第42話 公爵令嬢様、届いた言葉にまた泣きます
皆さん、こんにちは!!
アルフレッド・シェルザートです。
昨日、リリスは自由研究発表本番を乗り越えた。
最後まで言えた。
泣きそうになりながらも、言葉を止めなかった。
小声版。
半歩。
ハンカチの橋。
そして、受け取った優しさを誰かへ返せるようになりたいという願い。
それを、教室の前で、自分の言葉として届けた。
俺は三番手として発表し、その後にリリスが四番手として立った。
俺の後に、リリスが立つ。
俺は、落ち着いた空気を渡すつもりで話した。
それが本当にできたかは分からない。
けれどリリスは、発表後に言ってくれた。
「アルから空気を受け取って立てました」
と。
その言葉は、俺にとっても宝物になった。
そして今日。
問題は、発表の翌日である。
大きな出来事の翌日は、余韻が来る。
俺はもう学んでいる。
王子殿下との茶会翌日もそうだった。
身内リハーサル翌日もそうだった。
そして今回は、発表本番の翌日だ。
当然、リリスは泣く。
ほぼ確定で泣く。
しかも今回は、クラスメイトだけでなく、先生方にも発表の内容が伝わっている可能性がある。
王子殿下も、楽しみにしていると言っていた。
おそらく、何らかの形で耳に入る。
それを聞いたらリリスはどうなるか。
泣く。
間違いなく泣く。
朝食の席でその話をすると、父上は笑いながら頷いた。
「今日は大変だぞ」
「分かっています」
「発表が終わった安心と、評価が返ってくる緊張が同時に来る」
「はい」
「リリス嬢は、褒められると泣く」
「はい」
「お前も、褒められるかもしれんぞ」
「俺もですか?」
「当たり前だ。お前も発表したんだ」
父上は真面目な顔になった。
「アルフレッド、お前の発表も良かったと聞いている」
「誰からですか」
「昨日、学園関係者から少しな」
「早いですね」
「伯爵家当主にも耳はある」
「なるほど」
「リリス嬢を支えたことも大事だが、お前自身の研究もちゃんと評価されている。それを忘れるな」
「……はい」
母上も優しく言った。
「アル、今日は二人で受け取る日ね」
「二人で?」
「ええ。リリス様の発表への反響。そして、あなたの発表への反響。どちらも受け取るの」
「俺も」
「そう。リリス様だけではなく、あなたも」
俺は少し照れた。
自分の発表を褒められる想定はあまりしていなかった。
昨日は、リリスが最後まで言えたことの方が大きすぎた。
だが、俺も発表した。
父上が言うように、俺自身の研究も大切にしなければならない。
ライズは鞄を整えながら言った。
「若様、本日のハンカチは十枚でございます」
「昨日より減ったな」
「昨日は本番でしたので十二枚。本日は反響対応日として十枚です」
「反響対応日」
「想定される涙は、発表を思い出した安心涙、先生からの講評涙、クラスメイトからの感想涙、殿下側から反応が届いた場合の衝撃涙、若様の発表が褒められた時のアマリリス様の誇り涙でございます」
「最後、リリスが泣くのか」
「はい」
「俺が褒められて、リリスが泣く」
「高確率です」
「ありそう」
「また、若様ご自身も褒め言葉を受け取る必要がございます」
「はい」
「否定しすぎないように」
「分かっている」
「アマリリス様が見ておられますので」
「それは強い」
「はい」
今日は俺も受け取る日。
その言葉を胸に、俺は学園へ向かった。
正門前。
リリスはいつもの場所にいた。
今日も制服姿。
ブルーローズの髪飾り。
ただ、今日の彼女は見ただけで分かった。
発表翌日の余韻で、すでにいっぱいである。
目元が少し赤い。
たぶん朝から泣いた。
でも表情は明るい。
俺を見つけると、ふわっと笑った。
歩いてくる。
走らない。
だが、かなりふわふわしている。
「アル、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、リリス」
「今日も走りませんでした」
「はい。今日はかなり浮いていました」
「昨日のことを思い出してしまって」
「でしょうね」
「アル」
「はい」
「私、発表できました」
「はい」
「最後まで」
「はい」
「皆さまが拍手してくださいました」
「はい」
「アルの後に立てました」
「はい」
「……小声版では足りません」
「朝からですね」
「はい」
