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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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17/67

第17話 公爵夫人様、手紙だけで圧が強すぎます


 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 最近、俺は手紙というものの恐ろしさを知った。


 手紙。


 それは本来、離れた相手に気持ちや用件を伝えるための上品な道具である。


 貴族社会では、招待状、礼状、季節の挨拶、婚約関係のやり取りなど、さまざまな場面で使われる。


 美しい便箋。


 整った文字。


 家の封蝋。


 時には香りを添えて、相手への敬意を示す。


 うん。


 そこまではいい。


 問題は、フルーラ公爵家から届く手紙である。


 最初はガロウ公爵だった。


『娘が泣いた。説明しろ』


 から始まり、


『木剣に嫉妬している。説明しろ』


『本に交渉している。説明しろ』


『ベルク家を斬ってよいか』


 など、毎回こちらの精神を揺さぶってくる内容だった。


 次にレオナルド先輩。


 こちらは一見まともだ。


 文章は整っている。


 内容も冷静だ。


 ただし、


『泣いた時の対応手順』


『小声版の運用』


『心の椅子の研究成果を待つ』


 など、こちらも別方向で濃い。


 フルーラ家の男性陣は、圧が強い。


 父は感情の圧。


 兄は理性の圧。


 どちらも重い。


 だが昨日、ついに新たな存在が動き出した。


 フルーラ公爵夫人。


 セレスティア・フルーラ。


 リリスの母。


 ガロウ公爵を笑顔の一言で止める人。


 レオナルド先輩が「最も話が通じるが、最も怖い」と評した人。


 リリス本人でさえ、


「お母様は優しいです。でも少しだけ笑顔が怖い時があります」


 と言う人。


 そのセレスティア夫人が、近いうちに俺と話したいらしい。


 レオナルド先輩の書状には、最後にこう書かれていた。


『逃げないように』


 逃げない。


 逃げないけど。


 逃げたくなる文面である。


 そして今朝。


 俺の机の上には、いつものように書状が置かれていた。


 ただし、封蝋が違う。


 フルーラ公爵家のものではある。


 だが、封筒がいつものガロウ公爵やレオナルド先輩のものより、明らかに上品だった。


 淡い白。


 薄く金の縁取り。


 ほんのり花の香り。


 美しい文字で宛名が書かれている。


 差出人。


 セレスティア・フルーラ。


 来た。


 ついに来た。


 俺は自室の机の前で固まった。


 背後にはライズが控えている。


 なぜかライズも少し真剣だ。


「若様」


「……来たな」


「はい」


「これは、開けるべきか?」


「開けなければ始まりません」


「始まってほしくない気もする」


「お気持ちはお察しいたします」


「ライズ」


「はい」


「お前が読んでくれ」


「恐れながら、それは若様ご本人が」


「だよな」


 俺は深く息を吸った。


 封を切る。


 便箋を広げる。


 文字が美しい。


 整っていて、柔らかい。


 それなのに、なぜだろう。


 すでに圧がある。


『アルフレッド・シェルザート様』


 様。


 丁寧。


 とても丁寧。


『突然のお手紙、失礼いたします。アマリリスの母、セレスティア・フルーラでございます』


 はい。


 ご丁寧にありがとうございます。


 心の中で礼をする。


『いつも娘が大変お世話になっております』


 こちらこそ。


 いや、こちらがお世話になっている面も多い。


 お互い様だ。


『近頃、娘からあなたのお話を聞かない日はございません』


 ん?


『朝、走らずに待てたこと。授業中に振り返らずに済んだこと。食堂では小皿を用いたこと。本とは和解したこと。お友達ができたこと。そして、泣きそうになった時に、あなたがそっと待ってくださったこと』


 全部把握されている。


 全部。


 何もかも。


 ガロウ公爵とレオナルド先輩だけでなく、セレスティア夫人まで完全に把握している。


『娘は、少し不器用な子です』


 不器用。


 リリスが。


 俺は便箋を見つめる。


『公爵令嬢として振る舞うことはできても、心が動いた時に、それを隠すのはあまり上手ではありません』


 その通りだ。


 リリスは感情が出やすい。


 嬉しい時も、不安な時も。


『けれど、それを恥じるのではなく、少しずつ整えようとしているようですね。あなたが隣で、急かさず、笑い飛ばさず、時にはツッコミながら見守ってくださっていること、母として感謝しております』


 ツッコミ、把握されている。


 そこまで届いている。


 俺は少し顔が熱くなった。


 感謝、と書かれている。


 それは嬉しい。


 だが、照れくさい。


『もっとも』


 ん?


