第27話 公爵令嬢様、半歩の先で笑います
皆さん、こんにちは!!
アルフレッド・シェルザートです。
昨日は、少しだけ苦い日だった。
いや、少しだけではないかもしれない。
リリスにとっては、かなり苦い日だったはずだ。
教室で聞こえた言葉。
伯爵家でしょう、という小さな声。
それは、直接怒鳴られたわけではない。
剣を向けられたわけでもない。
でも、言葉は時々、剣よりも厄介だ。
目に見えないのに、心に残る。
そして昨日、リリスはその言葉に対して、自分の声で立った。
シェルザート伯爵家は誠実な家です。
私は、アルフレッド・シェルザート様を婚約者として誇りに思っています。
あの言葉を聞いた瞬間、俺は何も言えなかった。
嬉しかった。
驚いた。
誇らしかった。
そして、少し申し訳なくもあった。
俺のことを軽んじる言葉に、リリスが傷つきながら立ってくれた。
本当なら、俺が前に出るべきだったのではないか。
そんな思いも、心のどこかにあった。
でも父上は言った。
彼女自身が言える場面では、彼女に言わせることも大切だ、と。
レオナルド先輩も言った。
君も、よく前に出すぎず待った、と。
セレスティア夫人は書いてくれた。
半歩だけでは足りない日もあります。そんな日は、どうか隣で待ってあげてくださいませ。
隣で待つ。
前に出るのではなく。
後ろから見守るだけでもなく。
隣で。
昨日、俺はそれを少しだけできたのだと思う。
だが、リリスが傷つかなかったわけではない。
馬車に乗る前の彼女は、笑おうとしていたけれど、目元は赤かった。
今日、どんな顔で登校してくるだろうか。
泣き疲れていないだろうか。
無理に明るくしていないだろうか。
そう思うと、朝から落ち着かなかった。
食堂で父上にその話をすると、父上は静かに頷いた。
「今日は、リリス嬢がどう立つかを見る日だな」
「はい」
「昨日より元気がないかもしれない」
「そう思います」
「逆に、無理に元気に振る舞うかもしれない」
「それもありそうです」
「どちらでも、ちゃんと見てやれ」
「はい」
母上は、俺の皿に温かいスープを添えてくれた。
「アルも、ちゃんと食べなさい」
「はい」
「支える側が弱っていては、リリス様も不安になるわ」
「分かっています」
「でも、全部背負わないこと」
「……はい」
「リリス様には、リリス様の強さがある。あなたには、あなたの役割がある」
「隣に立つこと、ですね」
「ええ」
母上の言葉は、今日の俺に必要なものだった。
隣に立つ。
簡単なようで、難しい。
近すぎれば、リリスの立つ場所を奪う。
遠すぎれば、彼女は一人になってしまう。
半歩。
その距離を、心でも探す。
ライズは今日は、いつもより静かに鞄を整えていた。
「若様、本日のハンカチは七枚でございます」
「昨日と同じだな」
「はい」
「用途分けは?」
「本日はしておりません」
「そうか」
「涙の種類が、事前には分かりませんので」
ライズの言葉は真面目だった。
俺は頷く。
「ありがとう」
「また、香草茶も入れております」
「俺用か?」
「若様とアマリリス様、どちらでも」
「助かる」
ライズは最後に一礼した。
今日は親指を立てなかった。
それだけで、彼も昨日のことを重く受け止めているのが分かった。
学園へ向かう馬車の中、俺は窓の外を見ていた。
空は晴れている。
春の光は柔らかい。
昨日と同じように、王都は平和そうに見える。
でも、俺の心は少しだけ重い。
今日の教室の空気はどうなっているだろう。
昨日、リリスに言葉を向けられた女子生徒は、どうしているだろう。
噂は広がっただろうか。
オスカー・ベルクはどう動くだろうか。
考えることは多い。
でも、最初に見るべきはリリスだ。
正門前。
フルーラ家の馬車が先に着いていた。
リリスはいつもの場所に立っていた。
制服姿。
ブルーローズの髪飾り。
姿勢は整っている。
遠目には、いつも通りの公爵令嬢だ。
でも、俺には分かった。
少しだけ目元が赤い。
