戒厳令の崩壊
EP17
「――香太、頼んだぞ。絶対に目を離すなよ」
一瞬、鋭い瞳がリクを射貫き
龍也の冷え切った低い声が部屋に落ちる
「わかってる。ここはいいから行け!」
龍也は羽織っていた白衣を脱ぎながら身を翻し
部屋を飛び出していった。
重く冷たい空気
光が隠れ暗くなる
揺れたピアス
沈黙が落ちた
――
事務室のドアが勢いよく開く
「……春さん、茘枝、状況は?」
龍也は持っていた白衣をソファーに放り投げ
タクティカルパーカーを羽織る
「……よくないわ」
温度のない声
中央の画面に映る
事務所周辺の防犯カメラの映像と地図上を動く複数の赤い点
じわじわと迫りくる嫌なもの
春は組んでいた腕をほどき
顎に指を当てる
「まったく……虫は嫌いなのよ……」
ブルーグリーンの瞳が細められる
「……チッ!俺じゃこれ以上抑えきれねぇ。龍也、代われ」
端末の画面を素早く踊る茘枝の指
暗号が次々切り替わる
「三で代わる。……一、二……」
タン……
龍也の指が画面を叩く
「……防ぐのはできるが、厄介だな」
「あぁ。複数人で一気に仕掛けられてる」
「状況は理解した……めんどくせぇな」
「まったくな」
流れるように指が滑る
確実に壁を積み上げていく
「……春さん、これ正面来るよな」
茘枝は赤毛をかき上げながら
赤い点を睨む
「ええ……。来るわね」
春は赤い点を一瞥する
「準備をしましょうか」
画面に背を向け
ブロンドの髪をまとめあげる
「了解」
茘枝もポケットの中からネイビーのバンダナを取り出し
巻く
「……タイミングが悪すぎるわ」
静かな声が落ちた
――
「……リク」
香太の微かに震えた声
破られた静寂
部屋に満ちた
墨を一滴落とした薄鈍の光
華奢な肩が微かに揺れる
「……なに?」
静まり返ったフォグ・グレーの瞳
「下が気になるだろうが……だめだぞ」
「……」
香太はリクの瞳を逃すまいと見つめる
拳を軽く握る
「お前、自分の身体のこと……、龍也の言っていたこと……」
「……香太」
「本当に、何か隠しているのか……?」
眉間に力が入る
僅かに身体が前に出る
「なぁ……、教えてくれ。……俺にだけでいい。龍也たちには言わないから」
唇を噛み締める
低く結んだ黒髪の一筋が肩から零れる
「……香太、確かに俺は、龍也の言う通り医者じゃない。……でも、自分の体は自分が一番よくわかっているよ……」
下がった眉
細められた目
微かに上がる口角
「おま……っ!?」
「……!?」
事務所が揺れる
「……襲撃か!?――おい、リク!お前は安静にしないとダメだろ!?」
――刹那
リクはするりとベッドから抜け出す
「……大丈夫だよ、香太。今はもう、心臓は落ち着いているからね」
ちらりと香太を見て、胸に手を当てる
そのまま、自身の端末を手に取り
白い指が画面を滑り踊る
「おい!何やってんだよ!」
香太がリクの肩を掴む
見上げるフォグ・グレーの瞳
「香太、俺を信じて」
そこにあったのは、「完璧な相棒」の顔
端末をしまう
「……っ!」
肩を掴んでいた手の力が緩む
瞬間、リクは手の中から抜け出した
先ほどまで読んでいた本
手を伸ばし、その背に触れる
ぽとりと落ちたのは
極小の指向性ジャミングデバイス
指先で軽く弾く
「……香太、春さんたちが危ない。……裏、防犯カメラにノイズあり。取られるよ」
「な……お前、一体いつそんなの……」
リクを見る
静寂を湛えた瞳
香太は目を見開く
「あの時か!?」
「ごめんね、香太。さっき端末直したとき、少しだけ見せてもらったんだ」
アッシュブロンドの髪が揺れる
ほんの少し視線が滑る
机の引き出し
予備のナイフと自作の発煙弾を手に取る
「……煙には近づかないでね?痺れるから」
タクティカルパーカーを寝巻きの上から羽織り
身を翻した
「……行こう、香太。みんなを、“家族”を助けに……」




