第67話 公爵令嬢様、乾杯の一口だけで一生分の覚悟を飲み込みかけます
皆さん、こんにちは!!
アルフレッド・シェルザートです。
王城の春の親睦夜会まで、あと六日。
昨日までは七日だった。
一週間。
そう呼べる最後の日が終わり、今日からはもう、一週間を切った。
六日。
数字だけなら、まだ何日もある。
だが、十日後と聞いた時より、明らかに近い。
礼装はほぼ完成。
リリスの深い青のドレスも、最後の縫製へ入った。
俺たちの夜会用靴は修正され、短時間の試し履きでは痛みも違和感も出なかった。
リリスは、自分の髪へ飾るブルーローズも選んだ。
銀を少し減らす。
青い花弁を一枚増やす。
大きさはそのまま。
左側へ一輪。
母上やレオナルド先輩、俺の意見を聞いたうえで、最後はリリス自身が選んだ。
選ぶことは、誰かを拒むことではない。
他人の意見を受け取りながらも、自分の好みを言葉にする。
俺も、自分の意見を曖昧にせず伝えた。
「俺は、青い花弁がもう少し多い方が好きです」
言った瞬間、教室全体が少しざわついた。
公的な場では強い言葉。
先生にも言われた。
だが、婚約者同士の相談としては問題ない。
そしてリリスは、それを聞いただけで選んだのではなかった。
自分も、銀より青い薔薇が先に見える方が好きだと。
自分の言葉で決めた。
それが、昨日の大きな一歩だった。
ガロウ公爵は、青い薔薇一輪を見ただけで、三歳のリリスから結婚式までを一気に想像した。
セレスティア夫人からは、
『青い薔薇で過去へ走らない』
『一輪で結婚式まで想像しない』
『選ぶのはリリス』
の三枚が出された。
公爵は立った。
泣いた。
だが最後は座り、リリスが選ぶまで黙って待った。
大きな進歩である。
そんな昨日を越えた、本日の課題。
夜会での食事と飲み物。
正直に言えば。
最初に聞いた時、俺は思った。
食べればいい。
飲めばいい。
以上では?
だが、夜会は普通の食事ではない。
長い時間立つ。
挨拶をする。
踊る。
会話をする。
途中で軽食を取る。
飲み物を勧められる。
乾杯もある。
手袋。
口元。
皿。
グラス。
立ったまま食べる場合もある。
席へ座る場合もある。
さらに、緊張で食欲がなくなる可能性。
甘い飲み物を続けて喉が渇く可能性。
空腹のまま踊って気分が悪くなる可能性。
リリスが褒められて泣き、食べるのを忘れる可能性。
最後だけ、かなり高い。
朝。
食堂へ入ると、机の上にはいつもの朝食に加えて、小さなグラスがいくつか並んでいた。
水。
薄い果実水。
香草を浮かべた冷たい飲み物。
淡い色の炭酸水。
まだ朝なのに、夜会の飲み物見本である。
「おはようございます」
「おはよう、アル」
「おはよう」
父上は、四つのグラスを見ながら少し困った顔をしていた。
「どれも飲むのですか?」
俺が聞く。
母上が答える。
「一口ずつよ」
「朝から?」
「当日、どれが口に合うか知っておくために」
「水だけでは駄目なんですか?」
「水で構わない場面もあるわ。でも、王族や主催者側から勧められたものへ、毎回すべて断るのも不自然でしょう?」
「なるほど」
「もちろん、体質に合わないものや苦手なものは断ってよいの」
「はい」
「そのためにも、何が苦手かを知っておく」
これまで何度も出てきた。
我慢は礼ではない。
痛みを隠さない。
苦手も同じなのだろう。
「香りが強いものを無理に飲まない」
「はい」
「甘すぎるなら、次は水へ戻す」
「はい」
「喉が渇く前に飲む」
「はい」
「緊張で何も口にできなくても、少量は取る」
「はい」
父上が言う。
「夜会中に倒れる者の多くは、酒ではなく空腹と疲労だ」
「そうなんですか?」
「若い参加者ほど、緊張で食べない」
「そして舞踏で?」
「具合を悪くする」
「気をつけます」
母上が俺を見る。
「アルは、緊張すると食べられなくなる方?」
「少し」
「少し、で終わらせない」
「食欲が落ちます」
「どのくらい?」
「普段の半分くらい」
「では当日は、昼の軽食を普段より少量にしながら、消化しやすいものへ」
「はい」
「出発前にも一口」
「はい」
「王城で最初の軽食を見つけたら、誰かへ勧められる前に少し取る」
「はい」
「リリス様の様子だけ見て、自分を忘れない」
刺さった。
かなり。
「……はい」
俺は絶対にやる。
リリスが食べているか。
飲んでいるか。
泣きすぎていないか。
そればかり見て、自分は何も取らない。
可能性が高い。
父上が言う。
「婚約者を気遣うことは悪くない」
「はい」
「だが、二人とも倒れたら意味がない」
「はい」
「先に自分を整えろ、とは言わない」
「はい」
