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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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76/86

第76話 公爵令嬢様、幸せな夜ほど終わりが怖くなります



 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 王城の春の親睦夜会。


 大広間に戻った俺たちは、学園の友人たちの輪へ加わった。


 第一舞踏を踊った。


 第二舞踏では家族と踊った。


 王妃殿下に呼ばれた。


 ドレスと礼装を褒めていただいた。


 王女殿下は、リリスが自分で選んだ青い薔薇を見て、自分も髪飾りを選んでみたいと笑った。


 庭園の見える回廊へ行った。


 俺から、リリスを誘った。


 俺から、半歩近づいた。


 手袋越しに、ほんの少しだけ手をつないだ。


 そして。


 ガロウ公爵が、柱の陰から全身のほとんどを出した状態で俺たちを見守っていた。


 隠れていない。


 本人は、隠れていないから覗いてもいないと言い張った。


 意味が分からない。


 セレスティア夫人に連れ戻される前。


 ガロウ公爵は俺たちを見て。


「幸せそうだった」


 と、言った。


 そして。


『幸せそうなら、それでよい』


 自分で作った札を取り出し。


「それでよい」


 と、受け取った。


 大きな進歩だ。


 かなり大きい。


 柱の陰から覗いていた事実を差し引いても。


 大きな進歩である。


 回廊から戻った俺たちは、軽食を食べた。


 知らない夫人から、回廊での時間を聞かれた。


 リリスは。


「大切な時間でした」


 とだけ答えた。


 全部は話さなかった。


 手をつないだことも。


 俺から半歩近づいたことも。


 近いけれど嫌ではないと伝えたことも。


 それは。


 見せつけるための親しさではない。


 隠すべき恥でもない。


 俺たちの間に置いておきたい時間だった。


 親しい呼び方を守るように。


 近い時間も守る。


 大切だから。


 そして。


 夜会は中盤へ入った。


 王城係がそう告げた。


 中盤。


 まだ半分。


 その言葉に、俺は安心した。


 まだ終わらない。


 まだ時間がある。


 友人と話せる。


 家族とも。


 食べられる。


 笑える。


 もしかすると、もう一曲くらい踊れるかもしれない。


 リリスと。


 あるいは別の誰かと。


 夜会は続く。


 そのはずだった。


 なのに。


 中盤という言葉を聞いたリリスは、一瞬だけ。


 笑顔を止めた。


 ほんの一瞬。


 ほかの者なら、気づかなかったかもしれない。


 だが。


 俺は見た。


 深い青のドレス。


 胸元。


 少しだけ、呼吸が止まる。


 目。


 大広間の奥ではなく。


 時計でもなく。


 何もない場所を見る。


 それから。


 すぐ笑った。


「アルフレッド様」


「はい」


「友人の皆さまと、お話ししましょう」


 明るい声。


 いつもと同じ。


 いや。


 少しだけ。


 明るすぎる。


 俺は。


 今すぐ聞きそうになった。


 どうしました。


 不安ですか。


 疲れましたか。


 何かありましたか。


 だが。


 一度。


 体調確認は後で。


 今、リリスは友人の輪へ入りたいと言った。


 本人の言葉。


 受け取る。


「はい」


 俺たちは、ユリウスたちの輪へ入った。


 大広間中央では。


 新しい曲が始まっていた。


 先ほどまでの舞踏よりも軽い。


 若い者同士が楽しめる曲。


 輪の中では。


 ユリウスが、王城の菓子を両手に持っていた。


「戻った」


「戻りました」


「これ食べた?」


 ユリウスが示す。


 小さな焼き菓子。


 表面に白い砂糖。


 中には果実。


「まだです」


「かなり甘い」


「では、一つ」


「半分でいいと思う」


「最初から半分に分けられていますか?」


「今から割る」


 ユリウスが手で割ろうとする。


 エレナ嬢が止める。


「手袋で割らないでください」


「はい」


「皿と小刀を」


「はい」


 王城係の給仕から、皿と小さな菓子用の刃物を借りる。


 ユリウスはきちんと半分にした。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 俺が受け取る。


 リリスにも。


「アマリリス様も?」


「いただきます」


 食べる。


 甘い。


 かなり。


 だが、果実の酸味もある。


「甘いですね」


 リリスが言う。


「かなり」


「幸せの味?」


 ユリウスが聞く。


「砂糖の味です」


 俺が答える。


「雰囲気を壊す」


「味の質問でした」


 周囲が笑う。


 リリスも笑った。


 自然。


 少し安心する。


 エレナ嬢がリリスを見る。


「アマリリス様、疲れてはいらっしゃいませんか?」


 先に聞かれた。


 リリスは。


 すぐ大丈夫と言わない。


 一拍。


 足。


 呼吸。


 肩。


「少し疲れました」


 言えた。


「座りますか?」


「いいえ。今は、皆さまとお話ししたいです」


「分かりました」


「もう少ししたら、座ります」


「はい」


 俺は。


 そこで初めて聞く。


「痛みは?」


「ありません」


「違和感は?」


「ありません」


「呼吸は?」


「問題ありません」


「気持ちは?」


 リリスが。


 一瞬。


 止まる。


 ユリウスたちも。


 俺が体調だけではなく気持ちまで聞いたことで、少し静かになった。


 聞きすぎたか。


 だが。


 リリスは、逃げずに考えた。


「……幸せです」


「はい」


「でも」


 来た。


 リリスは、大広間を見る。


 灯り。


 音楽。


