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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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77/86

第77話 公爵令嬢様、昨夜の幸せを一晩で思い出にする気はありません



 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 王城の春の親睦夜会。


 翌朝。


 朝である。


 夜会は、終わった。


 深い青のドレスも。


 濃紺の礼装も。


 王城の灯りも。


 第一舞踏も。


 庭園の見える回廊も。


 すべて。


 昨夜の出来事になった。


 昨夜。


 つい数時間前までは。


 まだ終わってほしくないと思っていた。


 閉会の挨拶を聞きながら。


 王城の大広間を離れながら。


 リリスの馬車を見送りながら。


 終わることが、少し怖かった。


 屋敷へ帰った後も。


 礼装を脱いだ時。


 胸元の青い刺繍が見えなくなった時。


 夜会用の靴を脱いだ時。


 鏡の中から、夜会の自分が少しずつ消えていった時。


 本当に終わったのだと思った。


 けれど。


 眠って。


 朝になって。


 目を開けた俺の中から。


 昨夜のことは、一つも消えていなかった。


 全部を細かく覚えているわけではない。


 王城へ何歩で入ったか。


 何時何分に王妃殿下から声をかけていただいたか。


 楽団の何人目が、どの音を外したか。


 誰がどこに立っていたか。


 そこまで完璧には覚えていない。


 だが。


 リリスの深い青は。


 残っている。


 王城の灯りの中で。


 自分で選んだ青い薔薇を髪へ飾り。


 少し緊張した顔で。


 それでも。


 自分の足で俺の前まで歩いてきた姿。


『私に似合っていると思います』


 そう言えたこと。


 第一舞踏。


 少しだけ俺の足を踏んだこと。


『幸せです』


 と言った声。


 回廊。


 俺から半歩近づいたこと。


 手袋越しに。


 一度だけ。


 手をつないだこと。


 夜会の終わりが怖くなって。


 それでも。


『明日にも、幸せを見つけます』


 と、言ったこと。


 全部。


 今朝の俺の中にある。


 だから。


 夜会は終わった。


 でも。


 なくなってはいない。


 朝。


 自室。


 俺は寝台の上で、天井を見ながら。


 昨夜と同じ場所にいる。


 だが。


 昨日の朝とは違う。


 昨日は。


 これから夜会へ行く朝だった。


 今朝は。


 夜会を持ち帰った朝だ。


 窓から入る光。


 少し白い。


 空は晴れている。


 昨夜遅くまで起きていたからか。


 体は少し重い。


 だが。


 痛みはない。


 足を床へ。


 問題なし。


 夜会用靴ではない。


 室内履き。


 それでも。


 昨日。


 一曲踊った。


 もう一曲。


 途中まで。


 歩いた。


 立った。


 王城の廊下。


 回廊。


 階段。


 かなり使った足。


 痛みがない。


 よかった。


 水。


 一口。


 机の上には。


 昨夜持ち帰った控え鞄。


 まだ、完全には片づけられていない。


 濃紺の糸輪。


 クラリス嬢がくれたお守り。


 鞄へついたまま。


 青い薔薇の香り袋。


 胸元の刺繍ではない。


 でも。


 昨夜の香り。


 俺は。


 香り袋へ手を伸ばしかける。


 止める。


 一香りは一香り。


 今朝。


 まずは。


 水。


 朝食。


 身支度。


 夜会の振り返りは。


 一気にしない。


 扉が叩かれる。


「若様」


 ライズ。


「入ってくれ」


「失礼いたします」


 ライズは。


 いつもの従者服。


 昨夜の正式な礼装ではない。


 それだけで。


 日常へ戻った感じがする。


「おはようございます」


「おはよう」


「睡眠はいかがでしたか?」


「眠れた」


「途中覚醒は?」


「一度」


「時計は?」


「見なかった」


 ライズが頷く。


「大変よろしいかと」


「褒められた後も?」


「朝は続きます」


「はい」


 いつもの会話。


 少し。


 胸が温かい。


「体調を」


「はい。痛みなし。違和感なし。少し疲労感あり」


「足は?」


「問題なし」


「目眩は?」


「なし」


「食欲は?」


「あると思う」


「思う?」


「朝食を見て確認する」


「よろしいかと」


 ライズは。


 机の控え鞄を見る。


「昨夜のお品は、朝食後に整理いたします」


「はい」


「礼装は?」


「衣装係が確認中」


「汚れは?」


「裾にわずかな埃。靴に軽い擦れ。修繕を要する損傷はございません」


「よかった」


「若様のお足も」


「はい」


「アマリリス様に踏まれた箇所も?」


「何ともない」


「確認いたしますか?」


「しなくていい」


「はい」


「ライズ」


「何でしょう」


「昨夜」


「はい」


「楽しかったか?」


 ライズが。


 少しだけ目を見開いた。


 俺の記録。


 ハンカチ。


 体調。


 従者。


 役目。


 だが。


 ライズ自身の夜会。


「はい」


 答える。


「楽しくございました」


「何が?」


「若様が」


「俺?」


「ご自身を下げることなく、アマリリス様の隣へ立たれていたこと」


「はい」


「ご家族と踊られていたこと」


「はい」


「ご友人の皆さまと、若様ご自身の会話を楽しまれていたこと」


「はい」


「そして」


 一拍。


「ハンカチの枚数を、一度もお尋ねにならなかったこと」


「それも?」


「大きな進歩でございます」


「何枚だった?」