「互いに確認しろ」
「はい」
「片方が片方を管理するな」
「はい」
また半歩。
心配しすぎない。
無関心にもならない。
互いに聞く。
互いに答える。
母上は小さな皿も用意していた。
薄いパン。
柔らかな肉。
野菜の小さな包み。
一口大の菓子。
果物。
「夜会の軽食は、これに近いものが出る予定よ」
「予定まで分かるんですか?」
「王城側から、食事の概要が届いているわ」
「徹底していますね」
「アレルギーや体質確認が必要ですもの」
俺は一つずつ見る。
どれも一口か二口。
立ったままでも取りやすい。
「食べる順番は?」
「決まりはないわ。ただし、甘い菓子ばかり続けない」
「リリスが好きそうですね」
「ええ」
母上が意味ありげに微笑む。
「あなたが止める?」
「いや」
反射的に答えた。
「本人に聞きます」
「よろしい」
「甘いものばかりになっていないか、と」
「それで十分」
「俺が皿から取り上げるのは違います」
「成長したわね」
褒められた。
少し嬉しい。
一拍。
「ありがとうございます」
「褒められた後も?」
「朝食は続きます」
父上が笑った。
この家でも完全に定着している。
ライズは、鞄と別に小さな布袋を用意していた。
「それは?」
「口元用の予備布でございます」
「ハンカチとは別?」
「はい。飲み物をこぼされた場合、口元や袖口を整えるためのものです」
「何枚?」
「若様用六枚。アマリリス様へお渡しする可能性を考慮し、追加八枚」
「多い」
「本日のハンカチは三十二枚でございます」
「やはり増えた」
「夜会飲食礼法確認日でございますので」
「想定される涙は?」
「乾杯練習開始涙」
「なぜ乾杯だけで」
「本番で若様と同じ場に立つ実感が強まるためでございます」
「ありそう」
「グラスを掲げた際に視線が合う婚約者実感涙」
「ありそう」
「若様が『食べられていますか』と確認された安心涙」
「言う」
「アマリリス様より『アルも食べてください』と返された相互配慮涙」
「強い」
「同じ菓子を選んだ際の好み一致涙」
「泣くか?」
「アマリリス様ですので」
「はい」
「異なる飲み物を選んだ際に、違っても大丈夫と確認できた選択尊重涙」
「そこもあるのか」
「さらに、ガロウ公爵閣下が娘の乾杯を想像し、祝杯、婚約披露、結婚式まで進まれる可能性がございます」
「また結婚式まで」
「本日のセレスティア様の札候補は、すでに確認済みです」
「何ですか?」
「『一口で祝宴まで行かない』でございます」
「完璧ですね」
ライズは真顔のまま続ける。
「本日の心の札は、『一口は一口』でございます」
「一曲は一曲の仲間」
「はい」
「乾杯は約束ではない?」
「乾杯は乾杯でございます」
「その札も必要そうだな」
「ガロウ公爵閣下には」
俺たちには、どうだろう。
グラスを合わせる。
視線が合う。
同じ夜会。
同じ場。
それだけで、意味を持たせすぎる可能性はある。
昨日の装飾品と同じだ。
大切。
でも、すべてではない。
「受け取る」
「よろしいかと」
朝食後。
飲み物の確認。
最初は水。
普通。
次は薄い果実水。
柑橘の香り。
甘さは弱い。
「どう?」
母上が聞く。
「飲みやすいです」
「喉は?」
「少し乾く感じがあります」
「記録しましょう」
次。
香草入り。
香りが強い。
一口飲んだ瞬間、鼻へ抜ける。
「苦手です」
「よろしい」
「そんなにすぐ?」
「分かったなら十分」
「全部飲まなくていい?」
「確認なのだから」
俺はグラスを置く。
少し罪悪感。
食べ物や飲み物を残すのは苦手だ。
父上が言う。
「試飲だ」
「はい」
「嫌いなものを無理に飲み切る場ではない」
「はい」
「王城でも、口に合わないなら一口で止めてよい」
「相手に失礼では?」
「勧められた礼は受け取った」
「はい」
「体へ合わないものまで飲む必要はない」
「はい」
次は炭酸水。
細かな泡。
爽やか。
だが、一気に飲むと危ない。
「少量なら」
「では、本番では一杯目だけ」
「はい」
「踊る前は水へ」
「はい」
自分の好み。
自分の体。
知っておく。
それも準備。
学園へ向かう馬車。
俺は、リリスが何を選ぶか想像した。
甘い果実水。
花の香り。
淡い炭酸。
それとも水。
以前の俺なら、
リリスはこれが好きそう。
これを勧めよう。
そう考えたかもしれない。
でも、今日は聞く。
本人が選ぶ。
俺と違ってもいい。
好みが違っても、関係は変わらない。
正門前。
リリスはいつもの場所にいた。
制服。
ブルーローズ。
柔らかな学園靴。
足取りは、ほぼ元通りに見える。
だが、俺は勝手に判断しない。
リリスが俺を見つける。
微笑む。
