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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第30話 公爵令嬢様、ハンカチの橋を研究にします



 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 昨日、リリスはまた一つ成長した。


 クラリス・メイベル嬢にハンカチを差し出し、その翌日に、今度はクラリス嬢からハンカチを差し出された。


 支える側。


 支えられる側。


 その二つが、一方通行ではなく、行ったり来たりするものなのだと、リリスは自分で感じ取った。


 そして彼女は、それをこう言った。


「ハンカチが橋になりました」


 リリスらしい言葉だ。


 本は橋。


 涙も橋。


 ハンカチも橋。


 彼女の世界では、人と人の間にあるものが、いつの間にか橋になる。


 最初に聞いた時は、また不思議なことを言っているなと思った。


 だが、最近は少し違う。


 リリスの言葉は、独特だ。


 けれど、その独特な言葉の奥には、ちゃんと彼女なりの優しさがある。


 誰かと繋がりたい。


 誰かを大切にしたい。


 でも、近づきすぎて困らせたくない。


 だから橋を探す。


 渡りすぎないように、戻れるように、半歩を覚える。


 泣きそうになった時は小声版で知らせる。


 嬉しさも、不安も、悲しさも、全部消すのではなく整える。


 それが、今のリリスなのだと思う。


 朝食の席で父上にそう話すと、父上は少し目を細めた。


「リリス嬢は、本当に面白い子だな」


「面白いで済ませていいのでしょうか」


「よい意味だ」


「はい」


「感情が豊かで、独特で、でも優しい。貴族令嬢としては扱いづらい部分もあるかもしれんが」


「……はい」


「その分、人の痛みに気づける」


 父上は紅茶を置いて続けた。


「それは、強みだ」


「強み」


「ああ。社交界では、感情を隠せることが強さと思われがちだ。だが、相手の感情に気づけることもまた強さだ」


 俺は静かに頷いた。


 リリスは、確かに人の感情に気づく。


 自分が揺れやすいから、相手の揺れにも敏感なのだろう。


 それは弱さだけではない。


 誰かに手を差し伸べるための力にもなる。


 母上が柔らかく笑った。


「アルも、それに気づけるようになったのね」


「そうでしょうか」


「ええ。最初の頃なら、泣き虫で大変だ、で終わっていたかもしれないわ」


「否定できません」


「今は、その涙の奥を見るようになっている」


「……はい」


 俺も、少しは変わっているのかもしれない。


 リリスに振り回されてばかりだと思っていた。


 実際、今も振り回されている。


 けれど、ただツッコむだけではなく、彼女が何を見て、何に揺れているのかを考えるようになった。


 それは、きっと悪いことではない。


 ライズは背後で鞄を確認しながら言った。


「若様、本日はハンカチ五枚でございます」


「昨日と同じか」


「はい。ただし、クラリス様関連の嬉し涙、自由研究進展による感動涙、王子周辺の視線による不安涙に備えております」


「最後が現実的で嫌だ」


「また、アマリリス様が『ハンカチの橋』を研究に組み込まれる可能性が高いです」


「だろうな」


「その際、若様が肯定されると涙が発生する可能性がございます」


「今日は、褒め方に気をつける」


「それがよろしいかと」


 もう本当に、俺の一言が涙の発生要因になっている。


 責任重大だ。


 いや、嬉しい涙ならいい。


 でも、教室や廊下ではほどほどに。


 感情の半歩。


 俺の言葉にも半歩が必要である。


 学園へ向かう馬車の中、俺は昨日の食堂での様子を思い出していた。


 クラリス嬢からハンカチを差し出され、リリスがそれを受け取った瞬間。


 あの光景は、きっと周囲にも印象的だったはずだ。


 ユリウスは「美談になる」と言っていた。


 少し大げさだと思ったが、実際、噂の流れはかなり変わっている。


 公爵令嬢が、謝罪した令嬢を受け入れた。


 さらにお茶をし、互いにハンカチを差し出し合った。


 これを悪く広げるのは難しい。


 オスカー・ベルクも、昨日は動かなかった。


 しかし、王子殿下本人がどう考えているかはまだ分からない。


 レオナルド先輩も注意するよう言っていた。


 今日も油断はしない。


 ただ、まずはリリスの今日を大切にしたい。


 正門前。


 リリスはいつもの場所にいた。


 今日も制服姿。


 ブルーローズの髪飾り。


 そして、昨日よりさらに穏やかな顔をしていた。


 俺を見つけると、嬉しそうに笑う。


 歩いてくる速度は落ち着いている。


「アル、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、リリス」


「今日も走りませんでした」


「はい。今日もとても落ち着いていました」


「昨日、よい夢を見ました」


「どんな夢ですか?」