 ライズが。


 すぐに口を閉じる。


 俺も。


 聞いた。


 習慣。


「今、聞かない方がいいか」


「若様がお知りになりたいのであれば」


「……夜会後だから」


「はい」


「記録として」


「はい」


「聞いてもいい」


「はい」


 ライズは。


 ほんの少し。


 記録帳へ視線を落とす。


「アマリリス様のご使用枚数」


「はい」


「六十二枚でございます」


「六十二!?」


 朝の自室へ。


 俺の声が響く。


「多い!!」


「第一控え廊下」


「はい」


「王族挨拶」


「はい」


「第一舞踏」


「はい」


「王妃殿下との会話」


「はい」


「庭園回廊」


「はい」


「夜会終了不安」


「はい」


「その他、多数」


「その他でまとめないでくれ」


「詳細記録はございます」


「今はいい」


「はい」


「俺は?」


「八枚」


「多い?」


「若様としては」


「はい」


「最多記録でございます」


「どこで?」


「完成礼装をご家族へご覧いただいた際に一枚」


「はい」


「第一控え廊下でアマリリス様から礼装がお似合いだと告げられた際に一枚」


「はい」


「第一舞踏後に一枚」


「はい」


「王妃殿下との会話後に一枚」


「はい」


「お母上様との第二舞踏後に一枚」


「はい」


「回廊にて、近いけれど嫌ではないとお伝えした後に一枚」


「それは俺が?」


「目元を拭かれました」


「はい」


「夜会閉会時に一枚」


「はい」


「帰りの馬車で一枚」


「覚えていない」


「窓の外をご覧になりながら」


「はい」


「アマリリス様の『また明日』を思い出された際に」


「全部見ていたのか」


「従者でございますので」


「公爵閣下は?」


 聞く。


 聞いてしまう。


 ライズが記録帳をめくる。


「七十八枚」


「多すぎる!!」


「娘御の礼装姿」


「はい」


「第一舞踏」


「はい」


「王妃殿下との会話」


「はい」


「庭園回廊へのお誘い」


「はい」


「柱の陰」


「そこも涙?」


「見守る葛藤涙」


「覗きです」


「ご本人の主張では見守り」


「はい」


「閉会」


「はい」


「馬車での帰路」


「はい」


「屋敷到着後」


「まだ泣いた?」


「深い青のドレスを脱がれる前に、もう一度ご覧になった際に」


「はい」


「合計七十八枚」


「札は?」


「二十枚中十九枚使用」


「残り一枚」


「『帰宅後すぐに結婚式の日程を考えない』」


「最後まで必要です!!」


 ライズは。


 静かに頷く。


「使用されました」


「使ったんですか?」


「はい」


「では二十枚全部」


「はい」


「結婚式を考えた?」


「深い青のドレスをご覧になり」


「はい」


「次は白も」


「止められた?」


「セレスティア様に」


「よかった」


 夜会は終わった。


 でも。


 公爵は。


 相変わらず。


 少し安心する。


「今日のハンカチは?」


 俺が聞く。


 ライズは。


 少しだけ間を置く。


「通常枚数へ戻します」


「何枚?」


「十二枚」


「通常で十二」


「昨夜の振り返り日でございますので」


「結局多い」


「減っております」


「六十二から見れば」


「はい」


 朝食。


 食堂。


 父上。


 母上。


 二人とも。


 少し眠そう。


 だが。


 表情は穏やか。


「おはようございます」


「おはよう、アル」


「おはよう」


「眠れましたか?」


 俺が聞く。


 母上が笑う。


「途中で一度」


「時計は?」


「見ました」


「母上」


「あなたが帰ってくるまで待っていた癖が残っていたのよ」


「同じ馬車でした」


「そうね」


 父上が言う。


「母上は、帰宅後も夜会の話をしていた」


「父上も」


「少し」


「何時まで?」


「知らん」


「時計を見ていない?」


「ああ」


「俺より進歩しています」


「夜会後だけだ」


 朝食。


 温かいスープ。


 パン。


 卵。


 果物。


 昨日と似ている。


 でも。


 今日は。


 夜会前の体調を整える食事ではない。


 日常の朝食。


「食べられそう?」


 母上が聞く。


「はい」


 スープ。


 一口。


 問題なし。


「食べられます」


「よろしい」


 父上が新聞を開く。


 だが。


 読んでいない。


 少しして。


 俺を見る。


「昨夜」


「はい」


「どうだった」


 広すぎる質問。


 全部。


 言えない。


「幸せでした」


「それは聞いた」


「では」


 一つ。


 何を。


「第一控え廊下で」


「はい」


「リリスを見た時」


「はい」


「言葉が出ませんでした」


 母上が微笑む。


「そうでしょうね」


「見ていたのですか?」


「もちろん」


「見続けないと言っていたのに」


「最初くらいは」


「はい」


「深い青は?」


「綺麗でした」


「それだけ?」


「足りません」


「では?」


「言葉が足りなかったので、綺麗ですとしか言えませんでした」


 母上の目が潤む。


「それで十分だったのでは?」


「はい」


「リリス様は?」


「礼装が似合っていると」


「はい」


「私の隣へ立つ方に見えると」


 父上が。


 ゆっくり頷く。


「受け取れたか」


「はい」


「疑わなかったか」


「……少しだけ」


 正直。


「はい」


「でも」


「はい」


「受け取りました」


「よし」


 母上が聞く。


「第一舞踏は?」


「足を踏まれました」


「それが最初?」


「大事です」


「痛かった?」


「いいえ」


「リリス様は?」


「世界が終わった顔をしました」


「それで?」


「一曲は続くと言いました」


