第28話 公爵令嬢様、終わりの後にお茶をする
皆さん、こんにちは!!
アルフレッド・シェルザートです。
昨日、リリスは一つの「終わり」を自分で作った。
教室で、前日に失礼な言葉を口にしてしまったクラリス・メイベル嬢から謝罪を受けた。
昨日の言葉は悲しかった。
アルを軽んじられたように感じて嫌だった。
でも、今こうして謝ってくれたことは受け取ります。
これで終わりにしましょう。
リリスはそう言った。
怒りで相手を潰すこともできた。
公爵令嬢として強く出ることもできた。
でも、そうしなかった。
傷つかなかったことにはしない。
でも、謝罪を受け取り、終わりを示す。
俺はその姿を隣で見ていて、正直、誇らしかった。
そして少しだけ、自分が恥ずかしくもなった。
俺は昨日も、前に出るのではなく待った。
それは正しかったのだと思う。
けれど、待つことは簡単ではない。
隣にいるだけで、手を出しすぎない。
言葉を奪わない。
彼女自身が立つ時間を邪魔しない。
これが、こんなにも難しいとは思わなかった。
でも、リリスは立った。
泣きながらではなく、叫びながらでもなく、静かに立った。
だから今日は、昨日の続きの日だ。
終わりの後に、何が始まるのか。
クラリス嬢との関係がすぐに友人になるとは思わない。
それは急ぎすぎだ。
でも、終わりにすると言ったなら、その後に気まずさだけが残るのも苦しい。
昨日、俺はリリスに言った。
明日、もしよければ、クラリス嬢と少し話せる時間を作ってもいいかもしれませんね、と。
リリスは頷いた。
その頷きには、怖さと、少しの前向きさがあった。
今朝。
屋敷の食堂でその話をすると、父上は静かに頷いた。
「よいと思う」
「そうですか?」
「ああ。謝罪を受け取った後、どう振る舞うかは大切だ」
「はい」
「ただし、急ぐな」
「分かっています」
「クラリス嬢にも気まずさはあるだろう。リリス嬢にも傷は残っている。だから、いきなり仲良くしようとしなくていい」
「はい」
「一緒に同じ場に座る。それだけでも十分だ」
父上の言葉は現実的だった。
確かにそうだ。
謝ったから即友人。
そんな簡単な話ではない。
でも、同じ場に座ることはできる。
お茶を飲む。
焼き菓子を分ける。
短い会話をする。
それだけでも、昨日の続きとしては大きい。
母上は微笑みながら言った。
「アル、今日はリリス様を焦らせないでね」
「はい」
「でも、背中を押す必要があるなら、そっと」
「そっと」
「ええ。半歩分だけ」
「母上まで半歩を」
「便利な言葉でしょう?」
「否定できません」
ライズは鞄を整えながら、いつものように真面目な声で言った。
「若様、本日のハンカチは六枚でございます」
「昨日より減ったな」
「本日は関係修復日でございますので、嬉し涙、安心涙、緊張涙の三種が主な想定でございます」
「分類してるじゃないか」
「最低限です」
「最低限とは」
「また、昨日クラリス様よりいただいた焼き菓子を話題にする可能性がございます」
「はい」
「その際、アマリリス様が『いただいたものを一緒に食べる』ことに感動される可能性がございます」
「ありそう」
「対応を」
「分かった」
こういう予測が当たるから困る。
ライズは続けた。
「それと若様」
「なんだ」
「本日は、前に出すぎず、しかし離れすぎず」
「心の半歩か」
「はい」
「分かっている」
心の半歩。
また増えた言葉だ。
でも、今日には必要な言葉かもしれない。
学園へ向かう馬車の中、俺はクラリス嬢のことを考えていた。
昨日、彼女は謝った。
たぶん、かなり勇気がいったはずだ。
相手は公爵令嬢。
怒らせれば、家にも影響が出るかもしれない。
それでも謝った。
その事実は軽く見てはいけない。
そしてリリスも受け取った。
なら、今日はこちらも少しだけ歩み寄る日だ。
正門前。
リリスはいつもの場所にいた。
今日も制服姿。
ブルーローズの髪飾り。
昨日より、少し顔色が良い。
目元の赤みもほとんどない。
俺を見つけると、柔らかく笑った。
走らない。
落ち着いて歩いてくる。
