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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第40話 公爵令嬢様、発表順が決まってまた泣きます


 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 リリスの自由研究発表は、いよいよ本番が近づいてきた。


 昨日の身内リハーサルでは、最後まで言えた。


 泣きそうになった。


 途中で止まりかけた。


 最初の半歩のところで照れた。


 ハンカチの橋でクラリス嬢も泣きそうになった。


 最後の言葉で、エレナ嬢が優しく頷き、ニールが真剣に感想をくれ、ユリウスが軽く茶化しながらも的確な改善点を出した。


 そして俺は、また強い言葉を言ってしまった。


「リリスの言葉が、ちゃんと届く間です」


 結果、リリスは泣いた。


 今日一番泣いた。


 しかし、それも含めて、昨日のリハーサルは成功だった。


 完璧ではない。


 でも、最後まで言えた。


 揺れても戻れた。


 それが大きい。


 そして今日。


 学園に着いて早々、先生から告げられた。


「発表順が決まりました」


 ついに来た。


 発表順。


 発表本番が、急に形を持った瞬間だった。


 リリスはその言葉を聞いた時、顔を真っ赤にして固まった。


 そして、俺を見た。


 俺は頷いた。


 リリスは深呼吸した。


 泣かなかった。


 ……その時は。


 朝。


 屋敷の食堂で、俺は父上に昨日のリハーサルの話を改めてしていた。


「最後まで言えたか」


「はい」


「それは大きいな」


「はい」


「途中で泣いたか?」


「泣きそうにはなりました。最後に泣きました」


「まあ、リリス嬢だしな」


 父上の中でも、リリス=泣く、が当然になっている。


 母上は穏やかに微笑んだ。


「でも、最後まで言えたのなら本当に立派ね」


「はい」


「発表本番はいつなの?」


「おそらく、今日か明日には発表順が出ると思います」


「なら、今日はまた揺れるわね」


「間違いなく」


 母上は紅茶を置いた。


「アル、発表順が決まると、緊張は一段階変わるわ」


「はい」


「漠然とした怖さから、具体的な怖さになるの」


「具体的な怖さ」


「何番目に立つのか。誰の後なのか。どのくらい待つのか。そういうことが分かると、人は安心もするけれど、同時に現実味が増すのよ」


「リリスには強そうですね」


「ええ」


「泣きますね」


「きっとね」


 母上はにっこり笑った。


「でも、それも半歩で受け取ればいいのよ」


「はい」


 ライズは鞄を確認しながら言った。


「若様、本日のハンカチは九枚でございます」


「昨日十枚だったから、一枚減ったか」


「はい。ただし、発表順決定による現実味涙、順番確認後の緊張涙、若様と同じ日だと判明した場合の安心涙、順番が近すぎる場合の混乱涙に備えております」


「順番まで涙に関係するのか」


「当然でございます」


「当然なんだ」


「また、ガロウ公爵閣下の観覧問題も本日動きがある可能性がございます」


「それは俺の管轄ですか?」


「若様にも報告が来るかと」


「でしょうね」


 もう、フルーラ家の父親制御問題は俺の生活にも組み込まれている。


 札が増えた。


『座る』


『深呼吸』


『走らない』


『話を聞く』


『最後まで聞く』


『途中で立たない』


『拍手は最後』


 どんどん増えている。


 このままだと、本番当日、ガロウ公爵の前に札だけで壁ができるのではないか。


 いや、あり得る。


 セレスティア夫人ならやる。


 学園へ向かう馬車の中、俺は発表本番のことを考えていた。


 俺も発表する。


 リリスだけではない。


 俺の研究は、伯爵領の小規模農園と商人の流通について。


 正直、リリスほど注目される内容ではない。


 だが、自分の研究は自分の研究だ。


 父上に言われた通り、領地運営には大切な内容である。


 ただ、問題は順番だ。


 リリスより前か、後か。


 もし俺が先なら、俺が空気を作れる。


 でも、俺が失敗したらリリスに不安を与えるかもしれない。


 俺が後なら、リリスを見守ってから自分の番になる。


 でも、リリスが泣いた後に俺が発表することになる可能性がある。


 それはそれで心臓に悪い。


 どちらでも大変だ。