「はい」


「踊り切りました」


 母上。


 笑う。


 目元。


 少し。


「よかったわ」


「はい」


「あなたが笑って戻ってきた時」


「はい」


「母上も、とても幸せだった」


 俺の胸。


 温かい。


「父上は?」


「お前の顔が」


「はい」


「前より、少し自分を信じている顔だった」


「そこまで?」


「ああ」


「礼装で?」


「礼装だけではない」


「はい」


「相手の隣へ立つことを」


「はい」


「許されているではなく」


「はい」


「自分が選んで立っている顔だ」


 強い。


 スープ。


 止まる。


 でも。


 朝食は続く。


 一拍。


「ありがとうございます」


 母上が笑う。


「褒められた後も?」


「朝食は続きます」


 パンを食べる。


 家族。


 昨夜の振り返り。


 一気にしない。


 一つずつ。


「父上と母上は」


「はい」


「踊ったのですか?」


 母上が言う。


「踊ったわ」


「俺、見ていません」


「知っている」


「すみません」


「謝ることではない」


 父上。


「お前は、お前の夜会を過ごしていた」


「はい」


「私たちも」


「はい」


「楽しかったですか?」


 父上と母上が。


 一度。


 顔を見合わせる。


 短い。


 でも。


 長く一緒にいる二人の間。


「はい」


 母上。


「楽しかったわ」


 父上も。


「ああ」


「何を話しました?」


「お前の幼い頃」


「なぜ」


「大きくなった、と」


「夜会中に?」


「少しだけ」


「はい」


「それから」


 母上が言う。


「今後は、お前の夜会へ付き添うだけではなく」


「はい」


「父上と二人で参加してもよいわね、と」


「母上から?」


「ええ」


「父上は?」


「もちろん、と」


 俺は。


 二人を見る。


 父上。


 母上。


 俺の家族。


 俺を見守るだけではない。


 自分たちの時間。


「よかったです」


「はい」


「褒められた後も?」


 父上。


「新聞を読む」


「読んでいませんよね」


「これからだ」


 笑い。


 朝食。


 続く。


 食後。


 控え鞄の整理。


 ライズと。


 机。


 一つずつ。


 使用済みのハンカチは。


 すでに分けられている。


 香り袋。


 問題なし。


 クラリス嬢の糸輪。


 外さない。


 今日。


 学園へ持っていく。


「制服用の鞄へ?」


「はい」


 ライズが。


 紛失しない位置へ。


「礼装の胸元の青は?」


「修繕後、保管いたします」


「もう着ない?」


「次の夜会や式典で」


「次」


「はい」


 昨日のためだけではない。


 礼装。


 また。


 着る日がある。


「青の位置は?」


「そのまま」


「はい」


「次も?」


「若様が変更をご希望されなければ」


「そのままで」


「承知いたしました」


 戻る合図。


 使わなかった。


 だが。


 残す。


 次。


 必要かもしれない。


 必要なくても。


 そこにある。


 制服へ着替える。


 いつもの。


 ジャケット。


 シャツ。


 靴。


 鏡。


 昨日の濃紺ではない。


 銀も。


 青の刺繍もない。


 でも。


 俺。


 同じ。


 昨日の俺が消えたわけではない。


 礼装を着たから。


 特別な人間になったわけではない。


 制服に戻っても。


 リリスの隣へ立てる。


「若様」


「何だ」


「制服も、お似合いでございます」


「急に?」


「昨夜の礼装だけが若様の価値ではございませんので」


 胸。


 熱い。


「受け取る」


「はい」


 学園へ。


 馬車。


 道。


 いつもの朝。


 王城へ向かった道とは違う。


 人々。


 市場。


 荷車。


 パン屋。


 昨日の夜会を知らない者たち。


 町は。


 日常。


 俺も。


 学園へ。


 だが。


 昨夜を持っている。


 正門。


 いつもの場所。


 リリス。


 いる。


 制服。


 普段のブルーローズ。


 深い青のドレスではない。


 髪も。


 いつもの。


 それでも。


 見た瞬間。


 胸が鳴る。


 昨日の第一控え廊下ほどではない。


 言葉は出る。


 でも。


 少し。


 特別。


 リリスも。


 俺を見つける。


 笑う。


 泣きそう。


 だが。


 歩く。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 俺も。


 昨日と違う靴。


 制服。


 正門。


 でも。


 同じ二人。


「ご機嫌よう、リリス」


「ご機嫌よう、アル」


 二人の呼び方。


 公的な王城ではない。


 いつもの。


 それだけで。


 リリスの目から。


 一粒。


「泣きました」


「はい」


「夜会は終わりました」


「はい」


「でも、朝は続いています」


「はい」


「足の状態を聞いても?」


「はい」


「痛みは?」


「ありません」


「違和感は?」


「ありません」


「疲れは?」


「少しあります」


「睡眠は?」


「途中で二度」


「時計は?」


「一度見ました」


「はい」


「お父様が」


「はい」


「廊下を往復していました」


「眠れなかった?」


「札を数えていました」


「夜中に?」


「はい」


「何枚使ったか」


「二十枚全部です」


 リリスの目が大きくなる。


「アルも聞いたのですか?」


「ライズに」


「お父様は?」


「七十八枚」


 リリスが。


 完全に止まる。


「ハンカチが?」


「はい」


「そんなに?」


「はい」


「私は?」


「六十二枚」