「アル、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、リリス」
「今日も走りませんでした」
「はい。今日はかなり落ち着いていました」
「昨日、よく眠れました」
「よかったです」
「お母様が、寝る前に温かいお茶を淹れてくださって」
「セレスティア様が」
「はい。お父様は十二歩下がっていました」
「遠いですね」
「でも、途中で少し戻っていました」
「でしょうね」
リリスがくすっと笑った。
昨日より自然な笑いだ。
俺は少し安心した。
「リリス」
「はい」
「今日は、クラリス嬢と話せそうですか?」
リリスは少しだけ視線を下げた。
だが、逃げるような表情ではない。
「はい」
「無理に長く話す必要はありません」
「分かっています」
「一言でもいいと思います」
「はい。でも」
「でも?」
「昨日いただいた焼き菓子を、エレナ様や皆さまと一緒にいただけたらと思っています」
「いいですね」
リリスの目が少し潤んだ。
「……アルも、そう思いますか?」
「はい。とてもいいと思います」
「よかったです」
「小声版?」
「少し。でも、今は感情の半歩です」
リリスは深呼吸した。
涙は出ない。
本当に、少しずつできるようになっている。
ミラが後ろで静かに頷く。
「お嬢様、昨夜から何度も練習なさっていました」
「ミラ」
「大切なことですので」
「練習していたんですか?」
俺が尋ねると、リリスは頬を赤くした。
「はい。クラリス様に何と言うか」
「どんな言葉を?」
「昨日のお菓子をありがとうございます。もしよろしければ、放課後に少しご一緒しませんか、と」
「とても良いと思います」
「……っ」
「危険でしたか」
「はい。でも耐えます」
朝から一つ成長。
いい流れだ。
教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。
ユリウスはリリスの顔を見て、すぐに少し笑った。
「昨日より元気そうだね」
「はい。少し休めました」
「よかった」
エレナ嬢も安心したように微笑む。
「アマリリス様、今日はクラリス様とお話しされますか?」
「はい。そのつもりです」
「ご一緒しますわ」
「ありがとうございます」
「無理なく、短くで大丈夫ですわ」
「はい」
ユリウスが軽く言う。
「僕も近くにいるよ。空気が重くなりすぎたら適当に話題を変える」
「頼もしいです」
「得意だからね」
俺は頷いた。
ユリウスのこういう軽さは、本当に助かる。
教室に入ると、昨日より空気はずっと穏やかだった。
クラリス嬢はすでに席にいた。
俺たちが入ると、彼女は少し緊張した顔で立ち上がりかけた。
リリスはそれを見て、小さく頷く。
そして、自分からクラリス嬢の席へ向かった。
教室の視線が集まる。
でも昨日ほど張り詰めてはいない。
俺は半歩後ろ、ではなく、少し斜め後ろに立った。
近すぎず、離れすぎず。
リリスの声が届く距離。
何かあれば支えられる距離。
だが、彼女の言葉を奪わない距離。
「クラリス様」
「は、はい。アマリリス様」
「昨日は、お菓子をありがとうございました」
「いえ、そんな」
「もしよろしければ、放課後に少しだけ、皆さまと一緒にいただきませんか?」
言えた。
練習通り。
でも、声はちゃんと彼女自身のものだった。
クラリス嬢は目を大きく開いた。
「私も……よろしいのですか?」
「はい」
「でも」
「無理にとは申しません」
リリスは一拍置いて続ける。
「ただ、昨日で終わりにすると言いました。なら、今日は少しだけ、終わりの後の話ができたらと思いました」
教室が静かになる。
クラリス嬢の目が潤んだ。
「ありがとうございます……ぜひ、ご一緒させてください」
「はい」
リリスが微笑んだ。
その笑顔は少しぎこちない。
でも、優しかった。
俺は小さく息を吐いた。
よかった。
まず、一歩。
いや、半歩かもしれない。
でも確かに進んだ。
一時間目は自由研究準備だった。
リリスは今日のことをすぐにノートへ書きたそうだったが、授業中は自分の構成を整えていた。