『娘が「アルのほどほど」や「心の椅子」なる言葉を生み出している件につきましては、母としても少々興味深く拝見しております』


 興味深く拝見。


 怖い。


 上品な言葉なのに怖い。


『近いうちに、ぜひ一度お話ししたく存じます』


 来た。


 本題。


『もちろん、堅苦しい場ではございません。アマリリスも交えて、穏やかにお茶をいただきながら』


 穏やか。


 本当か?


 本当に穏やかか?


『あなたが娘をどのように見てくださっているのか、母として少しだけ伺えればと思っております』


 少しだけ。


 この「少しだけ」が怖い。


 ガロウ公爵の「少し」と同じ匂いがする。


『なお、夫と息子が少々騒がしくしているようで、申し訳ございません』


 少々?


 少々ではない。


 かなりです。


『二人には、私からよく言っておきます』


 強い。


 この一文だけで、ガロウ公爵とレオナルド先輩が姿勢を正す様子が見える。


『では、近日中に日程を改めてお知らせいたします。どうか逃げずにいらしてくださいませ』


 逃げずに。


 母まで言った。


 やはりフルーラ家共通なのか。


『セレスティア・フルーラ』


 俺は便箋をゆっくり畳んだ。


 しばらく黙った。


 ライズが静かに尋ねる。


「若様」


「……はい」


「いかがでしたか」


「優しい手紙だった」


「はい」


「とても丁寧だった」


「はい」


「感謝もされていた」


「はい」


「なのに、すごく怖い」


「左様でございますか」


「笑顔で座っている姿が見える」


「まだお会いしておりませんが」


「見えるんだ」


 ライズは少し考え、真顔で言った。


「若様。セレスティア様相手には、余計な取り繕いは不要かと」


「そう思うか?」


「はい。取り繕った場合、おそらく見抜かれます」


「会う前から敗北感がある」


「正直に、誠実にお答えになるのが最善かと」


「そうだな」


「そして、ハンカチは多めに」


「リリス用か?」


「アマリリス様、ガロウ公爵様、場合によってはレオナルド様」


「範囲が広い」


「セレスティア様は泣かれないかと」


「なぜ分かる」


「泣かせる側でいらっしゃる気がいたします」


「やめろ。説得力がある」


 朝食の席でセレスティア夫人からの手紙を見せると、父上は珍しく真顔になった。


「来たか」


「来ました」


「セレスティアか」


「父上もご存じなのですよね」


「ああ。学生時代から知っている」


「どんな方ですか?」


 父上は少し考えた。


 そして、ゆっくり言った。


「優しい人だ」


「はい」


「美しい人だ」


「はい」


「社交が上手く、誰からも慕われる」


「はい」


「そして、絶対に敵に回してはいけない」


「最後だけ重い」


 母上がくすくす笑った。


「セレスティア様は、本当に素敵な方よ」


「母上も?」


「ええ。私も何度かお茶をご一緒したことがあるわ」


「どんな方でしたか?」


「人の話をよく聞いてくださる方」


「はい」


「相手が隠したことも、隠していると気づいたうえで、すぐには触れない方」


「怖いです」


「ふふ。でも、優しいのよ」


 父上が頷く。


「ガロウが暴走しても、セレスティアが微笑めば止まる」


「それは何度も聞きました」


「レオナルドも母には逆らわん」


「レオナルド先輩も」


「当然だ」


 フルーラ家の頂点。


 決まった。


 セレスティア夫人だ。


「アルフレッド」


 父上が言う。


「セレスティアに会う時は、変に格好つけるな」


「はい」


「だが、卑屈にもなるな」


「はい」


「お前がリリス嬢をどう思っているのか、正直に話しなさい」


「……はい」


「おそらく、そこを見られる」


 胸が少し重くなる。


 俺がリリスをどう思っているか。


 好きか、と問われたら。


 ……好きなのだろう。


 たぶん。


 いや、たぶんではない気がする。


 でも、言葉にするにはまだ照れる。


 リリスは可愛い。


 真っ直ぐで、泣き虫で、天然で、距離感が近くて、少し重くて。


 でも優しい。


 一生懸命だ。


 俺を大切にしてくれる。


 俺も、彼女を大切にしたいと思っている。


 それをセレスティア夫人の前で言えるのか。


 ……試験より難しい。


 学園に着くと、リリスはいつもの場所で待っていた。


 今日も制服姿。


 ブルーローズの髪飾り。


 ただし、いつもより少しそわそわしている。


 俺を見つけると、ぱっと笑顔になって歩いてきた。


 走らない。


 安定している。


「アル、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、リリス」


「今日も走りませんでした」


