知性の試練
EP20
自室のベッド
椅子に掛けられたタクティカルパーカー
「龍也たちが戻ってくるまで、横になってろ」
扉のそば
壁に背を預ける茘枝
その瞳は静かにリクを見る
「……うん。……でも、そんなに見られてると休めないよ」
寄せられた眉
枕に背をもたれる
「はは、それは仕方ねぇな。龍也のやつを怒らせたんだ」
赤毛が揺れる
「……そうだね」
ブランケットを引き上げ
視線を落とす
……沢山、聞かれそうだな……
本に手を伸ばす
開かれた読みかけの頁
言葉の意味
内容
データ
紙の表面を撫で
閉じる
「リク」
顔を上げ、声の方を見る
「……ん?」
「来てくれてありがとな。……だが、さすがに肝が冷えた」
「……うん。……ごめん」
俯く
本の表紙を静かに見つめた
――
白灰色の煙の跡
落ちた欠片
「……」
手にしたピンセットとシャーレ
欠片を拾い上げる
欠片に付着した白灰色の粉
感情のない瞳で見る
「十分だな」
白衣を翻し
その場を後にする
――
部屋に落ちる
ノック音
静かに開いた扉
「リク、起きてるか?」
黒髪がのぞく
「……起きてるよ」
「起きてるぞ。……その様子だと、龍也から一言言われたな?」
茘枝の肩が僅かに揺れる
「……あぁ」
「お疲れさん」
――
地下のラボ
顕微鏡から目を離し
シャーレを持つ
「さっさと終わらせるならこっちでいいか」
赤外分光装置の蓋を開ける
溝に載せられた
白灰の粉
加圧ハンドルを絞る
モニターに映るスペクトル
見つめるボトルグリーンの瞳
ノイズが落ち着く
閉められた蓋
――カチッ
「……何だよこれ」
――
扉を叩く音
開く
ベッドの上
枕にもたれる姿
眉を寄せ
隣の茘枝を見る
「……。茘枝、横になってろって言わなかったのか?」
視線が合う
「言ったぞ?」
「……」
深いため息をつく
部屋に入る
「……リク、ひとまず診察させろ。話はそれからだ」
「……うん」
龍也は素早く診察を行う
「……心電図も?」
「それは後だ」
画面を叩く静かな音
データを端末に記録していく
「……今のところ問題なさそうだな。……問題しかないが」
龍也の指が滑る
切り替わる画面
端末をリクに差し出す
「――これはなんだ?」
映るスペクトル
物質の指紋
「お前ならわかるだろ?」
「……」
二人の視線が交わる
フォグ・グレーの瞳は動かない
「……龍也、それ、何だ?」
香太が聞く
「さっきの煙幕の分析結果だ」
「そんなもんリクに見せてどうすんだ。リクが作ってんだから、何かぐらいわかってるだろ」
「あぁ、そうだな」
ちらりと香太を見て
視線を戻す
「だから聞いてんだよ。――これはなんだ、ってな」
細められるボトルグリーンの瞳
「……」
凪いだ瞳
外され
画面を見る
開かれる口
「……少し麻痺して意識がなくなるもの、だよ」
静かな声が落ちる
「あぁ、そうだったな」
脳裏によぎる先ほどの光景
「春さんに教わって、応用したとしても、こんなもの普通は作れない」
「……」
「少なくとも、俺にはできない。こんな複雑な合成はな」
龍也の声だけが響く
「リク、お前……どこまでわかってる?」
「……どこまで……って?……それは、今まで読んできた本と実際に実験して作ったものだよ?」
リクは眉を寄せ
僅かに首を傾ける
「そうだろうな。そんな身体を隠しながら、よく徹夜でラボに籠もっていたからな」
龍也はリクから視線を逸らす
サイドテーブルのカップを確認し
手に取る
「香太がよくココアを持っていってたし。……だがな、こんなものを徹夜で、本で得た知識だけで開発するっていうのは、無理なんだよ」
「……」
……怪しまれてる
「単刀直入に聞く。……お前、全部わかってるだろ」
龍也の瞳が更に鋭くなる
「……全部?全部って?」
「全部だよ」
霧のように静かな瞳
リクは一瞬視線を逸らし
すぐに戻す
「……龍也の言ってるのが、化学反応や物質の性質とかの話なら、今まで学んできた知識の範囲で全部わかっているよ」
「……」
「……他にあるなら、教えて?」
見上げるフォグ・グレーの瞳
「……それだよ」
「……それ……って?」
「知識だけじゃねぇ。……お前、次に何を聞かれるかとか分かってるんじゃないのか?」
「え……?」
見開かれた瞳
気づかないほど微かに震える指先
俯く
髪が零れ顔を隠す
時が止まったような感覚
重く、昏い空気が
静かに
積もっていく
――
茘枝の端末が鳴った
端末を見る
張りつめていた空気が破れる
「……龍也、いいか?」
「なんだ」
龍也が茘枝の方を振り返る
「……『全員、飯食え。所長命令よ』だそうだ」
「……」
「……あー……、俺、リクの分取ってくるぜ」
香太は部屋を出る
「……リク、お前はそのまま寝てろ。龍也も、一度落ち着け。いいな」
「……あぁ」
扉を開け
龍也はそのまま身を翻した
「……リク、まずは休め。いいな?」
小さく縦に振られる頭
茘枝は目を細め
部屋を後にした
リクは膝を立て
ブランケットに顔をうずめる
部屋の外
廊下から漂う食事の香り
閉められた扉
閉じ込められた優しい匂い




