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真昼の夜空 ~呪い子のはずが、実は世界の愛され聖女だった!? 一途な彼に救われ幸せになります~  作者: ぷよ猫


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   22 闇の力の真実

「迎えに、来たの? 私を? でもっ……」

 

 戸惑うアリシアに、スヴェンは聖騎士団長としての立場ではっきりと伝える。


「このまま正式にハヴィルンドの女王になるにせよ、聖女として暮らすにせよ、まずは正教の本山ノクティス大聖堂で法王猊下の承認を得なければなりません」


 つまり、正教のもとで戴冠式を行うか、聖女として庇護されるか、ということだ。

 自分は女王だからこの国を捨てられない。いえ、捨ててはならない……そう思っていた。けれど、ほかにも選択肢があるのなら……。


「急いでお決めにならずともいいのです。まずは帝都見物でもして、ゆっくり考えられては? フォルシウス猊下も、聖女様にお会いするのを楽しみにしておられますから」


「ええ……」


 スヴェンの言葉で気が楽になる。アリシアはこくりと頷いた。

 聖騎士に取り押さえられているフェルトが、突然、大きく身をよじった。


「ハッ、それほど大切な聖女なら、なぜもっと早く来なかったのだ!」


 悔しげに毒づき、「大人しくしろ」と聖騎士に押さえつけられる。


「そういえば……この八年間、何をしていたの?」

 

「時間を要したのは、ハヴィルンドが厳格な鎖国国家だったからです。亡命はしたものの、当時まだ見習い騎士だった私は、法王猊下に拝謁を許されるまで三年もかかってしまいました。その頃の正教は『神の聖夢』が迫っているのに、聖女が不在で焦っていたのです」


 黒髪赤眼の聖女の誕生は誉れなので、すぐに正教の本山に一報が上がってきてもおかしくないという。ところが、真実が歪められた鎖国の国の王宮に生まれ落ちたのだから、不運としか言いようがない。

 偶然、その聖女の世話係だったダリアンから情報がもたらされるまで、正教側は幽閉されたアリシアの存在はおろか、聖女が生まれていたことすら知る由もなかったのである。


「幸いハヴィルンドには『呪い子を殺してはならない』という絶対教義がありましたからね。お命が無事だとわかっていたので、辺境領主や商人たちへ伝手を作り、確実に救い出す準備を進めていました。ただ、極夜となっても神力が発現しないため、不審に思って自ら潜入したのです」


「へえ、それで金の瞳を隠すために盲目の楽師……か。考えたわね」


 神官見習いだったダリアンには神官に知り合いが多く、王宮内にも金髪金眼の少年を憶えている者がいるだろう。金を太陽の光になぞらえ尊ぶこのハヴィルンドで、彼の容姿はあまりに目立つ。目を開けるわけにはいかなかったのだ。


「はい。潜入にあたって法王猊下から授かった新しい名前と、この『黎明の心眼』のお陰で不自由はありませんでした。これは正教に伝わる神具の一つで、目を瞑っていても、周囲の動きが手に取るようにわかるのですよ」


 そう言って、スヴェンが服のポケットから取り出したのは、彼がいつも身につけている銀の懐中時計――音で時刻を報せるリピーターである。

 目前に差し出されたリピーターにふと既視感を覚え、アリシアはダリアンが離宮に忘れていった銀の懐中時計をドレスのポケットから取り出す。

 ああ……。

 二つの時計の蓋に彫られた太陽の意匠が同じなのだ。聖職者が身につける祭服の刺繍や礼拝堂の聖水盤に、よく用いられている紋様……。


「その懐中時計……アリシア様が持っていてくださったのですね。尊師である先代大神官ニコラウス様の形見です……。そもそも、呪い子の伝承の不自然さに気づいたのは彼でした」


 スヴェンは懐かしそうにアリシアの手にある銀時計を眺め、それから自身のリピーターを仕舞った。


「話を戻しましょう。王宮へ潜入した結果、アリシア様の神力は『闇の力』だけが暴走する不完全な状態だとわかりました。余程、恐ろしい目に遭われたか、精神的なショックを受けられたのでしょうね。触手や洗脳は、防衛本能により暴走した力が起こしたもので、本来の闇の力ではないのですよ」


「防衛本能……?」


「ええ。あくまで聖女の力とは、世界に昼と夜をもたらし調整すること。ですから、もう一つの『光の力』が発現し神力のバランスが整えば、触手や結界は自然と消えていくものなんです」


「私、力を失ったわけじゃなかったのね」


「ご安心ください。貴女様の神力により、明日も明後日も陽は昇ります。作物にも豊かな実りをもたらすでしょう」


「コケモモやブルーベリーも?」


 アリシアの問いに、スヴェンはいつもの穏やかな笑みで答えた。


「もちろんですとも」


 **


 ひとしきりこれまでの経緯を語り終えたところで、スヴェンはフェルトへ視線を落とした。聖騎士に押さえつけられているフェルトは、反抗心を剥き出しにして睨み返す。


「さて。せっかくなので答え合わせをしましょうか」


 スヴェンが合図を送ると原典の写しを持った辺境領主とイヴァル、禁書金庫を抱えた聖騎士がアリシアの前まで進み、その重たい鉄の箱を下ろした。

 スヴェンは辺境領主から分厚い聖典とイヴァルから数冊の資料を受け取り、フェルトへ向き直る。


「先ほど申し上げた、太陽神ソルテスと夜の女神ノクティアの関係と『神の聖夢』の真実は原典に、闇の力の暴走についてはこの資料に書かれています」


 濃紺の革表紙の聖典には、太陽と星を組み合わせた正教の聖印が刻まれている。その革表紙のページを開き、フェルトの目先へ突きつける。だが、彼は原典の写しも、数冊の資料も、目を背け読もうとはしない。