「私より」


「公爵が多いです」


 リリスが。


 顔を両手で覆う。


「お父様」


「俺は八枚」


「アルも?」


「最多記録です」


 リリスが。


 手を下ろす。


 少し笑う。


「一緒ですね」


「枚数は違います」


「記録更新が」


「はい」


「夜会の宝物です」


「ハンカチ枚数も?」


「一つくらい」


「多すぎます」


 ミラが。


 後ろで記録を持っている。


「アマリリス様」


「はい」


「昨夜の使用枚数については、ご家族全員分の詳細記録がございます」


「お母様は?」


「十七枚」


「お兄様は?」


「四枚」


「お父様が」


「圧倒的でございます」


「はい」


 リリスが泣きながら笑う。


「アル」


「はい」


「昨夜」


「はい」


「夢ではありませんでした」


「はい」


「今朝も覚えています」


「はい」


「アルも」


「覚えています」


「何を?」


 全部ではなく。


 一つ。


「リリスが、俺の足を踏んだこと」


「そこですか!?」


 リリスの声。


 正門前。


 周囲の生徒たちが振り返る。


 一瞬。


 そして。


 笑い。


「もっとありませんか?」


「あります」


「はい」


「深い青のドレス」


「はい」


「自分で似合うと言えたこと」


「はい」


「第一舞踏」


「はい」


「王妃殿下」


「はい」


「回廊」


「はい」


「……手」


 リリスの顔が。


 一瞬で赤くなる。


 周囲。


 聞かせない。


 小声。


「覚えていますか?」


「はい」


「私も」


「はい」


「私たちのものです」


「はい」


 短い沈黙。


 朝の風。


 校門。


 制服。


 昨夜とは。


 まったく違う景色。


 でも。


 続いている。


「リリス」


「はい」


「昨夜、幸せでしたか?」


 一度だけ。


 昨夜の確認。


 リリスは。


 すぐ答える。


「はい」


「とても」


「今朝は?」


 リリスが。


 少し考える。


 昨日と同じ幸せを。


 強制しない。


 今朝の。


「はい」


 笑う。


「今朝も、幸せです」


「何が?」


「アルに、ご機嫌ようと言えたことです」


 俺の胸。


 熱い。


「それだけ?」


「それだけではありません」


「はい」


「制服のアルに会えたこと」


「はい」


「昨夜を覚えていてくださること」


「はい」


「私も覚えていること」


「はい」


「今日も、ここから始められることです」


 強い。


「俺も」


「はい」


「幸せです」


 リリスの涙。


 一粒。


「何が?」


「ご機嫌ようと」


「はい」


「また言えたことです」


 リリスが。


 完全に泣く。


 だが。


 静か。


 ミラがハンカチ。


 俺も一枚。


 昨夜だけではない。


 今朝も。


 幸せ。


 違う形。


「登校しますか?」


「はい」


「夜会の話は?」


「一日かけて」


「はい」


「全部、一度に話しません」


「はい」


「まずは?」


「教室へ」


「はい」


 校門を通る。


 少し進むと。


 ユリウス。


 エレナ嬢。


 ニール。


 全員。


 少し眠そう。


「おはよう」


「ご機嫌よう」


「ご機嫌よう」


 ユリウスが。


 大きな欠伸をしそうになり。


 手で隠す。


「眠い」


「言うと思いました」


「夜会翌日に授業はひどい」


「昨日も言っていました」


「今朝の方が実感してる」


 エレナ嬢は。


 目元に少し疲れ。


 だが。


 笑う。


「皆さま」


「はい」


「足や体調は?」


 一人ずつ。


「問題なし」


 俺。


「少し疲れ」


 リリス。


「眠い」


 ユリウス。


「疲労感はございますが、問題ありません」


 エレナ嬢。


「少し緊張が残っています」


 ニール。


「緊張?」


 俺が聞く。


「昨日、姉と踊ったことを思い出すと」


「はい」


「まだ胸が」


「嬉しい?」


「はい」


 ニールが笑う。


「母へ話しました」


「どうでした?」


「泣きました」


「お母上が?」


「はい」


「姉も」


「はい」


「僕も」


「家族全員」


「はい」


 皆が笑う。


「クラリス様は?」


 リリスが聞く。


「教室で待っています」


 エレナ嬢。


「昨日の話を、とても楽しみにしているそうですわ」


 リリスの目が。


 潤む。


「何から話しましょう」


「一つずつ」


 俺が言う。


「はい」


「第一舞踏?」


「はい」


「王妃殿下?」


「はい」


「回廊は」


「大切な時間でした、と」


「それ以上は?」


「私たちのものです」


「はい」


 教室。


 扉を開く。


 いつもの。


 机。


 椅子。


 黒板。


 だが。


 生徒たちの空気が。


 少し違う。


 夜会へ参加した者。


 参加しなかった者。


 全員。


 こちらを見る。


「来た」


「どうだった?」


「ドレスは?」


「王族は?」


「舞踏!」


「足、踏んだって本当?」


 最後。


 誰から。


 もう広まっている。


 リリスの顔が。


 赤くなる。


「誰が」


 ユリウスが。


 少し目を逸らす。


「ユリウス様?」


「夜会帰りの馬車で、知り合いに」


「もう話したのですか!?」


「一曲は続いたことも」


「そこまで?」


「いい話だった」


 リリスが。


 顔を覆う。


「恥ずかしいです」


「でも」


 クラリス嬢。


 席から立つ。


 笑っている。


「聞きたいです」


「足を踏んだ話から?」


「はい」


「クラリス様まで」


 教室に笑い。


 温かい。


 ベイル先生はまだ来ていない。


