表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/86

第75話 公爵令嬢様、王城の回廊を歩くだけなのに二人きりの夜だと思い込みます


 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 王城の春の親睦夜会。


 第一舞踏を終えた。


 第二舞踏も終えた。


 第一舞踏では、リリスと踊った。


 深い青のドレス。


 濃紺の礼装。


 半歩ずつ近づいて。


 一曲。


 途中で少しだけ足を踏まれた。


 だが、痛くなかった。


 世界も終わらなかった。


 俺たちは踊り切った。


 大広間から拍手を受けた。


 リリスは、ガロウ公爵へ向かって、はっきりと伝えた。


「とても、幸せです」


 第二舞踏では。


 俺は母上と。


 リリスはレオナルド先輩と。


 ガロウ公爵はセレスティア夫人と。


 それぞれ踊った。


 婚約者だけではない。


 家族と過ごす夜会。


 父上も。


 母上も。


 ガロウ公爵も。


 セレスティア夫人も。


 レオナルド先輩も。


 俺たちを見守るだけではなく、自分たちの夜を過ごしている。


 王妃殿下からは。


 ドレスと礼装を褒めていただいた。


 リリスは、自分で選んだ青い薔薇について話した。


 王女殿下は、それを聞いて。


 今度は自分も、自分で髪飾りを選びたいと言った。


 リリスが選んだ一輪が。


 別の誰かの、選ぶきっかけになった。


 今夜の幸せは、使い切るものではない。


 一つ受け取ったからといって。


 次の幸せが減るわけではない。


 第一舞踏。


 王妃殿下の言葉。


 母上との舞踏。


 家族の笑顔。


 全部。


 別々に持ち帰る。


 そう話した。


 そして。


 俺は。


 王城の庭園が見える回廊へ、リリスを誘った。


 俺から。


 自分の言葉で。


 誘った。


 ……今さらだが。


 本当に俺から誘ったのだ。


「少し休んだら、庭園が見える回廊へ行きませんか」


 と。


 言った。


 リリスは泣いた。


 当然のように。


 ガロウ公爵は。


 王城の庭園回廊へ婚約者同士が向かうと聞いただけで、顔に駆け落ちを想像した。


 セレスティア夫人からは、


『庭園回廊は駆け落ちではない』


 という札が出された。


 そしてガロウ公爵は。


 その札を。


 胸へ貼った。


 貼ったのだ。


 手に持つのではなく。


 正式な夜会用礼装の胸元へ。


 堂々と。


『庭園回廊は駆け落ちではない』


 と書かれた札を。


 騎士団長が。


 王城の夜会で。


 周囲から見える位置へ。


「公爵閣下」


 俺は思わず言った。


「はい」


「目立っています」


「知っている」


「外しましょう」


「外すと、忘れる」


「何をですか」


「庭園回廊は駆け落ちではない」


「札を見なくても覚えていてください!!」


 俺の声が、大広間の壁際へ少し響いた。


 近くにいた貴族たちが振り返る。


 そして。


 ガロウ公爵の胸に貼られた札を見る。


 一瞬の沈黙。


 次いで。


 控えめな笑い。


「まあ」


「公爵閣下の、例のお札ですのね」


「今日は胸へ?」


「大切な内容なのでしょう」


「庭園回廊……」


「駆け落ちではない、と」


 声が広がる。


 ガロウ公爵の顔が。


 ほんの少しだけ赤い。


「お父様」


 リリスが言う。


 泣きながら笑っている。


「はい」


「私は、駆け落ちをいたしません」


「分かっている」


「アルフレッド様も」


「はい」


 俺も答える。


「回廊を歩くだけです」


「分かっている」


「王城係の視界内です」


「分かっている」


「家族も近くにいます」


「分かっている」


「では、なぜ札を胸へ?」


 ガロウ公爵は、長く黙った。


 大広間の音楽。


 話し声。


 食器。


 衣擦れ。


 その中で。


 堂々と札を胸へ貼った騎士団長が。


 娘を見る。


「分かっていることと」


「はい」


「心が理解することは」


「はい」


「別だ」


 妙に深い。


