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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第52話 公爵令嬢様、踊り終わった後の会話でまた距離感を失います


 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 王城の春の親睦夜会へ向けた準備は、着実に進んでいる。


 王城用半歩。


 王城用戻り版。


 ダンスにおける呼吸。


 拍を聞くこと。


 一曲を最後まで踊りきること。


 複数組が同時に踊る中で、周囲を見て、相手へ視線を戻すこと。


 俺とリリスは、ここ数日でかなり多くのことを学んだ。


 いや、多すぎる。


 普通の夜会準備とは、こんなに濃いものなのだろうか。


 少なくとも、俺たちの場合は濃い。


 主にリリスの涙腺と、ガロウ公爵の札のせいである。


 昨日、複数組で踊る練習を終えた後、フルーラ家から届いた書状にはこうあった。


『周囲がいても崩れない』は成功。


『娘しか見すぎない』は涙。


 札の効果測定が始まっていた。


 ガロウ公爵、もはや夜会に参加する前から別枠で訓練対象である。


 だが、それを笑ってばかりもいられない。


 王城の夜会で大切なのは、ダンスだけではない。


 むしろ、踊り終わった後こそ本番だと言ってもいい。


 踊った後の礼。


 相手への言葉。


 周囲から声をかけられた時の返答。


 王子殿下や他家の子息令嬢と会話する時の距離。


 踊り終わった直後、呼吸が乱れ、感情が揺れた状態で、どれだけ礼を保てるか。


 今日の課題は、そこだった。


 朝、屋敷の食堂で父上は言った。


「今日はおそらく、夜会中の会話練習だな」


「会話」


「ああ。踊れるだけでは夜会は乗り切れん」


「はい」


「踊った後に褒められることもある。からかわれることもある。探られることもある」


「探られる」


「貴族の夜会だからな」


 父上の声が少し真面目になる。


「王城では、言葉の一つ一つが軽くない。特に、お前とリリス嬢は注目される」


「はい」


「フルーラ公爵令嬢と伯爵家子息の婚約。王子殿下が関心を持った半歩の研究。自由研究発表で評価された二人。見る者は見る」


「……はい」


「だから、踊り終わって浮かれすぎるな」


「分かりました」


「照れすぎるな」


「努力します」


「リリス嬢を泣かせすぎるな」


「それが一番難しいです」


 父上は笑った。


 母上も優しく微笑む。


「アル、今日の大切なことは、言葉にも半歩を置くことよ」


「言葉にも半歩」


「ええ。すぐに返さず、一拍置く。褒められたら否定しすぎず受け取る。探られたら答えすぎず、失礼にならないように返す」


「はい」


「そして、リリス様が揺れたら、言葉で支えすぎないこと」


「支えすぎない」


「目を合わせるだけで戻れる時もあるわ」


 戻る視線。


 昨日の課題だ。


 今日はそれを会話にも使う。


 ライズは鞄を整えながら言った。


「若様、本日のハンカチは十七枚でございます」


「さらに増えたな」


「踊り終わり会話練習日でございますので」


「長い分類だ」


「想定される涙は、一曲後の余韻涙、褒め言葉を受けた時の受け取り涙、第三者から『お似合い』等と言われた際の照れ涙、若様が言葉を一拍置いて返した時の安心涙、アマリリス様が自分で返答できた際の達成涙でございます」


