第13話 公爵令嬢様、泣く前提で対策される
皆さん、こんにちは!!
アルフレッド・シェルザートです。
昨日、俺はリリスの兄――レオナルド・フルーラ先輩から呼び出しを受けました。
内容は、妹の婚約者としてふさわしいかどうかの確認。
……と聞けば、まあ分かる。
公爵家の令嬢の兄として、婚約者の人柄を確かめたい。
それ自体は理解できる。
理解できるのだが。
実際に行われたのは、なぜかリリス理解度試験だった。
リリスが泣く理由。
リリスが用いる距離感の基準。
食堂の小皿。
本一冊分。
心の椅子。
本との和解。
……改めて並べると、本当に何の試験なんだ。
しかも結果は及第点。
そして次回予告。
『リリスが泣いた時の対応手順について話す』
対応手順。
泣いた時の。
婚約者同士の会話なのか、救護訓練なのか分からなくなってきた。
いや、リリスが泣くことは珍しくない。
嬉し泣きが多い。
感動して泣く。
安心して泣く。
俺が少し本心を言うと泣きそうになる。
褒めると泣きそうになる。
約束を覚えていると泣きそうになる。
制服姿を褒めても泣きそうになる。
……多いな。
確かに対応手順は必要かもしれない。
そう思ってしまった時点で、俺はだいぶフルーラ家に染まってきているのかもしれない。
今朝、食堂で父上にその話をしたところ、父上は紅茶を吹きそうになった。
「対応手順か。いいじゃないか」
「いいんですか?」
「大切だろう。婚約者の涙にどう向き合うかは」
「言い方だけなら真面目ですね」
「真面目な話だぞ」
「でも父上、笑っています」
「すまん。面白い」
「でしょうね」
母上は穏やかに微笑んでいた。
「でも、リリス様が泣いてしまった時、アルが慌てすぎないのは大事よ」
「それは分かります」
「泣かないで、と焦って止めようとするより、どうして泣いたのかを見てあげなさい」
「はい」
「嬉しい涙なら、無理に止めなくてもいいわ。ただ、人前ならそっと隠してあげるとか、ハンカチを渡すとか」
「なるほど」
「そして、泣き止んだあとに責めないこと」
「責めませんよ」
「ええ。あなたなら大丈夫」
母上の言葉は、いつもちゃんと胸に入ってくる。
父上やレオナルド先輩が言うと試験や訓練に聞こえるが、母上が言うと本当に大切な心構えに聞こえる。
リリスは泣き虫だ。
でも、それは弱いということではない。
感情が素直に出るだけ。
嬉しさも、不安も、安心も、全部まっすぐ出る。
なら、俺はそれを笑って受け止めるのではなく、ちゃんと隣で見ていなければならない。
……いや、笑う時はあるけど。
ツッコミも入れるけど。
そこは許してほしい。
出発前、ライズが鞄の中を確認していた。
「若様、本日の装備でございます」
「装備って言うな」
「学用品一式」
「ああ」
「筆記具」
「うん」
「教本」
「うん」
「予備のハンカチ三枚」
「多い」
「さらに、香りの強くない落ち着く香油を染み込ませた布を一枚」
「本格的になってきたな」
「アマリリス様が泣かれた際、香りが強いものは逆効果かと」
「お前、いつの間にそんな知識を」
「奥様より」
「母上……」
母上まで本気だ。
いや、ありがたい。
ありがたいのだが、完全にリリス涙対策が我が家の正式準備になっている。
「そして若様」
「なんだ」
「本日は、声の調子を」
「ツッコミ用か?」
「いえ、落ち着いて声をかけるためでございます」
「そこは真面目なんだな」
「もちろんでございます」
ライズは真顔で一礼した。
少しだけ見直した。
……直後に親指を立てたので、見直した分は少し減った。
学園に到着すると、正門前にはリリスがいた。
今日も制服姿。
金の髪にブルーローズの髪飾り。
朝日を受けて、まるで花壇の中で一番明るい花のように見える。
リリスは俺を見つけると、ぱっと笑顔になった。
そして、走らずに歩いてくる。
もはや朝の恒例である。
「アル、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、リリス」
「今日も走りませんでした」
「はい。とても自然でした」
「自然」
リリスの頬が赤くなる。
「アルに自然と言われました」
「言いました」
「嬉しいです」
「泣きませんよね?」
「泣きません。朝ですので」
