静寂の波紋
EP16
乳白色の光が部屋を照らしていく
甘い香りが部屋に満ちる
口に広がる
カカオとミルクの優しさ
砂糖の甘さと温度が
染み渡る
「……美味しい。……ちょうどいい」
カップの中を見つめる
頬が自然に緩む
喉の違和感が
熱で上書きされていく
「よかった。リク、本当にチョコが濃いのが好きだな。……感想聞けたから、次も同じくらいで作ってやるよ」
顔を上げる
「……ありがとう」
香太はベッドの側にある椅子に座る
「おう。遠慮なんてしなくていいんだからな」
真っ直ぐ迷いなく見つめてくる黒褐色の瞳
上がった口端
「……」
小さく頷く
そのまま視線はカップの中
ココアの水面に映る
自身の瞳
逸らした視線
内側を染める
矛盾たち
痛くて
優しくて
苦しくて
甘くて……
一口……
また、一口
無垢な甘い優しさが広がっていく
――
「……ごちそうさまでした」
「おう!」
カップをサイドテーブルに置き
クッションで支えられた枕に背を預ける
「……大丈夫か?」
「……ん、大丈夫」
穏やかになった呼吸音
よけた本に手を伸ばし、止まる
端末を見ている香太
……。
「そういえば……」
静かに落ちた声
「ん?」
香太は端末から顔を上げる
「前、端末に不具合あるって言っていたよね……」
「あぁ……。まだ直ってないけど使えてるからな」
「見ようか?」
眉が寄る
「……ダメだ。仕事のことは考えるなって言ってるだろ?」
「……仕事じゃないよ。……香太、こういう時じゃないと、直さないでしょ?」
「……」
眉間のしわが深くなる
「……簡単に直せるものじゃなかったらやらないから。……寝ているだけは暇なんだ」
前髪を掻く
肩が落ちる
「……はぁ。……仕方ねぇな」
手渡された端末
「……龍也に小言言われたら責任とれよ」
受け取る
「……もちろん。放置してた不具合を直しただけ、だって」
香太を見る
「放置してた、なんて言ったら、俺が怒られるわ」
息をつき
香太は視線を逸らす
「……でも……事実だよ?」
「……わかってるよ」
リクの肩が微かに揺れる
白い指が端末の画面を滑り
踊る
……。
気づかれない
ほんの僅かだけ細められた目
――――トッ
迷いなく画面が叩かれた。
――
「……直ったよ」
差し出した端末
「お、ありがとう。早いな」
「ん……原因、わかりやすかったから」
香太の手が端末の画面を叩く
「……不具合は完璧に消えてる上に動きが早くなってるんだが?」
「最適化しておいただけだよ」
「……」
視線を感じつつ
枕に身体を預ける
目を閉じる
深く吸い
――ゆっくり吐く
落ち着き始めたリズム
「どうした?……大丈夫か?」
瞼を上げ
香太を見る
黒褐色の瞳が小さく揺れていた
「……うん。身体が温まって、少し、眠くなっただけ」
「寝ていいんだからな?」
「うん」
視線を窓へ滑らせる
カーテンの隙間から漏れ出た光
遠くに聞こえる鳥の声
――瞼が落ちた
――
ノック音が響く
震える瞼
薄目を開ける
視界に入る白い天井
白色の光が部屋を満たしていた
静かに扉が開く
「――入るぞ。……香太、交代だ」
音量の落とされた低い声
船を漕いでいた背中
結われた黒髪が揺れる
「……あぁ」
「お前も少し寝てこい」
香太は横髪を払いながら
龍也の手に握られたポータブル心電計を見る
「……それ、終わったらな」
「わかった。……リク、気分はどうだ」
小さく息をつきながら、
こちらを静かに見ていたリクに声を掛ける
「……少し、落ち着いてきたよ」
緩んだ声
わずかに残る寝起きの音
「そうか。……じゃあ、確認するぞ」
「……うん」
龍也は準備を始める
無言でタオルを差し出され
受け取る
「俺、飲み物持ってくるな。リク、水でいいか?」
「……うん。ありがとう」
「おう」
香太は部屋を出た
静かだった部屋に機械の音が響く
「血圧も測る。腕貸せ」
「……はい」
龍也は手早く検査をしていく
胸に貼られる電極
部屋に響き始める
――正しい音
ボトルグリーンの瞳が開かれる
操作する手が固まる
「……は?」
画面に映る綺麗な波
彷徨う瞳
止まり、
リクを見る
少しずつ呼吸が速くなる
冷える指先
「……リク、お前……」
龍也が次の言葉を紡ごうとした
その時――
ノック音が聞こえた
「入ってもいいか?」
香太の声がした
言葉を飲み込む
「……シャツを着ていい。……香太、あと三十秒待て」
低い声が落ちる
龍也は片付けを始める
「……うん」
溶けた声
龍也の背から逸らされる
フォグ・グレーの瞳
ゆっくりと瞬きをした
――
「入るぞ?」
扉が開く
一段温度の落ちた部屋
香太の動きが止まる
「……どうした?」
龍也とリクを見る
「……リク……お前、何かしたのか?」
冷え切った龍也の声
ボトルグリーンの瞳がリクを射貫く
龍也を静かに見つめる
口を開いた時……
「は?」
香太が声を上げる
リクは口を閉じる
「……何かって、なんだよ。……リクなら部屋にいたぞ」
「……これ、見てみろ」
差し出されたモニターの記録
綺麗な波形
「……?……良くなってる、のか?」
龍也とモニターを交互に見やる
「あぁ、びっくりするほどにな……」
香太の目が開かれる
ほんの少し明るくなる表情
「いいことじゃねぇか。……何がダメなんだ?」
首を傾げる
龍也はちらりと香太を見る
「香太、いいこと教えてやる。……安静にしていただけで、あそこまで乱れた心拍がこんなに整うのは変なんだよ」
息を飲む香太
視線を外し
龍也はきつく眉を寄せる
リクと視線が交わる
「……リク、お前は俺の医学書を読んでたんだ。……ならわかってるんだろ?」
「……たまたま、タイミングが合ったんじゃないの……?……俺、ずっとここに居たよ?」
リクはゆるく首を傾ぐ
アッシュブロンドの髪が頬に掛かる
「……たまたま?……薬なしでここまでなるなんて、俺は聞いたことも見たこともない」
サイドテーブルのカップ
細められるボトルグリーンの瞳
「……お前、何を隠している?」
冷徹な声が部屋に落ちる
「――『安薬』以外にも何かあるだろ」
香太の顔が強張る
「……何かって……」
フォグ・グレーの瞳の奥
気づかれないほど僅かな揺れ
……鋭すぎるよ、龍也
無意識に触れる
白銀のピアス
その時――
「――龍也!緊急よ。下に来て!」
扉の向こう
春の声が響いた
龍也の端末が震える
画面を睨む
「……海斗の差し金か……?」
零れた龍也のつぶやき
フォグ・グレーの瞳が凍り付く
リクの心臓が一瞬跳ね上がった