「お似合いは危険だな」


「非常に危険でございます」


「王城で言われそうだな」


「高確率でございます」


 俺は額に手を当てた。


 リリスと俺が踊る。


 誰かが言う。


「お似合いですね」


 リリス、泣く。


 見える。


 未来が見える。


「若様、本日の心の札は『一拍置く』でございます」


「言葉にも半歩だな」


「はい」


 俺は頷いた。


 今日は、踊り終わった後の会話。


 ある意味、ダンスそのものより難しいかもしれない。


 正門前。


 リリスはいつもの場所にいた。


 制服姿。


 ブルーローズの髪飾り。


 昨日、周囲がいる中でも踊れた達成感があるのだろう。


 立ち姿は昨日より落ち着いている。


 だが、俺を見るとやはり頬が赤くなった。


 昨日の「戻る視線」を思い出しているのかもしれない。


「アル、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、リリス」


「今日も走りませんでした」


「はい。今日は落ち着いていました」


「昨日、周りがいても踊れたので、少しだけ」


「自信が?」


「はい」


 リリスは小さく笑った。


「でも、今日はおそらく会話練習ですよね」


「うちでもそう言われました」


「私も、お母様に言われました」


「やはり」


「踊り終わった後に、浮かれすぎないこと、と」


「同じです」


「あと」


「はい」


「アルと踊った直後に、アルを見すぎないこと、と」


「……なるほど」


「でも、見ないと戻れません」


「見すぎず、見失わず、ですね」


「はい」


 リリスは深呼吸した。


「アル」


「はい」


「もし、夜会で誰かに『お似合いですね』と言われたら」


「はい」


「私は、泣かない自信がありません」


「俺も危険だと思います」


「どうしましょう」


「一拍置きましょう」


「一拍」


「はい。言葉にも半歩です」


 リリスの目が潤んだ。


「言葉にも半歩」


「母上の言葉です」


「素敵です」


「小声版ですか?」


「はい」


 俺はハンカチを差し出した。


 リリスは涙を少し拭き、深呼吸した。


「受け取ります。今日の課題は、言葉にも半歩ですね」


「はい」


 ミラが後ろで静かに言う。


「本日一回目、未遂。二回目、発生でございます」


「ミラ、今日も記録が早いです」


「踊り終わり会話練習日ですので」


「分類がライズと同じ」


「共有しております」


 もはや完全に連携している。


 教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。


 ユリウスは俺たちを見るなり言った。


「今日は会話練習っぽいね」


「やはりそう思いますか」


「踊れるようになってきたら、次は踊った後だよ。そこで崩れる人、多いから」


「ユリウス様、経験者みたいですね」


「まあ、何度か見たことあるし」


 エレナ嬢が頷く。


「ダンスの後は、呼吸も感情も揺れていますから、言葉が近くなりやすいのですわ」


「言葉が近くなる」


 リリスが反応する。


「はい。つい本音が出すぎたり、照れ隠しで冷たくなりすぎたり」


「遠すぎる言葉もあるのですね」


「ええ」


「言葉にも半歩」


「その通りですわ」


 リリスは真剣に頷いた。


 ユリウスがにやっと笑う。


「じゃあ、練習しようか。お二人、とてもお似合いでしたよ」


 リリスが固まった。


 俺も固まった。


「ユリウス様」


「一拍置くんでしょ?」


 俺は息を吸った。


 一拍。


 置く。


「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」


 なんとか返した。


 リリスは隣で震えている。


「リリス」


「はい」


「一拍」


「はい」


 リリスは深呼吸した。


「ありがとうございます。まだ練習中ですが、そう見えたのなら嬉しいです」


 言えた。


 すごい。


 リリスが言えた。


 そしてその直後、泣いた。


「言えました」


「はい」


「でも、強かったです」


「でしょうね」


 エレナ嬢が微笑んだ。


「今の返し、とても良かったですわ」


「ありがとうございます」


「本番でも、そのくらいで十分です」


 リリスは涙を拭きながら頷いた。


 朝から実践練習が始まっている。


 教室に入ると、机は昨日ほど大きく動かされてはいなかった。


 中央には少しだけ空間。


 どうやら、今日はダンス一曲を軽く確認した後に会話練習をするらしい。


 ニールはすでに緊張している。


「シェルザート君、今日は会話らしいです」


「そうですね」


「僕、踊るより話す方が苦手かもしれません」


「分かります」


「褒められた時、どう返せばいいか」


 リリスが真剣に言った。


「バートン様、言葉にも半歩です」


「言葉にも半歩」


「すぐ否定せず、一拍置いて、ありがとうございますと受け取るのです」


「なるほど」


 ニールは真剣にメモしていた。


 リリスの言葉がまた役に立っている。


 本人は少し照れている。


 一時間目。


 礼法。


 ベイル先生は教室に入ると、黒板にこう書いた。


『踊り終わった後の言葉』


 やはり。


「本日は、ダンスの後の会話を練習します」


 先生は言った。


「夜会では、踊り終わった後に相手へ礼を述べます。その後、周囲から声をかけられることもあります。大切なのは、踊りの余韻を引きずりすぎないことです」


 リリスの背筋が伸びる。


「余韻を消す必要はありません。ですが、余韻に飲まれないこと」


