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『公爵令嬢様、距離感が近すぎます! 〜伯爵子息は今日もツッコミが追いつかない〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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16/82

第16話 公爵家のお父様まで泣きそうです



 皆さん、こんにちは!!


 アルフレッド・シェルザートです。


 最近、俺の周囲では涙に関する話題が多い。


 最初はリリスだった。


 嬉しくて泣く。


 安心して泣く。


 褒められて泣きそうになる。


 俺が本心を言うと、小声版が発動する。


 そこまでは分かる。


 いや、完全に分かるかと言われると怪しいが、少なくとも慣れてはきた。


 しかし、ついに昨日。


 ガロウ・フルーラ公爵まで泣いたらしい。


 理由は、リリスが「昨日より怖くありませんでした」と言ったから。


 娘の成長に感動して泣いた、と。


 うん。


 父親としては分かる。


 分かるけど。


 なぜその報告が俺の家に来る?


 しかもレオナルド先輩から、


『父上の涙対応手順が必要かもしれない』


 などという書状まで届いた。


 必要ない!!


 いや、必要かもしれないけど!!


 それはフルーラ家内で解決してください!!


 俺はまだ十五歳の伯爵子息であり、リリスの婚約者ではあるが、フルーラ家の涙管理責任者ではない。


 ……ないよな?


