「はい」


「抱きしめた」


「はい」


 周囲。


 少し静かになる。


 リリスの顔。


 赤い。


 俺も。


 おそらく。


「短く」


「はい」


「互いに尋ねて」


「はい」


「自分たちで離れた」


「はい」


 ガロウ公爵は。


 何度も。


 聞いたのだろう。


 それでも。


 本人から。


 確認。


「幸せだったか」


 俺は。


 一拍。


「はい」


 答える。


「とても」


 ガロウ公爵の目が。


 一気に潤む。


「リリス」


「はい」


「お前も?」


「はい」


 リリスは。


 泣きながら。


「幸せでした」


 ガロウ公爵が。


 両腕を。


 広げかける。


 セレスティア夫人が。


 札。


『二人の抱擁を父の抱擁で上書きしない』


 公爵の腕が止まる。


「お父様」


「はい」


「後で」


「はい」


「家族として」


「はい」


「抱きしめてもよいか、聞いてください」


 ガロウ公爵の涙。


 さらに。


「分かった」


 腕を。


 下ろす。


 聞く。


 待つ。


 父。


 それも。


 距離。


「まずは」


 セレスティア夫人が言う。


「屋敷へお入りくださいませ」


「はい」


 母上と夫人。


 挨拶。


 父上と公爵。


 握手。


 レオナルド先輩。


 俺へ。


「アルフレッド」


「はい」


「昨日のことは」


「はい」


「問題なしと確認した」


「はい」


「父上も」


「はい」


「札十四枚で受け取った」


「受け取るまでが長いです」


「今日は二十枚ある」


「増えています」


「予備も」


「何枚ですか」


「私が十枚」


「合計三十!?」


 レオナルド先輩の内ポケット。


 確かに。


 少し厚い。


「多すぎませんか」


「父上は、温室へ入ると」


「はい」


「青い薔薇と娘と婚約者を同時に見る」


「はい」


「危険だ」


「確かに」


 否定できない。


 ガロウ公爵は。


 すでに。


 温室の方向を見て。


 目を潤ませている。


 まだ入っていない。


 危険。


 かなり。


 俺たちは。


 屋敷へ入る。


 玄関広間。


 廊下。


 いつもの。


 だが。


 今日は。


 両家。


 並ぶ。


 父上。


 母上。


 俺。


 ライズ。


 リーマス。


 ガロウ公爵。


 セレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 リリス。


 ミラ。


 人数が多い。


 それでも。


 不思議と。


 混雑している感じはしない。


 皆。


 少しずつ。


 位置を取っている。


 リリスは。


 俺の隣。


 だが。


 腕を掴まない。


 袖も。


 今は。


 握らない。


 ただ。


 歩く。


「アル」


「はい」


「近いですか?」


「少し」


 リリスの表情が。


 少し不安になる。


 俺は続ける。


「でも」


「はい」


「今日は、この距離で」


「はい」


「歩きたいです」


 リリスの目が。


 一気に潤む。


「本当に?」


「一度だけ聞く」


「はい」


「本当に」


「受け取ります」


 涙。


 一粒。


 ミラがハンカチ。


 ガロウ公爵も。


 後ろで。


 ハンカチ。


 セレスティア夫人。


 札。


『娘の距離確認に父が感動しても会話へ入らない』


「入っていない」


「泣き声が大きいです」


 公爵が。


 ハンカチで口元を押さえる。


 歩く。


 廊下の先。


 温室へ続く扉。


 夕方の光が。


 ガラス越しに。


 柔らかく差し込んでいる。


 扉の前で。


 全員。


 一度。


 止まる。


 セレスティア夫人が。


 俺とリリスを見る。


「本日の夕食は」


「はい」


「温室内の中央卓で」


「はい」


「正式な晩餐ではございません」


「はい」


「家族の食事です」


「はい」


「席順は?」


 ガロウ公爵が。


 札へ手を。


 夫人が先に。


『席順を父が決めない』


 公爵の手が止まる。


「皆で」


 リリスが答える。


「はい」


「途中で変えても?」


 俺。


「もちろんです」


 夫人。


「食事中の話題は?」


 父上。


「決めすぎません」


「はい」


「夜会の振り返り」


「はい」


「茶会」


「はい」


「これから」


「はい」


「ただし」


 セレスティア夫人は。


 夫を見る。


「結婚式の日程」


「話さない」


「白いドレス」


「話さない」


「孫」


「考えない」


「早すぎます!!」


 俺のツッコミ。


 温室の扉前。


 全員。


 笑う。


 ガロウ公爵も。


 少しだけ。


「まだ十五歳です」


「分かっている」


「学園も」


「まだ続く」


「はい」


「父は」


「はい」


「待つ」


 言えた。


 短い。


 だが。


 強い。


 リリスの目が。


 潤む。


「お父様」


「はい」


「ありがとうございます」


「はい」


 扉。


 開く。


 青。


 温室。


 夕方の光。


 透明なガラス。


 春の柔らかな空気。


 湿り気。


 土。