 だが。


「そのための札ですね」


「ああ」


「では、貼る位置をもう少し目立たない場所へ」


 レオナルド先輩が言う。


「父上」


「何だ」


「内ポケットへ」


「見えなくなる」


「自分で取り出せ」


「間に合わない可能性がある」


「何にですか」


「想像に」


「想像を止めるために、王城中へ札を公開しないでください」


 レオナルド先輩の声も。


 少し疲れている。


 セレスティア夫人は夫の胸元から札を外し、丁寧に内ポケットへ入れた。


「あなた」


「はい」


「回廊へ向かわれるお二人をご覧になっても」


「はい」


「追いかけない」


「はい」


「護衛を増やさない」


「はい」


「窓から覗かない」


「はい」


「庭園側へ先回りしない」


 ガロウ公爵が、一瞬黙った。


「先回りを考えましたね」


 俺が言う。


「確認のためだ」


「何を確認するんですか!!」


「回廊が安全か」


「王城です!!」


 周囲がまた笑う。


 リリスも。


 セレスティア夫人も。


 母上も。


 ガロウ公爵だけは、かなり真剣だった。


 だが。


 最後には頷いた。


「行ってこい」


 短い言葉。


 リリスが父を見る。


「よろしいのですか?」


「よい」


「本当に?」


「一度だけ聞く」


 セレスティア夫人が言う。


 リリスが一拍置く。


「ありがとうございます」


 ガロウ公爵の目が潤む。


「ただし」


 来た。


「はい」


「回廊は回廊だ」


「はい」


「庭園へ降りない」


「王城係の許可がなければ降りません」


「暗い場所へ行かない」


「灯りのある場所だけです」


「見えなくならない」


「俺が決めることではありません」


 俺が言う。


 ガロウ公爵が俺を見る。


「アルフレッド殿」


「はい」


「見えなくなるな」


「努力ではなく?」


「約束してくれ」


「王城係の案内に従います」


「正しい」


 セレスティア夫人が頷いた。


 ガロウ公爵は。


 少し不満そうではあった。


 だが。


 それ以上は言わなかった。


 止まった。


 娘を信じる。


 婚約者を信じる。


 王城を信じる。


 札も信じる。


 かなり多い。


 俺とリリスは。


 少しだけ、壁際の席で休んだ。


 第二舞踏の後。


 呼吸。


 足。


 水。


 体調。


 確認。


「リリス様」


「はい」


「足は?」


「痛みも違和感もありません」


「呼吸は?」


「落ち着きました」


「気分は?」


 リリスは、少し考える。


「幸せです」


「はい」


「まだ、いっぱいです」


「はい」


「でも」


「はい」


「回廊へ行きたいです」


 その言葉。


 自分で。


 残りたい。


 行きたい。


 選ぶ。


「俺もです」


 リリスの目が潤む。


「アルフレッド様から、もう一度言っていただけますか?」


「何を?」


「お誘いを」


 もう一度。


 今。


 家族の前ではなく。


 席。


 夜会。


 深い青。


 俺は。


 少し姿勢を整える。


「リリス様」


「はい」


「庭園の見える回廊を、一緒に歩いていただけますか?」


 リリスの涙が。


 静かに落ちる。


 笑顔。


「喜んで」


 一拍。


「アルフレッド様」


「はい」


「これは」


「はい」


「二人きりのお誘いですか?」


 胸が鳴る。


 周囲。


 家族。


 王城係。


 他の招待客。


 二人きりではない。


 だが。


 会話は。


 二人のもの。


「二人で歩くお誘いです」


「はい」


「でも、二人だけではありません」


「はい」


「王城ですから」


「分かっています」


「家族も近くに」


「はい」


「でも」


 リリスは。


 少し照れたように。


「私にとっては」


「はい」


「アルフレッド様と歩く夜です」


 強い。


 目元が熱い。


「受け取ります」


「はい」


「俺にとっても」


 リリスが俺を見る。


「リリス様と歩く夜です」


 涙。


「強すぎます」


「必要なので」


