表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

『演算する死神:デリート・ゼロ』

ここは巨大企業のデータセンターの最深部。


国家規模の情報処理を担うその空間は、外界から完全に隔離され、冷却ファンの音が、低く唸るような音を立て続けている。


今回のターゲットは、この場所の守護神とも言えるセキュリティ・チーフだ。


彼が警報を上げれば、数分以内に増援が到達する。



失敗は許されない。



リクは、暗闇の中で一切の熱を排したような眼差しで、ターゲットを見下ろしていた。

その指先には、研究室で綴り上げた「死の切符(チケット)」——『薄氷(はくひょう)』が、

モニターの青白い光を透かすように握られている。


目を閉じ、一つ息を吸う

静かに目を開け、息を吐く


「……作戦開始」


誰にも届かない声


彼にとって、現場は「戦場」ではない。

「数式」だ。


リクの脳内には、ハッキングした防犯カメラの映像、警備員の歩数、空調の風向……あらゆるデータが、膨大な文字列となって流れていく。


「……右、三歩。心拍数、上昇。」


リクの体が、影のようにしなやかに動いた。

驚異的なバランス感覚で死角を抜け、ターゲットの背後に滑り込む。


——それは一瞬。


リクの手が、相手の顔にそっと触れた。

まるで親愛の情を込めて、優しく目を覆うような、穏やかな動作。


その瞬間、指先に仕込まれた『薄氷』が、ターゲットの角膜に吸着した。

ターゲットが驚愕に目を見開くが、もう遅い。


十五秒。


視界が歪み、毒素が毛細血管を通って、静かに心臓を掌握していく。

崩れ落ちる巨体を、リクは14歳の細い体で静かに受け止め、床へと寝かせた。


その所作には、一切の慈悲も、殺意も、高揚感もない。

ターゲットのバイタルサインが「ゼロ」を示すのを確認する。


「......。」



だが、仕事はまだ終わっていない。

リクは倒れた男の傍らに膝をついたまま、持参したデバイスをメイン・コンソールに接続した。

ここにあるすべての記録を、なかったことにしなければならない。


「……一ビットも、残さない」


指先がキーボードの上で、冷徹なリズムを刻む。

僅かに熱を持つ指先。


監視カメラの記録、入退室のログ、そして今この場所にリクが存在したという事実さえも、膨大な「無」で塗りつぶしていく。

ここに存在した痕跡を、誰にも解析させないために。


最後のEnterキーが沈み込んだ瞬間、



[アーカイブ・セクタ:選択]

[プロトコル:オーバーライト]

[実行:オール・クリア]



モニターの光が激しく明滅し、

数秒後、すべてのウィンドウが静かに閉じた。


物理的な破壊ではない。

ただ、論理的な死がこのセンターを支配した。


冷却ファンだけは変わらず低く唸るような音を立て続けていた。


明日、ここを訪れる者は、何も失われていないはずのシステムの中に、巨大な「空白」を見つけることになるだろう。



「リク、終わったか?」

「……全部消した。終わったよ、香太」


無線から、香太の明るい声が届く。

その声だけが、この無機質な空間で唯一の「熱」を持っていた。


「……ん。帰りたい」


リクのフォグ・グレーの瞳から「死神」の光が消え、いつもの温度のない、所在なげな少年の色に戻る。

演算と消去を繰り返すことでしか世界と関われない彼にとって、香太の声は、決して消すことのできない唯一の「定数」だった。


「よし、よくやった! 帰りに何か美味いもん食おうぜ。今日は何が食べたい?」


リクは、倒れ伏した男から視線を外し、暗い天井を仰いだ。

喉の奥が、温かくて甘いものを求めている。


「……マシュマロ二つ入った、ココアがいい」

「了解、とびきり美味いやつ奢ってやるよ!」


リクは、自分を「外」へと連れ戻そうとする声に静かに頷き、血の通わない数字の世界から、一歩だけ踏み出した。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