 葉。


 花。


 青い薔薇が。


 一面に。


 咲いている。


 王城の灯りとは違う。


 学園庭園の午後とも違う。


 フルーラ家の温室。


 リリスの場所。


 最初。


 俺が。


 何度も。


 彼女の涙を見た場所。


 今。


 家族が。


 友人ではない。


 両家が。


 一緒に。


 入る。


 青い薔薇の間。


 中央。


 長すぎない卓。


 椅子。


 料理。


 パン。


 スープ。


 肉。


 野菜。


 果物。


 菓子。


 茶。


 王城ほど華美ではない。


 だが。


 温かい。


 家庭の食事。


 席。


 リリスは。


 俺を見る。


 一度。


 隣へ座りたい。


 顔。


 俺も。


 同じ。


 だが。


 今日は家族。


「最初」


 俺が言う。


「はい」


「リリスの隣へ」


 リリスの涙。


「喜んで」


 リリスの隣。


 反対側。


 セレスティア夫人。


 俺の反対側。


 母上。


 向かい。


 ガロウ公爵。


 父上。


 レオナルド先輩。


 家族。


 ライズ。


 リーマス。


 ミラは。


 少し離れた従者席。


 だが。


 同じ温室。


 食事を共にする。


「リーマスも?」


 俺が聞く。


 リーマスが。


 胸元へ手を。


「若様とアマリリス様の」


「はい」


「ご家族の時間へ」


「はい」


「同席を許されるとは」


「今日は支えてくださった皆さまも」


 セレスティア夫人が言う。


「はい」


「家族に近い方々として」


 リーマスの涙。


 すぐ。


「若様ぁぁぁ」


「俺を見て泣かないでください」


「はい」


 ライズが。


 ハンカチ。


「リーマス、本日二枚目」


「記録をやめてくれ」


「別記録でございます」


「はい」


 全員。


 席へ。


 最初の茶。


 違う飲み物。


 父上。


 薄い茶。


 母上。


 花茶。


 公爵。


 水。


 夫人。


 紅茶。


 レオナルド先輩。


 茶。


 俺。


 薄い茶。


 リリス。


 青い薔薇の香りを移した花茶。


 違う。


 でも。


 同じ卓。


 王城。


 学園。


 温室。


 すべて。


 同じではない。


 でも。


 一緒。


「乾杯は?」


 父上が聞く。


 ユリウスはいない。


 それでも。


 乾杯。


 何に。


 皆。


 少し考える。


 ガロウ公爵が。


 口を開きかける。


 セレスティア夫人が札。


『婚姻へ乾杯しない』


 公爵が止まる。


「何に?」


 母上が。


 少し笑う。


 リリスが。


 青い薔薇を見る。


 俺を見る。


 家族。


 皆。


「今日」


「はい」


「皆さまが」


「はい」


「ここにいてくださることに」


 短い。


 でも。


 よい。


「はい」


 俺。


「今日、皆で集まれたことに」


 グラス。


 カップ。


 上げる。


 音は。


 鳴らさない。


「乾杯」


 声。


 重なる。


 飲む。


 一口。


 一口は一口。


 でも。


 幸せ。


 食事。


 始まる。


 スープ。


 温かい。


 パン。


 柔らかい。


 会話。


 最初。


 少し。


 静か。


 皆。


 温室を見る。


 青い薔薇。


 夕方の光。


 リリスが。


 最初に。


 口を開く。


「お父様」


「はい」


「昨日のお茶会」


「はい」


「楽しかったです」


 ガロウ公爵の目が。


 すぐ。


 潤む。


「はい」


「クラリス様と最初に隣へ座りました」


「はい」


「アルは、ニール様と」


「はい」


「途中で」


「はい」


「エレナ様の隣へ」


「はい」


「最後に」


「はい」


「アルの隣へ座りました」


 公爵。


 ハンカチ。


 一枚。


 だが。


 止めない。


「青い薔薇は」


「はい」


「机の中央へ」


「はい」


「皆さまに見ていただきました」


「はい」


「減らなかったか」


「何が?」


「大切さが」


 リリスが。


 少し驚く。


 そして。


 笑う。


「減りませんでした」


「はい」


「皆さまへ分けても」


「はい」


「私の大切な花のままでした」


「はい」


「むしろ」


 クラリス嬢の顔。


 エレナ嬢。


 ユリウス。


 ニール。


 思い出すように。


「もっと大切になりました」


 ガロウ公爵の涙。


 さらに。


「そうか」


 短い。


 でも。


 胸へ。


 セレスティア夫人も。


 目元を押さえる。


「花が終わった後」


 リリスが続ける。


「はい」


「花弁を」


「はい」


「皆さまへ一枚ずつ、押し花にします」


「はい」


「自分の分も」


「はい」


「残します」


 公爵が。


 そこで。


 少し。


 笑う。


「よい」


「はい」


「お前の分を」


「はい」


「忘れるな」


 リリスの涙。


 一粒。


「ありがとうございます」


 母上が。


 静かに言う。


「誰かへ差し出す時」


「はい」


「自分だけを、外へ置かない」


「はい」


「大切ね」


「はい」


