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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第53話 公爵令嬢様、棘のある言葉にも半歩を置きます



 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 王城の春の親睦夜会へ向けた準備は、日に日に実戦的になっている。


 最初は、王城用半歩。


 次に、王城用戻り版。


 それから、ダンスの呼吸。


 拍を聞くこと。


 一曲を踊りきること。


 複数組で踊りながら周囲を見ること。


 そして昨日は、踊り終わった後の会話練習だった。


 言葉にも半歩。


 一拍置く。


 褒められてもすぐ否定しない。


 探るような言葉にも、怒りや焦りで返さない。


 俺は「フルーラ公爵令嬢の婚約者として負担ではないか」と聞かれた。


 リリスは「王家との縁談ではなくシェルザート様を選ばれたことで、いろいろ言われることもあるのでは」と聞かれた。


 どちらも、本番で実際に来てもおかしくない質問だった。


 俺は一拍置いて返した。


 リリスも一拍置いて返した。


 逃げなかった。


 答えすぎもしなかった。


 それだけでも、かなり大きな前進だと思う。


 ……ただし。


 夜会でかけられる言葉は、昨日の練習ほど分かりやすく丁寧とは限らない。


 褒め言葉の形をした探り。


 心配の形をした嫌味。


 冗談の形をした棘。


 そういうものが、貴族の社交には存在する。


 父上は今朝、はっきりそう言った。


「今日は、おそらく棘のある言葉への対応だろうな」


「棘、ですか」


「ああ。昨日はまだ丁寧な質問だった。だが王城では、もっと曖昧な言い方をされることがある」


「例えば?」


 父上は少し考えてから、穏やかな声で言った。


「伯爵家のご子息が公爵令嬢と並ぶとは、ずいぶんご立派ですね」


「……」


 嫌だ。


 言葉だけなら褒めているようにも聞こえる。


 だが、明らかに含みがある。


「または、アマリリス嬢には、もっと釣り合う方もいらしたでしょうに、などだな」


「嫌ですね」


「嫌だろう」


「リリスが聞いたら傷つきます」


「傷つくだろうな」


 母上が静かに紅茶を置いた。


「でも、そこで怒りで返してしまうと、相手の思うつぼになることもあるわ」


「はい」


「黙り込んでしまうと、認めたように見えることもある」


「難しいですね」


「ええ。だから、言葉にも半歩なの」


 母上は優しく言った。


「棘のある言葉を受けた時、すぐに掴まないこと。すぐに投げ返さないこと。一拍置いて、棘を抜いてから返すのよ」


「棘を抜いて返す」


「そう。相手の悪意に乗らず、失礼にもならず、自分たちの立場を静かに示す」


「……はい」


 父上が頷いた。


「アルフレッド、お前は特に、自分を下げすぎるな」


「俺を?」


「ああ。伯爵家だから、公爵家だから、という話になった時、お前が自分を下げすぎると、リリス嬢の選択まで下げることになる」


 胸に刺さった。


 俺はつい、自分は伯爵家だから、と考えてしまう。


 それは事実だ。


 フルーラ公爵家と比べれば、家格は違う。


 だが、それを卑屈に言えば、リリスの選択まで軽くしてしまう。


「分かりました」


「よし」


 ライズは鞄を整えながら、いつものように言った。


「若様、本日のハンカチは十八枚でございます」


「さらに増えたな」


「棘言葉対応訓練日でございますので」


「重い分類だ」


「想定される涙は、棘を受けた痛み涙、若様が自分を下げなかった時の安心涙、アマリリス様が自分の選択を言葉にできた時の達成涙、第三者に『釣り合い』を問われた際の怒り涙でございます」