 最近、自信がなくなってきた。


 朝食の席でその話をしたら、父上は腹を抱えて笑った。


「ガロウもついに泣いたか」


「父上、笑いすぎです」


「いや、あいつは昔から涙脆いところがあった」


「騎士団長ですよね?」


「騎士団長でも泣く時は泣く」


「それはそうですが」


「特に娘のこととなればな」


 父上は紅茶を飲みながら、懐かしそうに目を細めた。


「学生時代のガロウは、もっと無骨だった。剣ばかり振っていて、笑うのも下手でな」


「今も少しそんな感じですが」


「リリス嬢が生まれてから、あいつは変わった」


「そうなのですか?」


「ああ。娘を抱いた瞬間、泣いた」


「最初から泣いていたんですね」


「しかも声を殺してな。『泣いていない』と言い張っていた」


「現在とあまり変わっていませんね」


 母上がくすくす笑った。


「父親とはそういうものよ。大切なものが増えると、強い人ほど涙脆くなることもあるわ」


「母上は父上で泣いたことありますか?」


「あるわよ」


 父上がむせた。


「リリア!」


「だって本当でしょう?」


「子供の前で」


「アルももう婚約者がいる年齢ですもの」


「母上、話を広げないでください」


 俺まで巻き込まれそうだったので、慌てて止めた。


 母上は楽しそうに微笑んだ。


「アルもそのうち分かるわ」


「分かる日が来るのでしょうか」


「もう少し分かり始めていると思うけれど」


「……」


 否定しきれないのが悔しい。


 リリスが嬉しそうに笑うと、俺も嬉しい。


 リリスが不安そうにしていると、何とかしたいと思う。


 リリスが泣くと、最初より慌てなくなったが、それでも胸が少し痛む。


 たぶん、これは大切に思っているということなのだろう。


 言葉にするのは、まだ少し照れる。


「若様」


 背後でライズが言った。


「本日の装備でございますが」


「また装備か」


「ハンカチ五枚」


「昨日と同じだな」


「うち一枚は、ガロウ公爵様用として大判のものを」


「持っていかない!!」


「万一、学園にお越しになった場合に備えて」


「来る前提にしないでくれ」


「昨日の件を考慮すると、可能性は零ではございません」


「否定できないのが嫌だ」


 ライズはさらに続けた。


「また、レオナルド様より、父親涙対応について意見を求められた場合に備え、簡単な要点を」


「作ったのか?」


「はい」


「見せて」


 ライズは小さな紙を差し出した。


 そこには綺麗な字でこう書かれていた。


 一、否定しない。


 二、娘の成長を共に喜ぶ。


 三、剣を持たせない。


 四、セレスティア様を呼ぶ。


「四番が最強すぎる」


「最終手段でございます」


「というか、三番も怖い」


「重要です」


「否定できない」


 父上がまた笑った。


「いいじゃないか。実用的だ」


「実用的な時点でおかしいんです」


「ガロウ相手なら必要だ」


「父上の友人関係、濃すぎませんか?」


「今さらだな」


 そんなわけで、今日も俺は学園へ向かった。


 馬車の窓から見える王都の街並みは、いつも通りだった。


 商人が店先を掃き、馬車が行き交い、空には薄い雲が流れている。


 世間は平和だ。


 だが俺の鞄には、リリス用のハンカチと、なぜかガロウ公爵用の大判ハンカチが入っている。


 平和とは何なのか。


 学園に着くと、正門前にリリスが立っていた。


 今日も制服姿。


 髪にはブルーローズの髪飾り。


 そして、俺を見つけると、ぱっと笑顔になる。


 昨日より顔色は落ち着いていた。


 ただ、少し恥ずかしそうだ。


「アル、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、リリス」


「今日も走りませんでした」


「はい。とても自然でした」


「……自然、継続です」


「継続?」


「はい。朝のほどほどが安定してきました」


「自分で分析できるように」


「成長です」


「本当に成長ですね」


 俺がそう言うと、リリスの目が少し潤んだ。


「泣きそうです……小声版です」


「朝から来ましたね」


「でも、耐えます」


「偉いです」


「危険です」


「はい」


 このやり取りにも、だいぶ慣れてきた。


 ミラが後ろで静かに微笑んでいる。


「お嬢様、本日は昨日より安定しておられます」


「ミラ、また共有を」


「重要ですので」


 俺はミラへ小声で尋ねた。


「ガロウ公爵は大丈夫でしたか?」


 ミラの表情が一瞬だけ遠くなった。


「今朝は、セレスティア様が対応されました」


「やはり」


「公爵様は、お嬢様の成長を大変喜ばれておりました」


「泣いたと聞きました」


「はい。ですが、セレスティア様が『あなた、リリスが困りますよ』と仰ったところ、すぐに落ち着かれました」


「一言で」


「はい」


 強い。


 セレスティア夫人、やはり強い。


 リリスは少し恥ずかしそうに言った。


「お父様は、少し涙脆いのです」


「少し?」


「……かなり」


「はい」


「でも、優しいのです」


「分かっています」


「昨日、私が少し強くなれたと話したら、お父様が泣いてしまって」


「はい」


「私も泣きそうになりました」


「連鎖するところでしたね」


「お母様が止めてくださいました」


「やはり最強ですね」


 リリスは不思議そうに首を傾げた。


「お母様は、とても優しいです」


「優しいのは分かります」