 レオナルド先輩も。


「今日の花は」


「はい」


「今日そこへいた者へ」


「はい」


「家族には」


「はい」


「話を」


「はい」


 リリスが。


 兄を見る。


「お兄様」


「何だ」


「聞いてくださって」


「はい」


「ありがとうございます」


「はい」


 レオナルド先輩。


 少し。


 顔を逸らす。


「褒められた後も?」


 俺が言う。


 レオナルド先輩が。


 こちらを見る。


「食事は続く」


 皆が笑う。


 食べる。


 スープ。


 パン。


「アル」


 リリスが。


 小さく聞く。


「はい」


「食べられていますか?」


「はい。スープ、パン、肉」


「受け取りました」


「リリスは?」


「スープ、パン、野菜」


「肉は?」


「これから」


「受け取りました」


 母上。


 少し笑う。


「自然になったわね」


「何が?」


「食べられているか、確認すること」


「はい」


「以前は」


 セレスティア夫人。


「食べさせようとしたり」


「はい」


「評価したり」


「はい」


「今は」


「はい」


「相手の状態を聞く」


「はい」


 リリスが。


 俺を見る。


「教えていただきました」


「俺も」


「はい」


「リリスから」


「何を?」


「嬉しいことを、嬉しいと言うこと」


 リリスの目が。


 潤む。


「アル」


「はい」


「今」


「はい」


「嬉しいです」


「俺も」


「はい」


「食事は?」


「続きます」


 笑い。


 ガロウ公爵。


 ハンカチ。


 また。


「父上」


 レオナルド先輩。


「何枚目だ」


「五枚」


「まだ食事前半です」


 俺。


「今日は三十枚ある」


「安心材料ではありません」


 父上が。


 ガロウ公爵へ。


「ガロウ殿」


「何だ」


「札やハンカチの数を」


「はい」


「成功の数にしない方がよい」


「はい」


「何枚使ったかより」


「はい」


「何を受け取れたか」


「はい」


 ガロウ公爵。


 長く。


 父上を見る。


「娘が」


「はい」


「家族の外に、大切な者を作った」


「はい」


「友人も」


「はい」


「婚約者も」


「はい」


「父は」


「はい」


「寂しい」


 正直。


 温室。


 静かになる。


 青い薔薇。


 風。


 ガラス。


 夕方。


「だが」


 公爵が続ける。


「はい」


「嬉しい」


 リリスの涙。


 落ちる。


「お父様」


「はい」


「両方ですか?」


「はい」


「父も」


「はい」


「両方だ」


「私も」


「はい」


「お父様と離れることが」


「はい」


「寂しいです」


「はい」


「でも」


「はい」


「自分で歩けることが」


「はい」


「嬉しいです」


 ガロウ公爵の顔が。


 崩れる。


 両腕。


 動きかける。


 止まる。


「リリス」


「はい」


「今」


「はい」


「抱きしめてもよいか」


 聞いた。


 父。


 きちんと。


 リリスの目が。


 さらに潤む。


「はい」


「短く?」


「はい」


 ガロウ公爵が。


 立つ。


 リリスも。


 父。


 娘。


 近づく。


 公爵の腕。


 大きい。


 だが。


 力を。


 抑える。


 抱き上げない。


 短く。


 抱きしめる。


「お父様」


「はい」


「近いです」


「はい」


「嫌か」


「嫌ではありません」


「はい」


「でも」


「そろそろ」


「はい」


 父が。


 自分から。


 腕を緩める。


 娘も。


 離れる。


 一歩。


 戻る。


 ガロウ公爵。


 泣いている。


 かなり。


 だが。


 笑っている。


「できた」


 公爵が言う。


「何がですか」


 俺。


「聞いた」


「はい」


「抱き上げなかった」


「はい」


「自分で離れた」


「はい」


「大きな進歩です」


 セレスティア夫人。


 札を。


 一枚。


 公爵へ。


『父親の抱擁も一回分』


 ガロウ公爵が。


 札を見る。


 涙。


「一回分」


「はい」


「次を急がない」


「はい」


「必要な時に、また聞く」


「はい」


 リリスも。


 泣きながら。


「はい」


 俺の胸。


 温かい。


 リリスだけではない。


 ガロウ公爵も。


 俺も。


 家族も。


 少しずつ。


 距離を。


 学んでいる。


 席へ。


 食事。


 続く。


「レオナルド様は」


 母上が聞く。


「はい」


「茶会のご予定が?」


 レオナルド先輩の手が。


 少し止まる。


 リリスが。


 兄を見る。


 聞きすぎない。


 でも。


 本人が話すなら。


「数日後」


 レオナルド先輩。


「はい」


「騎士団関係者の令嬢と」


「はい」


「両家の母親同席で」


「はい」


「お茶を」


 ガロウ公爵が。


 札へ。


 セレスティア夫人が。


 先に。


『息子の茶会も尋問しない』


 公爵の口。


 閉じる。


 父上が。


 少し笑う。


「楽しみですか」


 母上が聞く。


 レオナルド先輩。


 少し。