「ハンカチが橋になって、皆さまで渡る夢です」


「夢まで橋に」


「はい。お父様だけ橋を走ろうとして、お母様に五歩下げられていました」


「夢の中でも」


 思わず笑ってしまった。


 リリスもくすくす笑う。


 朝から穏やかだ。


「アル」


「はい」


「今日、ハンカチの橋を研究に入れてもよいでしょうか」


「いいと思います」


 リリスの目が輝く。


「本当ですか?」


「はい。ただし、個人名は伏せて、支え合いの一例として」


「はい」


「支えられた経験があるから、誰かを支えられる、という形が良いと思います」


 リリスの目が潤んだ。


「……アルが、私の考えを整えてくださいました」


「一緒に整えたんです」


「一緒」


「はい」


「小声版です」


「朝一回目ですね」


 リリスは深呼吸した。


 涙は出ない。


「受け取れました」


「はい」


 ミラが後ろで静かに微笑む。


「お嬢様、今日はとても安定しておられます」


「はい。ハンカチの橋がありますので」


「橋が支えに」


 もう驚かない。


 いや、少し驚く。


 でも、リリスらしい。


 教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。


「おはよう、二人とも」


「おはようございます」


「ご機嫌よう」


 ユリウスはリリスの表情を見るなり、満足そうに頷いた。


「今日はいい顔だね、アマリリス様」


「ありがとうございます」


「ハンカチの橋効果?」


「はい」


「本当にそうなんだ」


 エレナ嬢が嬉しそうに微笑む。


「昨日のこと、私もとても素敵だと思いましたわ」


「エレナ様がいてくださったからです」


「私は少しお手伝いしただけですわ」


「でも、エレナ様がいてくださると安心します」


 エレナ嬢の頬が少し赤くなる。


「ありがとうございます」


 今度はエレナ嬢が少し照れた。


 リリスはそれを見て、目を丸くする。


「エレナ様も、照れるのですね」


「もちろんですわ」


「……可愛いです」


 エレナ嬢がさらに赤くなる。


 ユリウスが吹き出しかける。


 俺はすぐにツッコんだ。


「リリス、今度はリリスが攻撃側になっています」


「攻撃ではありません」


「褒め言葉が強いです」


「強かったですか?」


「かなり」


 リリスは少し考え、エレナ嬢に向き直った。


「エレナ様、今の褒め言葉は半歩分弱めるべきでした」


「い、いえ。嬉しかったですわ」


「では、受け取ってください」


「はい。ありがとうございます」


 ユリウスが笑いながら言う。


「アマリリス様、褒める側になると結構強いね」


「そうでしょうか」


「うん。アルフレッドの影響かな」


「俺ですか?」


「君、最近わりと強いこと言うから」


「……否定できません」


 教室に入ると、クラリス嬢がこちらを見て、小さく微笑んだ。


 昨日より自然だ。


 リリスも微笑み返す。


 まだ近しい友人というわけではない。


 でも、挨拶の空気は柔らかい。


「おはようございます、アマリリス様」


「おはようございます、クラリス様」


「昨日は、ありがとうございました」


「こちらこそ」


 短い。


 でも、昨日よりずっと自然だった。


 俺は少し離れたところで見守る。


 クラリス嬢は俺にも礼をした。


「シェルザート様、おはようございます」


「おはようございます、メイベル嬢」


 彼女は少し緊張したが、ちゃんと笑った。


 良い方向だ。


 一時間目は自由研究準備。


 リリスは早速ノートに新しい項目を書き加えた。


『ハンカチの橋――支えられた経験が支える力になる』


 見出しとして、かなり良い。


 先生が巡回してきて、リリスのノートを見た。


「アマリリスさん、また良い項目が増えましたね」


「はい。昨日のことを一般化してみました」


「読ませてもらっても?」


「はい」


 先生は静かに読み、頷いた。


「とても良いです。個人的な経験が、礼法の考え方にきちんとつながっています」


「ありがとうございます」


「特に、『助けを差し出す者も、かつて助けを受け取った経験を持つ』という部分がよい」


 リリスの顔が明るくなる。


 しかし、すぐ深呼吸。


「受け取ります」


「はい」


「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」


 先生は微笑んだ。


「上手に受け取れましたね」


「はい」


 泣かなかった。


 本当に強くなっている。


 先生は続けた。


「ただ、発表では『ハンカチ』という具体例を出すなら、相手の名前や状況が特定されないように注意しましょう」


「はい」


「そして、自分が立派だったという話ではなく、支え合いの循環として」


「分かりました」


 リリスは真剣にメモする。


 その姿は、もうただの泣き虫令嬢ではない。


 自分の経験を言葉にしようとする、一人の生徒だった。


 休み時間、リリスが俺の席へ来た。