 先生は黒板に書く。


『一拍置く』


「褒められた時。からかわれた時。探られた時。すぐに反応しない。一拍置き、相手の意図を見てから返す」


 母上と同じだ。


「では、まずダンスを短く確認し、その後に会話を行います」


 俺とリリスは前に出る。


 今日は一曲ではなく、半曲程度。


 手を取り、呼吸を合わせ、音に乗る。


 昨日より少し楽だった。


 周囲は見ているが、複数組ではない。


 俺たちは最後まで流れを保ち、礼をした。


 リリスの目が潤む。


 だが、今日はここからが本番だ。


 先生が第三者役として近づいてくる。


「お二人とも、良い踊りでした」


 来た。


 リリスが震える。


 俺は一拍置く。


「ありがとうございます。まだ学ぶことは多いですが、そう言っていただけて嬉しく思います」


 先生が頷く。


 リリスも一拍置いた。


「ありがとうございます。アル……シェルザート様と呼吸を合わせることを意識いたしました」


 途中でアルと言いかけた。


 危ない。


 教室が少しざわっとした。


 リリスの顔が真っ赤になる。


 先生は淡々と言った。


「王城では、呼び方に注意しましょう」


「はい」


 リリスは消え入りそうな声で答えた。


 俺も顔が熱い。


 普段、リリスは俺をアルと呼ぶ。


 学園でもかなり定着している。


 だが、王城の正式な場では、呼び方を考える必要がある。


「アマリリスさん」


「はい」


「婚約者同士で親しい呼び名を使うこと自体が悪いわけではありません。しかし、公的な相手の前では家名や様を使う方が無難です」


「はい」


「ただし、急に距離を取りすぎると不自然です」


「……はい」


「これも言葉の半歩です」


「はい」


 言葉の半歩。


 今日の重要語だ。


 次に、ユリウスが第三者役になった。


「いやあ、お二人とも本当にお似合いですね」


 また来た。


 リリスが固まる。


 俺も固まりかける。


 一拍。


 一拍置く。


「ありがとうございます。まだ練習中ですが、リリス……アマリリス様が合わせてくださったおかげです」


 今度は俺が言いかけた。


 アルどころかリリスと言いかけた。


 教室がざわつく。


 ユリウスが口元を押さえている。


 先生が静かに言う。


「シェルザートさん」


「はい」


「あなたも呼び方に注意」


「はい」


 リリスは真っ赤だ。


 俺も真っ赤だ。


 最悪である。


 いや、練習で良かった。


 本番ではなくて本当に良かった。


 リリスは一拍置いて返す。


「ありがとうございます。シェルザート様と練習してきたことが、少しでも形になっていたなら嬉しいです」


 言えた。


 今度は完璧だ。


 先生が頷く。


「今の返答はよろしい」


「ありがとうございます」


 リリスの目が潤む。


 だが、泣かない。


 受け取った。


 次にエレナ嬢が第三者役になった。


「アマリリス様、シェルザート様。お二人の踊りは、とても穏やかで素敵でしたわ」


 エレナ嬢の言い方が優しすぎる。


 これは危険だ。


 リリスは一拍置いた。


 少し震えながらも、言う。


「ありがとうございます。まだ緊張はございますが、そう見ていただけたなら嬉しく思います」


 良い。


 とても良い。


 俺も返す。


「ありがとうございます。王城でも落ち着いて踊れるよう、練習を重ねます」


 先生が頷く。


「二人とも、今の距離は良いです」


 褒められた。


 リリスの目が潤む。


 俺も少し嬉しい。


 だが、まだ授業中だ。


 耐える。


 今度は、少し意地悪な質問の練習になった。


 先生が言う。


「夜会では、褒め言葉だけではありません。探るような言葉もあります」


 教室が少し緊張する。


 先生はユリウスを見る。


「ユリウスさん、お願いします」


「はい」


 ユリウスは妙に楽しそうに前へ出た。


「シェルザート様は、フルーラ公爵令嬢の婚約者として、ずいぶん注目されていますね。ご負担ではありませんか?」


 来た。


 かなり現実的な質問だ。


 教室の空気が静まる。


 俺は一拍置いた。


 負担。


 そう聞かれた時、どう返すか。


 軽く否定しすぎても嘘っぽい。


 重く答えすぎても場が沈む。


「確かに、身に余るほど光栄な立場だと感じております。ですが、アマリリス様と共に学びながら、少しずつふさわしくなれるよう努めたいと思っています」


 言えた。


 少し硬いが、悪くないはずだ。


 リリスの目が潤む。


 これは強かったらしい。


 先生が頷く。


「よろしい。謙遜しすぎず、逃げてもいません」


「ありがとうございます」


 ユリウスはにやっと笑った。


「いいね。逃げません感がある」


「茶化さないでください」


 次はリリスへの質問。


 ユリウスが言う。


「アマリリス様は、王家との縁談ではなくシェルザート様を選ばれたことで、いろいろ言われることもあるのでは?」


 教室がさらに静かになる。


 それは、リリスにとって重い質問だ。


 王子殿下との茶会でも向き合った話。


 リリスは一瞬、息を止めた。


 俺は視線を戻す。


 大丈夫。


 リリスは俺を見て、深呼吸した。


 一拍置く。


「確かに、そのようなお声があることは承知しております」


 声は震えていない。


「ですが、私は王家を軽んじたのではありません。いただいたご縁への敬意を忘れず、そのうえで、シェルザート様と共に歩むことを選びました」


 教室が静かになる。


「その選択にふさわしい振る舞いができるよう、これからも学んでまいります」


 言えた。


 完璧では?