 黙る。


「はい」


 言った。


「少し」


 リリスの涙。


 すぐ。


「お兄様」


「泣くな」


「嬉しいです」


「はい」


 俺も。


「よかったです」


「はい」


「相手の方は?」


「今は」


 レオナルド先輩が。


 俺を見る。


「私たちの話だ」


「はい」


「受け取ります」


 それ以上。


 聞かない。


 守る。


 家族でも。


 全部を知る必要はない。


 ガロウ公爵が。


 かなり。


 聞きたそう。


 札。


 自分で。


 見る。


『息子にも本人だけの話がある』


 読む。


 頷く。


「分かった」


 進歩。


 さらに。


 セレスティア夫人の目が。


 潤む。


「あなた」


「はい」


「褒められた後も?」


「食事は続く」


 公爵。


 パンを食べる。


 皆が。


 笑う。


 次。


 シェルザート家。


「アルフレッドは」


 ガロウ公爵が。


 父上へ。


「はい」


「幼い頃から」


「はい」


「あのように」


 俺を見る。


「ツッコミが多かったのか」


「公爵閣下」


「質問だ」


 父上は。


 少し考える。


「幼い頃は」


「はい」


「もう少し静かだった」


「はい」


「いつから?」


 母上が。


 笑う。


「リリス様と親しくなってから」


 全員。


 俺を見る。


「俺のせいではありません」


 リリスが。


 すぐ。


「私ですか?」


「リリスだけではありません」


「では?」


「公爵閣下」


「はい」


「レオナルド先輩」


「はい」


「リーマス」


「なぜ私も」


「全員です!!」


 温室。


 大きな笑い。


 リーマスが。


 胸元へ手を。


「若様のツッコミを育てる一助となれたこと」


「喜ばないでください」


「光栄でございます」


「はい」


 ライズが。


 静かに言う。


「若様のツッコミ力は、環境適応の結果でございます」


「分析しないでくれ」


「記録上」


「記録しないでくれ」


「第一話時点より」


「やめてください」


 皆が。


 笑う。


 リリスも。


 泣きながら。


「アル」


「はい」


「私」


「はい」


「最初より」


「はい」


「距離は」


 一拍。


「よくなりましたか?」


 温室。


 少し。


 静かになる。


 皆。


 すぐ。


 答えない。


 俺とリリス。


 二人の問い。


 でも。


 家族も。


 見てきた。


「はい」


 俺は答える。


「近すぎる時は」


「はい」


「まだあります」


「はい」


「今日も」


「はい」


「玄関から温室まで、少し近かったです」


「はい」


「でも」


「はい」


「聞いてくれました」


「はい」


「俺も」


「はい」


「この距離で歩きたいと言えました」


「はい」


「昨日も」


「はい」


「抱きしめたいと聞いて」


「はい」


「俺からも近づきました」


「はい」


「最初は」


 思い出す。


 顔。


 近い。


 袖。


 掴む。


 涙。


 アル。


 俺の心臓。


 ツッコミ。


「リリスが近づいて」


「はい」


「俺が逃げるだけでした」


「はい」


「今は」


「はい」


「二人で決められます」


 リリスの涙。


 静かに。


 落ちる。


「よくなりました」


「はい」


「完璧では?」


「ありません」


「はい」


「これからも?」


「失敗します」


「はい」


「聞きすぎることも」


「はい」


「聞けないことも」


「はい」


「近づきすぎることも」


「はい」


「離れすぎることも」


「はい」


「あると思います」


「はい」


「でも」


 俺は。


 リリスを見る。


「そのたびに」


「はい」


「話しましょう」


「はい」


「一回ずつ」


「はい」


「半歩ずつ」


「はい」


 リリスの笑顔。


 涙。


「はい」


「お願いします」


「こちらこそ」


 沈黙。


 青い薔薇。


 夕方。


 家族。


 皆。


 見ている。


 だが。


 入りすぎない。


 俺たちの言葉を。


 待つ。


 ガロウ公爵の手が。


 ハンカチへ。


 だが。


 出さない。


 涙。


 そのまま。


 セレスティア夫人が。


 夫へ。


 軽く手を重ねる。


 支点。


 父上と母上も。


 互いを見る。


 レオナルド先輩。


 少し。


 目を伏せる。


 ライズ。


 記録帳を。


 閉じる。


 リーマス。


 泣いている。


 かなり。


「リーマス」


「はい」


「泣き声を少し」


「努力いたします」


「はい」


 食事。


 続く。


 肉。


 野菜。


 菓子。


 温室の空。


 少しずつ。


 夕方から。


 夜へ。


 ガラスの向こう。


 薄い青。


 深く。


 青い薔薇が。


 少しずつ。


 夜の色へ。


 変わる。


 食後。


 茶。


 全員。


 席を。


 少し変える。


 俺とリリスは。


 最初。


 隣。


 だが。


 今度。


 俺は父上の隣。


 リリスは。


 母上の隣。


 ガロウ公爵は。