 正門前。


 リリスはいつもの場所にいた。


 今日も制服姿。


 ブルーローズの髪飾り。


 昨日のリハーサルを越えたせいか、少し自信があるようにも見える。


 けれど、やはり緊張もある。


 俺を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。


 歩いてくる。


 走らない。


 歩幅は、落ち着いている。


「アル、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、リリス」


「今日も走りませんでした」


「はい。今日はかなり安定していました」


「昨日、最後まで言えたので」


「はい」


「少しだけ、自信がついた気がします」


「それは良かったです」


「でも」


「はい」


「発表順が決まると思うと、また怖いです」


「そうでしょうね」


「順番が、アルの前か後かで、気持ちが変わりそうです」


「俺も同じことを考えていました」


 リリスの目が少し開く。


「アルも?」


「はい」


「一緒ですね」


「はい」


 それだけで、リリスの表情が柔らかくなった。


「小声版です」


「今ので?」


「一緒、が強いです」


「なるほど」


 リリスは深呼吸した。


「受け取ります。嬉しいです」


「はい」


 ミラが後ろで静かに言った。


「本日一回目、未遂でございます」


「ミラ、今日はまだ早いです」


「発表順決定日ですので」


「仕方ないみたいに言わないでください」


 俺は少し笑った。


 リリスも笑った。


 朝の空気は、思ったより穏やかだった。


 教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。


「おはよう。今日、発表順出るって噂だね」


「はい」


 俺が答える。


 リリスが少し緊張する。


「ユリウス様は、順番が気になりますか?」


「もちろん。僕は後ろの方がいいかな。皆の反応を見てから話せるし」


「私は、前半の方がよいかもしれません」


 エレナ嬢が言う。


「待っている時間が長いと緊張しますもの」


「分かります」


 リリスが強く頷いた。


「でも、早すぎても心の準備が」


「難しいですわね」


「はい」


 ユリウスが笑う。


「アマリリス様は、アルフレッドの少し後がいいんじゃない?」


「アルの後」


 リリスが反応する。


「アルが先に立ってくださると、少し安心します」


「ただ、俺が失敗したら?」


「アルは失敗しません」


 即答。


 俺の方が固まった。


「リリス」


「はい」


「それは俺に強いです」


「あっ」


 リリスが口元を押さえる。


 エレナ嬢が微笑む。


「信頼ですわね」


 ユリウスがにやにやしている。


「朝から甘いなあ」


「からかわないでください」


 俺が言うと、リリスが真っ赤になった。


「でも、本当にアルは大丈夫だと思います」


「ありがとうございます。受け取ります」


「受け取ってくださいました」


 リリスの目が潤む。


「今度はそちらが泣くんですか」


「嬉しいので」


 今日は朝から互いに効いている。


 教室に入ると、すでにざわついていた。


 黒板の横に、発表順の紙が貼られている。


 早い。


 先生、早い。


 生徒たちが次々とそれを見て、声を上げている。


「うわ、俺三番だ」


「後半だ、よかった」


「待つ時間長いの嫌だな」


「エレナ様、五番だって」


「ユリウス様、最後の方だ」


 俺とリリスは、同時に黒板を見た。


 発表順。


 一番、ニール・バートン。


 二番、クラリス・メイベル。


 三番、アルフレッド・シェルザート。


 四番、アマリリス・フルーラ。


 五番、エレナ。


 ……


 俺は三番。


 リリスは四番。


 俺の直後。


 理想に近い。


 だが、同時に緊張する。


 俺が空気を作らなければならない。


 リリスは黒板を見つめたまま固まった。


「アルの、次」


「はい」


「アルが先に立ってくださる」


「はい」


「私、その次」


「はい」


「……小声版です」


「でしょうね」


 俺はハンカチを用意しかけたが、リリスは深呼吸した。


「でも、嬉しいです。安心します」


「俺も、リリスの前に話せるなら、少し安心です」


「アルも?」


「はい」


「一緒です」


 また涙が潤む。