俺はハンカチを差し出した。
リリスは受け取り、涙を拭いた。
「嬉しい涙です」
「はい」
「あと、少し恥ずかしい涙です」
「混ざっていますね」
「はい」
リリスは深呼吸した。
「でも、今日は受け取る日だと、お母様に言われました」
「うちの母上も同じことを言っていました」
「二人で?」
「はい。二人で受け取る日だと」
リリスの目がまた潤む。
「二人で」
「強かったですか?」
「強いです」
「でも、今日はそういう日です」
「はい」
ミラが後ろで静かに言う。
「本日二回目、発生でございます」
「一回目は?」
「朝、お嬢様が発表原稿を見て泣かれました」
「リリス」
「嬉しかったので」
朝からすでに一回済みだった。
想定内だ。
教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。
「おはよう。発表翌日って感じの顔だね」
「はい」
リリスが素直に答える。
「昨日は、本当にお疲れ様」
ユリウスの声は軽いが、優しい。
「ありがとうございます」
「アルフレッドも。発表、良かったよ」
「ありがとうございます」
俺が受け取ると、リリスがぱっと俺を見る。
「アル、受け取ってくださいました」
「はい」
「嬉しいです」
「そこで泣きそうになるんですね」
「はい。アルが褒められると嬉しいです」
リリスの目が潤む。
エレナ嬢が微笑んだ。
「アルフレッド様の発表、本当に落ち着いていて分かりやすかったですわ」
「ありがとうございます」
「領地を見る目が、しっかりしていらっしゃると思いました」
「……ありがとうございます」
今度は俺が少し照れる。
リリスが両手を胸元で握った。
「アルが、領地のことを考えている姿、とても素敵でした」
「リリス、廊下です」
「はい。でも本当です」
「強いのはそちらです」
ユリウスが笑った。
「今日はアルフレッドも受け取る練習だね」
「そのようです」
教室に入ると、昨日とは違うざわめきがあった。
発表が終わった翌日の、少し解放された空気。
皆が互いの発表について話している。
ニールがすぐに近づいてきた。
「シェルザート君、昨日の発表、すごく分かりやすかったです」
「ありがとうございます」
「流通の話、僕の算術の研究ともつながっていて、面白かったです」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
ニールは少し照れたように笑った。
「あと、アマリリス様の発表も、本当に良かったです」
「ありがとうございます」
リリスが丁寧に受け取る。
「半歩の考え、昨日聞いてからずっと考えていました」
「本当ですか?」
「はい。近すぎる時だけじゃなくて、遠すぎる時も半歩近づくって、友人関係にも使えそうだなって」
リリスの目が潤む。
「バートン様にそう言っていただけるのは、とても嬉しいです」
「はい」
クラリス嬢も来た。
彼女は昨日より少し明るい顔をしている。
「アマリリス様」
「はい」
「昨日の発表で、ハンカチの橋のお話を聞いて、私もまた考えました」
「クラリス様」
「支えられた経験を、誰かを支えるためにつなげる。私も、そうできるようになりたいです」
リリスは完全に涙目になった。
「クラリス様」
「はい」
「それは、かなり強いです」
「申し訳ありません」
「でも、嬉しいです」
リリスはハンカチを出しそうになり、逆にクラリス嬢が自分のハンカチを差し出した。
「どうぞ」
リリスが受け取る。
「ありがとうございます」
また橋がかかった。
教室の何人かがそれを見て、温かく笑っていた。
一時間目。
先生は発表の講評を行った。
黒板には、
『発表を終えた後の受け取り』
と書かれている。
「昨日の発表、皆さんよく頑張りました」
その一言で、教室が少しほっとする。
「今日は、良かった点と今後の課題を返します。褒められたことを否定しすぎず、課題を重く受け取りすぎず、次につなげましょう」
リリスが真剣に頷く。
俺も。
講評は順番に行われた。
ニールは、一番手として落ち着いて始めたことを褒められた。
クラリス嬢は、実物の布見本を使ったことが分かりやすかったと言われた。
そして俺。
「シェルザートさん」
「はい」
「あなたの発表は、内容が堅実でした」
「ありがとうございます」