 俺の向かい。


 セレスティア夫人は。


 リーマスとミラへ。


 声をかける。


 皆。


 別の会話。


 同じ温室。


 俺は。


 父上と。


「父上」


「何だ」


「今日」


「はい」


「どうですか」


 父上は。


 青い薔薇を見る。


 家族を見る。


「幸せだ」


「はい」


「お前が」


「はい」


「リリス嬢の隣に」


「はい」


「無理をせず立っている」


「はい」


「それが」


 父上の目が。


 少し潤む。


「嬉しい」


「ありがとうございます」


「だが」


「はい」


「お前は」


「はい」


「リリス嬢のためだけに生きるな」


 強い。


 俺は。


 父上を見る。


「はい」


「自分の友人」


「はい」


「家族」


「はい」


「学び」


「はい」


「好きなこと」


「はい」


「それを持ったまま」


「はい」


「隣へ立て」


「はい」


「相手にも」


「はい」


「相手の世界を持たせろ」


「はい」


「二人で一つになるのではなく」


「はい」


「二人で並べ」


 魔力球。


 混ざらない。


 でも。


 同じ輪。


 青い薔薇。


 机の中央。


 全部。


 つながる。


「はい」


「覚えておきます」


「忘れても」


「はい」


「また話せ」


「はい」


 母上は。


 リリスと。


 何か話している。


 少し。


 聞こえる。


「アルを」


「はい」


「支えてくださることは嬉しいわ」


「はい」


「でも」


「はい」


「あなたが苦しい時」


「はい」


「アルを支える役を休んでもよいの」


「はい」


「泣いても」


「はい」


「頼っても」


「はい」


「何もできない日があっても」


「はい」


「婚約者でなくなるわけではない」


 リリスの涙。


「はい」


「私」


「はい」


「アルの隣へ立つために」


「はい」


「強くならなければと思っていました」


「強くなることも」


「はい」


「よいわ」


「はい」


「でも」


「はい」


「弱い日を見せられることも」


「はい」


「関係の強さよ」


「はい」


 リリス。


 泣く。


 母上。


 ハンカチ。


 渡す。


 リリスが。


 受け取る。


「ありがとうございます」


「はい」


「褒められた後も?」


 母上。


 リリスが。


 泣きながら。


「お茶は続きます」


 笑い。


 ガロウ公爵は。


 俺の向かい。


 ずっと。


 見ている。


 父上が。


 別の会話へ。


 少し離れる。


 俺と。


 公爵。


 向かい。


「アルフレッド殿」


「はい」


「娘を」


 一拍。


 来る。


「よろしく頼む」


 温室。


 静かになる。


 リリスも。


 母上との会話を止める。


 セレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 皆。


 見る。


 ガロウ公爵。


 泣いている。


 だが。


 声。


 まっすぐ。


「娘を」


「はい」


「幸せにしてくれ」


 強い。


 昔なら。


 俺は。


 言ったかもしれない。


 公爵家。


 伯爵家。


 釣り合わない。


 俺など。


 許されない。


 自分を下げる。


 だが。


 今は。


 違う。


 ただ。


 その言葉も。


 全部を受け取らない。


「公爵閣下」


「はい」


「俺一人が」


「はい」


「リリスを幸せにするとは」


 一拍。


「約束できません」


 温室。


 完全に。


 静かになる。


 ガロウ公爵の目が。


 少し大きくなる。


 リリスも。


 だが。


 俺は続ける。


「リリスの幸せは」


「はい」


「リリス自身のものです」


「はい」


「家族」


「はい」


「友人」


「はい」


「学園」


「はい」


「青い薔薇」


「はい」


「そして」


 一拍。


「俺」


「はい」


「全部」


「はい」


「一つずつ」


「はい」


「リリスが選び、受け取るものだと思います」


 ガロウ公爵。


 聞く。


「俺は」


「はい」


「リリスの幸せを、全部自分の役目へしません」


「はい」


「でも」


 リリスを見る。


「リリスの隣で」


「はい」


「一緒に幸せを見つけたいです」


 リリスの涙。


 止まらない。


「苦しい時は」


「はい」


「支えたいです」


「はい」


「俺が苦しい時は」


「はい」


「支えてほしいです」


「はい」


「俺が決めすぎたら」


「はい」


「止めてほしいです」


「はい」


「リリスが近づきすぎたら」


「はい」


「俺が言います」


 少し。


 笑い。


「俺が離れすぎたら」


「はい」


「リリスに」


 胸。


 鳴る。


「呼んでほしいです」


 リリス。


 両手で。


 口元を押さえる。


「アル」


「はい」


「呼びます」


「はい」


「何度でも?」


「一度ずつ」


「はい」


「受け取ります」


 ガロウ公爵の涙。


 大きく。


 落ちる。


「そうか」


「はい」


「幸せに」


「はい」


「するのではなく」


「はい」