 教室の空気の中で、リリスは一生懸命受け取っていた。


 先生が教室に入ってくる。


「皆さん、発表順を確認しましたね」


 教室が静まる。


「順番に不安がある者もいるでしょう。しかし、今日から本番までの間に、できる準備をすれば大丈夫です」


 先生の視線が、少しだけ俺たちを通る。


「前の人の発表を聞くことも、自分の発表へつながります。後の人へ良い空気を渡すことも、発表の礼です」


 後の人へ良い空気を渡す。


 俺の役割だ。


 リリスへ渡す空気。


 俺は静かに息を吸った。


 一時間目は礼法だった。


 黒板には、


『順番を受け取る礼』


 と書かれていた。


 また今日にぴったりすぎる。


 先生は淡々と話し始めた。


「順番とは、自分一人の問題ではありません」


 先生の声が教室に響く。


「前の者から空気を受け取り、後の者へ渡す。発表や式典では、それも大切な礼です」


 俺は自然と背筋を伸ばした。


「前の者が緊張していても、聞き手が落ち着いていれば、次の者は安心します。逆に、前の者を笑ったり、騒いだりすれば、後の者の不安は増します」


 クラス全体が真剣に聞いている。


「発表者だけでなく、聞き手も発表の場を作ります」


 昨日のリハーサルと同じだ。


 先生は続ける。


「そして、自分の順番が思っていたものと違った時も、それを受け取ること。『この順番なら何ができるか』と考えることが大切です」


 リリスが小さく頷いた。


 俺の後。


 彼女は、その順番をどう受け取るだろう。


 授業後半では、自分の順番を踏まえた準備を書き出すことになった。


 俺はノートに書いた。


『三番。ニールとクラリス嬢の後。リリスの前。』


『自分の研究を落ち着いて話す。』


『リリスが安心できるよう、焦らず礼を整える。』


『自分の発表を犠牲にしない。』


 最後は先生に言われそうな気がして先に書いた。


 リリスは、自分のノートにこう書いていた。


『四番。アルの後。』


『アルの発表を聞いて、呼吸を整える。』


『アルが戻ってきたら、一度目を合わせる。』


『自分の言葉で話す。』


『アルの後だから安心しすぎて泣かないようにする。』


 最後。


 重要だ。


 俺は思わず小さく笑った。


 リリスが気づく。


「アル」


「はい」


「見ましたか?」


「少し」


「最後が大切です」


「本当に大切ですね」


「アルの後だと、安心して泣きそうなので」


「本番前に泣くのは避けたいですね」


「はい」


 先生が近づいてきた。


「二人とも、順番の受け取り方はどうですか?」


「俺は、リリスの前に発表するので、落ち着いた空気を渡せるようにしたいです」


「よろしい」


 先生は頷く。


「ただし、自分の発表を雑にしないこと」


「書きました」


「ならよろしい」


 見抜かれていた。


 先生はリリスを見る。


「アマリリスさん」


「はい」


「シェルザートさんの後で安心できるのは良いことです」


「はい」


「ですが、安心しすぎて気が緩む可能性もあります」


「はい。書きました」


「では、対策は?」


「アルが戻ったら目を合わせ、深呼吸してから立ちます」


「よいでしょう」


 先生は微笑んだ。


「二人とも、順番を良い形で受け取れています」


 リリスの目が潤む。


「小声版です」


「深呼吸を」


「はい」


 受け取った。


 二時間目は自由研究準備。


 今日の課題は、発表順に合わせて冒頭と締めを確認することだった。


 ニールは一番手なので、最初の空気を作る必要がある。


 クラリス嬢はその後。


 俺は三番。


 リリスは四番。


 この並びは、かなり良い気がする。


 ニールは真面目で分かりやすい発表をする。


 クラリス嬢は丁寧で落ち着いた発表になるだろう。


 その後に俺が領地と流通の話をして、リリスへ繋ぐ。


 流れとして悪くない。


 ただ、リリスの研究は感情を扱うため、前の発表との温度差がある。


 それをどう自然につなげるか。


 先生は俺に言った。


「シェルザートさん、あなたの発表は少し硬めです」


「はい」


「ですが、その硬さが悪いわけではありません。アマリリスさんの前に、落ち着いた空気を作ることができます」


「はい」


「ただし、声が硬すぎると、次のアマリリスさんの緊張が増します」


「難しいですね」


「穏やかに、淡々と」


「分かりました」


 次に先生はリリスへ言った。