昨日、泣いたのだろう。
たぶん、家で。
ガロウ公爵も泣いたかもしれない。
いや、それは確定だろう。
俺を見つけると、リリスは笑った。
柔らかく。
でも、いつもの朝のようにぱっと花が咲く笑顔ではない。
少しだけ、慎重な笑顔。
彼女は歩いてくる。
走らない。
歩く速度も落ち着いている。
「アル、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、リリス」
「今日も走りませんでした」
「はい。今日はとても落ち着いていました」
「……はい」
リリスは少しだけ俯く。
俺は声を落とした。
「眠れましたか?」
「少しだけ」
「泣きましたか?」
リリスは一瞬驚いた顔をした。
でも、すぐに小さく頷いた。
「はい」
「悲しい涙でしたか?」
「……少し」
「はい」
「でも、最後は、お母様が背中を撫でてくださって、落ち着きました」
「そうですか」
「お父様も泣いていました」
「でしょうね」
「お兄様は泣いていないと言っていました」
「怪しいですね」
「はい」
リリスが少しだけ笑った。
その笑いに、俺は少し安心した。
「アル」
「はい」
「今日は、半歩だけでは足りないかもしれません」
「はい」
「でも、昨日よりは立てると思います」
「はい」
「もし、少し揺れたら」
「隣にいます」
リリスの目が潤む。
でも、涙は落ちない。
「ありがとうございます」
「小声版ですか?」
「今日は……まだ、大丈夫です」
「分かりました」
俺たちは並んで歩き出した。
距離は、いつもより少し近い。
だが、今日は俺から何も言わなかった。
近すぎるわけではない。
支えが必要な距離。
リリスが、そう求めている距離だった。
ミラが後ろで静かに歩いている。
その表情も、いつもより少し優しい。
教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。
ユリウスはいつもの軽い笑みを浮かべていたが、目は真剣だった。
「おはよう」
「おはようございます」
「ご機嫌よう」
エレナ嬢はすぐにリリスの手元を見て、穏やかに言った。
「アマリリス様、今日はご無理なさらないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「でも、来られてよかったですわ」
「……はい」
リリスの目が少し潤む。
「小声版ですか?」
エレナ嬢が優しく聞く。
リリスは少し考えて、首を横に振った。
「今は、受け取ります」
「はい」
「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」
泣かなかった。
すごい。
ユリウスが少しだけ笑う。
「強いね、アマリリス様」
「強くは、まだないです」
「でも昨日より強い」
「……それなら、嬉しいです」
リリスは深呼吸した。
半歩。
いや、今日は心の半歩。
ちゃんと整えようとしている。
俺はその隣を歩く。
教室の前に着いた時、空気が少し重いのが分かった。
中から聞こえる声が、いつもより小さい。
俺たちが入ると、何人かがこちらを見た。
昨日の女子生徒もいた。
彼女は席に座っていたが、顔色が悪い。
俺たちが入った瞬間、立ち上がろうとして、迷っている。
リリスはそれに気づいた。
足を止める。
教室が静かになる。
俺はリリスの隣に立ったまま、何も言わない。
昨日と同じ。
彼女が言えるなら、待つ。
女子生徒が震える声で言った。
「あ、アマリリス様」
リリスは静かに向き直った。
「はい」
「昨日は、申し訳ございませんでした」
教室の空気が張り詰める。
女子生徒は両手を握りしめている。
「私、聞いた噂を、深く考えずに口にしてしまいました。シェルザート様にも、アマリリス様にも、失礼なことを」
リリスは黙って聞いていた。
怒りではない。
ただ、真っ直ぐに。
「謝って済むことではないと思います。でも、申し訳ございませんでした」
彼女は深く頭を下げた。