「一緒に」


「はい」


「見つける」


「はい」


 公爵は。


 目を閉じる。


 長い。


 沈黙。


 やがて。


「分かった」


 そして。


 俺へ。


 頭を。


 少しだけ。


 下げる。


 公爵が。


 俺へ。


「娘と」


「はい」


「共に歩いてくれ」


 胸が。


 熱い。


 目元。


 危ない。


 だが。


 逃げない。


「はい」


「喜んで」


 言った。


 短い。


 でも。


 本当。


 ガロウ公爵の肩が。


 震える。


 ハンカチ。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


「公爵閣下」


「はい」


「今は三枚同時に使わないでください」


「足りない」


「一枚ずつです」


 笑い。


 温室。


 泣きながら。


 皆。


 笑う。


 その時。


 セレスティア夫人が。


 夫の背中へ。


 静かに近づく。


 そして。


 札。


 ペタッ。


 背中へ貼る。


『まだ結婚ではありません』


 温室。


 一瞬。


 静か。


 俺。


 リリス。


 ガロウ公爵。


 全員。


 札を見る。


 ガロウ公爵は。


 背中なので。


 見えない。


「何が貼られた」


 レオナルド先輩が。


 淡々と読む。


「まだ結婚ではありません」


 ガロウ公爵。


 止まる。


「分かっている」


「今の会話で」


 俺。


「完全に結婚式まで行っていました」


「行っていない」


「白いドレスを想像しましたね」


「少し」


「行っています!!」


 温室いっぱいに。


 大きな笑い。


 リリスも。


 涙を拭きながら。


 笑う。


「お父様」


「はい」


「まだ」


「はい」


「学園生活があります」


「はい」


「友人との時間も」


「はい」


「アルとの時間も」


「はい」


「家族との時間も」


「はい」


「全部」


「はい」


「急ぎません」


 ガロウ公爵。


 長く。


 娘を見る。


「分かった」


 背中の札。


 そのまま。


 座る。


「外さないのですか」


 俺。


「必要だ」


「はい」


 次。


 リーマス。


 突然。


 立つ。


「若様ぁぁぁ!!」


 来た。


 両腕。


 広げる。


 俺へ。


「待ってください!!」


 俺が。


 椅子から。


 半分立つ。


「あなたまで何ですか!!」


「若様が」


「はい」


「アマリリス様と」


「はい」


「共に歩まれると」


「はい」


「このリーマス」


「はい」


「感動のあまり」


「抱きつこうとしないでください!!」


 リーマス。


 止まる。


「触れても?」


「嫌です!!」


 即答。


 温室。


 大爆笑。


 リーマスは。


 両腕を。


 ゆっくり下ろす。


「受け取りました」


「受け取ってください」


 ライズが。


 静かに言う。


「シェルザート家にも、距離感異常が確認されました」


「元からだ」


 父上。


「ええ」


 母上。


「俺だけ正常だったんですか!?」


 俺の声。


「若様も」


 ライズ。


「距離を取りすぎる方向へ」


「はい」


「異常が」


「分析をやめてください!!」


 さらに。


 笑い。


 リリスが。


 机へ伏せそうなほど。


 笑っている。


 涙。


 笑い。


 息。


「アル」


「はい」


「皆さま」


「はい」


「距離感が」


「おかしいです」


「はい」


「でも」


 リリスが。


 青い薔薇を見る。


 家族。


 皆。


「幸せです」


 静かに。


 言う。


 今度は。


 大きな拍手ではない。


 誰かが。


 まず。


 母上。


 小さく。


 手を叩く。


 父上。


 セレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 ガロウ公爵。


 ミラ。


 ライズ。


 リーマス。


 俺。


 温室。


 拍手。


 青い薔薇。


 夕方から夜へ。


 ガラスの向こう。


 最初の星。


 拍手が。


 静かに。


 終わる。


 食事も。


 茶も。


 終わりへ。


 だが。


 誰も。


 すぐ立たない。


 この時間を。


 急いで終わらせない。


 リリスが。


 席から立つ。


 青い薔薇の間へ。


 一歩。


 二歩。


 少し。


 歩く。


「アル」


「はい」


「一緒に?」


 家族。


 皆。


 見ている。


 でも。


 二人で。


 少し。


「はい」


 俺も。


 立つ。


 リリスの隣へ。


 温室の奥。


 青い薔薇。


 家族の視界内。


 だが。


 少しだけ。


 静か。


 歩く。


 肩。


 近い。


 触れない。


「アル」


「はい」


「ここ」


「はい」


「最初から」


「はい」


「変わりません」


「温室は?」


「はい」


「青い薔薇も」


「はい」


「でも」


「はい」


「私たちは」


 リリスが。


 立ち止まる。


 俺も。


「変わりました」


「はい」


「最初は」


「はい」