「時間帯で管理できるようになってきましたね」
「はい」
リリスは誇らしげだった。
その後ろでミラが静かに礼をする。
「アルフレッド様、本日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ミラ殿、今日は……」
「お嬢様のハンカチは十分に用意しております」
「さすがです」
「また、レオナルド様より『泣いた場合は状況を簡潔に記録せよ』と」
「記録!?」
思わず声が出た。
リリスがはっとする。
「あ、アル、違うのです」
「違うんですか?」
「お兄様は、その、私が泣いた理由を把握して、次に備えたいだけで」
「それを記録と言います」
「……はい」
リリスは少し恥ずかしそうに俯いた。
「でも、私も泣きすぎないようにします」
「無理に我慢しすぎなくていいですよ」
「アル」
「はい」
「朝から優しいです」
「通常運転です」
「泣きそうです」
「言ったそばから」
リリスは目を潤ませかけたが、すぐに深呼吸した。
「大丈夫です」
「偉いです」
「褒められました」
「まずい」
「でも耐えます」
ミラがハンカチを構えかけていた。
朝の正門前でこの緊張感。
これから一日どうなるんだ。
教室へ向かう途中、ユリウスとエレナ嬢が合流した。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます」
「ご機嫌よう、ユリウス様、エレナ様」
ユリウスは俺を見るなり、にやりとした。
「聞いたよ」
「何をですか」
「リリス様が泣いた時の対応手順を作るんだって?」
「広まるの早くないですか!?」
廊下で言いそうになって、慌てて声を抑えた。
危ない。
上級生棟での話が、もうユリウスに届いている。
「レオナルド先輩が昨日、上級生の友人に『妹の涙に対する下級生の理解度を確認する』みたいなことを言っていたらしくてね」
「言い方!!」
「かなり真面目だったらしいよ」
「真面目だから余計に怖いんです」
エレナ嬢はリリスを見て、優しく微笑んだ。
「アマリリス様、大丈夫ですか? 少し恥ずかしいのでは」
「……少し」
リリスは頬を赤くする。
「でも、お兄様は私を心配してくださっているだけですので」
「本当にお優しいお兄様ですわ」
「はい。少し心配性ですが」
「かなり?」
俺が言うと、リリスは素直に頷いた。
「かなり」
ユリウスが笑う。
「アマリリス様も、だいぶ客観的になってきたね」
「アルに教えていただきました」
「俺ですか?」
「はい。アルがいつも『少しではなく、かなりです』と教えてくださるので」
「そんな教育してました?」
「していました」
していたらしい。
廊下を歩きながら、ユリウスが面白そうに言った。
「でも、涙対応手順か。悪くないんじゃない?」
「ユリウスまで」
「いや、だってアマリリス様、嬉しくても泣きそうになるだろう? 教室や食堂で泣きそうになったら、周囲も慌てるし」
「それはそうですが」
「なら、みんなが慣れていた方がいい」
「みんな?」
嫌な予感がした。
ユリウスは爽やかに笑った。
「クラス内でも、アマリリス様が泣きそうになった時は、静かに見守る空気ができつつあるよ」
「できつつあるんですか!?」
エレナ嬢が頷く。
「ええ。先日の食堂や教室で、皆さま少しずつ理解されてきましたわ」
「何をですか」
「アマリリス様は、悲しいのではなく、嬉しくて泣きそうになることが多いと」
「広まっている……」
リリスは真っ赤になっていた。
「私、そんなに分かりやすいでしょうか」
「かなり」
俺、ユリウス、エレナ嬢の声が揃った。
リリスは両手で顔を押さえた。
「三人に言われました」
「すみません」
「でも、嬉しいです」
「なぜ?」
「皆さまが、私を見てくださっているので」
その言葉に、少し胸が温かくなる。
リリスは本当に、物事を優しく受け取る。
からかわれても、見守られていると感じる。
そこが彼女の可愛らしいところであり、強いところでもあるのだと思う。
午前の授業は礼法だった。
ベイル先生が教室に入り、いつものように鋭い視線で全体を見渡す。
「本日は、感情が表に出た時の礼について学びます」
リリスが反応した。
俺も反応した。
ユリウスがこちらを見た。
エレナ嬢も口元を押さえた。
先生。
狙ってますか?