「そんな邪教の本など信用できるか……!」


 忌々しげに吐き捨てるフェルトに、イヴァルがススッと足早に近づいていく。


「先ほど、私も目を通し確認いたしました。スヴェン殿の説明どおりであり、陛下が三十年の極夜から世界を救う聖女様であることに間違いございません」


 皆に聞こえるように声を張り上げ、正教の聖典の内容をきっぱりと認めると、「宰相閣下がそうおっしゃるのなら事実なのですわ」と国の重鎮の発言を肯定する貴婦人たちの声が、そこかしこから聞こえてくる。さらには「わたくしたち、救済の聖女様とお茶会をしたってことですわ」という自慢まで。

 

「失礼――フェルト大神官、お借りしますよ」


 貴婦人たちの手のひら返しに苦笑し、スヴェンはフェルトの胸元へ手を伸ばした。


「聖女様の髪は夜の黒、瞳は太陽の赤なのですよ。この徽章にあしらわれたスタールビーのようにね」


 そう教えながら、器用に太陽徽章を取り外し、禁書金庫の前へ歩み寄る。

 彼の手元の徽章を見たとたん、アリシアは「あっ」と声を上げた。持ち手の部分だけで、鍵穴に入れるべき先端部分がなかったからだ。


「スヴェン! 鍵の形をしていないわ」


「大丈夫ですよ。実は、この鍵穴はダミーなんです。古代の金庫では、よくあるタイプのもので、本物の鍵は、ここ――」


 スヴェンは、正面に彫り込まれた太陽の紋様の溝に、太陽徽章をぴったりと合わせてはめ込む。それから慎重にぐるりと右へ回すと、カチッと鍵が外れる音がした。


「開いたわ……」


 聖騎士の手を借りて、ゆっくりと蓋が開けられる。

 すえた臭いのあとに現れたのは、正教から取り寄せた聖典と同じ装丁――濃紺の革表紙の一冊。

 その中央に刻まれた太陽と星を組み合わせた正教の聖印は、鍵のルビーに浮かび上がる星型の光とよく似ていた。


「間違いなくソルテス正教の原典の写しです。これは、初代ギルデンローゼンが、聖女を呪い子と偽り広めていた動かぬ証拠にほかなりません。聖女だからこそ、彼は『呪い子を殺してはならない』という絶対教義を定めたのです」


 スヴェンが皆に見えるように掲げてみせると、神官たちにどよめきが起こった。これまで自分たちが信じてきたものが覆った衝撃と混乱で、どうしていいのかわからないのだろう。

 彼らを纏める役目であるはずのフェルトも、意気消沈し座り込んだまま、身じろぎ一つしない。

 そんな彼に、イヴァルが冷ややかな声で追い打ちをかける。


「フェルト殿、女王陛下に挙兵したあなたとレーヴ家の罪は重い。反逆を企てた以上、ただで済むとお思いなさるな」


 もはや、大神官とも猊下とも呼ぼうとはしない。

 聖騎士に大人しく連れて行かれるフェルトは、枯葉のように老け込んで見えた。

 彼が出ていくのを見届けたあと、スヴェンはアリシアの前に跪く。上官に倣い、その場にいる聖騎士たちも一斉に跪いた。


「アリシア様……お怪我もなく、ご無事で本当によかった。これより我ら聖騎士団は、命を賭して聖女様の剣となり、盾となることを誓います」


「スヴェン……。皆さん、ありがとう」


 目の前で忠誠を誓う聖騎士たちの一糸乱れぬ所作に感涙しそうになり、アリシアは目頭を押さえる。すると、スヴェンが立ち上がりハンカチを差し出した。


「本当は、あの時、私と逃げてくだされば、剣で殺されそうになることもなくて一番楽だったんですけどね。誰かさんが、尻尾を巻いて逃げられないなんて、殊勝なことをおっしゃるから……」


 クスッと笑うスヴェンの手からハンカチを引ったくり言い返す。


「なんですって! だったら、なんで最初にダリアンだって教えてくれなかったのよ。言ってくれれば、極夜の対策に頭を悩ますことも、結界が維持できないなんて焦ることもなかったんじゃない?」


「いや、申し上げるつもりだったんですよ? でも初日に『裏切者だ』っておっしゃるから正体を明かせなくなってしまって。急に現れた楽師に無実だなんて言われても、信じられないでしょう?」


「それは、そうだけど…………ダリアンのばか……」


 アリシアはぷっと頬を膨らませ、懐かしい名前で彼を呼んだ。




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