今の彼女の研究はかなり形になっている。
『礼法における感情表現と周囲の配慮』
その中に、
『感情の半歩』
『謝罪を受け取る礼』
『終わりの後の始まり』
という項目が加わった。
俺は隣の席ではないが、時々その真剣な横顔を見る。
昨日の苦さが、ただの傷で終わらず、学びになっている。
それは強さだ。
リリスは俺の視線に気づいたのか、こちらを少し見た。
目が合う。
俺は小さく頷いた。
リリスも小さく頷く。
それだけ。
でも伝わる。
休み時間、リリスが俺の席へ来た。
「アル」
「はい」
「クラリス様に言えました」
「はい。とても自然でした」
「自然」
「はい」
「……嬉しいです」
「小声版ですか?」
「今日は、少しだけ」
俺はハンカチを出そうとしたが、リリスは首を横に振った。
「今は受け取ります」
「はい」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
「できましたね」
「はい」
彼女は涙をこぼさなかった。
本当にすごい。
ただ、俺が安心していると、リリスは少し照れたように言った。
「でも、放課後は少し緊張します」
「当然です」
「その時は、隣に」
「います」
「……はい」
今度は少し潤んだ。
だが、深呼吸。
半歩。
二時間目は礼法だった。
ベイル先生は黒板にこう書いた。
『関係を作り直す礼』
もう確信した。
先生は完全に俺たちの生活に合わせて授業内容を選んでいる。
いや、王立学園の教師として、今必要な礼法を教えてくれているのだろう。
「人との関係は、一度傷がついたら終わりとは限りません」
先生の声は落ち着いていた。
「謝罪し、受け取り、その後にどう振る舞うか。そこにこそ、人柄が表れます」
教室の空気が静かになる。
クラリス嬢も真剣に聞いている。
リリスも前を向いている。
「ただし、すぐに以前より親しくなろうとする必要はありません。むしろ、急ぎすぎると、また相手を困らせることもあります」
これは大事だ。
リリスは頷いていた。
「短い挨拶。小さな会話。共有できる菓子や本。そうした小さな積み重ねが、関係を戻すのではなく、新しく作る助けになります」
放課後の焼き菓子。
まさにそれだ。
先生、本当に見ている。
授業後、ベイル先生は何も言わず、ただリリスとクラリス嬢を一度ずつ見て頷いた。
それだけで十分だった。
昼休み。
食堂では、オスカー・ベルクがいた。
今日は彼の周囲にいる生徒たちも、少し様子を見ている感じだった。
教室でのリリスとクラリス嬢のやり取りがもう広まっているのかもしれない。
ユリウスが小声で言った。
「いい流れだね」
「そうですか?」
「うん。噂で傷つけようとした流れが、謝罪と修復の話に変わっている」
「なるほど」
「これだと、下手に掘り返す方が悪く見える」
エレナ嬢も頷いた。
「アマリリス様がクラリス様を受け入れたことで、周囲も無責任に噂しづらくなりますわ」
「リリスの行動が、噂を止めているんですね」
「はい」
リリスは少し驚いたように自分の手元を見た。
「私が」
「はい」
俺は言った。
「リリスが、自分で流れを変えています」
リリスの目が潤む。
「……それは、かなり強いです」
「本当のことです」
「小声版です」
「はい」
ハンカチを渡す。
今日は一粒だけ。
嬉しい涙だ。
食事の途中、オスカーが一度こちらへ視線を向けた。
俺と目が合う。
彼はすぐに視線を逸らさなかった。
まるで、何かを測っているようだった。
だが、来ない。
直接来る口実がないのだろう。
リリスとクラリス嬢の件が、彼の動きを少し封じている。
俺はそれを見て、心の中で息を吐いた。
午後の魔法基礎では、リリスの魔力はかなり安定していた。
昨日は揺れていた。
今日は、少しずつ戻っている。
教師もそれに気づき、練習後に言った。
「アマリリスさん、昨日より落ち着いていますね」
「はい。今日は、終わりの後の始まりを考えています」
「良い言葉です」
「ありがとうございます」
「魔力にも同じことが言えます。乱れた後、ただ元に戻すのではなく、新しい安定を作る。よく意識できています」