歩いてくる。
走らない。
一歩。
二歩。
三歩。
自然。
「アル、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、リリス」
「今日も走りませんでした」
「はい」
「足の状態を聞いても?」
「はい」
リリスが自分で答える。
「痛みはありません」
「はい」
「違和感もありません」
「はい」
「今朝、修正靴を十分履きました」
「はい」
「廊下二往復と、屋敷の階段を三段だけ」
「問題は?」
「ありませんでした」
「受け取りました」
リリスの目が潤む。
「アルも?」
「痛みも違和感もなし。朝、廊下二往復と階段四段」
「よかったです」
涙が一粒。
「相互安心涙ですね」
俺が言う。
リリスが少し驚く。
「ライズ様から?」
「はい」
「分類を覚えています」
「今日は俺も分かりました」
ミラが後ろで頷く。
「本日三回目として記録いたします」
「家で二回?」
「一回目は髪飾りの修正図。二回目は乾杯用グラスの確認でございます」
「もう乾杯で泣いたんですね」
「お母様が、当日はアルフレッド様と同じ広間でグラスを掲げるのよ、と」
「セレスティア様も強い」
「はい」
リリスの頬が赤くなる。
「アル」
「はい」
「今朝、どの飲み物を選びましたか?」
「薄い果実水か水です」
「香草入りは?」
「苦手でした」
言う。
隠さない。
リリスが少し驚く。
「アルにも苦手なものが」
「あります」
「何でも落ち着いて受け取られるので」
「香りが強いものは苦手です」
「教えてくださって嬉しいです」
目が潤む。
「苦手共有涙?」
「分類しなくていいです」
「でも嬉しいです」
「リリスは?」
「私は、花の香りが少しある果実水が好きでした」
「俺とは違いますね」
リリスの表情が少し不安になる。
ほんの一瞬。
すぐ分かる。
「でも大丈夫です」
「はい」
「同じものを選ばなくても」
「はい」
「俺は水か柑橘。リリスは花の果実水」
「はい」
「隣で違うグラスを持っても、婚約者です」
リリスの涙が落ちた。
「アル」
「はい」
「違っても大丈夫です」
「はい」
「一緒でなくても、一緒です」
強い。
今度は俺の胸が熱くなる。
「受け取ります」
「はい」
「ただ、乾杯の時は同じものになるかもしれません」
「王城指定ですか?」
「薄い果実水だそうです」
「なら、飲めます」
「よかったです」
「一口は一口です」
「はい?」
「今日の札です」
「一口は一口」
「乾杯は乾杯」
リリスの目が潤む。
「でも、大切です」
「大切ではあります」
「はい」
「意味を全部背負わせない」
「昨日の髪飾りと同じですね」
「はい」
俺たちは校門を通る。
途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。
「おはよう」
「ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
ユリウスはすぐに聞く。
「何飲んだ?」
「朝の挨拶より先に?」
「挨拶したよ」
「俺は水か薄い柑橘」
「僕は炭酸」
「らしいですね」
「どういう意味?」
「軽い」
「飲み物まで?」
エレナ嬢が笑う。
「私は香草を少し入れた水が好みでしたわ」
「俺は苦手でした」
素直に言う。
「そうでしたの」
「はい」
「では、夜会で勧めませんわ」
「ありがとうございます」
リリスが言う。
「私は花の果実水です」
「アマリリス様らしいですわ」
目が潤む。
一拍。
「ありがとうございます。香りが強すぎず、落ち着きました」
褒められた後も会話。
できている。
ユリウスが言う。
「四人とも違うね」
「はい」
リリスが答える。
「でも、同じ席で飲めます」
「良いね」
「違いを、距離にしない」
エレナ嬢が言う。
リリスが小さく繰り返す。
「違いを、距離にしない」
「はい」
また新しい言葉。
教室に入ると、前方には小さな模擬軽食台が用意されていた。
白い布。
小皿。
グラス。
一口大のパン。
果物。
菓子。
ナプキン。
さらに、壁際には立食用の高い机。
座るための椅子。
夜会の食事場面が再現されている。
生徒たちの反応は明るかった。
「今日は食べる授業?」
「朝食食べてきた」
「少量でしょう」
「甘いものある」
ニールは、かなり真剣に食べ物を見ている。
「バートン様」
リリスが声をかける。
「朝食は?」
「食べました」
「よかったです」
「昨日、母に三回確認されました」
「皆同じですね」
クラリス嬢は夜会へ参加しないが、今日は会話相手役として授業へ加わる。
「私は立食の礼を学ぶのが初めてです」