「アマリリスさん、あなたはシェルザートさんの発表後、一拍置いてから立ちましょう」


「はい」


「拍手が収まるのを待つこと。シェルザートさんが席に戻るのを待つこと。そして、目を合わせること」


「はい」


「それから立つ」


「分かりました」


 実戦的だ。


 本番の流れが見えてくる。


 リリスは真剣にメモを取っている。


 休み時間。


 ニールとクラリス嬢が、俺たちのところへ来た。


「順番、僕が一番で、メイベル様が二番、シェルザート君が三番、アマリリス様が四番ですね」


 ニールが少し緊張した声で言う。


「バートン君、一番手ですね」


「はい。すごく緊張します」


 リリスが真剣に言った。


「バートン様が一番手なら、落ち着いた始まりになると思います」


「えっ」


「バートン様の説明は、いつも丁寧ですので」


 ニールが赤くなる。


「ありがとうございます」


 クラリス嬢も少し緊張していた。


「私は二番です。刺繍の文様の話なので、皆さまに興味を持っていただけるか」


「メイベル嬢の発表は、昨日聞いた限りではかなり良かったです」


 俺が言うと、クラリス嬢は驚いたようにこちらを見る。


「ありがとうございます」


「家の歴史と文様がつながっているところが分かりやすかったです」


「……励みになります」


 クラリス嬢の目が潤みかけた。


 リリスが即座にハンカチを構える。


 早い。


「アマリリス様、まだ大丈夫です」


「そうですか」


「でも、ありがとうございます」


 ハンカチの橋、常時待機。


 ユリウスが後ろから笑いながら来た。


「この一番から四番、かなりいい流れだと思うよ」


「ユリウス様は?」


「僕は後半。皆の噂の流れを聞いた後に話せるから、わりと都合がいい」


「研究と現実が連動しすぎです」


「素材が多いからね」


 素材と言わないでほしい。


 昼休み。


 食堂では、発表順の話でかなり盛り上がっていた。


 クラス以外にも、自由研究発表に関心を持っている生徒がちらほらいるようだった。


 王子殿下がリリスの発表を楽しみにしているという話も広まっている。


 そのせいで、リリスはまた視線を感じていた。


 俺は小声で言う。


「リリス」


「はい」


「視線はありますが、敵意ではありません」


「はい」


「興味と応援もあります」


「はい」


「半歩で受け取りましょう」


「はい」


 リリスは深呼吸した。


 落ち着いた。


 エレナ嬢が水を差し出す。


「アマリリス様、今日はしっかり召し上がりましょう」


「はい」


「発表順が決まった日ほど、食事を整えることも大切ですわ」


「お母様も同じことを仰りそうです」


「ふふ」


 ユリウスが言う。


「ガロウ公爵は発表順を聞いたらどうなるかな」


「泣きます」


 リリスが即答した。


「アルの後って聞いたら?」


「さらに泣きます」


「だろうね」


 俺は思わず言う。


「札がまた増えるのでは?」


「すでに増えたそうです」


「えっ」


「今朝、お兄様から聞きました」


「何が増えたんですか?」


「『娘の順番を聞いて走らない』です」


「具体的すぎる!!」


 食堂でついツッコんだ。


 近くの席から小さな笑いが起きた。


 リリスも笑った。


「お父様、順番だけで走りそうだったそうです」


「なぜ走るんですか」


「私にも分かりません」


「娘が四番だから?」


「アルの後だからかもしれません」


「それで走る理由が分かりません」


 ユリウスが肩を震わせている。


 エレナ嬢も笑っている。


 昼休みの緊張は、ガロウ公爵の札でかなり和らいだ。


 午後の授業では、発表順が決まったことで皆が少し落ち着いたようだった。


 魔法基礎では、リリスの光も安定していた。


 教師が言った。


「アマリリスさん、今日は少し緊張はありますが、よく整っています」


「ありがとうございます。発表順が決まりました」


「それで心が定まったのですね」


「はい。少し怖いですが、順番が分かって安心もしました」


「良いことです」


 リリスは受け取った。


 泣かなかった。


 少しずつ、強くなっている。


 放課後。


 レオナルド先輩が待っていた。


 今日は発表順のことをすでに知っている顔だった。


「リリス」


「お兄様」


「四番だな」


「はい」


「アルフレッドの後」


「はい」


「よい順番だ」


「お兄様もそう思いますか?」