「アル」


「はい」


「先生に褒めていただけました」


「聞いていました」


「私、泣きませんでした」


「はい。受け取れていました」


「……それが嬉しいです」


「すごいですね」


「危険です」


「すみません」


「でも、今日は耐えます」


「無理はしないでください」


 リリスは少し笑った。


「無理はしていません。今は、嬉しさを半歩で整えています」


「できていますね」


「はい」


 二時間目は礼法。


 ベイル先生は黒板に、


『支え合いの礼』


 と書いた。


 もう完全に流れが続いている。


 クラスの誰も驚かなかった。


 むしろ、皆が自然にノートを開く。


 先生は淡々と話し始めた。


「貴族社会では、支える者と支えられる者を固定して考えがちです。上位者が下位者を守る。強い者が弱い者を助ける。もちろん、それも一つの形です」


 先生の視線が教室全体をゆっくり巡る。


「ですが、人間関係はそれだけではありません。ある時は支え、ある時は支えられる。謝る側だった者が、次には手を差し出す側になることもあります」


 クラリス嬢が真剣に聞いている。


 リリスも。


「礼とは、立場を固定するものではなく、その時々の相手の心に気づくためのものです」


 深い。


 俺は思わずノートを取る手を止めそうになった。


 その時々の相手の心に気づく。


 リリスがやっていることだ。


 そして、俺が学んでいることでもある。


 授業では、困っている相手にどのように声をかけるか、逆に助けを受け取る時どう返すかを練習した。


 俺の相手はニールだった。


「シェルザート君、困っている役をお願いしていい?」


「分かりました」


 ニールは少し照れながら言う。


「えっと、課題で困っている相手に声をかける設定で」


「はい」


 俺が困っている役をすると、ニールが慎重に声をかけた。


「もしよければ、一緒に考えようか?」


「ありがとうございます。助かります」


「無理にじゃなくて」


「はい」


 ニールはほっとしたように笑った。


「こういう声のかけ方、難しいね」


「ですね」


「でも、最近のアマリリス様を見ていると、ちょっと分かる気がする」


「リリスを?」


「うん。相手の気持ちをちゃんと聞こうとしているから」


 ニールの言葉は素直だった。


 俺は少し嬉しくなった。


「ありがとうございます。リリスに伝えたら喜びます」


「いや、泣かせちゃうかも」


「可能性は高いです」


 二人で少し笑った。


 昼休み。


 食堂では、今日はクラリス嬢が自分の友人たちと座っていた。


 ただ、入ってきたリリスに気づくと、軽く会釈した。


 リリスも返す。


 それでいい。


 無理に毎回一緒にいる必要はない。


 短い挨拶。


 小さな会話。


 関係を少しずつ作り直す。


 ベイル先生の言葉通りだ。


 いつもの席に座ると、ユリウスが周囲を見ながら言った。


「かなり落ち着いたね」


「噂のことですか?」


「うん。もう広げる雰囲気じゃない」


 エレナ嬢も頷く。


「むしろ、アマリリス様とクラリス様の対応が良かったという話になっていますわ」


「……私が?」


 リリスが少し驚く。


「はい」


 エレナ嬢は微笑んだ。


「謝罪を受け取り、お茶をして、互いにハンカチを渡した。その流れは、とても丁寧でしたもの」


「丁寧」


「ええ」


 リリスは少し俯き、深呼吸した。


「受け取ります」


「はい」


「ありがとうございます。嬉しいです」


 涙は出ない。


 だが、目は少し潤んでいる。


 俺は水を差し出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 リリスは一口飲む。


 落ち着いている。


 その時、食堂の入口近くに王子殿下の姿が見えた。


 エドワード殿下。


 今日も周囲に数人の生徒を連れている。


 オスカー・ベルクもその近くにいた。


 殿下は食堂を見渡し、俺たちの席に視線を止めた。


 一瞬。


 だが、昨日より長い。


 リリスも気づいた。


 彼女の指が少し動く。


 俺は小声で言った。


「リリス」


「はい」


「大丈夫です」


「はい」


「感情の半歩」


「はい」


 リリスは深呼吸した。


 殿下は微笑み、軽く会釈した。


 リリスは公爵令嬢として、俺は伯爵子息として礼を返す。


 それだけ。


 だが、殿下の視線には何かがあった。


 興味。


 観察。


 あるいは、判断。


 ユリウスが小声で言う。


「殿下本人が見始めたね」


「やはり」


「噂の方向が変わったから、直接確認したいのかもしれない」


「面倒ですね」


「貴族だからね」


「父上みたいなことを」


 ユリウスは苦笑した。


 リリスは落ち着いていた。


 少し不安はある。


 だが、昨日や一昨日ほどではない。


「アル」


「はい」


「私、今は大丈夫です」


「はい」


「少し怖いですが、半歩で整えられます」


「できています」