「私もです」
リリスが答える。
「食べながら話すの、難しそうですね」
「口に入っている時は話さないだけでは?」
俺が言う。
ユリウスが笑う。
「それを失敗する人が多いんだよ」
「なぜ?」
「話しかけられて焦る」
「なるほど」
一時間目。
礼法。
ベイル先生は教室前方へ立ち、全員を見渡した。
黒板へ書く。
『夜会における飲食の礼』
「本日は、軽食、飲み物、乾杯、立食時の会話を確認します」
教室の空気が少し浮つく。
食べ物があるからだ。
先生の視線が鋭くなる。
「遊びではありません」
「はい」
全員の返事が揃う。
「最初に」
先生は黒板へ三つ書いた。
『空腹を我慢しない』
『勧められても無理をしない』
『相手を管理しない』
朝と同じ。
「夜会では、緊張により食事を忘れる者がいます」
俺とリリス。
かなり危険。
「婚約者や友人の様子ばかり見て、自分が何も口にしない者もいます」
俺。
先生の視線が来る。
「シェルザートさん」
「はい」
「自覚は?」
「あります」
「よろしい」
「アマリリスさん」
「はい」
「褒められた言葉を何度も思い返し、食べる手が止まる可能性は?」
「高いです」
教室に笑いが起きる。
リリスも少し笑う。
「自覚があるなら対策できます」
「はい」
「一口食べる。水を飲む。会話へ戻る」
「はい」
「同伴者は、食べなさいと命令しない」
「はい」
「一度確認する」
「はい」
「本人の返答を受け取る」
「はい」
「必要なら一緒に取る」
俺は頷いた。
「また、好みが違うことを問題にしない」
先生は続ける。
「婚約者だから同じ飲み物」
「友人だから同じ菓子」
「家族が選んだものだから断れない」
「そのような決まりはありません」
リリスが真剣に聞く。
「違うものを選んでも、関係は変わりません」
「はい」
「ただし、相手が選んだものを否定しないこと」
「はい」
「香りが苦手なら、自分は苦手だと伝える。相手の好みを悪いとは言わない」
俺に必要。
「乾杯」
先生がグラスを持つ。
「グラス同士は強く当てません」
「はい」
「王城では、基本的に胸元の高さへ掲げ、周囲と視線を合わせる程度」
「はい」
「飲み干す必要はありません」
「はい」
「一口でよい」
今日の札。
一口は一口。
「乾杯へ、婚約や未来の誓いまで込めないこと」
先生がこちらを見た。
俺たちだけではなく、全体。
だが、俺たちにも。
「その場への祝意を示す動作です」
「はい」
「大切ですが、すべてではありません」
昨日と同じ。
髪飾り。
乾杯。
意味を持たせすぎない。
「では実践します」
最初は飲み物を選ぶ。
模擬の給仕役が、盆を持って歩く。
水。
柑橘。
花の果実水。
炭酸。
俺は水を選ぶ。
リリスは花の果実水。
ユリウスは炭酸。
エレナ嬢は香草水。
全員違う。
「同じ席へ」
先生が言う。
四人で高い机を囲む。
グラスの色が違う。
でも自然。
「シェルザートさん」
「はい」
「アマリリスさんの飲み物は?」
「花の果実水です」
「あなたは?」
「水」
「違いますね」
「はい」
「問題は?」
「ありません」
「アマリリスさん」
「はい」
「シェルザートさんの水は地味ですか?」
「いいえ」
「自分の方がよい?」
「私には、花の果実水が合います」
「よろしい」
否定しない。
比較しすぎない。
「ユリウスさん、炭酸を勧めますか?」
「アルフレッドには勧めません」
「なぜ?」
「本人が水を選んだからです」
「アマリリスさんには?」
「聞いてから」
「よろしい」
次は乾杯。
全員でグラスを持つ。
俺の水。
リリスの果実水。
違う。
それでも掲げる。
先生が言う。
「本日の学びと、本番までの健康を願って」
「はい」
グラスを胸元へ。
視線を上げる。
リリスと目が合った。
ほんの一瞬。
深い青ではない。
制服。
教室。
まだ本番ではない。
なのに、胸が熱くなる。
リリスの目も潤む。
一口は一口。
乾杯は乾杯。
今は授業。
俺は小さくグラスを傾ける。
一口。
飲む。
リリスも。
花の果実水。
飲む。
先生がすぐに言う。
「アマリリスさん」
「はい」
「泣く前にグラスを置く」
「はい」
リリスが机へ置く。
危ない。
涙で手が揺れる前に。
「シェルザートさん」
「はい」
「今、何を考えましたか?」
「本番でも同じ場で乾杯すると思いました」
「はい」
「それ以上は?」
「止めました」
「よろしい」
教室が少し笑う。
ユリウスが小声で言う。
「一口で結婚式まで行かなかったね」
「行きません」
「ガロウ公爵なら」
「言わないでください」
次は軽食。
小皿を取る。
片手に皿。
片手に小さなフォーク。