「はい。今日も自然でした」


「……自然、継続二日目です」


「記録しているんですか?」


「心の中で」


「ならいいです」


 リリスは少し頬を赤くした。


 そして、すぐに不安そうに俺を見た。


「アル」


「はい」


「お母様から、お手紙が届きましたか?」


「届きました」


「……怖かったですか?」


「優しかったです」


「はい」


「丁寧でした」


「はい」


「でも、少し怖かったです」


「やはり」


 リリスは申し訳なさそうに俯いた。


「お母様は、本当に優しいのです」


「分かっています」


「でも、時々、何もかも分かっているように微笑むので」


「それが怖いのです」


「はい」


「リリスでも怖いのですね」


「少し」


「少し?」


「……かなり」


「でしょうね」


 リリスは小さくため息をついた。


「お母様は、アルにお会いしたがっています」


「はい」


「私のことを、アルがどう思ってくださっているか聞きたいと」


「手紙にも書いてありました」


「……」


 リリスの顔が赤くなる。


 そちらが照れるのか。


「リリス?」


「アルが、私をどう思っているか」


「はい」


「私も、少し気になります」


 直球。


 朝から直球。


 俺は少し喉が詰まった。


 正門前。


 人目あり。


 ここで答えるのは危険。


 かなり危険。


「リリス」


「はい」


「それは、また落ち着いた場所で」


「……はい」


「今答えると、小声版では済まない気がします」


「……その可能性があります」


 リリスは素直に頷いた。


 自覚がある。


 成長だ。


 ミラが後ろで静かに言う。


「お嬢様、今は登校中です」


「はい、ミラ」


「泣きそうです小声版も、朝は控えめに」


「はい」


「ミラ殿、完全に管理していますね」


「必要ですので」


 必要なのか。


 必要だな。


 廊下でユリウスとエレナ嬢に合流すると、ユリウスがすぐに言った。


「おはよう。セレスティア様から手紙が来たらしいね」


「情報網が怖い」


「レオナルド先輩が、今朝とても姿勢よく歩いていたからね」


「それで分かるんですか」


「母上から手紙が出た、と上級生たちが察したらしい」


「フルーラ家、分かりやすすぎませんか」


 エレナ嬢は少し緊張した様子だった。


「セレスティア様は、社交界でも有名な方ですわ」


「そうなのですか?」


「ええ。とてもお優しく、美しく、誰に対しても穏やかで」


「はい」


「でも、失礼な方は二度と同じ失礼をしないそうです」


「何があったんですか」


「詳しくは存じませんが、笑顔でお茶を飲みながら、その方の家の不備をすべて優雅に指摘されたとか」


「怖い」


 リリスが少し慌てる。


「お母様は、必要なことを仰っただけです」


「それは分かります」


「相手のためです」


「逃げ道を塞ぐのも?」


「……優しさです」


「リリス、今少し迷いましたね」


 ユリウスが楽しそうに笑う。


「アルフレッド、次は母上面談か」


「面談と言わないでください」


「試験?」


「もっと嫌です」


「でも、実際見られるんだろうね」


「でしょうね」


 俺はため息をついた。


 リリスが心配そうに俺を見る。


「アル、嫌ですか?」


「嫌ではありません」


「本当ですか?」


「緊張はします」


「はい」


「でも、リリスのお母様ですから。ちゃんと会いたいと思っています」


 リリスの目が揺れた。


「あの、アル」


「はい」


「それは、泣きそうです……小声版です」


「朝三回目?」


「今日は多いです」


「セレスティア様効果ですね」


 エレナ嬢がハンカチを準備しかけたが、リリスは深呼吸して耐えた。


「大丈夫です」


「偉いです」


「危険です」


「はい」


 午前の授業は文学だった。


 今日の題材は家族を詠んだ詩。


 なぜ今日に限って。


 教師が優しい声で詩を読み上げる。


『母の微笑みは、春の陽に似て、父の背は、遠き山に似る』


 リリスが反応した。


 俺も反応した。


 セレスティア夫人とガロウ公爵が頭に浮かんだ。


 母の微笑み。


 父の背。


 いや、リリスの場合、母の微笑みは春の陽というより、春の陽に見せかけた絶対領域かもしれない。


 父の背は山。


 これは合っている。


 でかいし。


 授業中、教師が家族について感想を求めた。


 リリスが指名される。


 彼女は立ち上がり、少し考えてから言った。


「家族とは、自分を守ってくれる場所であり、時に心配しすぎる場所でもあると思います」


 教室が少し柔らかくなる。


 フルーラ家を知る者は、全員少し納得した顔になった。


「私の父は、少し心配性です」


 少し?