 リリスが泣きながら笑う。


 ミラがハンカチを渡す。


 俺はライズを見る。


 何も言わない。


 枚数を数えない。


 彼も報告しない。


 約束。


 立ち上がる。


 俺が手を差し出す。


 リリスは。


 自分で立つ。


 必要な分だけ、俺の手を支点へ。


 すぐ離す。


 近すぎない。


 だが。


 並ぶ。


 王城係へ声をかける。


「庭園回廊を拝見してもよろしいでしょうか」


「はい。東側回廊が開放されております」


「ありがとうございます」


「庭園へ降りられる階段は、現在閉鎖しております」


 ガロウ公爵。


 少し離れた場所で。


 大きく頷く。


「降りられない」


 小声。


 安心している。


 セレスティア夫人が。


『王城係の説明を繰り返さない』


 という札を出す。


 公爵が口を閉じた。


 俺とリリスは。


 大広間から、東側の回廊へ向かう。


 人々の間。


 ゆっくり。


 歩く。


 大広間の灯りが。


 背中側へ。


 音楽は続いている。


 少しずつ。


 音が遠くなる。


 完全には消えない。


 王城の夜会。


 まだ、同じ場所。


 廊下の壁には。


 金色の灯り。


 窓。


 高い。


 庭園。


 夜。


 ガラス越し。


 外には。


 王城の庭園。


 整えられた木々。


 小さな水路。


 白い石。


 夜咲きの花。


 灯り。


 昼とは違う。


 静か。


 でも。


 完全な静寂ではない。


 後方。


 別の招待客たち。


 恋人。


 家族。


 夫婦。


 友人。


 皆、回廊を歩いている。


 王城係も。


 一定の位置。


 俺とリリスは。


 二人だけではない。


 それでも。


 大広間より。


 少しだけ。


 世界が狭く感じる。


 音楽が。


 柔らかい。


 足音。


 衣擦れ。


 夜の庭。


「綺麗です」


 リリスが言う。


「はい」


「王城の庭園を、夜に見るのは初めてです」


「俺もです」


「青い薔薇は?」


「見えません」


「夜ですから」


「はい」


 庭園の花は。


 白。


 淡い紫。


 灯りを受ける色。


 青い薔薇は。


 もしあっても。


 夜に溶けている。


「リリス様」


「はい」


「青い薔薇が見えなくても」


「はい」


「庭園は綺麗ですね」


「はい」


「私も」


 リリスが。


 足を止めそうになる。


 でも。


 ゆっくり歩き続ける。


「はい?」


「深い青のドレスです」


「はい」


「暗い場所では、色が見えにくいかもしれません」


「はい」


「でも」


「はい」


「私は、ここにいます」


 強い。


「見えます」


「はい」


「深い青も」


「はい」


「リリス様も」


 涙が。


 一粒。


「ありがとうございます」


 歩く。


 夜会は続く。


 回廊も続く。


 褒められた後も。


 俺たちは歩く。


「アルフレッド様」


「はい」


「大広間より、静かです」


「はい」


「少し」


 リリスが呼吸する。


「安心します」


「はい」


「大広間が嫌ですか?」


「いいえ」


「はい」


「楽しいです」


「はい」


「でも、たくさんの声があります」


「はい」


「たくさんの灯り」


「はい」


「たくさんの方」


「はい」


「ここは、少し少ないです」


「はい」


「それで、戻れます」


 戻る。


 胸元の青へ触れなくても。


 場所を変える。


 音を減らす。


 呼吸。


「休む場所ですね」


「はい」


「でも」


「はい」


「夜会から離れたわけではありません」


「はい」


「同じ夜会です」


「はい」


 食べる。


 休む。


 回廊を歩く。


 全部。


 夜会。


 踊るだけではない。


 リリスが。


 少し窓へ近づく。


 近すぎない。


 ガラスの向こう。


 庭園。


「アルフレッド様」


「はい」


「今」


「はい」


「近づいてもよいですか?」


 俺へ。


 ではなく。


 窓へ?