教室は静かだった。
リリスは一拍置いた。
その沈黙は長く感じた。
でも、必要な沈黙だった。
「顔を上げてください」
リリスが言った。
女子生徒が顔を上げる。
目に涙が浮かんでいた。
リリスは静かに言う。
「昨日の言葉は、悲しかったです」
はっきり言った。
教室の誰も動かない。
「アルを軽んじられたように感じて、嫌でした」
「……はい」
「でも、今こうして謝ってくださったことは、受け取ります」
女子生徒の表情が揺れる。
「ありがとうございます」
「私も、昨日は少し強く言いました」
「そんなことは」
「いいえ。私も、感情が動いていました」
リリスは少しだけ息を吸った。
「ですから、これで終わりにしましょう」
終わり。
その言葉で、教室の空気が少しだけ緩んだ。
女子生徒は涙をこぼしながら頷いた。
「はい……ありがとうございます」
リリスは柔らかく頷いた。
そして、自分の席へ向かおうとした。
だが、その足が少しだけ止まる。
俺は小声で言った。
「リリス」
「はい」
「よく言えました」
リリスの目が一気に潤んだ。
「……小声版では、足りません」
「はい」
俺はハンカチを出した。
リリスは受け取り、目元を押さえる。
涙は一粒ではなかった。
でも、静かだった。
エレナ嬢がそっとリリスの隣に立つ。
ユリウスはわざと明るい声でニールに話しかけた。
「バートン、昨日の算術の課題、終わった?」
「あ、うん。たぶん」
その声で、教室の空気が少し戻る。
誰かが椅子を引く。
誰かが教本を開く。
日常が戻ってくる。
リリスは席に座り、深呼吸した。
俺は隣ではない。
自分の席へ戻る。
でも、彼女がこちらを見た時、俺は小さく頷いた。
大丈夫。
リリスも頷いた。
一時間目は礼法だった。
ベイル先生は教室に入ると、昨日より少し柔らかい目で全体を見た。
そして黒板に書いた。
『謝罪を受け取る礼』
まただ。
この先生、本当に全部見ている。
「本日は、謝罪を受け取る側の礼について学びます」
教室が静かになる。
「謝罪とは、謝る者だけでなく、受け取る者にも心の強さが必要です」
リリスは真剣に前を向いている。
昨日の女子生徒も、俯かずに聞いている。
「相手を許すかどうかは、簡単に決められるものではありません。ですが、謝罪を聞き、事実を確認し、今後どうするかを示すことはできます」
先生の声は淡々としているが、温かい。
「大切なのは、謝罪を受け取ることと、傷つかなかったことにすることは違う、という点です」
リリスの肩が小さく揺れた。
そうだ。
昨日の言葉は悲しかった。
今日謝ってもらったからといって、その悲しさがなかったことになるわけではない。
でも、終わりにすると決めることはできる。
リリスは、それをした。
「また、謝罪する側も、許してもらったからといって、すぐに元通りを求めてはいけません。信頼は、言葉の後の行動で少しずつ戻すものです」
女子生徒が小さく頷いていた。
授業後、ベイル先生はリリスの席に来た。
「アマリリスさん」
「はい」
「よく受け取りました」
「……ありがとうございます」
「ですが、疲れたでしょう」
「はい。少し」
「今日は、無理に強く見せる必要はありません」
「はい」
先生は俺にも視線を向けた。
「シェルザートさん」
「はい」
「よく待ちました」
「……はい」
「待つことも、礼です」
「ありがとうございます」
その言葉は、昨日からの迷いに答えをくれたようだった。
休み時間。
昨日謝罪した女子生徒が、もう一度リリスの席へ来た。
今度は、手に小さな包みを持っている。
「アマリリス様」
「はい」
「これ、よろしければ……」
包みの中には、焼き菓子が二つ入っていた。
「お詫びのつもりではなく、その……放課後にでも、エレナ様や皆さまと召し上がっていただけたら」
リリスは少し驚いていた。
俺も驚いた。
女子生徒は慌てて続ける。
「もちろん、無理にとは」
リリスは静かに首を横に振った。
「ありがとうございます」