 俺、ユリウス、エレナ嬢の視線が微妙に揃う。


 リリスは一瞬こちらを見そうになって、耐えた。


「……かなり心配性です」


 訂正した。


 成長だ。


「兄も同じです」


 さらに言った。


「母は、そんな父と兄を優しく見守り、時々、静かに止めます」


 教室の何人かが笑いを堪えた。


 上級生に伝わったらレオナルド先輩が少し困るだろう。


 リリスは続けた。


「でも、私はそんな家族が好きです。心配されすぎると困ることもありますが、大切にされていることは分かります」


 声は穏やかだった。


「だから私も、誰かを大切にする時、困らせすぎないように学びたいと思います」


 俺は息を止めた。


 リリスは真っ直ぐだった。


 自分の距離感を、ただ笑いにするだけではなく、ちゃんと向き合っている。


 教師は優しく頷いた。


「とても良い感想です。家族の愛情も、受け取る側と伝える側の礼が必要ですね」


「はい」


 リリスは着席した。


 その背中は少し震えていた。


 でも、泣いていない。


 休み時間、リリスが俺の席へ来た。


「アル」


「はい」


「先ほど、どうでしたか?」


「とても良かったです」


「本当ですか?」


「はい。リリスの家族への気持ちが伝わりました」


「……っ」


「小声版?」


「小声版です」


「はい」


 俺はハンカチを出そうとした。


 しかし、リリスは首を振った。


「今回は、耐えます」


「無理はしないでください」


「はい。でも、今は言葉で受け取ります」


「では」


「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」


 礼法の授業で学んだ受け取り方。


 ちゃんと使っている。


 俺は少し感動した。


「リリス、本当に成長していますね」


「……アル」


「はい」


「それは、強すぎます」


「しまった」


 結局、ハンカチを使った。


 涙は一粒だけ。


 小声版の範囲内。


 もはや俺の中でも分類されている。


 昼休み、食堂ではいつもの四人で座った。


 ユリウスが面白そうに言う。


「アマリリス様、今日の文学の感想、良かったね」


「ありがとうございます」


「レオナルド先輩が聞いたら泣きそう」


「お兄様は泣きません」


「十歳の誕生日のハンカチで泣いたんだろう?」


「それは秘密です」


「もう秘密ではないですね」


 リリスが口元に手を当てる。


「お兄様に怒られるでしょうか」


「怒りはしないと思いますよ」


「泣くかも」


 俺が言うと、リリスは真剣に考えた。


「その可能性があります」


「フルーラ家、涙対応範囲が広がりすぎていますね」


 エレナ嬢がくすくす笑う。


「でも、皆さま感情豊かで素敵ですわ」


「エレナ嬢は優しいですね」


「本当のことですもの」


 リリスがまた潤みかける。


「小声版です」


「はいはい」


 ユリウスが慣れた様子で水を差し出す。


「涙の前に一口飲むと落ち着くよ」


「ありがとうございます」


「対応手順が増えた」


 俺が言うと、ユリウスは得意げに笑った。


「改訂版に入れておいて」


「作っていません」


「レオナルド先輩が作ってそうだけど」


「やめてください。ありそうです」


 午後は魔法基礎。


 今日は、感情を落ち着けながら魔力を保つ訓練だった。


 リリスにとってはかなり重要な練習だ。


 彼女は真剣に取り組んだ。


 手のひらの青白い光は、昨日より安定している。


 俺が見ても、大きく揺れない。


 ただ、目が合うと少し強くなる。


 でもすぐ戻る。


 成長している。


 授業後、教師にも褒められた。


「アマリリスさん、昨日より安定していますね」


「ありがとうございます」


「感情が動いても戻せることは大切です」


「はい」


 リリスは嬉しそうだった。


 だが、泣かなかった。


 俺は小さく拍手したい気持ちを抑えた。


 廊下でレオナルド先輩に会った。


 今日も自然に待っていた。


 自然とは。


「リリス」


「お兄様」


「今日、母上から手紙が届いたようだね」


「はい」


 レオナルド先輩は俺を見る。


「アルフレッド、読んだか?」


「はい」


「逃げるなと書いてあっただろう」


「書いてありました」


「母上が書いたなら、逃げない方がいい」


「逃げた場合は?」


「父上と僕が迎えに行く」


「逃げません」


 即答した。


 リリスが慌てて言う。


「お兄様、アルを脅かさないでください」


「事実だよ」