 皆。


 机を寄せる。


 昨日。


 夜会前日の輪。


 今日。


 夜会後の輪。


 クラリス嬢が。


 俺たちの控え鞄を見る。


「糸輪」


「持ってきました」


 俺が。


 鞄を見せる。


 リリスも。


 青い糸。


「ずっと、控え鞄に」


「ありがとうございます」


「王城では見えませんでした」


 リリスが言う。


「はい」


「でも、ありました」


「はい」


「一緒に行きました」


 クラリス嬢の目が。


 潤む。


「嬉しいです」


「褒められた後も?」


 ユリウス。


「授業前の話は続きます」


 クラリス嬢が答える。


 皆が笑う。


「何から?」


 誰かが聞く。


 リリスは。


 俺を見る。


 一つずつ。


「王城へ着いて」


「はい」


「アルフレッド様を見た時から」


「最初から?」


「はい」


「長くなります」


「いいよ」


「授業が」


「先生が来るまで」


「では」


 リリスが。


 少し姿勢を整える。


 皆。


 待つ。


「第一控え廊下で」


「はい」


「濃紺の礼装を着たアルフレッド様を見ました」


「はい」


「とても、お似合いでした」


 俺の顔。


 熱い。


「リリス様も」


「はい」


「深い青のドレスが」


「はい」


「とても綺麗でした」


 教室が。


 少しざわめく。


「写真は?」


「ありません」


「絵師は?」


「王城の記録画が後日」


「見たい」


「私も」


「本人が?」


「はい」


 リリスが笑う。


「自分で似合うと思えたので」


 教室。


 静かになる。


 皆。


 この言葉の大きさを。


 学園で見てきた。


 リリスが。


 周囲に決めてもらうだけではなく。


 自分で。


「よかったですね」


 クラリス嬢。


「はい」


 リリスの涙。


「王妃殿下にも」


「本当に?」


「はい」


「似合っていると」


「はい」


「私は、自分でもそう思えたと」


「言えたの?」


「はい」


 拍手。


 教室。


 自然に。


 生徒たちが。


 拍手。


 夜会ではない。


 制服。


 朝。


 でも。


 祝福。


 リリスが。


 泣く。


「ありがとうございます」


「褒められた後も?」


 誰か。


「話は続きます」


 リリス。


 笑い。


 次。


 第一舞踏。


 足。


「踏みました」


 リリスが。


 先に言った。


 教室が笑う。


「痛かった?」


「痛くありません」


 俺。


「本当に?」


「はい」


「その後は?」


「アルフレッド様が、一曲は続くと」


「はい」


「踊り切りました」


 また拍手。


「泣いた?」


「かなり」


「アルフレッドは?」


「少し」


「嘘」


「八枚」


 ユリウスが言う。


「なぜ知ってる」


「ライズからは聞いてない」


「では?」


「顔で」


「はい」


 笑い。


 王妃殿下。


 王女殿下。


 青い薔薇。


 第二舞踏。


 家族。


 途中までの舞踏。


 終わるのが怖くなったこと。


 無理に隠さない。


 だが。


 回廊。


 リリスは。


「大切な時間でした」


 と。


 それだけ。


 クラリス嬢が。


 頷く。


「それで十分です」


「はい」


「皆さまへ話さない宝物も」


「はい」


「持ち帰りました」


「よかったです」


 教室。


 静か。


 誰も。


 さらに聞かない。


 守る。


 友人。


 そこへ。


 ベイル先生。


 入ってくる。


 全員が。


 慌てて机へ戻ろうとする。


「そのままで」


 先生が言う。


「はい?」


「本日の一時間目は」


 黒板へ。


『夜会後の振り返り』


 教室が。


 どよめく。


「授業ですよ」


 ユリウス。


「昨夜を、ただの感想会で終わらせない」


「はい」


「ですが」


 先生は。


 少しだけ笑う。


「幸せだったことも、きちんと話してください」


 教室の空気が。


 明るくなる。


「最初に」


 先生は黒板へ三つ。


『できたこと』


『思うようにできなかったこと』


『持ち帰ったもの』


「一人ずつ」


 前から。


 ユリウス。


「できたこと」


「はい」


「炭酸水を二種類飲み比べた」


「礼法上のことを」


「一つの列で待てました」


「よろしい」


「思うようにできなかったこと」


「会話が楽しすぎて、食べるのを一度忘れました」


「誰に言われた?」


「エレナ」


「はい」


「持ち帰ったもの」


 ユリウスが。


 少し考える。


「軽さも、役に立つ時があると」


 エレナ嬢を見る。


「誰かに言われた言葉です」


「よろしい」


 エレナ嬢。


「できたこと」


「自分の体調を、一度言えました」


「はい」


「思うようにできなかったこと」


「他の方の対応を見すぎました」


「はい」


「持ち帰ったもの」


「私も、友人へ頼ってよいということです」


 ユリウスの顔が。


 少し嬉しそう。


 ニール。


「できたこと」


「姉と踊りました」


「はい」


「自分から同年代の方へ、二度目の会話を」


「はい」


「思うようにできなかったこと」


「最初に帰りたいと思いました」


「実際に帰りましたか?」


「いいえ。休んで戻れました」


「では」


「はい」


「失敗ではありません」


「はい」


「持ち帰ったもの」


「母と姉へ話せる記憶です」


 先生が頷く。


 クラリス嬢。


 夜会へ参加していない。


「できたこと」


「家族と、皆さまの夜会を祝う食事をしました」


「はい」


「思うようにできなかったこと」


「王城を想像しすぎて、少し寂しくなりました」


「はい」