「アルへ近づけば」


「はい」


「安心できると思っていました」


「はい」


「離れたら」


「はい」


「嫌われると思いました」


「はい」


「だから」


「はい」


「近づきすぎました」


「はい」


「俺は」


「はい」


「近づかれると」


「はい」


「逃げることしか」


「はい」


「できませんでした」


「はい」


「今は」


 リリス。


 少し。


 笑う。


「聞けます」


「はい」


「待てます」


「はい」


「離れても」


「はい」


「明日また会えると」


「はい」


「思えます」


「はい」


「アルは?」


「俺も」


「はい」


「近づいてよいと」


「はい」


「言えます」


「はい」


「近づきたいと」


 胸。


 鳴る。


「言えます」


 リリスの涙。


 一粒。


「アル」


「はい」


「今」


「はい」


「少し近づいても?」


 温室。


 青い薔薇。


 家族。


 視界。


 でも。


 二人。


 俺は。


 少し考える。


 心臓。


 忙しい。


 だが。


「はい」


「半歩」


「はい」


 リリスが。


 半歩。


 俺も。


 半歩。


 近い。


 肩。


 触れない。


 でも。


 温度。


 分かる。


「近いです」


 リリスが言う。


「はい」


「嫌ですか?」


「嫌ではありません」


「はい」


「俺からも」


「はい」


「この距離で」


「はい」


「いたいです」


 リリスの涙。


 止まらない。


 でも。


 抱きつかない。


 今は。


 ただ。


 隣。


「アル」


「はい」


「これから」


「はい」


「ずっと」


 言いかける。


 止まる。


 永遠。


 急がない。


 リリスが。


 言い直す。


「明日も」


「はい」


「その次の日も」


「はい」


「一日ずつ」


「はい」


「一緒に歩いていただけますか?」


 強い。


 だが。


 未来へ走りすぎない。


 一日ずつ。


 俺は。


 笑う。


「はい」


「喜んで」


「本当に?」


「一度だけ聞く」


「はい」


「本当に」


 リリスの笑顔。


 青い薔薇より。


 何より。


 俺には。


 綺麗に見える。


「私も」


「はい」


「アルの隣を」


「はい」


「一日ずつ」


「はい」


「歩きたいです」


「はい」


「泣いても?」


「はい」


「近づきすぎても?」


「言います」


「はい」


「離れすぎても?」


「呼んでください」


「はい」


「失敗しても?」


「一曲は続きます」


 リリスが。


 泣きながら。


 笑う。


「はい」


「続きます」


 短い沈黙。


 青い薔薇。


 夜。


 ガラスの向こう。


 星。


 家族の笑い声。


 リーマスの鼻をすする音。


 ライズの記録帳。


 ガロウ公爵の札。


 全部。


 ここ。


「アル」


「はい」


「袖を」


 リリスが。


 俺の制服の袖を見る。


 最初。


 よく。


 握っていた。


「掴んでも?」


 俺は。


 袖を見る。


 リリスを見る。


「はい」


「少しだけ」


「はい」


 リリスの指が。


 俺の袖を。


 そっと。


 つまむ。


 強くない。


 引かない。


 ただ。


 そこに。


「近いです」


「はい」


「でも」


「はい」


「もう」


 一拍。


「慣れました」


 リリスの目が。


 大きくなる。


「本当に?」


「一度だけ聞く」


「はい」


「かなり」


「かなり?」


「全部ではありません」


「はい」


「これからも驚きます」


「はい」


「ツッコミもします」


「はい」


「公爵閣下にも」


「はい」


「リーマスにも」


「はい」


「たぶん、リリスにも」


「はい」


「でも」


 袖。


 指。


 青い薔薇。


「この距離が」


 言葉。


 胸。


 熱い。


「今の俺たちです」


 リリスの涙。


 静かに。


 落ちる。


「はい」


「これからも」


「はい」


「少しずつ」


「はい」


「変わります」


「はい」


「でも」


「はい」


「一緒に」


「はい」


「決めましょう」


 リリス。


 泣きながら。


 笑う。


「こちらこそ」


「はい」


「これからも、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 俺たちは。


 そのまま。


 少しだけ。


 青い薔薇を見る。


 袖。


 つまんだまま。


 長くは。


 しない。


 リリスが。


 自分から。


 指を離す。


「終わりました」


「はい」


「袖を掴んだ時間」


「はい」


「一回分?」


「はい」


「宝物です」


「はい」


 そして。


 家族の元へ。


 戻る。


 皆。


 見ていた。


 だが。


 聞きすぎない。


 ガロウ公爵だけは。


 聞きたい顔。


 札。


 セレスティア夫人が。


 夫の胸へ。


『二人の会話を全部聞かない』


 公爵。


 頷く。


「幸せか」


 それだけ。


 リリスが。