狙ってませんよね?
偶然ですよね?
ベイル先生は淡々と続ける。
「貴族であっても、人である以上、喜び、悲しみ、驚き、不安は表情に出ます。重要なのは、それを無理に殺すことではなく、場に相応しい形で整えることです」
リリスが真剣に聞いている。
これは今の彼女にかなり大事な内容だ。
「例えば、人前で涙が出そうになった時。恥じる必要はありません。ただし、周囲を必要以上に動揺させない配慮が必要です」
完全に刺さっている。
リリスの背筋が伸びた。
「ハンカチを用いる。視線を少し外す。信頼できる相手に一言断る。必要なら席を外す。こうした小さな所作が、自分も周囲も守ります」
母上が言っていたことに近い。
俺も思わず真剣に聞いていた。
ベイル先生の視線が、ふとリリスに向く。
「アマリリスさん」
「はい」
「あなたは感情が豊かな方のようですね」
「……はい」
リリスは少し恥ずかしそうに答えた。
教室の空気が柔らかくなる。
誰も笑っていない。
馬鹿にする空気ではない。
皆、リリスを見守っている。
「それは悪いことではありません」
「はい」
「ただし、公爵令嬢として、人前での整え方も覚えなさい」
「はい」
「そして、周囲の者も」
ベイル先生の視線が教室全体へ向いた。
「誰かが感情を抑えきれなくなった時、騒ぎ立てるのではなく、静かに支えること。これも礼です」
教室が静まり返った。
俺はこの先生を少し尊敬した。
リリスのことを見ている。
でも、特別扱いして晒すのではなく、授業として全員に伝えている。
リリスは小さく息を吸い、真剣に頷いた。
「承知いたしました」
その声は少し震えていたが、しっかりしていた。
休み時間。
リリスは俺の席へ来た。
距離はほどほど。
ノートを持っている。
「アル」
「はい」
「先ほどの授業、とても勉強になりました」
「俺もそう思いました」
「泣きそうになった時、信頼できる相手に一言断る」
「はい」
「アルに断ってもよろしいですか?」
「もちろん」
「では、泣きそうになったら、泣きそうですと」
「いつも言っていますね」
「自然にできていました」
「そうですね」
リリスは少し誇らしげだった。
そこは誇っていいのか分からないが、彼女にとっては大事なことなのだろう。
「でも、今後はもう少し静かに言います」
「それはいいですね」
「泣きそうです、小声版です」
「名称をつけないでください」
ユリウスが横で笑った。
「小声版、いいね」
「広めないでください」
エレナ嬢も微笑んだ。
「でも、分かりやすいですわ。アマリリス様が小声で仰ったら、私もそっとハンカチを用意します」
「エレナ様まで」
「お友達ですもの」
リリスが目を見開いた。
「お友達」
その声が小さく震えた。
あ。
これは来る。
リリスの目が一気に潤んだ。
「リリス」
「泣きそうです……小声版です」
「本当に使った」
俺は鞄からハンカチを出そうとした。
しかし、エレナ嬢が先にそっとハンカチを差し出した。
「アマリリス様、どうぞ」
「……ありがとうございます」
リリスは受け取り、目元をそっと押さえた。
静かだった。
本当に静かに、涙を一粒だけこぼした。
教室がざわつかない。
誰も大声を出さない。
ユリウスは少しだけ周囲を見て、何でもないように会話を続ける空気を作った。
近くの生徒たちも、見ないふりをしてくれている。
俺は胸が温かくなった。
これが、支えるということなのかもしれない。
「リリス」
「はい」
「今の、とても上手でした」
「……っ」
「泣きそうですか?」
「もう泣いています」
「そうでした」
リリスは小さく笑った。
