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真昼の夜空 ~呪い子のはずが、実は世界の愛され聖女だった!? 一途な彼に救われ幸せになります~  作者: ぷよ猫


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   13 盲目の楽師

 給仕たちを下がらせた晩餐の席は、ぎこちない空気が流れていた。

 カチャカチャ、と銀のナイフが皿に当たる音が、やけに大きく響く。

 小食堂には、アリシアとスヴェン、その後ろにスヴェンの小間使いとして神官見習いのロニーが控えている。

 アリシアは王位に就いたあと、フェルト不在の王宮礼拝堂を掌握したので、忙しかった彼らの勤めは通常に戻った。盲目のスヴェンに不自由がないように、ロニーを世話係に任命したのだが……。


「……おまえ、本当に目が見えないの? 食べることに支障はないようね」


 慣れた手つきでフォークとナイフを扱うスヴェンにアリシアが投げかけたのは、少し不躾な言葉だった。

 だが、向かいに座るスヴェンは、皿の上の牛ステーキをひと口大に切り分け、甘酸っぱいベリーソースに絡めて口元へ運び終えると柔らかに微笑んだ。


「アリシア様は、優しいのですね。ですが、先ほどお話しした通りこれが私の日常ですから、そんなに心配してくださらなくても大丈夫ですよ」


「べ、別に心配しているわけじゃ……」


「アリシア様、今夜は鱈のソテーだと料理長から伺いました。とても香ばしい匂いがしていますよ、温かいうちに召し上がってください。冷めたらもったいないです」


 アリシアは皿の上で止まっていたナイフを動かし、慌てて口に入れる。焼き目をつけたパリパリの皮が喉に突き刺さりそうになった。

 本来、王の食事は何人もの毒見役を経て食卓に並べられるため、料理は冷めてしまう。しかし、料理長の手腕により、離宮に引き続きこの本宮でも、アリシアの元には熱々の食事が運ばれてくる。


「言われなくても食べるわよ。おまえに指図される筋合いはないわ」


 モゴモゴと文句を言うと、スヴェンはおどけるように肩をすくめた。


「これは失礼いたしました。私はどうにも、食の細そうな方を見ると、つい口を挟みたくなってしまう性分のようでして」


 とうとうアリシアは、ぷっと小さく吹き出してしまった。食卓の空気が和やかなものへと変わっていく。


「おかしな人ね。楽師なのに、まるでお節介な世話係みたい」


 どうやら、この楽師は思ったことを率直に言う性格らしい。案外、そういうところが、リュートの腕前のわりにパトロンがつかなかった理由かもしれない。どこかの貴婦人の機嫌を損ね、辺境の地で行き倒れることになったのではないか。

 けれど、悪くない……。

 そんなことを考えながら、アリシアはまた一口、ガーリックの効いた鱈のソテーを口に運んだ。



 それからすぐに、王宮では新女王に侍る見目麗しい楽師の噂が流れるようになった。

 アリシアは退屈しのぎと称して暇を見てはスヴェンに演奏を強請り、彼は女王を「アリシア様」と親しげに呼ぶ。そんな二人は、有閑な夫人たちの格好の的であった。

 庭園にあるガゼボでは、今まさに彼女たちのお茶会が開かれている。

 夜風に当たりながら、というのが最近の流行らしい。貴重なオイルを惜しみなく使ったランプやランタンがいくつも用意され、夜会会場さながらの明るさだ。着飾った淑女たちが、かしましく笑い声を上げている。


「それにしても、どこからかしら。本当に綺麗な音色ですわね」


 風に乗ってリュートの美しい音色が響いてくると、一人の夫人が感じ入ったようにしみじみと呟いた。


「例の楽師でしょう?  あの方はリュートの腕前もさることながら、本当に綺麗な顔立ちだわ」


「まあ、羨ましいこと。あんなに美しい楽師を、いつでも側に置けるなんて」


「陛下はわたくしたちのお茶会に、まったく姿をお見せにならなくなりましたわ。すっかりあの楽師を寵愛していらして――」


 楽しげに弾む噂話の様子を、アリシアは少し離れた場所で見ていた。

 手入れされた生け垣の裏側。真っ暗なベンチに腰掛け、隣には、弦を優しく撫でるようにして曲を奏でるスヴェンがいる。


「お茶会に行かなくてよろしいのですか、アリシア様?」


「行かないわよ。あそこに行っても、おべっかばかりで退屈なだけだもの」


 アリシアはベンチの背もたれに体を預け、空を仰いだ。ランタンもなく、星屑のわずかな瞬きが、唯一の光である。

 王宮で暮らし始めたスヴェンが庭園を自由に歩けるようになったので、アリシアは自分のためのランタンを用意せずに彼の後ろをついてきたのだ。

 こうしていると、普段、視覚に頼り鈍っていた耳や肌の感覚が、次第に研ぎ澄まされていく。

 湿り気のある重たい夜風。ひんやりと香る生け垣の青々としたコニファー。豊かなリュートの旋律に混じり、遠くからかすかに聞こえるサヨナキドリの鳴き声。そして、隣に座るスヴェンの纏うローブに触れる指先の感触。