「事実でもです」


「分かった」


 兄、妹には弱い。


 レオナルド先輩は少し表情を和らげる。


「母上は、君を気に入っている」


「まだ会っていませんが」


「手紙と報告で、ある程度見ている」


「怖いです」


「だが、悪くは思っていない」


「それは安心しました」


「ただし、母上は核心を聞く」


「核心」


「リリスをどう思っているか」


 リリスが真っ赤になる。


 俺も少し顔が熱くなった。


 レオナルド先輩は真顔で続ける。


「取り繕うな」


「父上にも言われました」


「ならよい」


「……はい」


「あと、父上は今日も泣きそうになった」


「何でですか」


「リリスが文学の授業で家族について話したと聞いて」


「早い!」


「上級生の耳は早い」


「もう怖いです」


 リリスは恥ずかしそうに俯く。


「お父様に伝わったのですね」


「ああ。母上が『よかったわね』と言ったら、父上は黙って庭を見ていた」


「泣いてますね」


「泣いてはいないと言っている」


「泣いてますね」


 レオナルド先輩は頷いた。


「泣いている」


 断言した。


 父親の威厳が危うい。


 放課後。


 正門へ向かう途中、リリスは少し静かだった。


「リリス」


「はい」


「疲れましたか?」


「少し」


「手紙のこと?」


「はい。お母様がアルにお会いしたがっていることは嬉しいのです。でも、少し緊張します」


「俺も緊張します」


「アルも?」


「はい」


「では、一緒です」


「そうですね」


 リリスは少し安心したように笑った。


「アル」


「はい」


「お母様に、私のことを聞かれたら」


「はい」


「困りますか?」


「……困るというより、照れると思います」


「照れる」


「はい」


「でも、答えてくださいますか?」


「答えます」


 リリスの目が潤んだ。


「泣きそうです」


「小声版?」


「はい」


「では、馬車まで我慢できますか?」


「できます」


「偉いです」


「危険です」


「しまった」


 馬車の前で、俺はハンカチを差し出した。


「今日は使いますか?」


「はい」


「どうぞ」


「ありがとうございます」


「返却はいつも通りで」


「洗って返します。心の宝物にもします」


「今日の宝物名は?」


 俺が冗談めかして聞くと、リリスは少し考えた。


「お母様に会う勇気の宝物です」


「重いですね」


「大切です」


「はい」


 リリスは笑った。


「また明日、アル」


「また明日、リリス」


 馬車が遠ざかる。


 俺はその姿を見送りながら、空を見上げた。


 母親。


 セレスティア夫人。


 ついに会う日が近づいている。


 ガロウ公爵やレオナルド先輩とは違う緊張がある。


 だが、逃げるわけにはいかない。


 俺はリリスの婚約者なのだから。


 その夜。


 屋敷に帰ると、父上が待っていた。


「どうだった?」


「一日中、セレスティア夫人の気配がしました」


「ははは、分かる」


「笑い事ではありません」


「いや、よく分かるぞ」


 そこへ、フルーラ家から書状が届いた。


 今日は三通。


 嫌な予感。


 一通目、ガロウ公爵。


『リリスが文学の授業で家族を好きだと言ったらしい。泣いていない。泣いていないからな。説明はいらん。いや、少し説明しろ。 ガロウ』


 二通目、レオナルド先輩。


『父上は泣いていないと言っているが、庭を見ていた。母上が日程を決めるそうだ。覚悟しておくように。 レオナルド』


 三通目。


 セレスティア夫人。


 俺は息を呑み、開いた。


『アルフレッド様。急なお話で恐縮ですが、三日後の放課後、学園内の貴賓用応接室にて少しお話しできればと思います。アマリリスも同席いたしますので、どうぞご安心くださいませ。逃げ道はございませんが、怖がらなくても大丈夫です。 セレスティア・フルーラ』


 逃げ道はございません。


 怖がらなくても大丈夫です。


 両立していない!!


 俺は手紙を持ったまま天井を見上げた。


 父上は腹を抱えて笑った。


 母上は「あら、楽しみね」と微笑んだ。


 リーマスは「逃げ道を塞ぐ配慮、さすがでございます」と頷いた。


 ライズは親指を立てた。


 俺は深く息を吸い、今日も心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 お母様の手紙!!


 優しいのに圧が強すぎます!!

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