エレナ嬢も笑う。
「アマリリス様、私もお友達だと思っております」
「はい……嬉しいです」
「ただし、泣きすぎると次の授業で目が赤くなりますわ」
「はい。気をつけます」
リリスは深呼吸し、涙を止めた。
成長している。
本当に。
昼休み。
食堂では、なぜかユリウスが真剣な顔で言った。
「さて、今日の議題だけど」
「食堂で議題を始めないでください」
「アマリリス様が泣きそうになった時の対応について」
「始めた!」
リリスが真っ赤になった。
「ユリウス様、あの」
「いや、真面目な話だよ。クラスで変に騒がれない方がいいだろう?」
「それは……はい」
「なら、身近な僕たちが自然に対応できた方がいい」
エレナ嬢も頷いた。
「私もそう思いますわ」
俺は少し迷ったが、確かにそうだと思った。
今日の礼法の授業もあった。
リリスが泣きそうになるたびに周囲が騒ぐより、自然に受け止める方がいい。
「では、手順というほどではなく、確認だけしましょう」
「アルまで」
リリスは恥ずかしそうだ。
俺は声を柔らかくした。
「リリスが困らないためです」
「……はい」
「まず、リリスが『泣きそうです』と言ったら、悲しいのか嬉しいのか確認する」
「はい」
「人前なら、ハンカチを渡して、目立たないようにする」
「はい」
「無理に止めない」
「はい」
「泣いた理由を責めない」
「はい」
「レオナルド先輩への報告は?」
ユリウスが聞いた。
「不要です」
俺は即答した。
リリスが少し慌てる。
「でも、お兄様が」
「毎回報告していたら学園生活が報告書になります」
「確かに」
「ガロウ公爵にも、全部は報告しません」
「お父様が拗ねます」
「拗ねるんですか」
「たぶん」
「公爵様……」
エレナ嬢が口元を押さえる。
「では、大きなことがあった時だけ?」
「そうしましょう」
「大きな涙?」
ユリウスが言った。
「涙に大小をつけないでください」
「いや、アマリリス様ならありそうだなって」
リリスは真剣に考え込んだ。
「大きな涙……」
「リリス、考えなくていいです」
「はい」
その後、食堂では普通に昼食を取った。
小皿は使われなかった。
リリスも落ち着いていた。
ただ、エレナ嬢のハンカチを返す時に、
「洗って、きちんとお返しします」
と言い、その後小さく、
「お友達のハンカチ……」
と呟いてまた泣きそうになった。
エレナ嬢は優しく笑い、
「返していただければ、それで十分ですわ」
と言った。
リリスは深呼吸した。
偉い。
午後の歴史の授業を終えたあと、廊下でレオナルド先輩とすれ違った。
今日は向こうから近づいてきたわけではない。
だが、リリスを見ると足を止めた。
「リリス」
「お兄様」
リリスが礼をする。
俺も続く。
「アルフレッド」
「はい」
「今日、リリスは泣いたか?」
「いきなりですね」
「重要だ」
「一度、少しだけ」
「理由は?」
「エレナ嬢にお友達と言われて嬉しくて」
レオナルド先輩の表情が柔らかくなった。
「そうか」
「はい」
「それは良い涙だ」
「分類された」
「対応は?」
「エレナ嬢がハンカチを渡し、周囲は騒がず、リリスもすぐ落ち着きました」
「よし」
「よしなんですか」
「及第点だ」
「また採点された」
リリスが少し恥ずかしそうに言った。
「お兄様、毎回確認しなくても大丈夫です」
「そうか?」
「はい。アルも、エレナ様も、ユリウス様もいてくださいます」
レオナルド先輩は少しだけ目を細めた。
「友人ができたのだな」
「はい」
リリスは嬉しそうに頷く。
レオナルド先輩は一瞬、泣きそうになったように見えた。
え?
兄も?