「はい」
リリスは嬉しそうに頷いた。
小声版は出なかった。
すごい。
放課後。
約束の時間。
場所は教室ではなく、図書棟近くの小さな談話スペースにした。
人目はあるが、騒がしくない。
席は四人掛けのテーブルを二つ寄せる形。
リリス、エレナ嬢、クラリス嬢。
俺とユリウスは少し離れた席に座る予定だった。
完全に同席しすぎると、クラリス嬢が緊張するかもしれない。
でも離れすぎると、リリスが不安になる。
だから、半歩より少し遠い、見守りの距離だ。
ミラが控えめにお茶の準備を手伝ってくれた。
クラリス嬢は、小さな包みを大切そうに置いた。
「昨日のものと同じお店の焼き菓子です」
「ありがとうございます」
リリスが丁寧に礼をする。
「エレナ様も」
「ありがとうございます、クラリス様」
エレナ嬢が微笑む。
クラリス嬢は少し緊張していたが、昨日より表情が柔らかい。
ユリウスが俺の隣で小声で言った。
「いい距離だね」
「そうですか?」
「うん。近すぎず、遠すぎず」
「心の半歩です」
「また新しい言葉?」
「母上が」
「なるほど」
リリスたちの会話は、最初はぎこちなかった。
「この焼き菓子、とても香ばしいです」
「はい。家の近くのお店で……母が好きで」
「そうなのですね」
「はい」
短い。
少し途切れる。
沈黙。
けれど、嫌な沈黙ではない。
お互いに言葉を選んでいる沈黙だった。
エレナ嬢が自然に言う。
「クラリス様は甘いものがお好きですの?」
「はい。特に焼き菓子が」
「アマリリス様も、甘いものはお好きですわよね」
「はい。ただ、食堂ではアルに分けすぎないよう気をつけています」
クラリス嬢が少し驚く。
エレナ嬢がくすっと笑う。
「アマリリス様は、婚約者様に自分のお料理を分けたくなることがありましたの」
「そ、そうなのですか」
リリスは頬を赤くする。
「今は小皿でほどほどにしています」
「小皿?」
クラリス嬢が首を傾げる。
来た。
小皿。
リリスが説明しようとする。
俺は遠くから少しだけ緊張した。
しかし、リリスはちゃんと短くまとめた。
「相手に何かを分けたい気持ちが強くなりすぎる時、小皿に少しだけ、と決めるのです」
「……なるほど」
「全部ではなく、少し。気持ちの半歩に似ています」
「分かりやすいです」
クラリス嬢が少し笑った。
「アマリリス様は、不思議な考え方をされるのですね」
言った瞬間、クラリス嬢が慌てた。
「あ、いえ、悪い意味では」
リリスは少し驚いたが、すぐに笑った。
「よく言われます」
俺は遠くで頷いた。
よく言う。
とても言う。
ユリウスが肩を震わせている。
エレナ嬢も笑っている。
クラリス嬢も、恐る恐る笑った。
そこで、空気が少し和らいだ。
リリスは焼き菓子を一口食べて、柔らかく微笑んだ。
「とても美味しいです」
「よかったです」
「クラリス様」
「はい」
「昨日のことを、すぐになかったことにはできません」
「……はい」
「でも、今日こうしてお茶ができて、よかったです」
クラリス嬢の目が潤んだ。
「私もです」
「これから、少しずつお話しできたら嬉しいです」
「はい」
クラリス嬢は涙を拭きそうになったが、ハンカチを出すのが遅れた。
リリスが、自分のハンカチをそっと差し出した。
「どうぞ」
クラリス嬢が驚く。
「でも」
「私も、よく借りますので」
リリスが言った。
俺は思わず笑いそうになった。
確かに。
リリスはよく借りる。
主に俺やエレナ嬢から。
クラリス嬢はハンカチを受け取り、目元を押さえた。
「ありがとうございます」
リリスは少し照れたように笑った。
その姿を見て、俺は胸が温かくなった。
リリスが、泣く側だけではなく、差し出す側になっている。
それは大きなことだった。
談話が終わる頃、クラリス嬢は少し表情が明るくなっていた。
「アマリリス様、エレナ様、今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「また、お話しできれば」
「はい」