 人々。


 家族。


 友人。


 深い青のドレス。


 俺の濃紺。


「もう、中盤だと聞いたら」


「はい」


「少し」


 声が小さくなる。


「終わりが、怖くなりました」


 胸が痛んだ。


 予想していた。


 でも。


 本人の口から聞くと。


 強い。


 ユリウスも。


 エレナ嬢も。


 ニールも。


 すぐ言葉を出さない。


 友人の輪の中に。


 短い沈黙。


 音楽だけが続く。


 夜会は止まらない。


「終わるのが?」


 俺が聞く。


「はい」


「帰りたくありませんか?」


 リリスは、すぐには答えない。


「屋敷へは帰りたいです」


「はい」


「家族と帰って」


「はい」


「今日のことを話したいです」


「はい」


「クラリス様にも」


「はい」


「でも」


「はい」


「この夜が終わってしまうのが」


 涙が溜まる。


「怖いです」


 泣く。


 一粒。


「こんなに幸せだった時間が」


「はい」


「終わったら」


「はい」


「夢だったようになる気がして」


 俺の胸にも。


 同じ怖さがあった。


 気づかないふりをしていた。


 第一舞踏が終わった時。


 まだ始まったばかりと言った。


 王妃殿下との会話が終わった時。


 次があると言った。


 回廊を出た時。


 夜会へ戻ると言った。


 終わるたび。


 次へつないだ。


 だが。


 夜会そのものが終われば。


 次はない。


 今夜の中には。


「俺も」


 言う。


 リリスが俺を見る。


「少し怖いです」


「アルフレッド様も?」


「はい」


「終わってほしくない?」


「はい」


「一緒です」


 涙が増える。


 でも。


 ここで。


『終わりません』


 とは言えない。


 夜会は終わる。


 必ず。


 今日の夜は。


 今夜だけ。


「ですが」


 俺は続ける。


「終わることと、なくなることは違います」


 リリスが。


 聞いている。


「回廊でも話しました」


「はい」


「夜会は終わります」


「はい」


「ドレスも脱ぎます」


「はい」


「礼装も」


「はい」


「王城から帰ります」


「はい」


「でも」


「はい」


「踊ったことは、なくなりません」


「はい」


「王妃殿下に褒めていただいたことも」


「はい」


「リリス様が、自分で似合うと言えたことも」


「はい」


「手をつないだ一回も」


 リリスの顔が。


 真っ赤になる。


 ユリウスが反応しかける。


 エレナ嬢が、彼を見る。


「私たちのものです」


 俺が先に言う。


 ユリウスは口を閉じる。


「はい」


「全部」


「はい」


「終わっても、起きたことです」


「はい」


「夢ではありません」


 リリスの涙が。


 静かに落ちる。


「明日」


「はい」


「私が覚めたら?」


「俺もいます」


「学園で?」


「はい」


「また会えます」


「はい」


「今日のドレスではありません」


「制服です」


「アルフレッド様も」


「制服です」


「王城ではない」


「学園です」


「でも」


「はい」


「俺です」


 リリスの口元が。


 少し笑う。


「私も?」


「リリス様です」


「公爵令嬢では?」


「それも」


「アマリリスでは?」


「それも」


「リリス?」


「はい」


「全部」


「はい」


 エレナ嬢が。


 静かに言う。


「終わることで、次の日へ持っていけるものもありますわ」


 リリスが、彼女を見る。


「次の日へ?」


「はい」


「今夜が終わらなければ」


「はい」


「クラリス様へ話せません」


「はい」


「皆で、失敗を笑うことも」


「はい」


「思い出として名前をつけることも」


「はい」


「次の楽しみを考えることもできません」


 終わる。


 次へ。


 夜会が終わることは。


 幸せが消えることではない。


 幸せを持ち帰るため。


 箱に入れるような。


 区切り。


 ユリウスが言う。


「僕は、終わった後の菓子の感想会が楽しみ」


「ユリウス様」


「大事だよ」


「はい」


「今日食べた中で何が一番だったか」


「はい」


「明日、全員で決める」


「授業は?」


「休み時間に」


「はい」


 ニールも。


 少し笑う。


「僕は、姉と踊ったことを母へ話したいです」


「はい」


「今はまだ、母は知りません」


「はい」


「終わったら」


「はい」


「伝えられます」


 リリスの涙。


 でも。


 笑顔。


「皆さま」


「はい」


「終わった後にも」


「はい」


「楽しみがあります」


「あります」


 俺が答える。


「夜会の後にも、幸せは続きます」


「同じ形ではなくても?」


「はい」


「深い青のドレスではなくても?」


「はい」


「アルフレッド様が隣に?」


「毎日ではありません」


「正直です」


「でも、会えます」


「はい」


 リリスは。


 ハンカチで涙を拭く。


 一度。


 呼吸。


「戻りました」


「はい」


「友人の皆さまと」


「はい」


「今の時間を過ごします」


「はい」


 ユリウスが、先ほどの焼き菓子をもう一つ示す。


「もう半分食べる?」


「甘すぎます」


「戻った」


「何がですか」


「アルフレッドのツッコミ」


「はい」


 皆が笑う。


 その笑いへ。


 リリスも。


 加わる。


 夜会は続く。


 終わりが怖い。


 その気持ちは消えていない。


 でも。


 怖いまま。


 今を過ごせる。


 それでいい。


 しばらく。


 友人たちと話した。


 王城の菓子。


 舞踏。


 王女殿下。


 庭園。


 ユリウスは、炭酸水を二種類飲み比べていた。


「こっちの方が細かい」


「何が?」


「泡」


「分かるのですか?」


「たぶん」


「たぶん」