「レオナルド様?」
「問題ない」
「本当ですか?」
「妹の成長を見て、少し心が動いただけだ」
「泣きそうですか?」
「泣かない」
「泣きそうです小声版、使いますか?」
「使わない」
レオナルド先輩は咳払いした。
リリスが少し心配そうに兄を見る。
「お兄様も、泣きたい時は無理しないでください」
「リリス」
「はい」
「兄は泣かない」
「でも、前に私が十歳の誕生日に刺繍したハンカチを贈った時、泣きました」
「リリス」
「はい」
「それは秘密だ」
「そうでした」
「言っちゃってます!!」
俺のツッコミが廊下に響きかけた。
上級生が数人こちらを見た。
レオナルド先輩が少しだけ耳を赤くしている。
完璧貴公子の秘密を知ってしまった。
兄も泣く。
フルーラ家、涙腺が思ったより柔らかい。
放課後。
今日は図書棟には行かず、中庭を少し歩いた。
リリスが、エレナ嬢とのことを嬉しそうに話していたからだ。
「アル」
「はい」
「私、お友達ができました」
「はい」
「エレナ様が、お友達だと言ってくださいました」
「よかったですね」
「はい」
リリスは本当に嬉しそうだった。
その笑顔は、俺に向けるものとは少し違う。
新しい場所で、新しい関係を得た喜び。
それが見えて、俺も嬉しくなる。
「ユリウス様も、からかいますが優しいです」
「そうですね」
「アルのお友達ですか?」
「まだ出会って数日ですが、そうなれたらいいと思います」
「では、私もユリウス様とお友達?」
「たぶん」
「では、アルと私とエレナ様とユリウス様で、お友達です」
「そうですね」
リリスは少しだけ立ち止まり、空を見上げた。
春の空は淡く、雲がゆっくり流れている。
「学園は、少し怖かったです」
「はい」
「王子殿下のことも、お兄様のことも、周囲の視線も」
「はい」
「でも、少し楽しくなってきました」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
「俺もです」
「アルも?」
「はい」
「私がいても?」
「リリスがいるからです」
言った瞬間、リリスが固まった。
あ。
やった。
「リリス?」
「泣きそうです……小声版です」
「中庭です」
「でも、今のは強すぎます」
「すみません」
「謝らないでください。嬉しいです」
俺はハンカチを出した。
リリスはそれを受け取り、目元をそっと押さえる。
涙は一粒だけ。
静かに。
彼女はちゃんと学んでいた。
「アル」
「はい」
「私も、アルがいるから楽しいです」
「……はい」
「照れましたか?」
「少し」
「嬉しいです」
リリスは涙を拭きながら笑った。
俺も笑った。
距離は少し近かった。
けれど、今日はそれでいい気がした。
正門で別れる時、エレナ嬢がリリスに声をかけた。
「アマリリス様、また明日」
「はい、エレナ様。また明日」
「ハンカチは急ぎませんから」
「きちんと洗ってお返しします」
「ええ」
リリスは嬉しそうに笑った。
ユリウスも手を振る。
「また明日、アルフレッド。アマリリス様」
「また明日」
「また明日、ユリウス様」
リリスは馬車に乗る前、俺を見た。
「アル」
「はい」
「今日は、少しだけ泣きました」
「はい」
「でも、悲しくありませんでした」
「分かっています」
「皆さまが優しくて、嬉しかったのです」
「はい」
「明日も、頑張ります」
「俺も頑張ります」
リリスは柔らかく微笑み、馬車に乗った。
俺はそれを見送った。
学園生活が、少しずつ形になっていく。
リリスの距離感は相変わらず近い。
泣き虫も変わらない。
でも、周囲も少しずつ彼女を理解している。
俺一人でツッコむだけではなく、見守ってくれる人たちが増えている。
それは、少し嬉しいことだった。
その夜。
屋敷に帰ると、父上が待っていた。
「今日はどうだった?」
「リリス涙対応手順が、クラス内で自然にできつつあります」
「ははははは!」
「笑いますよね」
「いや、いいことじゃないか」
「そうですね」
「で、泣いたのか?」
「少しだけ。エレナ嬢にお友達と言われて」
「よかったな」
「はい」
父上は少し優しい顔で頷いた。
その後、いつものように書状が届いた。
まずガロウ公爵。
『娘が「お友達ができました」と泣きながら笑っていた。よかった。だが、アルフレッド殿が「リリスがいるから楽しい」と言ったらしい。泣いた。説明しろ。 ガロウ』
次にレオナルド先輩。
『本日の対応は概ね良好。エレナ・クライス嬢の動きも評価できる。今後は「泣きそうです小声版」の運用を見守る。 レオナルド』
俺は二通を読んで、静かに天井を見上げた。
運用って何だ。
父上は腹を抱えて笑った。
リーマスは「体制が整ってまいりましたね」と頷いた。
ライズは親指を立てた。
そして俺は、今日も心の底から叫んだ。
公爵令嬢様!!
泣きそうです小声版を!!
正式運用しないでください!!