 俺との距離?


「どこへ?」


「アルフレッド様の隣へ、もう半歩」


 胸が鳴る。


 現在。


 並んでいる。


 だが。


 少し間。


 礼装同士。


 回廊。


 家族の視界。


 許される範囲。


 俺は。


 周囲を見る。


 王城係。


 他の人。


 近すぎない位置。


「はい」


「半歩だけ」


「はい」


 リリスが。


 半歩。


 近づく。


 深い青の袖。


 俺の濃紺。


 触れない。


 だが。


 近い。


 肩の距離。


 手。


 並ぶ。


「ありがとうございます」


「はい」


「俺も」


 リリスが見る。


「はい?」


「半歩」


 俺も。


 少し。


 近づく。


 最初から近づいていたため。


 合わせて。


 同じ窓。


 同じ庭。


 腕は触れない。


 でも。


 互いの存在が。


 はっきり分かる。


「アルフレッド様から」


「はい」


「近づいてくださいました」


「はい」


 リリスの涙。


 また。


「でも、泣きすぎると庭園が見えません」


「はい」


「涙を拭いてください」


「はい」


 ハンカチ。


 自分のもの。


 リリスが拭く。


 俺は待つ。


「見えました」


「はい」


「夜の庭園」


「はい」


「アルフレッド様も」


「俺はガラスへ映っていますか?」


「はい」


 窓のガラス。


 夜。


 庭園。


 光。


 そこに。


 俺たちの姿。


 深い青。


 濃紺。


 並ぶ。


 反射。


 少しぼやける。


 でも。


 同じ窓にいる。


「アルフレッド様」


「はい」


「私たちが映っています」


「はい」


「二人です」


「ほかの方も後ろに」


「見ないでください」


「事実です」


 リリスが少し頬を膨らませる。


 だが。


 笑う。


「でも」


「はい」


「同じ窓に、私たちがいます」


「はい」


「それは大切です」


「はい」


 短い沈黙。


 大広間からの音楽。


 遠く。


 窓の外。


 夜。


 水路の灯り。


 回廊。


 リリスの呼吸。


 俺の呼吸。


 近い。


 でも。


 苦しくない。


 以前なら。


 距離が近い。


 心臓が。


 ツッコミが。


 そればかりだった。


 今も。


 心臓はかなり忙しい。


 だが。


 逃げたいとは思わない。


 少し。


 嬉しい。


 かなり。


 嬉しい。


「リリス様」


「はい」


「近いです」


 リリスの表情が。


 少し不安になる。


 だが。


 俺は続ける。


「でも」


「はい」


「今は、嫌ではありません」


 リリスの目が。


 大きくなる。


 涙が。


 また。


「アルフレッド様」


「はい」


「本当に?」


「一度だけ聞く」


「はい」


「本当に」


「はい」


「近いですが」


「はい」


「嫌ではありません」


 リリスが。


 完全に泣いた。


 ハンカチ。


 涙。


 肩。


 だが。


 近づきすぎない。


 抱きつかない。


 その場に。


 半歩の距離で。


 泣く。


「ありがとうございます」


「はい」


「私」


「はい」


「ずっと」


「はい」


「近いと言われることが」


「はい」


「嫌われることと同じだと思っていました」


 胸が痛む。


「近すぎる時はあります」


「はい」


「心臓が追いつかない時も」


「はい」


「でも」


「はい」


「近づいてほしい時もあります」


 リリスの涙が。


 止まらない。


「今日ですか?」


「今も」


「はい」


「第一舞踏の時も」


「はい」


「正門で会う時も」


「はい」