「領地運営に関わる視点として、農園、道、市場、商人を一つの流れとして見ようとしていた点が良かったです」
「はい」
「課題としては、少し説明が硬くなりやすいので、聞き手に身近な例を一つ入れると、さらに伝わりやすくなるでしょう」
「分かりました」
「ですが、三番手として落ち着いた空気を作れていました」
リリスが隣で息を呑んだ。
俺も胸が少し熱くなった。
「ありがとうございます。受け取ります」
先生が微笑む。
「よろしい」
リリスの目が潤む。
俺が褒められて泣きそうになっている。
ライズの予測通り。
次に、リリス。
「アマリリスさん」
「はい」
「あなたの発表は、自分の経験を礼法の考え方へつなげられていました」
「ありがとうございます」
「半歩を中心に置いたことで、発表全体の軸が明確でした。小声版とハンカチの橋も、周辺の考えとして自然に入っていました」
「はい」
「特に最後の一拍は良かったです」
リリスの目が一気に潤む。
昨日、皆で練習した間。
それを先生が褒めた。
「言葉を置く時間があったことで、最後の願いが聞き手に届きました」
「……ありがとうございます」
「課題としては、感情が動く場面で少し声が小さくなりやすいこと。ですが、それもあなたの発表の誠実さとして受け取られていました」
「はい」
「よく最後まで話せました」
リリスは泣いた。
ただし、小さく。
ハンカチで目元を押さえながら、言った。
「ありがとうございます。受け取ります」
先生は頷いた。
教室が静かに見守っている。
それが、もう自然だった。
休み時間。
リリスは少し泣き疲れたように席に座っていた。
「アル」
「はい」
「先生が、最後の一拍を褒めてくださいました」
「はい」
「皆さまで練習したところです」
「はい」
「嬉しいです」
「俺も嬉しいです」
「アルの発表も褒められていました」
「はい」
「私、それがとても嬉しかったです」
「ありがとうございます」
「アルが受け取っているのを見て、私も嬉しかったです」
「……強いですね」
「今日は、アルも受け取る日です」
「そうでしたね」
リリスは少し笑った。
その笑顔は、とても柔らかかった。
二時間目の終わりごろ。
教室に一人の教師が来た。
王子殿下の側近から伝言があるという。
教室の空気が変わる。
リリスの背筋が伸びる。
俺も静かに息を整える。
先生が受け取った紙を見て、少し表情を柔らかくした。
「アマリリスさん、シェルザートさん」
「はい」
「エドワード殿下より、昨日の発表について言葉を預かっています」
来た。
リリスの手が少し震える。
俺は小さく頷いた。
先生は読み上げる。
「アマリリス嬢の発表は、茶会で聞いた内容がさらに整理され、半歩という考えが聞き手にも伝わる形になっていたと伺いました。発表を最後までやり遂げたこと、見事です」
リリスの涙が落ちた。
早い。
だが、仕方ない。
先生は続ける。
「シェルザート殿の発表も、領地に関わる者として堅実な視点があり、アマリリス嬢へ良い空気を渡したと聞いています」
俺まで評価されている。
心臓が鳴る。
「お二人とも、よく学ばれました。今後の研究も楽しみにしています。――エドワード」
教室が静かになった。
王子殿下からの言葉。
リリスは完全に泣いた。
「小声版では足りません」
「でしょうね」
俺はハンカチを渡す。
リリスは涙を拭きながら、先生へ向かって礼をした。
「ありがとうございます。大切に受け取ります」
先生が頷いた。
「よく受け取れましたね」
俺も礼をする。
「ありがとうございます。光栄です」
リリスが俺を見る。
俺も受け取った。
そのことが、彼女にも嬉しいらしい。
また泣きそうになっている。
忙しい。
昼休み。
食堂では、殿下から言葉が届いたことがもう広まり始めていた。
早い。
本当に早い。
ユリウスの研究が捗りすぎる。
いつもの席に座ると、ユリウスがにやりと笑った。
「殿下から講評、来たね」
「はい」
「これで、アマリリス様の発表はかなり評価されたってことになる」
「アルの発表もです」
リリスがすかさず言う。
「はいはい、もちろん」
ユリウスは笑う。
「アルフレッドも殿下から評価されてたね」
「ありがたいですが、緊張します」
「でも、受け取るんでしょ?」
「はい。受け取ります」
リリスが嬉しそうに微笑む。
「アルが受け取ってくださるの、好きです」