「怒り涙」


「はい。アマリリス様は、若様を軽んじられた場合、ご自身のこと以上に怒られる可能性がございます」


「ありそう」


「その際、若様が止めすぎると逆に泣きます」


「どうすれば?」


「受け取ってください」


「怒りを?」


「はい。その上で、一拍置くよう促してください」


「分かった」


 今日の心の札。


 一拍置く。


 棘を抜く。


 自分を下げすぎない。


 重い。


 だが、必要だ。


 正門前。


 リリスはいつもの場所にいた。


 今日も制服姿。


 ブルーローズの髪飾り。


 ただ、今日の表情は昨日より少し硬い。


 フルーラ家でも、同じような話をされたのだろう。


 俺を見つけると、リリスはほっとしたように微笑んだ。


 歩いてくる。


 走らない。


 けれど、胸元で重ねた指が少し強く握られている。


「アル、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、リリス」


「今日も走りませんでした」


「はい。今日は少し緊張していましたね」


「分かりますか?」


「はい」


 リリスは小さく息を吐いた。


「今朝、お母様から、今日は棘のある言葉への練習になるかもしれないと言われました」


「うちでも同じです」


「やはり」


 リリスは目を伏せた。


「アル」


「はい」


「もし、夜会でアルのことを軽んじるようなことを言われたら」


「はい」


「私、冷静でいられる自信がありません」


「怒りますか?」


「はい」


 即答だった。


「私のことを言われるより、嫌です」


 その言葉は、かなり強かった。


 胸の奥が熱くなる。


「リリス」


「はい」


「その怒りは、受け取ります」


 リリスの目が一気に潤んだ。


「アル」


「でも、一拍置きましょう」


「……はい」


「リリスの怒りは、俺にとって嬉しい部分もあります。でも、王城では棘を投げ返すより、抜いて返す必要があります」


「棘を抜いて返す」


「母上の言葉です」


「素敵です」


 リリスは深呼吸した。


「私、頑張ります」


「一緒に」


「……小声版です」


「朝一回目ですね」


 俺はハンカチを渡した。


 リリスは涙を拭きながら、小さく笑った。


「一緒は強いです」


「今日は必要です」


「はい」


 教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。


 ユリウスはいつもより少し真面目な顔だった。


「おはよう。今日はたぶん嫌味対応だね」


「言い方」


 俺が言うと、ユリウスは肩を竦めた。


「でも、そういうことだよ。夜会って、全員が優しいわけじゃないから」


「はい」


 リリスが頷く。


「お母様にも言われました」


 エレナ嬢が静かに言う。


「アマリリス様、棘のある言葉は、正面から受けすぎてはいけませんわ」


「はい」


「かといって、聞こえなかったふりばかりでもいけません」


「難しいです」


「ええ。だから、一拍置くのです」


 ユリウスがにやっと笑った。


「じゃあ、朝の練習。アマリリス様、伯爵家の子息と並ばれるとは、ずいぶん思い切ったご選択ですね」


 空気が止まった。


 朝から強い。


 リリスの目が少し鋭くなる。


 怒った。


 明らかに怒った。


 俺は小さく言う。


「リリス」


「……はい」


「一拍」


「はい」


 リリスは息を吸った。


 一拍置いた。


「ありがとうございます。私にとっては、思い切った選択ではなく、大切に考えたうえでの選択です」


 声は柔らかい。


 でも、芯がある。


「シェルザート様は、私が共に歩みたいと願った方ですので」


 俺の心臓が止まりかけた。


 強すぎる。


 ユリウスも一瞬固まった。


 エレナ嬢が微笑む。


「大変よろしいと思いますわ」


 リリスの目が潤む。


「言えました」


「はい」


「でも、怒りました」


「受け取りました」


「アルが受け取ってくださいました」


「はい」


「小声版です」


「でしょうね」


 ユリウスが苦笑した。


「今のは、本番でも十分通じると思う」


「ありがとうございます」


「でも、僕相手で怒るなら、本番はもっと注意かな」


「はい」


 リリスは真剣に頷いた。


 教室に入ると、すでに先生が準備していた。


 机は普通の配置に戻っている。


 つまり今日は、踊りより会話中心だ。


 黒板にはまだ何も書かれていない。


 だが、空気で分かる。