 闇の中では、色は意味を持たない。忌むべき自分の赤い瞳も、風に揺れる緑陽樹の葉も、きらめくスヴェンの金髪さえも、人の目には黒に映るのだ。

 美醜も何も関係のない、見た目に惑わされない世界を、彼は生きている――。


「……別に私、好きで王位に就いたわけじゃないのよ」


 ぽつりと、自分でも驚くほど素直な言葉が口から零れた。


「お気に入りの服を着て、自由に散歩をしたかっただけなの……ずっと離宮に閉じ込められていたから」


 俯き、呟いた声は、リュートの音にかき消されてしまいそうなほど小さかった。

 たぶん、聞こえていないだろう。

 そう思った数拍ののち、不意に優しく流れていたリュートの旋律が止んだ。


「……気に入った服を着るのも、好きなときに好きな場所を散歩するのも、とても大切なことだと思いますよ。誰もが持つべき、ささやかな自由をアリシア様が望むのは、ごく当然のことではないでしょうか」


 柔らかな声が降ってきた。顔を上げるけれど、目を瞑っているスヴェンとは、視線が交わることはない。だから――。


「うん……」


 辛うじて返事をしたアリシアの涙を、彼に見られることはないのだった。


 **


 それから数日が経ち、アリシアは人目を避けるように父親のいる地下牢へと向う。女王即位の日に投獄してから一月(ひとつき)が過ぎようとしていた。

 王宮の最下層にある牢屋は、過酷な拷問部屋とは異なり、外部との接触を断つことを目的として設けられた石造りの一室である。簡素なベッドと机が備え付けられ悪臭などはないが、ひっそりとしていて、もの寂しい。

 アリシアは、ランタンを掲げた衛兵に先導されて薄暗い通路を進み、鉄格子の前に立った。

 カツン――。

 靴音が鳴ると、簡易ベッドに腰掛けていた先王マテウスが、ゆっくりと顔を上げる。その姿はひどくやつれていた。

 目の下に濃い隈が刻まれ、出される粗末な食事が喉を通らないのか、かつて威厳を放っていた大柄な身体は一回り小さく見える。

 アリシアに洗脳されている衛兵や管理人は、囚人に話しかけることはない。たとえ、彼が「私は王だ」と声を荒げても、無視されるだけだろう。

 マテウスの空色の瞳には、どんよりとした諦めの色が浮かんでいた。

 

「……アリシア、か」


 娘の姿を認めた瞬間、マテウスはのろのろと足を動かし、鉄格子へ縋りついた。


「出してくれ……頼む、ここから出してくれ! 私はおまえの父親だぞ。もう王位なぞどうでもいい……せめて、人間らしく過ごさせてくれ……頼む」

 

「私は同じ環境で、何年も過ごしたわ。冷え切ったスープにカチコチの黒パン。ボロボロの服。お風呂も入れてもらえず、乳母だった男爵夫人から無視され続けた。『呪い子』だと蔑まれないだけ、ここのほうがマシじゃないかしら? もう少し耐えてくれないと、つまらないわ」


 アリシアが懇願する父親を冷たく突き放すと、マテウスは何か言いかけた唇をぐっと噛みしめ、その場に座り込んだ。

 

「でも、ね。今抱えている問題が解決すれば、お母様の静養先へ送ってあげてもいいわ。あそこなら、お兄様と三人、穏やかに暮らせるでしょう」


「本当か……? なんでも話す……」


 その言葉を聞いたアリシアは、しゃがんで父親と目線を合わせる。


「聖典によれば、この『終末の極夜』は三百年毎にやってくるそうね。滅びをもたらす三十年の闇……けれど、人々は滅びていないわ。どこかに、この極夜を乗り越える方法を記した書物なり、伝承はないの?」


 しかし、マテウスは力なく首を横に振るばかりだった。


「知らん……そのようなものは聞いたことがない。そういう神聖な記録は、エテルナ大聖堂にあるか、最高位の大神官が握っているのではないのか」


「でも、この国は我が家の先祖が、神の祝福を受けて作った国でしょう? 王家が何も知らないなんておかしいわ」


 エテルナ大聖堂に何もないことは、すでに真教の次席の地位にある神官長を洗脳して聴取済みだ。だから、藁にも縋る思いでここへ来たのだと言いたいのを堪えて詰め寄ると、マテウスはアリシアに言い聞かせるように、この国の歴史について語り始めた。


「……もともと初代は、ソレニア帝国にあるソルテス正教に属する聖騎士だったのだ。聖典や歴史書では美談として描かれているが、実際は派閥争いの果てに分派したにすぎぬ。ハヴィルンド王国を興したあとは、彼の息子の一人が『ギルデンローゼン』として王位を継ぎ、もう一人が『レーヴ』を名乗って真教の長となり、二人三脚でこの国を治めてきた。私が……王家が知る歴史の真実はそれだけだ」


 得られるものは何もなかった。やはり、たった二百年の歴史しかない王家に期待するだけ無駄なのか。

 失望を隠せず、アリシアは立ち上がり踵を返す。

 二、三歩行きかけたところで、マテウスが「待て。そういえば……」と記憶の糸を手繰り寄せるように低い声を上げた。


「王宮の禁書庫の鍵が行方不明だと、父上から聞いたことがある。最後に開けたのは、祖父らしいが……」


「禁書庫……?」


 アリシアはもう一度父親の目の前へと戻り、詳細を聞き出してから地下牢をあとにした。




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