グラスは高い机へ。
全部同時に持たない。
「欲張って手を塞がない」
先生が言う。
「はい」
「会話中、口へ入れる量は小さく」
「はい」
「話しかけられても、飲み込んでから答える」
「はい」
実践。
俺は薄いパンと肉を取る。
リリスは果物と、小さな菓子。
やはり甘い方。
だが、俺は止めない。
一度聞く。
「アマリリス様、ほかに何か取られますか?」
公的な呼び方。
「はい。少し後で、パンを」
「分かりました」
それで終わる。
管理しない。
リリスが俺を見る。
「シェルザート様は、それだけですか?」
「最初は」
「後ほど?」
「野菜の包みを」
「分かりました」
互いに確認。
強制しない。
先生が頷く。
「よろしい」
俺は一口食べる。
柔らかい。
小さい。
すぐ飲み込める。
リリスは果物。
ちょうどその時、ユリウスが話しかける。
「アマリリス様、髪飾りは決まりました?」
リリスは口に入っている。
焦る。
答えそうになる。
俺は何も言わない。
本人が。
リリスは一拍。
飲み込む。
口元を布で軽く押さえる。
「はい。青い花弁を一枚増やす形に決めました」
言えた。
先生が頷く。
「よろしい。焦らず飲み込めました」
「はい」
ユリウスが謝る。
「ごめん、狙った」
「練習ですか?」
「先生に言われた」
「そうでしたか」
次は俺。
肉を口へ入れた瞬間、エレナ嬢が聞く。
「アルフレッド様、礼装の刺繍は完成したのですか?」
口にある。
答えない。
一拍。
飲み込む。
口元。
「本日、最終確認の予定です」
「青の位置は?」
「胸元を指一本分下げた場所へ決まりました」
「戻る合図ですね」
「はい」
リリスの目が潤む。
食べる手が止まる。
先生がすぐに言う。
「アマリリスさん」
「はい」
「褒められてはいません」
「合図の話が」
「食事は?」
「続きます」
リリスが菓子を一口。
教室に笑いが起きる。
和やか。
次に、飲み物をこぼした場合。
模擬で少量の水を袖へ落とす。
慌てない。
声を上げない。
布で押さえる。
擦らない。
必要なら席を外す。
俺の袖へ、水が少し。
ライズの口元用布。
使う。
押さえる。
「シェルザートさん」
「はい」
「アマリリスさんが手伝おうとしたら?」
「自分でできる範囲は自分で」
「言葉は?」
「ありがとうございます。こちらは大丈夫です」
「よろしい」
リリスの番。
果実水が手袋へ一滴。
俺は反射で手を出しそうになる。
止める。
リリスが自分で布を取る。
押さえる。
「痛みは?」
先生が聞く。
「ありません」
「汚れは?」
「薄いので目立ちません」
「どうしますか?」
「このまま続けます」
「よろしい」
小さな失敗で夜会を終わらせない。
髪飾りが外れても。
飲み物をこぼしても。
夜会は続く。
最後は、互いに食事を確認する会話。
俺とリリス。
「アマリリス様」
「はい」
「何か召し上がれましたか?」
「果物と菓子を一つ。次にパンを取る予定です」
「分かりました」
「シェルザート様は?」
「パンと肉を。後ほど野菜を」
「お水は?」
「半分ほど」
「私は果実水を少し」
「よろしいと思います」
先生が止める。
「今の最後」
「はい」
「評価しなくてよいです」
「よろしいと思います、が?」
「本人の選択です」
「はい」
「返答は?」
一拍。
「分かりました」
「それで十分です」
そうか。
食べた内容を採点しない。
受け取るだけ。
リリスが続ける。
「では、次の舞踏前に一度、お水を飲みます」
「俺もそうします」
同じ。
でも、命令ではない。
「よろしい」
先生が頷いた。
授業の終わり。
全員が席へ。
「本日の飲食量は少量です」
先生が言う。
「本番では、もう少し長い時間になります」
「はい」
「食べたくない時もある」
「はい」
「勧められたものが苦手な時もある」
「はい」
「婚約者や友人と好みが違う時もある」
「はい」
「それで構いません」
先生は黒板へ書く。
『一口は一口』
『違いを距離にしない』
『確認は一度、評価しない』
今日の学び。
「そして」
先生が最後に言う。
「食べることは、夜会を中断することではありません」
リリスが顔を上げる。
「休むことと同じです」
「はい」
「体を整え、次の会話と舞踏へ戻るための時間です」
食べることにも居場所がある。
立つ。
踊る。
話す。
だけが夜会ではない。
休む。
食べる。
水を飲む。
それも夜会。
休み時間。
リリスは席へ座ると、すぐにハンカチを取り出した。
「アル」
「はい」
「乾杯で目が合いました」
「はい」
「一口でした」
「はい」
「でも」
「大切でした」
「はい」
涙が落ちる。