「少しだけ、笑顔が怖い時があります」


「そこも分かります」


「まだお会いしていないのに?」


「周囲の話だけで十分伝わっています」


 リリスはくすっと笑った。


 その笑顔が柔らかくて、朝の空気が少し明るくなる。


 教室へ向かうと、ユリウスとエレナ嬢がすぐに合流した。


「おはよう、アルフレッド。アマリリス様」


「おはようございます」


「ご機嫌よう」


 ユリウスは俺の顔を見るなり、にやりとした。


「聞いたよ」


「今日は何を聞いたんですか」


「ガロウ公爵様が泣いたって」


「広まるの早すぎませんか!?」


 廊下なので小声でツッコむ。


 もう俺も学習している。


 ユリウスは笑いを堪えた。


「上級生の間で、レオナルド先輩が少し疲れた顔をしていたらしくてね」


「そこから?」


「理由を聞かれて、『父上が泣いた』と」


「レオナルド先輩、言ったんですね」


「たぶん信頼できる相手だけにね。でも、まあ広まるよね」


「広まらないでほしい」


 リリスは顔を赤くしていた。


「お父様が恥ずかしい思いを」


「大丈夫ですわ」


 エレナ嬢が優しく言う。


「娘の成長に涙するお父様なんて、素敵です」


「そうでしょうか」


「ええ」


「……エレナ様」


「はい」


「泣きそうです……小声版です」


「今日は私が」


 エレナ嬢がすぐにハンカチを出した。


 早い。


 完璧な連携。


 ユリウスが小さく拍手しそうになって、俺に見られて手を止めた。


「今、拍手しようとしましたね」


「いや、見事な対応だったから」


「対応技術を競う場ではありません」


「でも上達している」


「否定できません」


 リリスは深呼吸し、涙を止めた。


「大丈夫です」


「偉いですわ」


 エレナ嬢が微笑む。


 リリスは嬉しそうに頷いた。


 教室に入ると、クラスメイトの数人がいつも通り挨拶してくれた。


 昨日のベルク家の件もあり、少し慎重な空気は残っている。


 だが、それでも教室は温かかった。


 ニール・バートンが俺に近づいてきた。


「シェルザート君、おはよう」


「おはようございます、バートン君」


「昨日はありがとう。算術、分かるようになったよ」


「よかったです」


 ニールは少し迷ったあと、リリスへ向き直った。


「アマリリス様も、おはようございます」


「おはようございます、バートン様」


「昨日、少し怖いことがあったと聞きました。あの、無理なさらず」


 不器用だが、優しい言葉だった。


 リリスは驚いたように目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。


「ありがとうございます。今日は大丈夫です」


「それならよかったです」


 ニールは少し照れたように自分の席へ戻っていった。


 リリスは俺を見た。


「アル」


「はい」


「皆さまが優しいです」


「そうですね」


「泣きそうです」


「小声版?」


「はい」


「今日は多いですね」


「嬉しいことが多いので」


「それはいいことです」


 リリスは深呼吸する。


 涙は出ない。


 頑張っている。


 一時間目は歴史だった。


 今日の内容は、王国建国期の四公爵家と王家の関係について。


 フルーラ家の名前も出た。


 教師が黒板に古い家系図を書きながら説明する。


「建国当時、王家を支えた四つの大貴族家。そのうち、フルーラ家は軍事と北方守備に深く関わりました」


 リリスの背筋が自然と伸びる。


 公爵令嬢としての顔。


 誇りと責任が見える。


「また、フルーラ家には代々、騎士団長を務める者が多く……」


 ガロウ公爵の話だ。


 俺は少しだけリリスを見る。


 彼女は真面目に聞いている。


 昨日泣いた父親。


 娘に甘い父親。


 でも、王国を守る騎士団長でもある。


 その両方がガロウ公爵なのだろう。


 授業後、リリスが静かに言った。


「お父様は、立派な方です」


「はい」


「少し過保護ですが」


「かなり」


「かなり過保護ですが」


「はい」


「でも、私はお父様を尊敬しています」


「それは素敵なことです」


 リリスは嬉しそうに微笑んだ。


「アルがそう言ってくださると、嬉しいです」


「俺も、ガロウ公爵のことは尊敬しています」


「本当ですか?」


「はい。圧はすごいですが、国を守っている方ですから」


「……っ」


「リリス?」


「泣きそうです……小声版です」


「お父様を褒めても発動するんですね」


「はい」


 フルーラ家関連は涙腺に直結しているらしい。


 二時間目は礼法。


 今日の授業は、相手を褒める時の距離と表現についてだった。


 また距離。


 また褒める。


 先生、狙っているのか?


 ベイル先生はいつものように淡々と言う。


「褒め言葉とは、相手を喜ばせるためのものですが、過度であれば相手を困らせます」


 俺とリリスが同時に反応した。


 ユリウスが横で笑いを堪える。


「また、褒められた側も、過度に恐縮しすぎると相手を困らせます。素直に受け取ることも礼の一つです」


 リリスが真剣に頷く。


 俺も真剣に頷く。


 これは今の俺たちに必要すぎる授業だ。


「では、二人一組で、相手を一つ褒め、それを受け取る練習をします」


 来た。


 危険な練習。


 組は隣同士。


 俺はユリウス。


 リリスはエレナ嬢。


 よかった。


 いや、少し残念か?