「ありがとうございます」


 その言葉を聞いて、俺も少し安心した。


 午後の魔法基礎では、リリスの魔力は少しだけ揺れた。


 王子殿下の視線が残っていたのだろう。


 だが、彼女はすぐに戻した。


 教師が頷く。


「アマリリスさん、良い戻し方です」


「ありがとうございます」


「揺れないことではなく、戻せることが大切です」


「はい」


 この言葉も、何度も聞いている。


 でも、今のリリスには本当に必要な言葉だった。


 放課後。


 レオナルド先輩が待っていた。


 今日は少しだけ険しい表情だった。


「リリス」


「お兄様」


「殿下が食堂で見ていたそうだな」


「はい」


「怖かったか?」


「少し。でも、大丈夫でした」


「そうか」


 レオナルド先輩は俺を見る。


「アルフレッド」


「はい」


「次は殿下本人が動くかもしれない」


「やはり」


「オスカーの噂は失敗した。なら、殿下が直接話す形を取る可能性がある」


「リリスにですか?」


「君とリリス、両方だろう」


 空気が重くなる。


 王子殿下本人。


 今までのオスカーとは違う。


 家格も立場も、比べものにならない。


 リリスは少しだけ手を握った。


 だが、すぐに深呼吸する。


「お兄様」


「何だ」


「私は、アルの婚約者です」


「ああ」


「殿下に話しかけられても、それは変わりません」


 レオナルド先輩の表情が柔らかくなった。


「よく言った」


 リリスの目が潤む。


「……お兄様、それは強いです」


「今日は泣いてもいい」


「でも、廊下です」


「では小声版だ」


「はい」


 兄妹で自然に小声版を使う。


 俺はもうツッコまなかった。


 いや、ツッコミたい。


 でも今日はその空気ではなかった。


 正門で別れる時、リリスはいつもより少し真剣だった。


「アル」


「はい」


「殿下が話しかけてこられたら」


「はい」


「私は、ちゃんと答えます」


「はい」


「怖くなったら」


「隣にいます」


「はい」


 リリスは少し微笑んだ。


「今日の宝物名は?」


 俺が聞くと、リリスは考えた。


「ハンカチの橋を研究にした日の宝物です」


「良い名前です」


「でも、もう一つ」


「はい」


「殿下の視線に、半歩で立てた日の宝物でもあります」


「……はい」


「私、少しずつ立てていますか?」


「立てています」


 リリスの目が潤む。


 でも、涙は一粒だけ。


 俺はハンカチを差し出した。


「また明日、アル」


「また明日、リリス」


 馬車が遠ざかる。


 俺は見送りながら、胸の奥を少し引き締めた。


 クラリス嬢との噂は、ひとまず良い方向に進んだ。


 だが、次は王子殿下本人。


 穏やかな日々の中に、また新しい波が近づいている。


 その夜。


 屋敷に帰ると、父上が待っていた。


「今日はどうだった?」


「噂はかなり落ち着きました」


「よし」


「ただ、王子殿下本人がこちらを見ていました」


 父上の表情が少し変わる。


「そうか」


「次は直接来るかもしれません」


「あり得るな」


「どうすれば?」


「礼を尽くせ。だが、譲るな」


「はい」


「リリス嬢にも、自分で言わせるべきところは言わせろ」


「はい」


「隣に立て」


「分かっています」


 その後、フルーラ家から書状が届いた。


 一通目、ガロウ公爵。


『娘が「殿下の視線に半歩で立てました」と言った。泣きそうになった。私が。だがセレスティアに心も十歩下がれと言われた。遠い。アルフレッド殿、次は殿下かもしれん。娘を頼む。 ガロウ』


 二通目、レオナルド先輩。


『殿下本人が見始めた。次の接触に備えろ。リリスは以前より落ち着いているが、無理はさせるな。クラリス嬢の件は良い方向。父上は心も十歩を命じられ、かなり遠い顔をしている。 レオナルド』


 三通目、セレスティア夫人。


『アルフレッド様。リリスが今日は、ハンカチの橋を研究に入れると嬉しそうに話してくれました。支え合いを学びに変えられるのは、とても良いことです。王子殿下の視線もあったようですね。どうか焦らず、礼を忘れず、けれど大切なものを手放さずに。なお、夫には心も十歩下がるようお願いしましたが、娘の名が出るたび三歩戻ります。継続が大切です。 セレスティア』


 俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。


 心も十歩。


 でも娘の名で三歩戻る。


 ガロウ公爵、心の歩幅が忙しすぎる。


 父上は少し笑ったが、すぐ真面目な顔になった。


「次は殿下か」


「はい」


「気を引き締めろ」


「はい」


 俺は深く息を吸った。


 そして、今日の最後は少しだけ、いつもの調子で呟いた。


 公爵令嬢様。


 ハンカチの橋は、とても良い研究になりそうです。


 でも次は、王子殿下の視線が近すぎます。

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