「意味を持たせすぎていませんか?」
俺が聞く。
リリスは少し考える。
「結婚式までは考えていません」
「よろしい」
「でも、本番で同じ場に立てることは考えました」
「俺もです」
「同じです」
「はい」
涙が増える。
「一口は一口」
「はい」
「でも、一口分の嬉しさは受け取ります」
「良いと思います」
「評価では?」
「……分かりました」
言い直す。
リリスが笑う。
「アルも学んでいます」
「はい」
エレナ嬢が水を持ってくる。
「本番でも、感情が動いた後はお水ですわ」
「水の橋ですね」
リリスが言う。
「久しぶりです」
「いつでも使えますわ」
ユリウスが炭酸水を持つ。
「僕は泡の橋」
「落ち着かなそうです」
俺が言う。
「軽さがある」
「だからです」
ニールは、小皿のパンを丁寧に食べていた。
「バートン様」
リリスが聞く。
「緊張しても食べられそうですか?」
「今は」
「本番は?」
「分かりません」
「なら、今日食べられたことを覚えておきましょう」
「はい」
「私は、甘いものだけにならないようにします」
「僕は、食べることを忘れないようにします」
互いの課題。
違う。
でも同じ机。
クラリス嬢が言う。
「皆さまが夜会へ行く日は、私は家で夕食を食べます」
「はい」
リリスが答える。
「同じ時刻に?」
「たぶん」
「では、私が王城で何か食べる時、クラリス様も食事をされているかもしれません」
「はい」
リリスの目が潤む。
「違う場所でも、食べています」
「そうですね」
「夜会へ行かなくても、その夜はあります」
「はい」
クラリス嬢の言葉。
王城へ行く者だけが、その日を持つのではない。
学園に残る友人。
家で過ごす人。
働く人。
皆に同じ夜がある。
「帰ったら、お話しします」
「楽しみにしています」
「食べたものも」
「はい」
「こぼしたら、それも」
「それも聞きたいです」
二人が笑う。
昼休み。
食堂では、授業で少量食べた後でも、普通に昼食を取る。
リリスは最初、少し迷った。
「もう食べました」
「授業の試食です」
俺が言う。
「昼食は昼食」
「一口は一口」
「はい」
リリスはスープを取る。
パン。
野菜。
甘い菓子は最後に一つ。
「アル」
「はい」
「評価しないでください」
「見ていただけです」
「本当に?」
「はい」
「アルは?」
「スープとパン。肉は少なめ」
「分かりました」
互いに報告。
評価しない。
それでも関心はある。
その距離が、少し心地よかった。
午後の魔法基礎。
教師は、机の上へ小さな器を置いた。
水。
魔力を込める。
「本日は、一口分の魔力です」
本当に何でも魔法になる。
ユリウスが小さく笑い、教師に見られて黙った。
「大きな力を一度に出さない」
「はい」
「必要な分だけ」
リリスの深い青の魔力が、器へ流れる。
少し。
水が淡く青く光る。
「止める」
教師が言う。
リリスは止める。
「まだ出せます」
「はい」
「でも?」
「一口分です」
「よろしい」
出せるから全部出すのではない。
飲めるから全部飲むのでもない。
必要な分。
「シェルザートさん」
俺の番。
魔力を流す。
少し多い。
水面が揺れる。
「婚約者の器まで満たそうとしない」
「はい」
また俺だ。
教室が少し笑う。
「自分の器は自分で」
「はい」
「必要なら分ける。しかし、勝手に注がない」
「はい」
魔力にも管理しすぎない。
「アマリリスさん」
「はい」
「シェルザートさんの器が半分なら?」
「足りないと決めつけません」
「はい」
「必要か聞きます」
「よろしい」
「アル」
「授業中です」
「後で聞きます」
教室が笑った。
放課後。
レオナルド先輩は、いつもの場所で待っていた。
今日は手に小さな水筒を持っている。
「リリス」
「お兄様」
「足は?」
「痛みも違和感もありません。修正靴を十分。廊下二往復、階段三段」
「よい」
「食べたか?」
「はい」
「何を」
「授業では果物と菓子。昼食はスープ、パン、野菜、最後に菓子を一つ」
「飲み物は?」
「花の果実水と水」
「よい」
完全に兄の確認。
リリスが少し笑う。
「お兄様も?」
「何が」
「食べましたか?」
レオナルド先輩が止まる。
聞かれると思っていなかった顔。
「昼食は取った」
「何を?」
「肉とパン」
「野菜は?」
「……少し」
「お水は?」
「飲んだ」
「分かりました」
リリスは評価しない。
レオナルド先輩が少し不思議そうに見る。
「何だ」
「確認しただけです」
「そうか」
「お兄様も、忘れないでください」
「ああ」
兄も管理する側から、確認される側へ。
少し照れているように見える。