「どうしました?」


「母へ話しました」


「よろしい」


「持ち帰ったもの」


「皆さまが、私の糸輪を持って行ってくださったことです」


 教室。


 温かい。


 俺の番。


「できたこと」


 一つではない。


 だが。


「自分から、リリス様を回廊へ誘いました」


 教室。


 ざわめく。


 リリスの顔。


 真っ赤。


「ほかに」


「はい」


「自分の礼装が似合うと、思えました」


 先生。


 頷く。


「思うようにできなかったこと」


「夜会が終わるのを、怖がりました」


「はい」


「どうしました?」


「怖いと、リリス様へ話しました」


「はい」


「持ち帰ったもの」


 何を。


 一つ。


 リリスを見る。


 深い青ではない。


 制服。


 でも。


「夜会が終わっても」


「はい」


「翌朝、また会えることです」


 教室。


 静か。


 リリスの涙。


 落ちる。


 先生が。


 少しだけ微笑む。


「よろしい」


 リリスの番。


 立つ。


 涙を拭く。


「できたこと」


「はい」


「自分のドレスが、自分に似合うと言えました」


「はい」


「嫌なことを、嫌だと言える方を見て」


 一拍。


「私も、断ってよいと改めて思えました」


「はい」


「自分が行かなくても、王城係の方へ任せることができました」


「はい」


「思うようにできなかったこと」


「第一舞踏で、アルフレッド様の足を踏みました」


 教室。


 笑い。


 リリスも。


 泣きながら笑う。


「ほかに」


「夜会の終わりが怖くなり」


「はい」


「今の幸せが消えると思いました」


「はい」


「実際は?」


「今朝も残っていました」


「はい」


「持ち帰ったもの」


 リリスが。


 俺を見る。


「深い青のドレス」


「はい」


「王妃殿下のお言葉」


「はい」


「家族の笑顔」


「はい」


「友人の皆さまの糸輪」


「はい」


「そして」


 教室。


 待つ。


「夜会が終わっても、私たちは続くということです」


 拍手。


 教室全体。


 大きい。


 リリスの涙。


 俺の目元。


 皆。


 それぞれ。


 昨夜を。


 持ち帰っている。


 先生は。


 拍手が落ち着くまで待つ。


「皆さん」


「はい」


「夜会は終わりました」


「はい」


「ですが」


「はい」


「経験を、一晩で完成した思い出にしなくてよい」


「はい」


「今日」


「はい」


「明日」


「はい」


「話すたび」


「はい」


「違う意味が見つかることもあります」


「はい」


「傷ついたことが、後から重くなる場合も」


「はい」


「幸せだったことを、後から実感する場合も」


「はい」


「急いで、きれいな物語へ整えない」


 強い。


 夜会。


 成功。


 幸せ。


 でも。


 途中。


 断れない相手を見た。


 怖かった。


 終わりが苦しかった。


 全部。


 後から。


 また。


「今日は」


 先生が言う。


「昨夜を一つずつ受け取る日です」


「はい」


「そして」


「はい」


「通常授業もあります」


 ユリウスが。


 机へ突っ伏しそうになる。


「やはり」


「当然です」


「夜会後の特別休暇は」


「ありません」


「はい」


 教室が笑う。


 日常。


 戻る。


 でも。


 昨夜を忘れたわけではない。


 休み時間。


 クラリス嬢が。


 リリスの隣へ。


「ドレス」


「はい」


「王城の記録画が完成したら」


「はい」


「見せてください」


「もちろんです」


「青い薔薇も」


「はい」


「次は」


 クラリス嬢が。


 少し迷う。


「皆さまで、学園の庭でもお茶をしませんか?」


 リリスの目が。


 大きくなる。


「次の楽しみ?」


「はい」


「王城ほど特別ではありません」


「はい」


「制服です」


「はい」


「でも」


「はい」


「皆さまと」


 リリスの涙。


「行きたいです」


「では」


 エレナ嬢も。


「日程を決めましょう」


「ユリウス様は?」


「菓子があるなら」


「軽さを半歩」


「皆と話せるなら」


「よろしい」


 ニールも。


「僕も」


「はい」


 俺を見る。


「アル」


「はい」


「一緒に?」


「はい」


「学園の庭」


「はい」


「王城ではありません」


「はい」


「でも」


「はい」


「幸せを見つけます」


「はい」


 次。


 ある。


 今度は。


 夜会ほど大きくない。


 でも。


 大切。


 昼休み。


 食堂。


 いつもの席。


 昨日。


 王城の軽食。


 今日は。


 学園のスープ。


 パン。


 肉。


 野菜。


「アル」


「はい」


「食べられていますか?」


「はい。スープ、パン、肉」


「分かりました」


「リリスは?」


「スープ、パン、野菜。最後に菓子を」


「分かりました」


 昨夜と同じ。


 日常でも。


 続く。


 ユリウスが言う。


「夜会の菓子で、一番は白砂糖の果実焼き」


「甘すぎました」


「そこがいい」


「私は」


 エレナ嬢。


「小さな塩味の包み菓子が」


「食べていません」


 俺。


「美味しかったですわ」


「次は?」


「次の夜会で」


 リリスの目が。


 潤む。


「次の夜会」


「はい」


「また?」


「機会があれば」


「はい」


「昨日と同じにはなりません」


「はい」


「別の夜会です」


「はい」


「別の幸せ」


「はい」


 リリスが笑う。


「楽しみです」


「まだ予定はありません」


「それでも」


「はい」


「いつか」


 未来。


 怖くない。


 少し。