「え」
「いただきます」
女子生徒の顔がほっと緩む。
「ありがとうございます」
「私も、あなたのお名前をきちんと伺ってもよろしいでしょうか」
女子生徒は目を見開いた。
「あ……はい。クラリス・メイベルです」
「クラリス様」
「はい」
「これから、よろしくお願いいたします」
クラリスは泣きそうになった。
「はい……よろしくお願いいたします」
今度は、謝罪ではなく、少しだけ関係を作り直す言葉だった。
エレナ嬢が柔らかく微笑む。
ユリウスが俺に小声で言った。
「よかったね」
「はい」
「アマリリス様、強いよ」
「はい」
本当に、そう思う。
二時間目の算術では、教室の空気がかなり戻っていた。
ニールがいつも通り質問に来る。
俺が説明する。
リリスはそれを少し見てから、自分の問題に戻る。
寂しそうではない。
落ち着いている。
授業後、リリスが言った。
「アル」
「はい」
「今日は、昨日より息がしやすいです」
「よかったです」
「クラリス様が謝ってくださいました」
「はい」
「私も、受け取れました」
「はい」
「でも、少し疲れました」
「当然です」
「今日は、半歩ではなく」
「はい」
「少し休む日です」
「それがいいです」
リリスは小さく笑った。
昼休み。
食堂へ行くと、昨日より空気は軽かった。
もちろん、視線はある。
王子側の生徒たちもいる。
オスカー・ベルクもいた。
だが、今日は俺たちの周囲に、見守る空気がある。
教室での謝罪と受け取りが伝わったのだろう。
噂が一方的に広がる前に、ひとまず火種は小さくなった。
ユリウスが座りながら言う。
「朝の件、良い方向に広がってる」
「良い方向?」
「アマリリス様が相手を潰さずに受け取った、って」
「潰す」
「貴族社会だと大事なんだよ。公爵令嬢が本気で怒れば、子爵家や男爵家の令嬢は立場を失うこともある。でもアマリリス様は終わりにした」
リリスは少し俯いた。
「私は、そこまで考えていたわけではありません」
「でも、結果としてそうなった」
エレナ嬢が言う。
「アマリリス様は優しいだけではなく、きちんと線を引かれました。それが伝わったのだと思いますわ」
「……はい」
リリスは深呼吸した。
「受け取ります」
「はい」
食事中、オスカーがこちらを見ていた。
だが近づいてこない。
何かを考えているようだった。
俺はその視線を感じながら、食事を続けた。
今日は、こちらから反応しない。
リリスの心が少し回復しつつある。
それを優先する。
午後の自由研究準備では、リリスは今日の出来事をノートに書いていた。
『謝罪を受け取る礼』
『傷つかなかったことにはしない』
『終わりを示す言葉』
『信頼は行動で戻す』
これは、今日の授業そのものでもある。
だが、リリスにとっては、自分の経験だ。
「アル」
「はい」
「今日のこと、研究に入れてもよいでしょうか」
「いいと思います」
「でも、クラリス様の名前は出しません」
「それがいいです」
「私も、自分を立派に見せる書き方にはしたくありません」
「はい」
「怖かったこと、疲れたことも、少しだけ書きます」
「それが本当だと思います」
リリスは頷いた。
「アルが昨日、隣で待ってくださったことも」
「名前は伏せましょう」
「信頼できる相手」
「はい」
「では、信頼できる婚約者」
「伏せられていません」
「……信頼できる相手にします」
少し残念そうだった。
可愛い。
いや、今は茶化すところではない。
でも、そう思えるくらいには空気が戻ってきていた。
放課後。
レオナルド先輩が待っていた。
今日は昨日より表情が穏やかだった。
「リリス」
「お兄様」
「謝罪を受け取ったそうだな」
「はい」
「よくやった」
リリスの目が潤む。
「ありがとうございます」
「疲れたか?」
「少し」
「今日は早く休め」
「はい」
レオナルド先輩は俺を見る。
「アルフレッド」
「はい」
「昨日に続き、今日も待てたな」
「ベイル先生にも言われました」