「でも、毎回ではありません」


「はい」


「聞いてください」


「はい」


「俺も聞きます」


「はい」


「距離が変わっても」


「はい」


「嫌いとは限りません」


「はい」


「近いから好き」


「はい」


「遠いから嫌い」


「はい」


「それだけではありません」


 リリスが頷く。


「はい」


「今日」


「はい」


「アルフレッド様から半歩近づいてくださいました」


「はい」


「これは」


「はい」


「一生の宝物です」


「回廊で一生まで行かないでください」


「でも」


「一回は一回です」


「一回分の一生?」


「何ですか、それは」


 リリスが泣きながら笑う。


 俺も。


「一回分の宝物にしてください」


「はい」


「一生覚えていてもいいです」


「はい」


「でも、今は今」


「はい」


「回廊は回廊」


「はい」


「駆け落ちではない」


「お父様の札です」


 そう言った瞬間。


 後方。


 少し離れた大広間側の入口。


 ガロウ公爵の頭が。


 見えた気がした。


 俺は目を細める。


 柱。


 灯り。


 大きな影。


 隠れきれていない。


「リリス様」


「はい」


「公爵閣下が」


 リリスが見る。


 ガロウ公爵。


 柱の陰。


 肩が出ている。


 王城の太い柱でも、隠れきれていない。


 しかも。


 胸元から札を半分出している。


『庭園回廊は駆け落ちではない』


 見える。


「お父様」


 リリスが呼ぶ。


 ガロウ公爵が。


 ゆっくり姿を現す。


「何をしていらっしゃるのですか」


「通りかかった」


「柱の後ろを?」


「偶然だ」


「札を持って?」


「必要だった」


 俺は頭を押さえたくなる。


「公爵閣下!!」


「はい」


「見守るとは、柱の陰から覗くことではありません!!」


「覗いていない」


「肩から上が全部見えていました!!」


「見えていたなら、隠れていない」


「理屈の問題ではありません!!」


 回廊にいた他の招待客たちが。


 笑いを堪えている。


 セレスティア夫人が。


 大広間側から歩いてくる。


 その手には。


 新しい札。


『偶然を装わない』


 ガロウ公爵の前へ。


「あなた」


「はい」


「大広間で、旧友の方とお話をしていたのでは?」


「終わった」


「回廊へ来る予定は?」


「なかった」


「では、なぜ?」


 ガロウ公爵が。


 娘を見る。


 深い青。


 俺との半歩。


 泣いている。


 笑っている。


 ガロウ公爵の目も。


 潤む。


「楽しそうだったので」


 リリスが。


 少し驚く。


「はい」


「見たくなった」


 正直。


 セレスティア夫人は、すぐ叱らない。


「見て」


「はい」


「どうでした?」


 ガロウ公爵は。


 しばらく黙る。


 俺とリリス。


 回廊。


 夜の庭。


 近い。


 でも。


 抱きついていない。


 自分たちで話している。


 笑っている。


「幸せそうだった」


「はい」


「では?」


 ガロウ公爵は。


 札を見る。


『幸せそうなら、それでよい』


 前日。


 自分で書いた札。


 別の内ポケットから。


 取り出す。


「それでよい」


 言った。


 リリスの涙が落ちる。


「お父様」


「はい」


「ありがとうございます」


「はい」


「でも、柱の陰からは見ないでください」


「はい」


 周囲から笑い。


 ガロウ公爵も。


 少しだけ笑う。


 セレスティア夫人が夫の腕を取る。


「戻りましょう」


「はい」


「お二人の回廊です」


 ガロウ公爵が、リリスを見る。


「戻る」


「はい」


「本当に」


「はい」


「大広間へ」