 ……いや、よかった。


 もし俺とリリスが組んでいたら、一つ褒めただけで小声版が発動する可能性が高い。


 ユリウスがにやにやしている。


「アルフレッド、僕を褒めてくれる?」


「その言い方やめてください」


「じゃあ僕から。アルフレッドは真面目で、周囲をよく見ているところがいいと思う」


「ありがとうございます」


「受け取り方が硬い」


「練習中です」


「じゃあ、もう少し柔らかく」


「……そう言ってもらえると嬉しいです」


「いいね」


 意外と難しい。


 褒められるのは照れる。


 でも受け流しすぎると失礼になる。


 リリスは褒められると泣きそうになるが、俺も俺で素直に受け取るのは得意ではない。


 次に俺がユリウスを褒める。


「ユリウスは、場の空気を読むのが上手いと思います」


「ありがとう。よく逃げてきた成果かな」


「すぐ逃げ足の話にする」


「照れ隠しだよ」


 その頃、リリスとエレナ嬢も練習していた。


 エレナ嬢が言う。


「アマリリス様は、とても真っ直ぐで、相手を大切に思う気持ちが伝わる方です」


 リリスの目が一瞬で潤んだ。


「泣きそうです……小声版です」


「受け取る練習ですわ」


「はい」


「では、ありがとうございます、と」


「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです」


 リリスは震えながらも言えた。


 ベイル先生が頷く。


「よろしい。感情が動いても、言葉で受け取れましたね」


「はい」


 リリスの顔が少し明るくなる。


 成長している。


 俺は思わず微笑んだ。


 するとリリスがこちらに気づき、また泣きそうになった。


 危ない。


 微笑むだけでも危険なのか。


 昼休み。


 食堂では、いつもの四人で座った。


 今日はベルク家の接触はない。


 視線はあるが、昨日より弱い。


 ユリウスがパンを割りながら言った。


「礼法の授業、良かったね」


「そうですね」


「アマリリス様、褒められても受け取れていた」


「はい。頑張りました」


 リリスは少し誇らしげだ。


 エレナ嬢が微笑む。


「とても上手でしたわ」


「ありがとうございます」


 リリスは深呼吸した。


「小声版は?」


 俺が聞くと、リリスは首を横に振った。


「今回は大丈夫です」


「おお」


「成長です」


「本当に成長ですね」


「……危険です」


「しまった」


 ユリウスが笑う。


「アルフレッド、褒め方に注意だね」


「礼法で学んだばかりなのに」


「君はアマリリス様相手だと、たまに無防備になる」


「そうですか?」


 リリスが少し嬉しそうに俺を見る。


「アルが、私に無防備」


「違います」


「違うのですか?」


「いや、違わないかもしれませんが」


「……小声版です」


「今ので!?」


 エレナ嬢がすっとハンカチを出した。


 完璧な流れ。


 リリスは目元を軽く押さえるだけで、涙は落とさなかった。


「耐えました」


「偉いです」


「危険です」


「もう何も言えない」


 食後、自由研究の資料探しのため、少しだけ図書棟へ行くことになった。


 リリスのテーマは「礼法における感情表現と周囲の配慮」。


 俺も領地経営に関する本を探す。


 ユリウスとエレナ嬢も一緒だ。


 図書棟に入ると、リリスは心の中で本に挨拶したらしい。


 口には出さなかった。


 成長だ。


 資料を探していると、リリスが礼法の本を手に取った。


「アル、この本はどうでしょう」


「良さそうですね。章立ても分かりやすいです」


「では、これを借ります」


「はい」


「この本は、私の涙を学びに変える橋です」


「また橋が増えた」


「橋は多い方が渡りやすいです」


「急に良いことを言う」


 リリスは少し照れた。


「アルが教えてくださったのです。本は橋だと」


「そうでしたね」


「私は、少しずつ橋を増やしたいです」


 その言葉は静かだった。


 笑いではなく、本心だった。


 泣き虫な自分。


 距離感が近い自分。


 不安になりやすい自分。


 それをただ恥ずかしいものとして隠すのではなく、学びに変えようとしている。


 リリスは、本当に強くなっている。


「リリス」


「はい」


「良い研究になると思います」


「……はい」


「今のは?」


「泣きそうです……小声版です」


「図書棟なので静かに」