 ニールが不安そうに言った。


「今日は、ちょっと怖い練習らしいですね」


「棘のある言葉への対応です」


 リリスが答える。


「僕、たぶんすぐ謝ってしまいます」


「バートン様は優しいです」


「でも、謝りすぎると相手に押されると母に言われました」


「うちの父上にも似たことを言われました」


 俺が言うと、ニールは真剣に頷いた。


「言葉にも半歩ですね」


「はい」


 一時間目。


 礼法。


 ベイル先生は黒板に書いた。


『棘のある言葉への礼』


 教室が静かになった。


 先生はいつも通り、淡々と話し始める。


「夜会では、すべての言葉が好意的とは限りません」


 重い。


 だが、必要な授業だ。


「褒め言葉の中に探りが混ざることがあります。心配の形をした嫌味もあります。冗談の形をした攻撃もあります」


 リリスの肩が少し強張る。


「そこで大切なのは、相手の棘をそのまま握らないことです」


 先生は黒板に書く。


『一拍置く』


『棘を抜く』


『自分の立場を静かに示す』


「怒ってはいけない、という意味ではありません。怒りを感じるのは自然です。ですが、怒りに言葉を任せると、礼を失います」


 先生の視線が、少しリリスへ向く。


「怒りをなかったことにせず、一拍置き、言葉を整えること」


「はい」


 リリスが小さく答えた。


「では、実践します」


 来た。


 先生はまず、俺を指名した。


「シェルザートさん」


「はい」


「前へ」


 俺は前へ出る。


 先生が第三者役になる。


「シェルザート様は、フルーラ公爵令嬢の婚約者として、さぞ肩身が狭いでしょうね」


 来た。


 これは嫌だ。


 直接的すぎず、しかし明らかに刺している。


 俺は一拍置いた。


 肩身が狭い。


 そう思うことはある。


 だが、それをそのまま認めると、リリスの選択を下げる。


「身に余るご縁だと感じることはございます」


 まず、事実として受ける。


「ですが、肩身が狭いというより、いただいたご縁にふさわしくなれるよう学ぶ機会をいただいていると考えております」


 一拍。


「アマリリス様と共に立つ以上、私自身も恥じぬよう努めてまいります」


 言えた。


 教室が静かだった。


 先生が頷く。


「よろしい。自分を下げすぎず、相手も立てています」


「ありがとうございます」


 リリスの目が潤んでいる。


 かなり強かったらしい。


 次にリリス。


「アマリリスさん」


「はい」


「前へ」


 リリスは前に出た。


 姿勢は美しい。


 だが、指先が少し震えている。


 先生は静かに言った。


「アマリリス様ほどのお方なら、もっと釣り合うお相手もいらしたでしょうに」


 教室の空気が張り詰めた。


 リリスの目に、一瞬怒りが灯った。


 俺は見ていた。


 リリスが怒ったのが分かった。


 だが、彼女はすぐに息を吸った。


 一拍。


 置いた。


「ご心配いただき、ありがとうございます」


 まず受けた。


「ですが、私にとって釣り合いとは、家格だけで決まるものではございません」


 声が震えていない。


「共に学び、共に立ち、互いを大切にできるかどうかも、私にとっては大切なことです」


 リリスは少しだけ俺を見た。


 すぐに前へ戻る。


「シェルザート様は、私が自ら選び、共に歩みたいと願った方です」


 強い。


 強すぎる。


 俺の心臓が持たない。


 先生は静かに頷いた。


「大変よろしい」


「ありがとうございます」


「怒りを感じましたね」


「はい」


「ですが、怒りを相手へ投げず、自分の選択の言葉に変えられました」


「……はい」


 リリスの目が潤む。


「受け取ります」


 教室から小さな拍手が起きた。


 先生は止めなかった。


 リリスは泣きそうになったが、深呼吸で耐えた。


 次に、ユリウスが呼ばれた。


 先生が言う。


「ユリウスさん、あなたは棘を抜くのは得意でしょうが、軽く返しすぎないように」


「はい」


 ユリウスは苦笑した。


 彼は、嫌味に対して軽い冗談で返そうとして、先生に「軽さで流しすぎると相手に伝わりません」と注意されていた。


 エレナ嬢は安定していた。


 ニールは一度、相手の棘に対して全部謝りそうになり、先生に止められた。


「バートンさん、謝る前に一拍」


「はい」


「謝ることと、認めることは違います」


「はい」


 ニールは真剣にメモしていた。


 授業の後半では、俺とリリスが一緒に前へ出て、二人へ向けられる棘に対応する練習をした。


 先生が第三者役として言った。