「はい」


「覗かない」


「はい」


「札は?」


「持っていく」


「それは構いません」


 ガロウ公爵とセレスティア夫人は。


 大広間へ戻る。


 今度こそ。


 途中で一度。


 公爵が振り返る。


 セレスティア夫人が見上げる。


 公爵は前へ戻す。


 歩く。


 姿が見えなくなる。


 リリスが。


 父の背を見送る。


「お父様」


「はい」


「戻れました」


「はい」


「覗きましたが」


「はい」


「戻れました」


「大きな進歩です」


「はい」


「少し、幸せが増えました」


「持ち帰ってください」


「はい」


 俺たちは。


 また窓へ。


 庭園。


 だが。


 先ほどより。


 少し笑っている。


「アルフレッド様」


「はい」


「二人きりではありませんでした」


「最初から言いました」


「はい」


「お父様もいました」


「柱の陰に」


「はい」


「でも」


「はい」


「私にとっては」


 リリスが。


 少しだけ、声を小さくする。


「アルフレッド様と歩いた夜です」


 俺の胸。


 熱い。


「俺にとっても」


「はい」


「リリス様と歩いた夜です」


 涙。


 でも。


 穏やか。


「今日の宝物名は」


「はい」


「アルフレッド様から回廊へ誘っていただいた日の宝物です」


「はい」


「あと」


「はい」


「アルフレッド様から半歩近づいてくださった夜の宝物です」


「はい」


「あと」


「まだ?」


「近いけれど、嫌ではないと言っていただけた日の宝物です」


「長いです」


「全部です」


「分けましょう」


「三つ?」


「はい」


「幸せは別々に持ち帰れるので」


 リリスが目を見開く。


「そうでした」


「はい」


「三つの宝物です」


「はい」


「さらに」


「まだ増えますか」


「お父様が、幸せそうならそれでよいと言ってくださった宝物です」


「四つ」


「はい」


「回廊だけで四つ」


「使い切りません」


「はい」


 俺たちは笑う。


 回廊の端。


 小さな休息用の椅子。


 座る。


 長く歩いたわけではない。


 だが。


 大広間。


 舞踏。


 王妃殿下。


 会話。


 感情。


 休む。


 リリスはドレスの裾を整える。


 自分で。


 ミラは少し離れた場所。


 必要なら。


 でも今は。


 本人が。


「リリス様」


「はい」


「食べられていますか?」


「先ほど、果物とパンを」


「はい」


「回廊から戻ったら、もう少し食べます」


「分かりました」


「アルフレッド様は?」


「パンと肉」


「次は?」


「野菜を」


「分かりました」


 評価しない。


 約束。


 夜会本番でも。


 できている。


「水は?」


 リリスが聞く。


「少し」


「私も」


「戻ったら」


「はい」


 足。


「痛みは?」


「ありません」


「違和感は?」


「ありません」


「疲れは?」


 リリスは考える。


「少しあります」


「俺も」


「休みますか?」


「今、休んでいます」


「そうでした」


「回廊の椅子です」


「はい」


「夜会の中です」


「はい」


 沈黙。


 大広間の音楽。


 遠く。


 夜の庭。


 人々の足音。


 俺とリリス。


 隣。


 椅子の間には、少し距離。


 礼装。


 ドレス。


 触れない。


 でも。


 安心。


「アルフレッド様」


「はい」


「手を」


 胸が鳴る。


「はい?」


「つないでもよいですか?」


 公的な場。


 回廊。


 椅子。


 家族の視界。


 ほかの招待客。


 婚約者。


 手。


 正式な礼を超える?