 エレナ嬢は王城の庭園の配置に詳しかった。


「東回廊から見えた水路は、王城建設時からございます」


「そんなに古いのですか?」


 リリスが聞く。


「はい。何度か改修されていますが」


「夜でも綺麗でした」


「春の終わりには、白い花が増えますわ」


「また見たいです」


 リリスが言う。


 俺は少し驚く。


「また?」


「はい」


「王城へ?」


「機会があれば」


 未来。


 怖くない。


 また来たい。


 それは。


 今日が終わることを。


 少し受け入れた言葉に聞こえた。


「俺も」


 言う。


 リリスが見る。


「また、来たいです」


「一緒に?」


「機会があれば」


「正しいです」


「はい」


 ニールは、先ほど会話した同年代の少年と、もう一度話していた。


 今度は、エレナ嬢の紹介なし。


 自分から。


「先ほどは、ありがとうございました」


「こちらこそ」


「王城の庭園を、ご覧になりましたか?」


「まだです」


「東回廊から、綺麗に見えるそうです」


 会話。


 続く。


 ニールの姉は。


 少し離れた場所。


 見守っている。


 入らない。


 でも。


 笑っている。


 皆。


 今夜。


 少しずつ。


 自分の足で動いている。


 俺も。


 リリスだけを見ていない。


 友人の話を聞く。


 菓子を食べる。


 水を飲む。


 父上と。


 母上のいる場所を見る。


 二人は、王城の古い知人と話している。


 母上は楽しそう。


 父上も。


 ガロウ公爵は。


 騎士団関係者の輪。


 札は胸元にない。


 内ポケット。


 セレスティア夫人は、別の夫人と。


 レオナルド先輩は。


 年上の令嬢に話しかけられていた。


 リリスが。


 兄を見る。


 目を細める。


「お兄様」


「はい」


「女性の方と」


「話していますね」


「はい」


「どなたでしょう」


「知り合いでは?」


「聞いてもよいですか?」


「本人が後で話したいなら」


「はい」


「今は見守りましょう」


 リリスは。


 少し考える。


「はい」


「お兄様の夜会です」


「はい」


 兄の交友関係へ。


 すぐ入らない。


 大きな進歩。


 その時。


 ガロウ公爵が。


 レオナルド先輩と令嬢の会話に気づく。


 顔が。


 少し変わる。


 娘ではなく。


 息子。


 札へ手。


 セレスティア夫人が遠くから。


 夫を見る。


 ガロウ公爵の手が止まる。


 俺は。


 小さく。


「公爵閣下も大変ですね」


 と言った。


 リリスが聞く。


「お兄様にも?」


「はい」


「札が必要ですか?」


「たぶん」


「お母様が準備されます」


「確実」


 俺たちは笑う。


 夜会。


 穏やか。


 その時。


 大広間の反対側で。


 少し大きな声がした。


 怒鳴り声ではない。


 だが。


 周囲の会話が、一瞬途切れる程度には。


 強い。


「ですから、申し上げているでしょう」


 若い男性の声。


 俺たちの輪も。


 少しだけ静かになる。


 視線。


 全員が向けるわけではない。


 盗み聞きしない。


 だが。


 王城係が動く。


 何かある。


 声の方向。


 年若い貴族子息。


 そして。


 その前に。


 若い令嬢。


 顔が青い。


 泣きそう。


 男性は、苛立っている。


「一曲くらい、よいではありませんか」


「申し訳ありません。少し気分が」


「先ほどはほかの方と踊っていた」


「今は」


「私とは踊れないと?」


 会話。


 悪意。


 あるいは。


 拒絶を受け取れない。


 令嬢の手を。


 掴もうとする。


 王城係が近づく。


 だが。


 その前。


 俺の隣で。


 リリスが。


 一歩。


 出そうになる。


 俺は。


 袖を掴まない。


 止めない。


 声をかける。


「リリス様」


「はい」


「何をしたいですか?」


 一拍。


 リリスは。


 令嬢を見る。


「お声を」


「はい」


「ですが」


 王城係を見る。


「王城係の方が向かっています」


「はい」


「私が入る必要は」


 リリスは。


 自分で止まる。


「今は、ありません」


「はい」


 見守る。


 王城係が。


 二人の間へ。


「失礼いたします」


 丁寧。


 だが強い。


「ご令嬢は体調が優れないと仰っております」


「しかし」


「お話は、別の場所で伺います」


 男性が。


 不満そう。


 だが。


 王城係。


 さらに、近くの家族。


 令嬢の母。


 動く。


 男性の家族も。


 会話は。


 大広間の端へ。


 移される。


 騒ぎ。


 広がらない。


 音楽は続く。


 周囲の会話も。


 少しずつ戻る。


 リリスの手。


 震えている。


「リリス様」


「はい」


「大丈夫ですか?」


 一度。


 リリスは。


 自分の手を見る。


「怖かったです」


「はい」


「私も、以前なら」


「はい」


「断れなかったかもしれません」


「はい」


「体調が悪くても」


「はい」


「相手が怒ったら」


「はい」


「私が悪いと思って」


 涙。


「はい」


「でも」


「はい」


「今の方は、断りました」


「はい」


「王城係へ助けていただきました」


「はい」


「私も」


 リリスは。


 自分の胸元へ手を置く。


「嫌な時は、断ってよいです」


「はい」


「助けを求めてよいです」


「はい」


「誰かが断った時は」


「はい」


「受け取らなければなりません」


「その通りです」


 ユリウスが。


 珍しく真面目な声。


「断られたことと、自分の価値は別だよ」


 皆が彼を見る。


「僕、軽いけど」


「はい」


「嫌だと言われたら、引く」


「はい」


「それは相手の権利だから」


 エレナ嬢が。