「ああ」


 リリスの目が潤む。


「よかったです」


 レオナルド先輩は俺を見る。


「アルフレッド」


「はい」


「三番として、落ち着いた空気を渡せ」


「はい」


「ただし、自分の発表を疎かにするな」


「先生にも言われました」


「ならいい」


 彼は少しだけ口元を緩めた。


「父上は発表順を聞いて立った」


「やはり」


「札を出した」


「どの札ですか?」


「『娘の順番を聞いて走らない』」


「それを本当に使ったんですね」


「効いた」


「効いたんですか!?」


「一度座った」


「一度」


「その後、泣いてまた立った」


「駄目じゃないですか」


 リリスがくすくす笑う。


 レオナルド先輩は真顔で言った。


「現在、札係の訓練が始まった」


「訓練!?」


「僕が担当する」


「お兄様が」


「本番では、父上の視界に札を入れる」


「完全に作戦ですね」


「作戦だ」


 真顔で言われると、もう笑うしかない。


 正門で別れる時、リリスは朝よりずっと落ち着いていた。


 発表順が決まったことで、逆に心が定まったのかもしれない。


「アル」


「はい」


「私は四番でした」


「はい」


「アルの後です」


「はい」


「怖いですが、嬉しいです」


「俺も、リリスの前で発表できるのは嬉しいです」


 リリスの目が潤む。


「強いです」


「今日は仕方ないです」


「はい」


「俺は、落ち着いた空気を渡せるようにします」


「私は、それを受け取って、自分の言葉で話します」


「はい」


 リリスは深呼吸した。


「今日の宝物名は」


「はい」


「発表順が決まって、覚悟が半歩進んだ日の宝物です」


「とても良い名前です」


「あと」


「はい」


「アルの後に立てると分かった日の宝物です」


「……俺も、それは宝物です」


 リリスは泣いた。


 俺はハンカチを渡した。


 リリスは涙を拭き、笑った。


「また明日、アル」


「また明日、リリス」


 馬車が遠ざかる。


 俺はそれを見送りながら、ゆっくり息を吐いた。


 発表順は決まった。


 三番、俺。


 四番、リリス。


 俺はリリスに空気を渡す。


 リリスはそれを受け取り、自分の言葉で話す。


 いよいよ本番が近い。


 その夜。


 屋敷に帰ると、父上が待っていた。


「発表順は?」


「俺が三番、リリスが四番です」


「良い順番だな」


「はい」


「お前、責任重大だぞ」


「分かっています」


「落ち着いて話せ」


「はい」


「そして、終わったらリリス嬢へ良い空気を渡せ」


「はい」


 母上が微笑む。


「アル自身も楽しんで話しなさいね」


「楽しむ、ですか」


「ええ。義務だけで話すと、聞き手にも伝わるわ」


「分かりました」


 その後、フルーラ家から書状が届いた。


 一通目、ガロウ公爵。


『発表順を聞いた。リリスが四番。アルフレッド殿の後。泣いた。私が。立った。セレスティアに札を出された。「娘の順番を聞いて走らない」。一度座った。だが泣いてまた立った。努力はしている。 ガロウ』


 二通目、レオナルド先輩。


『発表順は良い。君が三番、リリスが四番。落ち着いた空気を渡せ。父上は発表順を聞いて立ったため、札係の訓練を開始した。僕が担当する。本番までに反応速度を上げる。 レオナルド』


 三通目、セレスティア夫人。


『アルフレッド様。発表順が決まりましたね。あなたの後にリリスが立てることは、あの子にとって大きな支えになると思います。ただし、あなた自身の発表も大切にしてくださいませ。夫には「娘の順番を聞いて走らない」の札を出しました。一度は座りましたので、進歩です。継続が大切です。 セレスティア』


 俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。


 一度は座ったので、進歩。


 判定が甘いのか厳しいのか分からない。


 父上は腹を抱えて笑った。


 リーマスは「一度座る愛もまた成長でございます」と頷いた。


 ライズは静かに親指を立てた。


 俺は深く息を吸い、今日も心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 発表順が決まって、覚悟が半歩進みました!!


 でも、お父様は一度座ってもまた立ちます!!

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