 いや、完璧だ。


 俺はそう思った。


 リリスの目が潤む。


 自分で言って、自分で泣きそうになっている。


 先生は静かに頷いた。


「大変よろしい」


「ありがとうございます」


「今の返答は、夜会でも使えます」


「はい」


 リリスは受け取った。


 泣かなかった。


 すごい。


 ただ、席へ戻った瞬間に小声版だった。


「アル」


「はい」


「言えました」


「はい」


「王子殿下の茶会で学んだことを」


「はい」


「また言えました」


「とても良かったです」


「強いです」


「でも、本当に」


 俺はハンカチを渡した。


 リリスは涙を拭いた。


 休み時間。


 教室中が少し熱を持っていた。


 ダンス後の会話練習は、思った以上に実戦的だった。


 ニールは探り質問に完全に詰まり、先生に「一拍置く前に息が止まっています」と言われていた。


 本人はかなり落ち込んでいたが、リリスが、


「息が止まったことに気づけたなら、次は半歩置けます」


 と言うと、少し立ち直った。


 クラリス嬢は見学しながら、


「言葉にも半歩、覚えておきます」


 とメモしていた。


 ユリウスは楽しそうだったが、先生に、


「あなたは相手を試しすぎない」


 と注意されていた。


 エレナ嬢は安定していた。


 さすがである。


 昼休み。


 食堂では、リリスはかなり疲れていた。


 ダンスそのものより、会話練習で心を使ったらしい。


「リリス、食べられそうですか?」


「はい。お母様に、会話練習の日ほど食べなさいと言われました」


「もう毎日ですね」


「はい」


 リリスはスープを一口飲む。


「でも、今日は少し怖かったです」


「王家との縁談の質問ですね」


「はい」


「でも、ちゃんと言えていました」


「アルが視線を戻してくださったので」


「戻る視線が役に立ったなら良かったです」


「はい」


 エレナ嬢が微笑む。


「アマリリス様、あの返答は本当に立派でしたわ」


「ありがとうございます」


「夜会でも、きっと大丈夫です」


「……小声版です」


「今日は仕方ありませんわ」


 ユリウスが言う。


「アルフレッドの返答も良かったよ。負担ですかって質問、現実に来るかもしれないし」


「そうですね」


「逃げなかったのが良かった」


「ありがとうございます」


 リリスが俺を見る。


「アルは、逃げません」


「リリス」


「はい」


「それは強いです」


「でも本当です」


 俺の方が少し照れた。


 午後の授業では、言葉にも半歩という考えが何度も出た。


 魔法基礎でも、教師が、


「魔力を返す前にも一拍置きましょう」


 と言い、リリスは真面目に頷いていた。


 一拍置く。


 感情にも。


 言葉にも。


 魔力にも。


 本当に半歩は広がっている。


 放課後。


 レオナルド先輩が待っていた。


 今日はすでに何かを聞いている顔だった。


「リリス」


「お兄様」


「会話練習をしたそうだな」


「はい」


「王家の縁談の話も出たと」


「はい」


「返せたか?」


「はい」


 レオナルド先輩の表情が柔らかくなる。


「よく言えた」


 リリスの目が潤む。


「ありがとうございます」


 レオナルド先輩は俺を見る。


「アルフレッド」


「はい」


「君も、負担ではないかと聞かれたそうだな」


「はい」


「逃げなかったらしいな」


「はい」


「よい」


「ありがとうございます」


 そして、やはりガロウ公爵の話になる。


「父上には、今日の会話練習について伝えた」


「どうでした?」


「『お似合い』という言葉を聞いただけで泣いた」


「早い」


「『負担ではないか』という質問で立った」


「怒ったんですか?」


「怒った」


「でしょうね」


「母上が札を出した」


「何ですか?」


「『質問に怒る前に一拍』」


「言葉にも半歩ですね」


「そうだ」