 静かに微笑む。


「よい言葉ですわ」


 ユリウスの顔が。


 少し赤い。


「受け取る」


「褒められた後も?」


 俺が言う。


「夜会は続く」


 ユリウスが答える。


 空気が。


 少し戻る。


 だが。


 リリスの手の震えは。


 まだ。


 俺は。


 彼女を見る。


「少し座りますか?」


「はい」


 本人が。


 選ぶ。


 俺たちは、壁際の休息席へ。


 今度は。


 友人たちも。


 全員ではなく。


 エレナ嬢だけが近くに残る。


 ユリウスたちは、輪を維持。


 待つ。


 俺とリリス。


 エレナ嬢。


 ミラ。


 ライズ。


 少し離れて家族。


「水を」


 エレナ嬢。


「ありがとうございます」


 リリスが一口。


 呼吸。


「戻る合図は?」


 俺が聞く。


 リリスは、左手のハンカチを見る。


 右手に持っている。


「使いません」


「はい」


「今は、皆さまがいます」


「はい」


「言葉にできました」


「はい」


「少し休めば」


「はい」


「戻れます」


「分かりました」


 沈黙。


 大広間。


 音楽。


 先ほどの令嬢は。


 母親と一緒に別の控え席。


 王城係が水を。


 男性側は。


 別の場所。


 離されている。


 安全。


 リリスが。


 それを確認する。


「よかったです」


「はい」


「助けられました」


「はい」


「俺たちが?」


「いいえ」


 リリスは。


 きちんと答える。


「王城係の方と、ご家族が」


「はい」


「私たちは」


「はい」


「見守りました」


「はい」


「それも」


「はい」


「何もしなかったわけではありません」


 手を出さない。


 任せる。


 必要なら。


 でも。


 今は。


 専門の者へ。


「アマリリス様」


 声。


 セレスティア夫人。


 いつの間にか。


 近くへ。


「お母様」


「はい」


「今のことを?」


「見ていました」


「はい」


「怖かったです」


「はい」


「ですが」


「はい」


「飛び出しませんでした」


「はい」


「自分が行くべきかを、考えました」


「はい」


「王城係へ任せられました」


 セレスティア夫人の目が。


 潤む。


「よくできました」


 リリスの涙。


「ありがとうございます」


「でも」


「はい」


「怖かったことは、残ります」


「はい」


「無理に、成長した話だけへしないで」


「はい」


「今夜、帰った後に」


「はい」


「もう一度話しましょう」


「はい」


「お父様も?」


 セレスティア夫人が。


 少し振り返る。


 ガロウ公爵。


 かなり離れた場所で。


 男性の方を睨んでいる。


 札を。


 両手に。


 レオナルド先輩が。


 父の前に立ち。


 視線を遮っている。


「話します」


「はい」


「ただし」


「はい」


「夫には、別の札が必要です」


「何ですか?」


 セレスティア夫人は、すでに一枚持っていた。


『他家の子息を騎士団へ連行しない』


「必要です」


 俺が言った。


 リリスも。


「はい」


 少し笑う。


 恐怖の後。


 すぐに大笑いではない。


 でも。


 少し。


 呼吸が戻る。


 セレスティア夫人は。


 リリスの肩へ手を置こうとする。


 一度。


「触れても?」


「はい」


 リリスが答える。


 母の手。


 肩。


 軽く。


 支点。


「大丈夫です」


 リリスが言う。


「はい」


「でも、まだ少し」


「はい」


「ここにいます」


「ありがとうございます」


 俺も。


 隣。


 近づきすぎない。


 でも。


 離れない。


 しばらくして。


 リリスは。


 深く息を吐く。


「戻りました」


「はい」


「夜会へ?」


 俺が聞く。


「はい」


「今すぐ?」


「もう少しだけ、座ってから」


「分かりました」


 急がない。


 夜会は続く。


 でも。


 今は休む。


 その間。


 王城係の一人が。


 こちらへ来る。


「ご心配をおかけいたしました」


「いいえ」


 セレスティア夫人が答える。


「ご令嬢は、別室で休まれております」


「はい」


「相手方のご子息とご家族には、王城側よりお話を」


「はい」


「今夜の舞踏への参加は、控えていただくこととなりました」


「分かりました」


「ありがとうございます」


 リリスが、自分で礼をする。


 王城係が一礼。


 去る。


 解決。


 俺たちが。


 判断することではない。


 家同士の大きな問題へ。


 今すぐ広げない。


 王城側へ任せる。


「リリス様」


「はい」


「今のことを」


「はい」


「今夜全部、考えなくてよいです」


「はい」


「帰ってから」


「はい」


「明日でも」


「はい」


「必要なら」


「はい」


「一緒に話します」


 リリスの目が潤む。


「アルフレッド様も?」


「はい」


「私だけではなく?」


「はい」


「俺も怖かったので」


「はい」


「話したいです」


「分かりました」


「一人で持ち帰りません」


「はい」


「二人で?」


「家族も」


「正しいです」


 リリスが少し笑う。


「友人も」


「はい」


「クラリス様にも?」


「話したい範囲で」


「はい」


 全部を。


 背負わない。


 全部を。


 二人だけにも。


 しない。


 家族。


 友人。


 教師。


 支える人。


 いる。


 リリスが。


 椅子から立つ。


「立てますか?」


「はい」


 自分で。


 立つ。


 俺の手は。


 必要なら。


 少し。


 リリスが。


 俺を見る。


「手を、借りても?」


「はい」


 俺が差し出す。


 リリスが。


 重ねる。