「お二人は、ずいぶん学園で目立っていらっしゃるようですね。半歩でしたか? 若い方々の間では流行っているとか」


 これも嫌だ。


 リリスの大切な半歩を、流行り扱いする言葉。


 リリスの指先が震える。


 俺は視線を戻す。


 一拍。


 リリスも一拍置く。


 今度は俺が先に答えた。


「確かに、学園内でその言葉を耳にする機会は増えました」


 否定しない。


「ですが、流行というより、相手と自分の距離を見つめ直す考えとして、少しずつ受け取っていただいているのだと思います」


 リリスが続ける。


「私自身も、まだ学んでいる途中です。ですから、軽く扱うのではなく、大切に意味を伝え続けたいと思っております」


 先生が頷く。


「よろしい。二人で補えました」


 補えた。


 二人で。


 リリスの目が潤む。


 俺も少し胸が熱い。


 休み時間。


 リリスは席に座ると、すぐにハンカチを握った。


「アル」


「はい」


「怒りました」


「はい」


「釣り合うお相手、と言われた時」


「はい」


「でも、一拍置けました」


「はい」


「アルを軽んじる言葉に、怒りを投げ返さずに済みました」


「とても良かったです」


「強いです」


「でも、本当に」


 リリスは涙を拭いた。


「アルも、自分を下げすぎませんでした」


「はい」


「嬉しかったです」


「父上に言われたんです。俺が自分を下げすぎると、リリスの選択まで下げることになると」


 リリスの目が見開かれた。


「シェルザート伯爵様が」


「はい」


「……その通りです」


 リリスは静かに言った。


「アルがご自分を下げると、私は悲しいです」


「はい」


「私が選んだ方です」


 強い。


 直撃。


 俺は一拍置く。


「ありがとうございます。受け取ります」


 リリスは泣いた。


「受け取ってくださいました」


「はい」


 エレナ嬢が近づいてきて、穏やかに言った。


「お二人とも、とても良かったですわ」


「ありがとうございます」


「棘のある言葉に、棘で返さない。とても難しいことです」


「はい」


 ユリウスが苦笑しながら言う。


「僕は軽く返しすぎた」


「ユリウス様は、棘を笑って避けるのが得意ですものね」


 エレナ嬢が言う。


「でも、夜会では時に、静かに立場を示す必要がありますわ」


「だね。勉強になった」


 ユリウスも素直に受け取っていた。


 昼休み。


 食堂では、リリスは少し疲れていた。


 棘のある言葉への練習は、想像以上に心を使う。


 ダンスの疲れとは違う。


 言葉の疲れだ。


「食べられますか?」


「はい。お母様に、棘のある言葉の練習の日ほど食べなさいと言われました」


「本当に何でも予測している」


「はい」


 リリスはスープを飲み、少し落ち着いた。


「アル」


「はい」


「棘を抜いて返すのは、難しいです」


「はい」


「でも、怒りをなかったことにしなくていいのは、少し救われます」


「俺もです」


「怒ってもいい。でも、一拍置く」


「はい」


「半歩は、やはり大切ですね」


「はい」


 ニールが近くで頷いていた。


「僕も、すぐ謝る前に一拍置く練習をします」


「バートン様ならできます」


 リリスが言うと、ニールの顔が赤くなる。


「ありがとうございます」


 クラリス嬢も静かに言った。


「私も、今日の授業は覚えておきます。棘を受けた時、黙り込むだけではなく、一拍置いて返せるようになりたいです」


「クラリス様」


「ハンカチの橋だけでなく、言葉の橋も必要なのですね」


 リリスの目が潤む。


「言葉の橋」


「はい」


「とても素敵です」


 また新しい橋が生まれた。


 午後の魔法基礎でも、棘のある言葉の余韻が残っていた。


 リリスの魔力は少し鋭く揺れていた。


 教師がそれを見て言う。


「アマリリスさん、今日は少し怒りの名残がありますね」


「はい」


「怒りを消そうとしなくてよいです」


「はい」


「形を整えましょう。尖ったまま投げるのではなく、光として置く」


「光として置く」


「一拍です」


 リリスは目を閉じた。


 鋭かった光が、少し丸くなる。


 完全に消えたわけではない。


 でも、人を傷つける形ではない。


 教師が頷く。


「よろしい。怒りにも礼があります」


「ありがとうございます」


 礼法と魔法が、またつながった。


 放課後。


 レオナルド先輩が待っていた。


 今日はいつも以上に表情が固い。


 棘のある言葉の練習があったと知っているのだろう。