「効きました?」


「座った。泣いた」


「いつも通り」


 リリスが恥ずかしそうに笑った。


「さらに、王家の縁談の話を聞いて、父上がアルフレッドに感謝すると言い出した」


「俺に?」


「リリスを選んでくれてありがとう、と」


 リリスの顔が真っ赤になった。


 俺も固まった。


「お兄様」


「事実だ」


「強いです」


「父上も泣いていた」


「でしょうね」


 正門で別れる時、リリスは少し疲れていたが、目は落ち着いていた。


「アル」


「はい」


「今日は、踊り終わった後の言葉を学びました」


「はい」


「お似合いと言われると、やはり泣きそうです」


「はい」


「でも、一拍置けました」


「はい」


「王家の縁談のことも、言えました」


「はい」


「アルも、逃げませんでした」


「はい」


 リリスは深呼吸した。


「今日の宝物名は」


「はい」


「言葉にも半歩を置けた日の宝物です」


「良い名前です」


「あと」


「はい」


「アルが逃げずに答えてくださった日の宝物です」


「……リリスも逃げませんでした」


 リリスの目が潤む。


「強いです」


「でも、言いたかったので」


「はい」


 俺はハンカチを渡した。


 リリスは涙を拭き、笑った。


「また明日、アル」


「また明日、リリス」


 馬車が遠ざかる。


 俺は見送りながら、今日の言葉を思い出した。


 言葉にも半歩。


 一拍置く。


 逃げない。


 でも、答えすぎない。


 夜会が近づくたび、課題は増える。


 でも、俺たちは一つずつ受け取っている。


 その夜。


 屋敷に帰ると、父上と母上が待っていた。


「会話練習だったか」


「はい」


「負担ではないかと聞かれたそうだな」


「もう聞いているんですか」


「耳はある」


「はい。答えました」


「よく逃げなかった」


「ありがとうございます」


 母上も微笑む。


「言葉にも半歩、できた?」


「少しは」


「本番でも、一拍置きなさい」


「はい」


 その後、フルーラ家から書状が届いた。


 一通目、ガロウ公爵。


『リリスとアルフレッド殿が会話練習をしたと聞いた。泣いた。私が。「お似合い」と言われた練習で泣いた。負担ではないかという質問で怒りかけた。セレスティアに「質問に怒る前に一拍」の札を出された。座った。泣いた。アルフレッド殿、リリスを選んでくれてありがとう。泣いた。 ガロウ』


 二通目、レオナルド先輩。


『言葉にも半歩を置く練習は重要だ。リリスは王家の縁談について返答できた。君も負担かという問いから逃げなかった。良い。父上は怒りかけたが札で制御。「質問に怒る前に一拍」は効果あり。泣いた。 レオナルド』


 三通目、セレスティア夫人。


『アルフレッド様。本日は踊り終わった後の会話練習だったそうですね。夜会では、踊りよりも言葉で崩れることがあります。一拍置き、相手の意図を見て、丁寧に返すことを忘れないでくださいませ。リリスもよく答えられたようです。夫には「質問に怒る前に一拍」の札を出しました。座りました。泣きました。最後にあなたへ感謝してまた泣きました。継続が大切です。 セレスティア』


 俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。


 アルフレッド殿、リリスを選んでくれてありがとう。


 それは強すぎる。


 俺まで少し危ない。


 父上は笑っていたが、母上は少し優しい顔をしていた。


 リーマスは「感謝にも一拍が必要でございます」と頷いた。


 ライズは静かに親指を立てた。


 俺は深く息を吸い、今日も心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 言葉にも半歩を置いて、ちゃんと夜会の会話練習ができました!!


 でも、お父様は質問に怒る前に一拍置いてください!!

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