 支点。


 立つ。


 すぐ離す。


「ありがとうございます」


「はい」


「戻ります」


「はい」


 友人の輪へ。


 ユリウスたちは。


 待っていた。


 こちらを見続けてはいなかった。


 別の話をしている。


 俺たちが近づく。


 ユリウスが。


 一度だけ聞く。


「戻れた?」


「はい」


 リリスが答える。


「まだ少し怖いです」


「了解」


「でも」


「はい」


「皆さまといたいです」


「歓迎」


 それだけ。


 深く聞かない。


 エレナ嬢も。


 戻る。


 輪。


 続く。


 夜会の中盤。


 友人たちと。


 しばらく穏やかに話した。


 王城の音楽。


 庭園。


 学園。


 明日の授業。


「明日、授業あるの?」


 ユリウス。


「あります」


 俺。


「夜会の翌日だよ?」


「あります」


「休みにしてほしい」


「先生へ言ってください」


「言っても無理」


「はい」


 リリスが笑う。


「明日も」


「はい」


「会えます」


「はい」


 先ほどの終わりへの恐怖。


 少し。


 遠くなる。


 明日。


 ある。


 この夜の後にも。


 時間。


 ある。


 王城係が。


 夜会終盤へ向けた準備を始めている。


 大広間の楽団。


 曲調。


 少し落ち着く。


 給仕が。


 温かい飲み物を運ぶ。


 壁際の大時計。


 見ない。


 だが。


 空気で分かる。


 夜が。


 少し深くなった。


 リリスも。


 気づいたのだろう。


 目が。


 再び。


 少し曇る。


 俺は。


 すぐ聞かない。


 彼女が。


 言葉にするのを。


 待つ。


 リリスは。


 温かい花茶を受け取る。


 俺は。


 薄い茶。


 違うカップ。


 同じ机。


 両手で。


 温かい。


「アルフレッド様」


「はい」


「終盤が」


「はい」


「近いですか?」


「たぶん」


「時計は?」


「見ません」


「はい」


「王城係が、必要なら教えてくれます」


「はい」


 リリスは。


 カップを見る。


「怖いです」


「はい」


「でも」


「はい」


「先ほどより」


「はい」


「少しだけ」


 顔を上げる。


「終わった後のことも、楽しみです」


 俺の胸が。


 温かくなる。


「何が?」


「家族と馬車で帰ること」


「はい」


「お父様の札を、何枚使ったか聞くこと」


「かなり」


「はい」


「お母様に、王妃殿下との会話をもう一度話すこと」


「はい」


「お兄様が、どなたとお話しされていたか聞くこと」


「それは本人が話したい範囲で」


「はい」


「クラリス様に」


「はい」


「青い薔薇を褒めていただいたことを話すこと」


「はい」


「そして」


 リリスが。


 俺を見る。


「アルフレッド様と」


「はい」


「明日、学園で会うことです」


 強い。


「制服で」


「はい」


「いつもの正門で」


「はい」


「ご機嫌ようと」


「はい」


「言えますか?」


「言えます」


「今日の話を?」


「全部は無理です」


「はい」


「一つずつ」


「はい」


「続きます」


 リリスの涙。


 でも。


 笑顔。


「夜会が終わっても」


「はい」


「私たちは続きます」


「はい」


 短い沈黙。


 友人たちも。


 少し離れた場所で。


 話している。


 俺たちの会話へ。


 入りすぎない。


「リリス様」


「はい」


「終わりが怖くなったら」


「はい」


「次を思い出しましょう」


「はい」


「明日」


「はい」


「学園」


「はい」


「次の夜会」


 リリスの目が大きくなる。


「次も?」


「機会があれば」


「はい」


「王城でなくても」


「はい」


「家族の食事会」


「はい」


「友人とのお茶」


「はい」


「温室」


「はい」


「終わった後には」


「はい」


「別の始まりがあります」


 リリスの涙が。


 また。


「アルフレッド様」


「はい」


「今日だけが、幸せではありませんか?」


「はい」


「明日も?」


「幸せかは、明日の俺たちが」


「はい」


「明日の時間で」


「はい」


「見つけます」


 リリスが。


 ゆっくり頷く。


「分かりました」


「はい」


「今日の幸せを」


「はい」


「明日に、同じ形で続けろとは言いません」


「はい」


「でも」


「はい」


「明日にも、幸せを見つけます」


「はい」


 約束。


 永遠に。


 毎日同じだけ。


 ではない。


 明日は明日。


 その日の。


 一つ。


 見つける。


 俺たちは。


 温かい飲み物を飲む。


 一口。


 リリスも。


 俺も。


 終盤。


 怖い。


 でも。


 その夜。


 王城の楽団が。


 少しゆったりとした曲を奏で始めた。


 自由参加の舞踏。


 最後に近い曲。


 大広間の中央へ。


 夫婦。


 婚約者。


 家族。


 友人。


 何組か。


 出ていく。


 リリスが。


 曲を見るように。


 中央を見る。


 俺も。


 第一舞踏。


 踊った。


 第二舞踏。


 家族と。


 もう一曲。


 体調。


 足。


 疲れ。


「リリス様」


「はい」


「足は?」


「痛みはありません」


「疲れは?」


「少し」


「踊れますか?」


 一拍。


「一曲全部は」


 リリスが考える。


「少し不安です」


「はい」


「では、踊りませんか?」


「いいえ」


 すぐ。


 否定。


 俺が見る。


「踊りたいです」


「はい」


「でも」


「はい」


「一曲全部ではなく」


「はい」


「途中まで」


 できるのか。


 自由参加。


 途中で抜ける。


 周囲。


 問題?