「はい」


 リリスは本を抱えながら、深呼吸した。


 涙は出なかった。


 放課後。


 正門へ向かう途中、レオナルド先輩が待っていた。


 今日は呼び出しではない。


 廊下の端で、自然に。


 いや、自然に見せているだけで、待っていたのだろう。


「リリス」


「お兄様」


 リリスが嬉しそうに礼をする。


 レオナルド先輩は俺にも視線を向ける。


「アルフレッド」


「はい」


「父上の件だが」


「はい」


「母上が対応した」


「でしょうね」


「父上は落ち着いた。現在、ベルク家を斬るのではなく、正式な抗議文を下書きしている」


「それもやめた方が」


「母上が確認する」


「なら大丈夫ですね」


 レオナルド先輩が静かに頷いた。


「母上が通すなら大丈夫だ」


 リリスが微笑む。


「お母様は、とても文章がお上手です」


「そうなんですね」


「笑顔で相手を逃がさない文章を書きます」


「怖いです」


「優しい文章です」


「逃がさない時点で」


 レオナルド先輩が少し笑った。


「近いうちに、母上も君に会いたいと言っている」


「ついに来ましたか」


「怖いか?」


「正直に言えば」


「怖いです」


 レオナルド先輩は満足そうに頷いた。


「正直でよろしい」


「試験ですか?」


「いや、母上は父上や僕とは違う」


「それは少し安心です」


「ただし、一番よく見ている」


「安心できなくなりました」


 リリスが少し慌てる。


「お母様は、アルを困らせたりしません」


「本当ですか?」


「たぶん」


「たぶん」


「優しいです」


「はい」


「少しだけ、笑顔が」


「怖い?」


「……はい」


 本人の娘が言うのだから間違いない。


 セレスティア夫人。


 いつか会う日が来る。


 きっと、その時も俺はツッコミが追いつかないのだろう。


 正門で別れる時、リリスは今日借りた本を大切に抱えていた。


「アル」


「はい」


「今日は、お父様のことで恥ずかしかったですが」


「はい」


「でも、皆さまが優しくて、嬉しかったです」


「はい」


「礼法の授業で、褒め言葉を受け取る練習もできました」


「とても上手でした」


「危険です」


「でも本当です」


「……小声版です」


「はい」


 俺はハンカチを出した。


 リリスは受け取り、目元を押さえる。


 涙は出なかった。


 ただ、笑っていた。


「今日は泣きませんでした」


「はい」


「少しだけ、強くなれました」


「そうですね」


「お父様が聞いたら、また泣くでしょうか」


「泣くかもしれません」


「では、帰ったら小声で言います」


「小声でも泣くと思います」


「そうですね」


 二人で笑った。


 リリスは馬車に乗り、窓から手を振る。


 俺も振り返す。


 馬車が遠ざかる。


 今日は、昨日よりさらに穏やかだった。


 ガロウ公爵の涙という新たな問題は発生したが、リリス自身は少しずつ落ち着いてきている。


 不安もある。


 王子周辺の動きもある。


 でも、前に進んでいる。


 その夜。


 屋敷に帰ると、父上が待っていた。


「今日はどうだった?」


「ガロウ公爵用の涙対応は、セレスティア夫人が解決しました」


「だろうな」


「リリスは泣きませんでした」


「おお」


「泣きそうには何度かなりましたが」


「それは日常だな」


「日常になってしまいました」


 そこへ、フルーラ家から書状が届いた。


 一通目はガロウ公爵。


『リリスが「今日は泣きませんでした」と小声で報告してきた。泣きそうになった。セレスティアに止められた。説明しろ。 ガロウ』


 二通目はレオナルド先輩。


『父上は未遂で済んだ。母上が介入したため問題なし。リリスは成長している。なお、母上が近いうちに君と話したいそうだ。逃げないように。 レオナルド』


 俺は二通を読み、静かに天井を見上げた。


 ついに母。


 笑顔の最強格。


 逃げないように、という言葉が重い。


 父上は楽しそうに笑った。


 リーマスは「いよいよでございますね」と頷いた。


 ライズは親指を立てた。


 俺は深く息を吸い、今日も心の底から叫んだ。


 公爵令嬢様!!


 お父様の涙は止まったけど!!


 今度はお母様が怖すぎます!!

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