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—鴉の夜—  作者: こんぺいとう
第4章 家族の証
40/44

沈黙の迷宮

EP22


青白い光が染める部屋

積み上げられ、広げられた資料

書き殴られた紙


「……これを……本当にリクが作ったのか……?……ありえない」


……お前は、自分の命をなんだと思ってるんだよ……



――



カーテンの隙間から漏れ出る光

白みがかった室内


手がつけられていない

冷めたスープ


小さなノック音が部屋に響く

控えめな声が外から聞こえる


「リク、起きてるか?……入ってもいいか?」


返事はない


「入るぞ?」


扉が開き

香太の顔が覗く


ベッドの上のブランケットは規則正しいリズムで揺れていた


「……寝てるのか?」


音を消し部屋に入る


「……」


手にしていたコップを置く

手つかずの食器を見つめ

拳を握る


香太はその視線をベッドの上へ移す

ブランケットから覗くアッシュブロンドの髪

顔は隠され見えない


枕のそば

小さな飴の包み紙

中身のないそれを拾い上げる


「また後で来るな」


食器を持ち

部屋を後にした


残されたコップ


扉が閉まる



――



時を刻む音

白んだ部屋


ベッドの上

ブランケットが動き

頭が覗く


止まる


ゆっくりと身体を起こす

首を巡らせ、サイドテーブルを見る


……。


無くなった食器

代わりにあったのはコップ


……香太


ベッドから降り

近くの机の引き出しを開け

中から小さな包みを二つ取り出す


一つはポケットに忍ばせ

もう一つは開け

口へ


コップに手を伸ばし

水を一口飲んだ


頭に響く

あの言葉


再度ベッドへ潜り込む



――



薄暗い地下のラボ

二つの影


「龍也、それなんだ?」


茘枝《れいし》は画面のスペクトルと紙を見ながら問う

その手には朝食のサンドイッチ


「リクの部屋にあった、ココアの解析結果だ」


淡々と告げる声

その声に滲む焦り


「……なぁ、龍也。リクが何かを隠してるのは分かった。だが、今、問い詰める必要があるのか?……今は休ませる方がいいんじゃ……」


「そんなこと言ってられねぇんだよ」


遮るように言葉が落ちる


椅子がくるりと回り

龍也は茘枝を見る


「……早く気づかせねぇと、間に合わなくなっちまうんだよ」


「……どういうことだ?」


細められるヘーゼルの瞳


「そのまんまの意味だ。……休んで何とかなるなら、俺だって休ませてる。……だが、そんな悠長なこと言ってられねぇんだ」


握られた龍也の拳は震えていた


「……それが、原因か?」


茘枝は画面を見る

龍也はその視線を辿り、画面を睨みつけた


「わからない。だが、可能性はかなり高い。まだ、考察段階だがな……」


「香太は……」


「言ってない。俺だって、完全には分かってねぇから、言えるわけがない」


「……お前が、医者として言うならそうなんだろうな」


「あぁ……。くそ……なんでなんだよ……」


ダークブラウンの髪を掻き上げた



――



龍也は一つの扉を叩く


「リク、入るぞ」


重たい声が響く

手にした紙の束


「……うん」


掠れた声が返ってくる


「俺は外で待ってる」


「あぁ。……香太が来ても、入れないでくれ」


「わかった」


扉を開け

龍也は部屋へ入っていった



――



ベッドの上

クッションと枕に身体を預け

積み上げられた本を静かに見つめている


昨日よりも白い横顔


「調子はどうだ」


「……平気」


言葉だけが返ってくる


「……そうか」


紙の束を握る手に力がこもる

無数の皺が紙に刻まれる


唇を噛み

目を閉じる


一つ吸い


吐く


上がる瞼

ボトルグリーンの瞳がリクを捉える


唇を開いた

その時――


「……龍也、調べた?」


落ちた声


「調べたんでしょ?」


震えが混じる

消えそうなほど小さな音


僅かに俯く

アッシュブロンドの髪が零れた


「あぁ。お前が飲んでいたココア、調べさせてもらった」


「……そっか」


フォグ・グレーの瞳が揺れる


「なぁ、リク、これはなんなんだ?」


端末をリクの膝に置く

映し出されたスペクトル


リクの瞳が一瞬、画面を見やる


「……」


……龍也は、このスペクトルから、ある程度辿り着いているはず……

あ……。また、演算してる……


ブランケットを握る


「……俺が見たどんな文献にも、データベースにも載っていなかった。だが、構造が類似したものから、おおよそは推測している」


差し出された

皺が入った解析結果


「……これ、本当にお前が作ったのか?……こんな……身体を、心臓を無理やり動かすための薬を……」


戦慄の滲む声

握りしめられた拳


……そうだよ。


「――お前、自分の命を何だと思っているんだ?」


ピクリと指先が動く


「……俺達を何だと思っているんだ?なんで、頼ってくれないんだ……?お前にとって、俺達は……俺は、」


「……ちが……」


顔を上げ

龍也を見る


「……っ」


息を飲む

瞳に映る龍也の顔

震える彼の肩


「――そんなに信じられない存在なのか?」


交差する視線


部屋に龍也の声が響き

消える


……違う……


声が詰まる


否定したいのに

その先の解(こたえ)がみえる


頭を振る


……やめて、演算しないで……

違うんだよ……


……本当に違う?

俺は、大切だから、守りたいからって思っていただけで……


……彼らを騙してても?

……騙して……た……



……そう、か――……



動きが止まる


世界から色が

熱が

消える


視線がゆっくり落ちる

そのまま俯いた

アッシュブロンドの髪が顔を隠す


ブランケットの上には力の抜けた手


「……リク?」


龍也の声が

どこか遠くから聴こえた気がした



規則正しい鼓動《リズム》が

彼を世界に繋ぎ止めていた



――



「……ちが……」


途切れた否定の言葉


顔を上げる

揺れるフォグ・グレーの瞳


「――そんなに信じられない存在なのか?」


リクの瞳が僅かに開く

小さく頭を振る

そのまま俯き髪に隠される


「……リク?」


帰ってこない反応


肩を掴む

抵抗はない


「おい、無視するな……――っ!」


光を失った

沈んだ灰の霧


「……リク」


離した手

虚空を彷徨う


沈黙の監獄



――カチャン……



扉が閉ざされた






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