俺を見る。
「アルフレッド」
「はい」
「君は?」
「授業でパンと肉。昼食はスープ、パン、肉少量。水」
「よい」
「評価しないでください」
リリスがすぐに言う。
レオナルド先輩が黙る。
「……分かった」
兄も修正した。
「父上は?」
俺が聞く。
レオナルド先輩の表情が少し遠くなる。
「朝、乾杯用グラスを見た」
「はい」
「泣いた」
「はい」
「リリスが王城でグラスを掲げると聞いた」
「はい」
「立った」
「札は?」
「母上が『一口で祝宴まで行かない』を出した」
「聞きました」
「父上は、乾杯は家族の祝福だと言った」
「間違いではないですが」
「そこから婚約披露、結婚式、孫の誕生祝いまで行こうとした」
「遠すぎます!!」
リリスが顔を覆う。
「お父様……」
「二枚目」
「何ですか?」
「『グラス一つで孫まで行かない』」
「必要です」
「三枚目」
「まだ?」
「『今日の昼食を食べる』」
「今日は今日」
「ああ」
「食べましたか?」
「母上の監視で」
「よかったです」
「乾杯練習は?」
「父上と母上で行った」
「どうでした?」
「目が合った瞬間、父上が泣いた」
「母上は?」
「水を飲んだ」
「落ち着いていますね」
「父上へも飲ませた」
「さすがです」
「一口は?」
「一口で止まった」
「大きな進歩です」
レオナルド先輩が頷く。
「新札は四枚だ」
「増えましたね」
「『乾杯で立たない』」
「すでに立っていたのでは?」
「次回用」
「はい」
「『娘のグラスを見続けない』」
「夜会中に必要」
「『食べたか一度だけ聞く』」
「公爵も管理しすぎる可能性」
「最後」
「はい」
「『自分も食べる』」
「一番大事ですね」
リリスが静かに笑う。
「お父様も、夜会へ参加されますから」
「ああ」
「私だけではなく」
「ああ」
「お父様も楽しんでほしいです」
レオナルド先輩の表情が少し柔らかくなる。
「帰ったら言え」
「はい」
正門。
夕方。
夜会まで六日。
今日は、乾杯。
軽食。
好みの違い。
確認。
評価しない。
そんな一日だった。
「アル」
「はい」
「今日は、違う飲み物を選びました」
「はい」
「でも、同じ机に立てました」
「はい」
「同じ飲み物で乾杯もしました」
「はい」
「目が合いました」
「はい」
「一口だけでした」
「はい」
リリスは微笑む。
「今日の宝物名は」
「はい」
「違うグラスを持っていても、一緒にいられた日の宝物です」
「良い名前です」
「あと」
「はい」
「一口分だけ、夜会を先に受け取れた日の宝物です」
「一口分」
「はい」
「一生分ではなく?」
「一口分です」
「成長しましたね」
「褒められました」
「会話は続きます」
「はい」
リリスの目が潤む。
「アル」
「はい」
「本番で、食べられていますかと聞いてください」
「一度だけ」
「はい」
「リリスも、俺に聞いてください」
「一度だけ」
「はい」
「答えを評価しない」
「はい」
「でも、必要なら一緒に取りに行く」
「はい」
「約束です」
リリスの涙が落ちた。
「アル」
「はい」
「約束にしてもよいですか?」
「はい」
「食べることを?」
「倒れないための約束です」
「はい」
「互いに夜会を最後まで過ごすために」
「はい」
「なら、大切です」
俺はハンカチを渡した。
「本番の乾杯で」
リリスが言う。
「はい」
「何を思いますか?」
「それは、その時に」
リリスが少し驚く。
以前も似たことがあった。
第一控え廊下で何を言うか。
その時の気持ちは、その時に。
「はい」
リリスは頷く。
「取っておきます」
「はい」
「一口分」
「はい」
「また明日、アル」
「また明日、リリス」
馬車が遠ざかる。
俺は見送る。
今日のリリスは、足も問題なかった。
食べた。
飲んだ。
笑った。
泣いた。
そして、自分とは違うグラスを持つ俺を、そのまま受け取った。
屋敷へ戻ると、父上と母上が待っていた。
「靴は?」
母上が聞く。
「問題なし」
「飲み物は?」
「水。乾杯は薄い果実水」
「食事は?」
「授業でパンと肉。昼食はスープ、パン、肉少量」
「よろしい」
「評価では?」
俺が言うと、母上が笑う。
「家での健康確認は少し違うわ」
「そうですか」
「でも、命令はしない」
「はい」
父上が聞く。
「リリス嬢は?」
「花の果実水。授業では果物と菓子。昼食でスープ、パン、野菜、菓子一つ」
「甘いものだけではないな」
「本人が選びました」
「よい」
「評価ですか?」
「……受け取った」
父上も言い直す。
母上が笑う。
「この家も練習ね」
夕食。
今日の話をしながら食べる。
父上は、若い頃の夜会で緊張し、何も食べずに舞踏を三曲続けた話をした。