 王城係。


 相談。


「確認しましょう」


「はい」


 俺たちは。


 王城係へ。


「自由舞踏へ、途中まで参加してもよろしいでしょうか」


「はい」


 意外に。


 すぐ。


「曲の外周側でお入りいただき、退出の際は、周囲へ合図を」


「ありがとうございます」


「無理はなさらず」


「はい」


 選択肢。


 踊る。


 踊らない。


 だけではない。


 途中まで。


 少し。


「リリス様」


「はい」


「踊りますか?」


 改めて。


「はい」


「短い時間」


「はい」


「喜んで」


 俺が。


 手を差し出す。


 リリスが。


 自分で重ねる。


 中央ではなく。


 外周。


 人が少ない。


 音楽。


 柔らかい。


 一歩。


 近づく。


「今」


「はい」


「近づいても?」


 リリス。


「はい」


「舞踏の距離まで」


「はい」


「俺からも」


 また。


 半歩。


 リリスの涙。


「何度目でも、嬉しいです」


「一回は一回です」


「はい」


「今の一回」


「はい」


 踊る。


 第一舞踏ほど。


 緊張しない。


 人々の視線も。


 少ない。


 でも。


 家族。


 友人。


 見ている。


 ガロウ公爵は。


 動かない。


 札。


 一枚だけ。


『最後まで踊らなくてもよい』


 自分で見ている。


 リリスが。


 父を見る。


 笑う。


 踊りながら。


「お父様」


「はい」


「待っています」


「はい」


「アルフレッド様」


「はい」


「終わるのが怖いです」


「はい」


「でも」


「はい」


「今、踊れています」


「はい」


「一曲全部でなくても」


「はい」


「幸せです」


「俺も」


 数節。


 回る。


 ゆっくり。


 深い青。


 濃紺。


 もう。


 完璧を目指さない。


 足。


 呼吸。


 笑顔。


 リリスの疲れ。


 俺が聞く。


「どうですか?」


「あと少し」


「はい」


 もう数節。


 そして。


 リリスが。


 小さく頷く。


「ここまで」


「はい」


 退出の合図。


 外周。


 王城係。


 周囲へ。


 俺たちは。


 曲の途中で。


 静かに。


 舞踏から抜ける。


 礼。


 互いに。


 曲は続く。


 ほかの者たちは踊る。


 俺たちの舞踏は。


 終わった。


 途中で。


 でも。


 失敗ではない。


 リリスが。


 大広間の端へ戻りながら。


 泣く。


「終わりました」


「はい」


「途中で」


「はい」


「でも」


「はい」


「幸せでした」


「はい」


「残っています」


「はい」


「曲は、まだ続いています」


「はい」


「私たちは?」


「休みます」


「はい」


 壁際。


 椅子。


 座る。


 水。


 家族。


 友人。


 拍手。


 大きな拍手ではない。


 近くにいた者たちが。


 温かく。


 拍手をくれる。


 途中退席。


 それでも。


 踊った。


 リリスは。


 一拍。


「ありがとうございます」


 受け取る。


「褒められた後も?」


 ユリウス。


「夜会は続きます」


 リリス。


 笑い。


 ガロウ公爵が。


 近くへ。


 飛び込まない。


 歩く。


「リリス」


「はい」


「途中で」


「はい」


「止めた」


「はい」


「痛いのか」


「いいえ」


「疲れました」


「はい」


「だから」


「はい」


「自分で終えました」


 ガロウ公爵の目が。


 潤む。


「よく止めた」


「はい」


「よく踊った」


「ありがとうございます」


「幸せか」


 帰る前に一度。


 リリスは。


 俺を見る。


 約束。


 今はまだ。


 帰る前ではない。


 でも。


 父の問い。


 一度。


「はい」


「幸せです」


 ガロウ公爵が。


 頷く。


「そうか」


 それだけ。


 セレスティア夫人が。


 夫の隣。


 札は。


 出さない。


 必要ない。


 レオナルド先輩も。


「よい判断だった」


 短く。


 リリスが。


 泣きながら笑う。


「お兄様」


「はい」


「曲の途中でも?」


「終わる場所は、自分で決めてよい」


「はい」


 夜会。


 終盤。


 だが。


 まだ。


 終わっていない。


 俺たちは。


 椅子で休む。


 家族も。


 友人も。


 近く。


 音楽。


 続く。


 舞踏。


 終わる。


 拍手。


 次の静かな曲。


 王城係が。


 間もなく最後の挨拶時間に入ると告げる。


 来た。


 本当の終わり。


 リリスの手が。


 少し震える。


 だが。


 今度は。


 自分から言う。


「怖いです」


「はい」


「でも」


「はい」


「帰った後も、楽しみです」


「はい」


「両方です」


「はい」


「今は?」


「最後の時間を」


 一拍。