 楽しみ。


 午後。


 魔法基礎。


 教師は。


 昨夜の魔力状態を一人ずつ確認する。


「暴走は?」


「ありません」


「使用は?」


「ほぼなし」


「疲労は?」


 少し。


 リリスの深い青。


 いつもより。


 柔らかい。


 少し揺れる。


「昨夜の感情が残っていますね」


「はい」


「消しますか?」


「いいえ」


 リリスが答える。


「今は」


「はい」


「このまま」


「はい」


「でも、授業に支障があれば」


「はい」


「整えます」


「よろしい」


 魔力も。


 昨夜を持っている。


 だが。


 日常へ。


 戻す。


 放課後。


 いつもの場所。


 レオナルド先輩。


 制服。


 昨日の礼装ではない。


 でも。


 兄。


「リリス」


「お兄様」


「足は?」


「痛みなし。違和感なし。少し疲労」


「よい」


 俺も。


「同じく問題なし」


「よい」


 短い確認。


 レオナルド先輩は。


 リリスを見る。


「眠れたか」


「二度起きました」


「父上が廊下を」


「見たのか」


「はい」


「札を数えていました」


「二十枚すべて使った」


「聞きました」


「ハンカチは?」


「七十八枚」


「知っていたのですか?」


「私が数えた」


「お兄様が?」


「父上が途中で分からなくなった」


「はい」


「夜中に?」


「帰宅後」


「お疲れ様です」


 レオナルド先輩の顔。


 少し疲れている。


「お兄様」


「何だ」


「昨夜」


「はい」


「どなたとお話しされていたのですか?」


 来た。


 俺は。


 口を挟まない。


 レオナルド先輩が。


 少し目を細める。


「覚えていたか」


「はい」


「お聞きしても?」


「一度だけ」


「はい」


「騎士団関係者の娘だ」


「はい」


「以前、行事で会った」


「はい」


「それだけだ」


「楽しかったですか?」


 レオナルド先輩が。


 一瞬。


 黙る。


 夕方の風。


 校舎。


 生徒の声。


「話は、楽しかった」


 言えた。


 リリスの目が。


 少し大きくなる。


「よかったです」


「はい」


「また、お話しされますか?」


「機会があれば」


「はい」


「お父様は?」


「近づこうとした」


「やはり」


「母上の札」


「何と?」


「『息子の会話も尋問しない』」


「必要です」


 俺が言う。


 レオナルド先輩が。


 ほんの少し笑う。


「父上も」


「はい」


「今朝」


「はい」


「自分の札が必要だと言っていた」


「息子用?」


「ああ」


「増えますね」


「減らない」


 皆が笑う。


「アルフレッド」


「はい」


「昨夜」


「はい」


「幸せだったか」


「はい」


「今朝は?」


「はい」


「何が」


「リリスへ、いつもの正門でご機嫌ようと言えたことです」


 レオナルド先輩の目が。


 少し柔らかくなる。


「よい」


 リリスも。


「私も同じです」


「はい」


「夜会だけが」


 レオナルド先輩。


「特別ではない」


「はい」


「今日を粗末にするな」


「はい」


 強い。


 昨日が幸せだったから。


 今日が。


 色褪せるわけではない。


 制服。


 学園。


 正門。


 日常。


 それも。


 大切。


「お父様は?」


 リリスが聞く。


「屋敷で」


「はい」


「夜会の記録をまとめている」


「札と?」


「ああ」


「今日は来ない?」


「来ようとした」


「なぜ」


「昨夜の翌日に、娘の顔を確認すると」


「朝、会いました」


「母上が止めた」


「札は?」


「『昨夜会った娘は今朝も同じ娘』」


 俺のツッコミが。


 少し遅れる。


「必要ですが、内容が当たり前すぎます!!」


 リリスが。


 泣きながら笑う。


「お父様らしいです」


「はい」


 正門。


 夕方。


 昨日。


 王城。


 今夜。


 屋敷。


 今日。


 学園。


 リリスと。


 いつもの場所。


「アル」


「はい」


「今日の宝物名は」


「はい」


「夜会が終わっても、ご機嫌ようを言えた日の宝物です」


「良い名前です」


「あと」


「はい」


「昨夜の幸せが、朝になっても残っていた日の宝物です」


「はい」


「あと」


「まだ?」


「次の楽しみを決められた日の宝物です」


「学園の庭のお茶」


「はい」


「三つ」


「はい」


「別々に」


「持ち帰ります」


 リリスが。


 少し笑う。


「アル」


「はい」


「昨夜」


「はい」


「回廊で、手を」


「声が大きいです」


 俺がすぐ言う。


 リリスの顔。


 赤い。


「すみません」


「はい」


 小声。


「覚えていますか?」


「はい」


「今も?」


「はい」


「私も」


「はい」


「でも」


「はい」


「今日は、つなぎません」


 自分から。


「なぜ?」


「はい」


「昨日の一回を」


「はい」


「大切にしたいからです」


 胸が。


 熱い。


「それと」


「はい」


「今は、校門前です」


「正しいです」


「お父様もいません」


「関係ありますか?」


「見守り札がありません」


「なくても判断してください」


 リリスが笑う。


「はい」


「でも」


「はい」


「また」


 リリスが。


 少しだけ。


 目を伏せる。


「つないでもよい日が来ますか?」


 俺は。


 すぐ。


 永遠の約束をしない。


 次。


 その時。


「はい」


「その時に」


「はい」


「俺からも聞きます」


 リリスの涙。


 一粒。


「取っておきます」


「はい」