「リリス」


「お兄様」


「釣り合いの話をされたそうだな」


「はい」


「怒ったか?」


「はい」


「一拍置けたか?」


「はい」


「よくやった」


 リリスの目が潤む。


「ありがとうございます」


 レオナルド先輩は俺を見る。


「アルフレッド」


「はい」


「自分を下げすぎなかったそうだな」


「はい」


「良い」


「ありがとうございます」


「リリスの選択を下げるな」


「はい」


 短いが重い言葉だった。


「父上には、今日の練習内容を慎重に伝えた」


「どうなりました?」


「釣り合い、という言葉で立った」


「やはり」


「母上が札を出した」


「何の札ですか?」


「『釣り合いで怒る前に一拍』」


「また具体的」


「座った」


「効いたんですね」


「泣いた」


「ですよね」


 レオナルド先輩は続ける。


「さらに、リリスが君を選んだと言えたと伝えた」


「はい」


「父上は泣いた」


「でしょうね」


「私も少し危なかった」


「レオナルド先輩も?」


「少しだ」


 リリスが驚いたように兄を見る。


「お兄様」


「少しだ」


 兄も人間だった。


 いや、当然だ。


 正門で別れる時、リリスは朝より少し疲れていたが、目はしっかりしていた。


「アル」


「はい」


「今日は、棘のある言葉に半歩を置きました」


「はい」


「怒りました」


「はい」


「でも、言えました」


「はい」


「アルを、私が選んだ方だと」


「……はい」


「強いですか?」


「かなり」


「でも、言いたかったです」


「受け取ります」


 リリスの目が潤む。


「今日の宝物名は」


「はい」


「棘のある言葉にも半歩を置けた日の宝物です」


「良い名前です」


「あと」


「はい」


「アルを選んだことを、もう一度言葉にできた日の宝物です」


「……大切にします」


 リリスは泣いた。


 でも、静かだった。


 俺はハンカチを渡した。


「また明日、アル」


「また明日、リリス」


 馬車が遠ざかる。


 俺はそれを見送りながら、今日の言葉を胸の中で繰り返した。


 棘を抜く。


 自分を下げすぎない。


 怒りをなかったことにしない。


 一拍置く。


 言葉にも半歩。


 夜会は近い。


 でも、俺たちは確かに準備している。


 その夜。


 屋敷に帰ると、父上と母上が待っていた。


「棘のある言葉だったか」


「はい」


「釣り合いの話も?」


「ありました」


「返せたか」


「リリスも、俺も」


「よし」


 母上が静かに微笑んだ。


「怒りにも礼を置けたのね」


「はい」


 その後、フルーラ家から書状が届いた。


 一通目、ガロウ公爵。


『釣り合いなどという言葉が出たと聞いた。怒った。私が。立った。セレスティアに「釣り合いで怒る前に一拍」の札を出された。座った。泣いた。リリスがアルフレッド殿を選んだ方だと言えたと聞いた。泣いた。アルフレッド殿、自分を下げすぎるな。泣いた。 ガロウ』


 二通目、レオナルド先輩。


『棘のある言葉への訓練は必要だ。リリスは怒りを言葉に変えられた。君も自分を下げすぎなかった。良い。父上は釣り合いで立ったが札で制御。私も少し危なかったが問題ない。 レオナルド』


 三通目、セレスティア夫人。


『アルフレッド様。本日は棘のある言葉への練習だったそうですね。夜会では、心配や称賛の形をした棘もあります。一拍置き、棘を抜き、静かに自分たちの立場を示してくださいませ。リリスがあなたを選んだ方だと言えたこと、私も嬉しく思います。夫には「釣り合いで怒る前に一拍」の札を出しました。座りました。泣きました。継続が大切です。 セレスティア』


 俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。


 アルフレッド殿、自分を下げすぎるな。


 ガロウ公爵からのその言葉は、少し意外で、少し重くて、少し温かかった。


 父上は笑っていたが、母上は優しい顔で俺を見ていた。


 リーマスは「棘も抜けば花を守る枝となります」と頷いた。


 ライズは静かに親指を立てた。


 俺は深く息を吸い、今日も心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 棘のある言葉にも、ちゃんと半歩を置けました!!


 でも、お父様は釣り合いで怒る前に一拍置いてください!!

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