 答える。


「はい」


 俺も。


「はい」


「とても」


 ガロウ公爵の涙。


 また。


「そうか」


 そして。


 内ポケットから。


 最後の札を。


 取り出す。


 今まで。


 見たことのない札。


 自分で。


 書いたのだろう。


 文字。


 少し大きい。


『これからも幸せになれ』


 温室。


 静かになる。


 ガロウ公爵が。


 札を。


 俺とリリスへ。


 見せる。


 泣きながら。


「これは」


「はい」


「父として」


「はい」


「言ってよいか」


 セレスティア夫人が。


 微笑む。


 そして。


 もう一枚。


 夫の札の下へ。


 貼る。


『これは父として言ってもよい』


 リリス。


 完全に泣く。


 俺も。


 目元。


 熱い。


 レオナルド先輩。


 顔を少し逸らす。


 母上。


 ハンカチ。


 父上。


 静かに頷く。


 ミラ。


 泣く。


 リーマス。


「若様ぁぁぁ!!」


「距離を守ってください!!」


 俺のツッコミ。


 温室。


 全員。


 大笑い。


 ガロウ公爵も。


 札を持ったまま。


 泣きながら。


 笑う。


 セレスティア夫人も。


 レオナルド先輩も。


 父上。


 母上。


 ライズ。


 ミラ。


 リーマス。


 リリス。


 俺。


 青い薔薇の温室いっぱいに。


 笑い声が。


 広がる。


 夜。


 星。


 花。


 家族。


 幸せ。


 使い切らない。


 分けても。


 減らない。


 終わっても。


 なくならない。


 距離が変わっても。


 大切は。


 残る。


 俺は。


 隣のリリスを見る。


 リリスも。


 俺を見る。


「アル」


「はい」


「今日も」


「はい」


「少し近かったですか?」


「はい」


「でも」


 俺は。


 笑う。


「その距離で、よかったです」


 リリスも。


 笑う。


「はい」


 皆。


 温室を出る。


 父上と母上。


 ガロウ公爵とセレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 ライズ。


 リーマス。


 ミラ。


 俺とリリス。


 順番ではない。


 自然に。


 歩く。


 俺とリリスは。


 隣。


 肩は。


 触れない。


 でも。


 近い。


 青い薔薇の香り。


 夜の空気。


 扉。


 外。


 帰る場所。


 明日。


 学園。


 友人。


 授業。


 次の楽しみ。


 まだ。


 続く。


 だから。


 これは。


 終わりではない。


 ただ。


 一つの物語を。


 ここで。


 笑って。


 閉じるだけだ。


 公爵令嬢様。


 最初は。


 本当に。


 距離感が近すぎました。


 顔が近い。


 袖を掴む。


 腕を抱く。


 すぐ泣く。


 すぐ呼ぶ。


 俺のツッコミは。


 毎日。


 追いつかなかった。


 正直。


 今でも。


 たまに追いつかない。


 公爵閣下の札にも。


 リーマスの感情にも。


 レオナルド先輩の妹への心配にも。


 皆。


 距離感が。


 少しおかしい。


 でも。


 分かった。


 距離が近かったんじゃない。


 リリスは。


 誰よりも。


 人を大切にしたかった。


 離れたら。


 なくなると思っていた。


 だから。


 掴んだ。


 抱えた。


 近づいた。


 そして俺は。


 近づかれることが怖くて。


 離れた。


 だが。


 今は。


 知っている。


 近くても。


 離れていても。


 聞けばいい。


 待てばいい。


 一回ずつ。


 半歩ずつ。


 失敗しても。


 話せばいい。


 だから。


 今日からも。


 明日からも。


 俺は。


 リリスの隣を。


 一日ずつ。


 歩いていく。


 少し近くて。


 少し泣き虫で。


 少し天然で。


 誰よりも優しい。


 公爵令嬢様。


 距離感が近すぎます!


 ――でも。


 その距離が。


 俺たちの幸せです。


 そして。


 最後に。


 心の底から。


 もう一度だけ。


 叫ばせてください。


 公爵令嬢様!!


 これからも、きっと近すぎます!!

 泣きすぎます!!

 お父様は札を増やしすぎます!!

 リーマスは感動を先回りしすぎます!!

 俺のツッコミは、たぶん一生追いつきません!!

 それでも!!

 あなたの隣で!!

 家族と!!

 友人と!!

 みんなで笑いながら!!

 一日ずつ幸せを見つけていきましょう!!

 あと、お父様!!

『これからも幸せになれ』は、とても素敵な札です!!

 ですが!!

 その裏側に!!

『できれば明日にでも結婚してほしい』

 と書くのは!!

 やめてください!!

「父上!!」

「お父様!!」

「公爵閣下!!」

「あなた!!」

 全員の声。

 ガロウ公爵の札。

 温室の外まで響く笑い声。

 そして。

 青い薔薇が。

 夜風の中で。

 小さく。

 楽しそうに揺れていた。

               ――完――

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