クラリス嬢が去った後、リリスは静かに息を吐いた。
俺は席を立ち、近づく。
「リリス」
「はい」
「お疲れ様でした」
「……緊張しました」
「はい」
「でも、話せました」
「はい。とてもよかったです」
「クラリス様に、ハンカチを渡せました」
「見ていました」
「私、いつも渡される側だったので」
「はい」
「少しだけ、誰かを支えられた気がしました」
「支えられていましたよ」
リリスの目が潤む。
「アル」
「はい」
「今日は、嬉しい涙です」
「はい」
俺はハンカチを出した。
リリスは受け取って、目元を押さえる。
エレナ嬢が微笑む。
「アマリリス様、とても素敵でしたわ」
「エレナ様……」
「本当です」
ユリウスが軽く言う。
「噂の流れも、これでかなり変わるね」
「そうですか?」
「うん。謝罪からお茶までできたなら、周囲はもう面白半分に言いにくい」
「よかったです」
リリスは深呼吸した。
「終わりの後に、少し始められました」
「はい」
放課後の正門。
リリスは少し疲れていた。
でも、昨日よりずっと穏やかな顔だった。
「アル」
「はい」
「今日は、よい日でした」
「はい」
「少し怖かったですが」
「はい」
「でも、クラリス様と話せました」
「はい」
「焼き菓子も美味しかったです」
「それはよかったです」
「小皿の話もしました」
「広がりましたね」
「はい」
リリスは少し笑った。
「今日の宝物名は?」
俺が聞くと、リリスは迷わず答えた。
「終わりの後にお茶をした日の宝物です」
「良い名前です」
「はい」
「リリス」
「はい」
「今日は、本当に頑張りましたね」
リリスの目が潤む。
でも、泣きすぎない。
深呼吸。
そして、言葉で受け取る。
「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」
その後に、一粒だけ涙。
俺はハンカチを渡した。
リリスは笑って受け取った。
「また明日、アル」
「また明日、リリス」
馬車が去っていく。
俺は見送りながら、昨日よりもずっと軽い息を吐いた。
終わりの後に、少し始められた。
その半歩は、たぶんとても大きい。
その夜。
屋敷に帰ると、父上が待っていた。
「どうだった?」
「クラリス嬢とお茶ができました」
「そうか」
「リリスが、ハンカチを差し出しました」
父上の表情が柔らかくなった。
「それは大きいな」
「はい」
母上も嬉しそうに微笑んだ。
「リリス様、支える側にもなれたのね」
「はい」
その後、フルーラ家から書状が届いた。
一通目、ガロウ公爵。
『娘が「クラリス様にハンカチを渡せました」と報告した。泣いた。私が。娘が支える側になった。アルフレッド殿、ありがとう。私は十二歩下がっていたが、感動で三歩進んだ。セレスティアに戻された。 ガロウ』
二通目、レオナルド先輩。
『リリスがクラリス嬢と茶をした。よい流れだ。ハンカチを渡せたことは大きい。君も見守りの距離を保てたようだな。噂はさらに弱まるだろう。父上は三歩進んだが、母上により十五歩地点まで戻された。 レオナルド』
三通目、セレスティア夫人。
『アルフレッド様。今日はリリスが、とても穏やかな顔で帰ってまいりました。クラリス様にハンカチを渡せたと、少し誇らしげでした。いつも受け取ってばかりだと思っていたあの子が、誰かに差し出すことを覚えたのですね。あなたが見守ってくださったこと、感謝いたします。なお、夫は感動のあまり三歩進みましたので、十五歩まで戻しました。継続が大切です。 セレスティア』
俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。
ガロウ公爵、感動で三歩進む。
そして十五歩まで戻される。
もはやどんどん遠くなっている。
父上は少し笑った。
リーマスは「差し出す側になる半歩でございますね」と頷いた。
ライズは静かに親指を立てた。
俺は深く息を吸い、今日は少し笑って呟いた。
公爵令嬢様。
今日は、ちゃんと誰かにハンカチを渡せましたね。
その半歩は、とても優しい半歩でした。