「リリス、食堂です」
「はい。でも、本当です」
エレナ嬢が口元を押さえて笑っている。
ユリウスは完全ににやけている。
俺は顔が熱い。
これが反響対応日か。
午後の授業では、リリスは少し疲れていた。
発表翌日の講評。
殿下からの言葉。
皆からの感想。
それらを一つずつ受け取るだけで、かなり心を使ったのだろう。
魔法基礎では、光が少し揺れていた。
教師が言う。
「アマリリスさん、今日は嬉しい疲れですね」
「はい」
「無理に強く出さなくていいです。小さく整えましょう」
「はい」
リリスは目を閉じる。
光が小さく揺れ、ゆっくり落ち着く。
半歩。
今日も戻れた。
放課後。
レオナルド先輩が待っていた。
今日はすでに全部知っている顔だった。
「リリス」
「お兄様」
「殿下から言葉が届いたそうだな」
「はい」
「よく受け取った」
「ありがとうございます」
リリスの目が潤む。
レオナルド先輩は俺を見る。
「アルフレッド」
「はい」
「君も評価されていたな」
「ありがたいことです」
「否定しないのは良い」
「今日は受け取る日なので」
「そうか」
レオナルド先輩は少しだけ笑った。
「父上は、殿下からの言葉を聞いて拍手した」
「聞いてなくても拍手しそうでしたもんね」
「今日は聞いてから拍手した」
「成長ですね」
「ただし立った」
「やはり」
「札係として止めた」
「お疲れ様です」
リリスが笑った。
泣き疲れていた顔が、少し明るくなる。
正門で別れる時、リリスは少しふわふわしていた。
でも、昨日より落ち着いたふわふわだった。
「アル」
「はい」
「今日は、たくさん受け取りました」
「はい」
「先生からも、皆さまからも、殿下からも」
「はい」
「アルも褒められました」
「はい」
「私、それがとても嬉しかったです」
「俺も、リリスが評価されて嬉しかったです」
リリスの目が潤む。
「今日の宝物名は」
「はい」
「届いた言葉を二人で受け取った日の宝物です」
「とても良い名前です」
「あと」
「はい」
「アルが褒められて、私が嬉しかった日の宝物です」
「……それは、少し照れます」
「私も照れます」
二人で少し笑った。
俺はハンカチを渡した。
リリスは涙を一粒だけ拭いた。
「また明日、アル」
「また明日、リリス」
馬車が遠ざかる。
俺は見送りながら、静かに息を吐いた。
発表は終わった。
でも、言葉は届いた後も続いていく。
誰かが受け取り、考え、返してくれる。
それもまた、橋なのかもしれない。
その夜。
屋敷に帰ると、父上が待っていた。
「殿下から言葉があったそうだな」
「はい」
「お前の発表も評価されていた」
「はい。ありがたいです」
「よく受け取った」
「ありがとうございます」
母上が微笑む。
「二人で受け取る日になったのね」
「はい」
その後、フルーラ家から書状が届いた。
一通目、ガロウ公爵。
『殿下から娘の発表を褒める言葉が届いたと聞いた。泣いた。私が。アルフレッド殿の発表も評価されたと聞いた。さらに泣いた。今日はちゃんと聞いてから拍手した。立ったが、レオナルドの札で座った。私は成長している。 ガロウ』
二通目、レオナルド先輩。
『殿下からの講評は良い流れだ。リリスも君も、よく受け取った。父上は聞いてから拍手した点は成長。ただし立った。札係として座らせた。反応速度は上がっている。 レオナルド』
三通目、セレスティア夫人。
『アルフレッド様。本日は、リリスとあなたの発表に届いた言葉を、二人で受け取る日になったようですね。褒め言葉を否定せず、課題を重く受け取りすぎず、次へつなげる。大切な学びです。夫は聞いてから拍手しました。立ちましたが、座りました。進歩です。継続が大切です。 セレスティア』
俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。
聞いてから拍手。
立ったけど座った。
進歩。
ガロウ公爵の成長記録が、もはや別の研究になりそうである。
父上は腹を抱えて笑った。
リーマスは「拍手にも半歩が必要でございます」と頷いた。
ライズは静かに親指を立てた。
俺は深く息を吸い、今日も心の底から叫んだ。
公爵令嬢様!!
届いた言葉を、ちゃんと二人で受け取れました!!
でも、お父様の拍手にも半歩が必要です!!