「明日も?」


「会えます」


「はい」


「今日より普通かもしれません」


「はい」


「夜会の話をしない時間も」


「はい」


「それでも」


「はい」


「一緒にいます」


「はい」


 リリスが。


 穏やかに笑う。


「また明日、アル」


「また明日、リリス」


 馬車へ。


 今日は。


 制服。


 家族。


 いつもの帰宅。


 ガロウ公爵はいない。


 レオナルド先輩と。


 ミラ。


 リリスが乗る。


 一度。


 振り返る。


 頷く。


 俺も。


 馬車が動く。


 昨日の王城前とは違う。


 でも。


 大切。


 屋敷へ帰る。


 夕食。


 夜会の話。


 一つずつ。


 父上。


 母上。


 リーマス。


 ライズ。


 リーマスは。


 昨夜、俺たちが帰宅するまで。


 玄関広間で待っていた。


「眠らなかったのか?」


「若様がお戻りになるまでは」


「待ちすぎです」


「はい」


「でも」


「はい」


「お帰りになった若様の表情を拝見し」


 リーマスの目が。


 潤む。


「幸せな夜であったと」


「はい」


「分かりました」


「はい」


「ありがとうございました」


 なぜ俺が。


 だが。


 言う。


「こちらこそ」


 夕食。


 父上が。


「回廊では」


 聞く。


「大切な時間でした」


「それ以上は?」


「俺たちのものです」


 父上が。


 一拍。


 頷く。


「分かった」


 母上も。


 微笑む。


 聞かない。


 守る。


 家族。


「ただし」


 父上。


「何か困ったことがあれば」


「はい」


「話せ」


「はい」


「大切な時間と、秘密にして苦しむことを混同するな」


「はい」


 強い。


「今は?」


「幸せな記憶です」


「よし」


 その夜。


 フルーラ家から。


 いつもの三通。


 一通目。


『夜会は終わった。朝になった。リリスは制服で学園へ行った。深い青ではなかった。だが、娘だった。セレスティアに「昨夜会った娘は今朝も同じ娘」の札を出された。私は学園へ行こうとしたが、止められた。七十八枚のハンカチと二十枚の札を確認した。すべて必要だった。リリスが帰宅し、今朝も幸せだったと話した。夜会だけではないらしい。父も、今朝の娘を見られて幸せだった。 ガロウ』


 二通目。


『夜会翌日。足、体調とも問題なし。妹は、夜会が終わっても関係は続くと理解している。君も同じだろう。昨夜の出来事を、一晩で美しい思い出に整えるな。怖かったことも、困ったことも、後から話せ。父上は息子用の札も必要だと認めた。母上が作成中。 レオナルド』


 三通目。


『アルフレッド様。昨夜は、リリスと共に幸せな時間を過ごしてくださり、ありがとうございました。今朝、リリスは制服姿で「昨日の私も今日の私も、どちらも私です」と申しました。深い青のドレスを脱いでも、自分で選べたことは残っております。夜会を一晩で完成した思い出にせず、どうかこれからも、話すたびに少しずつ受け取ってくださいませ。夫は七十八枚のハンカチを使用しました。数え直しても七十八枚でした。継続が大切です。 セレスティア』


 俺は。


 三通目を。


 もう一度読む。


『昨日の私も、今日の私も、どちらも私』


 深い青。


 制服。


 泣くリリス。


 笑うリリス。


 近い。


 離れる。


 全部。


 リリス。


「若様」


 ライズ。


「何だ」


「本日のハンカチ使用数は」


「聞く」


「アマリリス様十二枚」


「通常へ」


「若様二枚」


「どこで?」


「正門で、今朝も幸せだと確認された際」


「はい」


「放課後、再び手をつなぐ日が来るかと尋ねられた際」


「見ていたのか」


「従者でございますので」


「公爵は?」


「二十九枚」


「夜会翌日でも多い」


「制服姿の娘御が同じ娘だと理解された感情涙」


「はい」


「昨夜の記録画の下絵が届いた感動涙」


「もう?」


「王城側より簡易確認用が」


「はい」


「さらに」


「まだ?」


「息子用札を作成されるセレスティア様を見て、ご家族全員を見守る必要を受け取られた家族愛涙」


「公爵も忙しいですね」


「左様でございます」


「明日は?」


「通常枚数を予定しております」


「何枚?」


「十枚」


「減った」


「はい」


「予定は?」


「通常授業。学園庭園でのお茶会日程相談」


「夜会は?」


「終わっております」


「はい」


「でも」


「はい」


「話してよい」


「もちろんでございます」


 俺は。


 窓の外を見る。


 夜会翌日の夜。


 王城の灯りは見えない。


 深い青のドレスも。


 今は。


 フルーラ家の衣装室。


 濃紺の礼装も。


 修繕中。


 だが。


 なくなっていない。


 今朝。


 制服で。


 リリスへ。


 ご機嫌ようと言えた。


 それだけで。


 幸せだった。


 昨日とは違う。


 小さな。


 日常の幸せ。


 夜会が終わっても。


 幸せは。


 別の形で。


 続いている。


 俺は。


 深く息を吸う。


 そして。


 今日も。


 心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 深い青のドレスを脱いでも、昨夜のあなたは消えていません!!


 制服姿のあなたも、今朝のご機嫌ようも、俺にとって大切な続きです!!


 夜会を一晩で完成した思い出にせず、これから何度でも、一つずつ話していきましょう!!


 あと、お父様!!


 夜会が終わった翌朝に、札を数えるためだけに廊下を何往復もしていたら!!


 娘の安全確認ではなく!!


 普通に!!


 睡眠不足になります!!


 札より先に!!


 眠ってください!!

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