 親しい場。


 だが。


 長くは。


「少しだけなら」


「はい」


「膝の上で」


「はい」


「目立たないように」


「はい」


 リリスが。


 自分の手を。


 椅子の間へ。


 差し出す。


 手袋。


 深い青の布の近く。


 俺も。


 手袋。


 濃紺の袖。


 指先。


 触れる。


 手袋越し。


 強く握らない。


 ただ。


 重なる。


「アルフレッド様」


「はい」


「近いです」


「はい」


「嫌ですか?」


「一度だけ聞く」


「はい」


「嫌ではありません」


 リリスの涙が。


 また。


「ありがとうございます」


「はい」


「今」


「はい」


「幸せです」


「俺も」


 短い。


 沈黙。


 手袋越し。


 温度は。


 少ししか分からない。


 でも。


 そこにいる。


 長くは。


 しない。


 俺が。


 離す前。


 リリスが。


 自分から。


 少し指を緩める。


 俺も。


 離す。


「終わりました」


 リリスが言う。


「はい」


「手をつないだ時間」


「はい」


「一生分では?」


「ありません」


「一回分」


「はい」


「一回分の宝物です」


「はい」


 リリスが笑う。


 自分で終えられた。


 近づく。


 離れる。


 どちらも。


 できる。


 回廊から戻る。


 大広間の音が。


 少しずつ近くなる。


 灯り。


 人。


 声。


 再び。


 夜会の中心へ。


 戻る。


 でも。


 回廊の時間は。


 なくならない。


 大広間の入口。


 ガロウ公爵は。


 今度は柱の陰ではなく。


 堂々と。


 セレスティア夫人の隣で。


 別の貴族と会話している。


 こちらを見ない。


 いや。


 視界の端では確認しているかもしれない。


 だが。


 会話を続ける。


 自分の夜会。


 リリスが。


 父を見る。


 嬉しそう。


 レオナルド先輩も。


 同年代の貴族子息と話している。


 母上は。


 王妃殿下の侍女長と。


 父上は。


 旧友と。


 ユリウスとエレナ嬢は。


 若者の輪。


 ニールは。


 姉と。


 皆。


 自分の場所。


 俺たちも。


「軽食へ?」


 俺が聞く。


「はい」


 戻る。


 果物。


 パン。


 野菜。


 肉。


 水。


 食べる。


 リリスは。


 約束通り。


 パンをもう一つ。


 俺は野菜の包み。


「食べられていますか?」


「はい」


「分かりました」


「アルフレッド様も?」


「はい」


「分かりました」


 大広間。


 夜会。


 幸せ。


 使い切らない。


 軽食台の近くで。


 知らない年配の夫人が。


 声をかける。


「フルーラ公爵令嬢」


「はい」


「先ほど、回廊へいらしたでしょう」


 リリスの肩が。


 少し硬くなる。


 好奇心。


 噂?


 悪意?