「家族と過ごしたいです」


 俺の胸に。


 少し寂しさ。


 でも。


 嬉しい。


「はい」


「俺も」


「はい」


「家族と」


「はい」


「その後」


「はい」


「帰る前に、もう一度」


 リリスが。


 俺を見る。


「幸せか」


「はい」


「聞いても?」


「はい」


「俺も聞きます」


「はい」


 最後の確認。


 何度もではない。


 帰る前に。


 一度。


 俺たちは。


 それぞれの家族の輪へ。


 少し。


 離れる。


 リリスは。


 フルーラ家。


 俺は。


 シェルザート家。


 同じ大広間。


 視界に入る。


 でも。


 別々。


 リリスが。


 父。


 母。


 兄。


 ミラ。


 笑う。


 俺は。


 父上。


 母上。


 ライズ。


 リーマスは屋敷。


 話す。


「どうだった?」


 母上が聞く。


「幸せです」


「はい」


「終わるのが怖いです」


「はい」


「でも、帰って話したいです」


「はい」


「母上は?」


「幸せよ」


「父上は?」


「楽しい」


「はい」


「お前と母上が踊る姿を見られた」


「はい」


「私も、父上と踊れた」


 母上。


「見ていませんでした」


「リリス様を見ていたでしょう?」


「はい」


「あとで話すわ」


「はい」


「全部見なくても」


「はい」


「家族の夜は残る」


「はい」


 俺の夜会。


 リリスだけではない。


 父上。


 母上。


 家族。


 友人。


 全部。


 大広間の奥。


 リリスも。


 家族と。


 泣いている。


 笑っている。


 ガロウ公爵。


 抱き上げない。


 手だけ。


 握る。


 セレスティア夫人。


 娘の髪飾りを。


 触れずに見る。


 レオナルド先輩。


 妹へ。


 何か言う。


 リリスが笑う。


 自分たちの時間。


 俺は。


 見続けない。


 父上と。


 話す。


 母上と。


 夜会の菓子。


 王妃殿下。


 回廊。


 途中舞踏。


 言える範囲。


 手をつないだことは。


 今は言わない。


 俺たちのもの。


 やがて。


 王城係の声。


「皆さま」


 大広間が。


 少しずつ静まる。


「本日の春の親睦夜会は、間もなく閉会となります」


 言葉。


 終わる。


 リリスが。


 遠くで。


 目を閉じる。


 俺も。


 胸が。


 痛い。


 でも。


 立てる。


「閉会にあたり、王家よりご挨拶がございます」


 王。


 王妃。


 前へ。


 皆。


 向く。


 リリスと俺は。


 家族の位置。


 離れている。


 でも。


 同じ大広間。


 王が。


 今夜への感謝。


 若い者たち。


 家族。


 交流。


 言葉。


 長すぎない。


 王妃殿下が。


 最後に。


「どうか、本日の喜びを」


 大広間へ。


「王城の中だけに置いていかず」


「はい」


「それぞれのお屋敷へ」


「はい」


「家族や友人のもとへ」


「はい」


「お持ち帰りください」


 強い。


 リリスの涙。


 遠くでも分かる。


「また」


 王妃殿下が続ける。


「今夜、思うようにできなかったことがあった方も」


「はい」


「それを失敗とだけ名づけず」


「はい」


「次に語れる一つの出来事として」


「はい」


「大切になさってください」


 第一舞踏で。


 足を踏まれた。


 曲の途中で。


 抜けた。


 泣いた。


 怖くなった。


 それも。


 持ち帰る。


「本日は、ご参加いただき」


 王妃殿下が。


 微笑む。


「ありがとうございました」


 全員が。


 礼。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 声。


 大広間。


 揃う。


 拍手。


 閉会。


 音楽。


 最後の短い旋律。


 夜会が。


 終わった。


 終わったのだ。


 大広間。


 灯りはまだ。


 人々も。


 すぐ消えるわけではない。


 退出。


 挨拶。


 馬車。


 でも。


 夜会は。


 閉会した。


 俺の胸。


 空くような。


 満ちるような。


 変な感覚。


 リリスが。


 家族の輪から。


 俺を見る。


 目が合う。


 俺も。


 頷く。


 合流。


 王城係が。


 家族ごと。


 退出列へ案内する前。


 少しだけ。


 時間。


 俺とリリスは。


 家族の間。


 近くへ。


「アルフレッド様」


「はい」


 泣いている。


 でも。


 笑っている。


「終わりました」


「はい」


「怖いです」


「はい」


「でも」


「はい」


「なくなっていません」


「はい」


「今も」


「はい」


「幸せです」


 約束。


 帰る前に。


 一度。


 リリスが聞く。


「アルフレッド様」


「はい」


「今夜」


「はい」


「幸せでしたか?」