「待つことは難しい」
「はい」
「だが、リリスには必要な時がある」
「分かってきました」
「ならいい」
少しだけ、認められた気がした。
「オスカーの動きは?」
「今日は見ているだけでした」
「向こうも考えている。噂で攻めるのは、少しやりにくくなった」
「クラリス嬢の謝罪があったからですか?」
「ああ。教室内で一つ収まったことは大きい」
「なるほど」
レオナルド先輩は少しだけ視線を遠くへ向けた。
「父上は、今日も十歩下がっている」
「今日は戻っていませんか?」
「今朝は三歩戻った」
「早い」
「母上が追加で五歩下げた」
「合計?」
「現在十二歩だ」
「遠い!!」
リリスがくすっと笑った。
ようやく、今日一番自然な笑顔だった。
レオナルド先輩もそれを見て、少し安心したようだった。
正門で別れる時、リリスはクラリスからもらった焼き菓子を鞄に入れていた。
「アル」
「はい」
「今日は、昨日より少し笑えました」
「はい」
「クラリス様とも、少しだけ話せました」
「はい」
「まだ全部大丈夫ではありません」
「それでいいと思います」
「でも、終わりにすると言えました」
「はい。立派でした」
リリスの目が潤む。
「今日は、泣きます」
「はい」
「でも、昨日より少し軽い涙です」
「分かります」
俺はハンカチを差し出した。
リリスは受け取り、目元を押さえた。
「今日の宝物名は?」
「終わりにすると言えた日の宝物です」
「いい名前です」
「はい」
「リリス」
「はい」
「明日、もしよければ、クラリス嬢と少し話せる時間を作ってもいいかもしれませんね」
「……はい」
「無理に友達になる必要はありません。でも、終わりの後に、少し新しい始まりがあってもいいと思います」
リリスは涙の中で笑った。
「アル」
「はい」
「今のは、とても優しいです」
「そうでしょうか」
「はい。小声版では足りません」
「今日はもう大丈夫です」
「はい」
馬車に乗る前、リリスは一度だけ振り返った。
「また明日、アル」
「また明日、リリス」
馬車が去っていく。
俺は見送りながら、昨日より少しだけ軽い息を吐いた。
苦い日が終わったわけではない。
でも、今日リリスは少し笑えた。
謝罪を受け取り、終わりにすると言えた。
それはきっと、大きな半歩だった。
その夜。
屋敷に帰ると、父上が待っていた。
「どうだった?」
「謝罪がありました」
「受け取れたか?」
「はい。リリスが、自分で」
「そうか」
父上は静かに頷いた。
「よくやったな、リリス嬢も、お前も」
「はい」
その後、フルーラ家から書状が届いた。
一通目、ガロウ公爵。
『娘が「終わりにすると言えました」と報告した。泣いた。私が。だが今日は少し誇らしい涙だ。アルフレッド殿、娘の隣にいてくれて感謝する。私は現在十二歩下がっている。遠い。 ガロウ』
二通目、レオナルド先輩。
『リリスは謝罪を受け取った。よくやった。君も待てた。噂は一旦弱まるだろう。油断は禁物。父上は十二歩下がっているが、夕食後には八歩になると予想する。 レオナルド』
三通目、セレスティア夫人。
『アルフレッド様。今日はリリスが少し穏やかな顔で帰ってまいりました。謝罪を受け取ることは、謝ることと同じくらい勇気がいるものです。あの子がそれをできたこと、母として嬉しく思います。あなたが隣で待ってくださったことにも、感謝いたします。なお、夫は十二歩下がっておりましたが、私がお茶を淹れている間に五歩ほど戻っておりました。継続が大切ですね。 セレスティア』
俺は三通を読み、静かに天井を見上げた。
十二歩下がって五歩戻る。
実質七歩。
レオナルド先輩の予想より一歩遠い。
父上は少し笑った。
母上も穏やかに微笑んだ。
リーマスは「終わりの後の一歩でございますね」と静かに言った。
ライズは今日は、小さく親指を立てた。
俺は深く息を吸い、心の中で呟いた。
公爵令嬢様。
昨日より、少し笑えましたね。
その半歩は、きっと大きいです。