 相手の表情。


 穏やか。


「はい」


「庭園は、綺麗でしたか?」


 純粋な質問。


「はい。夜の灯りが水路へ映り、とても綺麗でした」


「まあ。私も後ほど夫と行こうかしら」


「ぜひ」


「婚約者の方と?」


「はい」


 リリスの頬が赤くなる。


「よい時間でした?」


 一歩踏み込む。


 だが。


 悪意はない。


 リリスは。


 一拍。


「はい」


「大切な時間でした」


 答えた。


 全部は話さない。


 手をつないだことも。


 半歩近づいたことも。


 二人のもの。


「素敵ね」


「ありがとうございます」


「お二人とも、初々しくて」


 リリスの目が潤む。


 俺も。


「ありがとうございます」


 会話。


 続く。


「では、夜会を楽しんで」


「はい」


 夫人が離れる。


 リリスが。


 小さく息を吐く。


「全部、話しませんでした」


「はい」


「大切な時間でした、とだけ」


「はい」


「それで十分です」


「はい」


「私たちのものも」


「はい」


「あります」


「あります」


 秘密ではない。


 隠すのでもない。


 すべてを公開しない。


 大切に守る。


 それも距離。


 エレナ嬢がこちらへ。


「回廊はいかがでした?」


 同じ質問。


 だが。


 友人。


「綺麗でした」


 リリスが答える。


「ほかには?」


 ユリウス。


 軽い。


 エレナ嬢が見る。


「聞きすぎない」


「はい」


 リリスが笑う。


「大切な時間でした」


「了解」


 ユリウスが、それ以上聞かない。


「アルフレッド?」


「はい」


「顔が赤い」


「夜会の灯りです」


「そういうことにする」


「はい」


 エレナ嬢が。


 リリスの表情を見る。


 泣いた後。


 でも。


 穏やか。


「よいお顔ですわ」


「ありがとうございます」


「褒められた後も?」


「夜会は続きます」


 笑い。


 音楽。


 次の曲。


 予定外の会話。


 庭園回廊。


 手。


 父。


 家族。


 全部。


 持ち帰る。


 その時。


 王城係が。


 大広間の中央付近へ。


 声を上げる。


「まもなく、夜会中盤の歓談時間へ移ります」


 中盤。


 まだ。


 夜会は半分。


 これまでに。


 かなり多くの幸せ。


 でも。


 まだ。


 続く。


「アルフレッド様」


「はい」


「今夜は」


「はい」


「長いですね」


「はい」


「でも」


「はい」


「終わってほしくないです」


 リリスが言う。


 胸が熱い。


「俺もです」


「はい」


「ですが」


「はい」


「終わるから」


「はい」


「持ち帰れます」


 リリスが少し驚く。


「終わらなければ」


「はい」


「帰れません」


「はい」


「家族へ話せません」


「はい」


「クラリス様にも」


「はい」


「宝物の名前も」


「はい」


「決められません」


 リリスの涙が落ちる。


「終わることも」


「はい」


「幸せの一部ですか?」


「たぶん」


「たぶん」


「今は、まだ分かりません」


「正直です」


「終わった後に考えます」


「はい」


 場面を急がない。


 夜会の終わりは。


 まだ。


 中盤。


 今は。


 今を楽しむ。


「リリス様」


「はい」


「次は」


「はい」


「友人たちと、歓談しませんか?」


「はい」


「俺たちだけではなく」


「はい」


「皆で」


「喜んで」


 俺たちは。


 ユリウス。


 エレナ嬢。


 ニール。


 姉。


 ほかの学園の友人たちの輪へ。


 歩く。


 深い青。


 濃紺。


 近い。


 でも。


 手はつながない。


 必要な距離。


 さっきつないだ一回は。


 消えない。


 だから。


 今は離して歩ける。


 友人の輪。


 笑い声。


 会話。


 王城の菓子。


 舞踏。


 庭園。


 家族。


 今日。


 皆。


 幸せそう。


 俺たちは。


 その中へ入る。


「お帰り」


 ユリウスが言う。


「帰宅ではありません」


「回廊から」


「戻りました」


「はい」


「何かあった?」


「大切な時間でした」


「それ以上は?」


「私たちのものです」


 俺が答える。


 ユリウスが。


 一瞬驚き。


 それから。


 笑う。


「了解」


 エレナ嬢も。


 頷く。


「守るのですね」


「はい」


 リリスが答える。


「近さを、皆さまへ見せるだけが親しさではないので」


「その通りですわ」


 ニールが。


 小さく言う。


「大人ですね」


「俺たちが?」


「はい」


「まだ十五歳です」


「そうでした」


 皆が笑う。


 夜会。


 十五歳。


 婚約者。


 家族。


 友人。


 完璧ではない。


 泣く。


 笑う。


 札。


 ツッコミ。


 でも。


 幸せ。


 俺は。


 大広間を見渡す。


 ガロウ公爵。


 セレスティア夫人。


 父上。


 母上。


 レオナルド先輩。


 王族。


 友人。


 リリス。


 皆。


 いる。


 今。


 俺は。


 ここにいる。


 胸元の青へ。


 触れない。


 戻る必要はない。


 リリスが。


 俺を見る。


「アルフレッド様」


「はい」


「幸せですか?」


 一度。


 聞かれる。


 俺は。


 周囲を見る。


 皆。


 そして。


 リリス。


「はい」


「今も?」


「今も」


 リリスの涙。


「私もです」


「はい」


「でも」


「はい」


「次に聞くのは?」


「帰る前に一度だけ」


「分かりました」


「何度も確認しない」


「はい」


「今の答えを受け取る」


「はい」


 リリスが微笑む。


「受け取りました」


 俺も。


「受け取りました」


 夜会は。


 まだ。


 続く。


 俺は。


 心の中で。


 深く息を吸う。


 そして。


 今日も。


 今夜も。


 心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 王城の回廊を歩いただけですが、俺にとっても大切な二人の時間でした!!


 あなたから近づいてもらうだけではなく、今日は俺からも半歩近づけました!!


 手をつないだ一回分も、近いけれど嫌ではないと伝えられた一回分も、全部別々に持ち帰りましょう!!


 あと、お父様!!


 柱の陰から肩より上が全部見えていたのに、「隠れていないから覗いていない」は通りません!!


 そして――


『庭園回廊は駆け落ちではない』


 の札を持ったまま先回りしたら!!


 札の意味が!!


 まったく!!


 ありません!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