 俺は。


 大広間を見る。


 灯り。


 家族。


 友人。


 王族。


 深い青。


 濃紺。


 泣いた。


 笑った。


 足を踏まれた。


 手をつないだ。


 怖くなった。


 休んだ。


 踊りを途中で終えた。


 全部。


「はい」


 一拍。


「とても、幸せでした」


 リリスの涙が。


 一気に増える。


「私も」


「はい」


「とても、幸せでした」


 強い。


 でも。


 夜会は終わった。


 会話は。


 人生は。


 続く。


「持ち帰りましょう」


「はい」


「全部?」


「持てる分から」


「はい」


「残りは?」


「明日」


「はい」


「家族や友人と」


「はい」


「思い出します」


 リリスが。


 笑う。


「また明日?」


「はい」


「制服で」


「はい」


「正門で」


「はい」


「ご機嫌ようと」


「はい」


 退出列。


 王城係。


 案内。


 俺たちは。


 家族ごと。


 再び。


 少し離れる。


 だが。


 怖さは。


 先ほどより少ない。


 終わった後が。


 もう始まっている。


 同じ列。


 王城の廊下。


 第一控え廊下。


 受付。


 馬車。


 人々の声。


「素敵な夜でした」


「またお会いしましょう」


「お疲れさまでした」


 夜会の後の言葉。


 俺たちも。


 友人へ。


 ユリウス。


 エレナ嬢。


 ニール。


「また明日」


「本当に授業ある?」


「あります」


「ひどい」


「はい」


 エレナ嬢が笑う。


「夜更かししすぎないように」


「はい」


 ニール。


「母へ話します」


「はい」


「姉と踊れました」


「はい」


「明日も、聞かせてください」


「はい」


 別れる。


 クラリス嬢の糸輪。


 控え鞄。


 持ち帰る。


 王城の外。


 冷たい夜の空気。


 馬車。


 シェルザート家。


 フルーラ家。


 リリスと。


 最後。


 王城の階段前。


「リリス様」


「はい」


「また明日」


「はい」


 公的な場。


 でも。


 家族だけに近い。


 リリスが。


 少し迷う。


 そして。


「アル」


 小さな声。


 二人の呼び方。


「はい」


「また明日」


 俺も。


「また明日、リリス」


 涙。


 笑顔。


 馬車へ。


 家族と。


 乗る。


 ガロウ公爵は。


 今夜。


 娘を抱き上げず。


 馬車の踏み台へ。


 手を差し出すだけ。


 リリスが。


 自分で乗る。


 公爵も。


 後から。


 セレスティア夫人。


 レオナルド先輩。


 ミラ。


 扉。


 閉まる。


 馬車が。


 動く。


 俺は。


 見送る。


 だが。


 見えなくなるまで。


 立ち続けない。


 俺も。


 家族の馬車へ。


「帰ろう」


 父上。


「はい」


 乗る。


 母上。


 父上。


 俺。


 ライズ。


 馬車が。


 王城を離れる。


 窓の外。


 灯り。


 遠ざかる。


 夜会。


 終わった。


 でも。


 胸の中。


 いっぱい。


 沈黙。


 しばらく。


 誰も。


 すぐ話さない。


 馬車の揺れ。


 車輪。


 夜。


 母上が。


 静かに聞く。


「アル」


「はい」


「幸せだった?」


「はい」


「とても」


 父上。


「何を持ち帰った」


 俺は。


 すぐ全部言わない。


 一つ。


「リリスが、深い青のドレスを自分に似合うと言えたことです」


「はい」


 母上の目が潤む。


「ほかは?」


「明日」


「はい」


「一つずつ話します」


「よろしい」


 父上が笑う。


「疲れたか」


「はい」


「帰りたいか」


「はい」


「屋敷へ」


「はい」


「眠れそうか」


「たぶん」


「たぶん」


 皆が少し笑う。


 馬車。


 帰れる場所へ。


 俺は。


 窓の外を見る。


 王城の灯り。


 遠い。


 でも。


 なくならない。


 今日。


 あった。


 俺は。


 心の中で。


 深く息を吸う。


 そして。


 今日も。


 今夜最後に。


 心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 幸せな夜が終わるのは、俺も少し怖かったです!!


 でも、夜会が終わっても、あなたと踊ったことも、泣いて笑ったことも、全部なくなりません!!


 明日は制服で、いつもの正門で、またあなたに会えます!!


 そして――


 今夜は!!


 本当に!!


 とても幸せでした!!


 あと、お父様!!


 他家の子息を睨みながら『騎士団へ連行しない』の札を両手で握ると!!


 むしろ!!


 今すぐ連行する気にしか見えません!!


 札は!!


 睨まず!!


 穏やかに!!


 読んでください!!

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