「どうなりました?」
「四曲目で足が止まった」
「倒れた?」
「倒れはしなかった」
「母上は?」
「水を持ってきた」
母上が言う。
「その時は婚約前だったけれど、顔色が悪かったの」
「父上は受け取りましたか?」
「最初は断った」
「なぜ?」
「平気だと思った」
「平気ではなかった」
「はい」
「それで?」
「母上が目の前で一口飲んだ」
「一緒に?」
「そうだ」
「それなら飲めるでしょう、と」
父上が少し照れたように笑う。
「飲んだ」
「今日の練習と同じですね」
「ああ」
一緒に取る。
命令しない。
先に示す。
昔から、人は同じことを学んでいる。
その夜。
フルーラ家から、いつもの三通が届いた。
一通目。
ガロウ公爵。
『今日は乾杯の練習だった。リリスが王城でグラスを掲げると聞いた。泣いた。立った。セレスティアに「一口で祝宴まで行かない」「グラス一つで孫まで行かない」「今日の昼食を食べる」の札を出された。私は昼食を食べた。セレスティアと乾杯した。目が合って泣いた。一口飲んだ。止まった。成長している。本番ではリリスに食べたか一度だけ聞く。自分も食べる。 ガロウ』
二通目。
レオナルド先輩。
『夜会中の飲食は、体調管理であると同時に礼の一部だ。リリスも君も、互いを管理しすぎず、確認し合う形を覚えたようだな。好みが違っても問題はない。違いを距離にするな。父上は乾杯から孫まで想像しかけたが、札で停止。昼食も取った。進歩だ。 レオナルド』
三通目。
セレスティア夫人。
『アルフレッド様。本日は飲食の礼を学ばれたそうですね。リリスは花の果実水を、あなたはお水を選ばれたと聞きました。違うものを持ちながら、同じ場にいられること。それはこれからも大切になるでしょう。互いに一度だけ食事を確認し、返答を評価せず、必要なら一緒に取りに行く。その約束を大切になさってください。夫には四枚の札を用意いたしました。昼食を取り、乾杯も一口で止められました。継続が大切です。 セレスティア』
俺は三通を読み終えた。
グラス一つで孫まで行かない。
さすがに遠い。
あまりにも遠い。
夜会もまだなのに。
だが、ガロウ公爵は昼食を食べた。
乾杯した。
一口で止まった。
娘へ何度も聞かず、一度だけ確認すると決めた。
大きな進歩だ。
父上が書状を読み、笑う。
「ガロウ、孫まで行ったか」
「心だけです」
「心は速いな」
「速すぎます」
母上が言う。
「アル」
「はい」
「あなたも、リリス様と同じものを選ばなければいけないと思わないこと」
「はい」
「食べ物だけではなく」
「はい」
「考え方も」
少し重い。
「違う意見を持つこともあります」
「はい」
「好きなものも」
「はい」
「過ごしたい時間も」
「はい」
「そのたびに、違いを距離にしない」
今日の言葉。
俺は頷く。
「話します」
「ええ」
「聞きます」
「ええ」
「選びます」
「ええ」
リーマスは胸元へ手を当てた。
「同じ杯を持つことより、異なる杯を持ちながら同じ卓へ残れることこそ、長き関係を支える礼なのでございます」
ライズは静かに親指を立てる。
「若様」
「何だ」
「本日のハンカチ使用数は、アマリリス様三十枚でございます」
「三十二枚以内」
「はい」
「俺は?」
「一枚」
「どこで?」
「正門で『一口分だけ夜会を先に受け取れた』と告げられた後でございます」
「また見ていたのか」
「従者でございますので」
「公爵は?」
「二十六枚」
「乾杯だけで?」
「結婚式と孫まで往復されましたので」
「札は止められなかったのか」
「行動は止まりました」
「心は?」
「難しいかと」
確かに。
「明日は?」
「三十三枚を予定しております」
「また増えた」
「王城での呼称および紹介順の最終確認がございます」
「呼称」
「はい」
アル。
リリス。
シェルザート様。
アマリリス様。
王族の前。
友人の前。
家族の前。
場に合わせる言葉。
また新しい課題。
だが。
明日は明日。
今日は今日。
俺は窓の外を見る。
夜会まで六日。
今日、俺たちは違う飲み物を選んだ。
違う食べ物を取った。
それでも、同じ机にいた。
同じ場で乾杯した。
一口だけ。
一生分ではない。
未来の誓いでもない。
でも。
一口分の嬉しさは、確かにあった。
それでいい。
俺は深く息を吸った。
そして、今日も心の底から叫んだ。
公爵令嬢様!!
違うグラスを持っていても、俺たちは同じ夜会に立てます!!
本番では食べたか一度だけ確認しますから、俺にも一度だけ聞いてください!!
あと、お父様は乾杯一口で孫の祝いまで進まないでください!!




