閑話 『フォグ・グレーの残響』
1.琥珀色の朝
珈琲の香りが満ちる
事務所のリビング
カーテンの隙間
漏れ出る飴色の光
小さな影が、キッチンで動く
漂う湯気
甘い香り
――影が止まる
銀灰色のアッシュブロンドの髪が揺れ
フォグ・グレーの瞳が一つの扉を見つめる。
扉の向こう
かすかに聴こえる音
ベーグルを一つ手に取ると
影が音もなく部屋から消える
――直後
別の扉が開く
小柄な二つの影が入ってくる
静寂が裂かれた
「腹減ったー。任務前に腹ごしらえでもしとくかな」
「食っとけ、食っとけ。ガス欠にでもなったらたまらないからな」
キッチンに入る
カウンターの上
甘い香りと湯気が立ち上るカップが一つ
気づいた龍也が、香太に声をかける。
「香太、リクのやつ、また飲み物忘れてるぞ」
「お、ほんとだ。届けてくるよ。……たまに抜けてんだよなぁ」
香太の手がマグカップを掴む。
「はは、本当だな。よろしく」
「おう、行ってくる」
――
本に埋めつくされた部屋
アッシュブロンドの髪が琥珀色の光を浴びて輝く
本に落ちる視線
手には少し温かいベーグル
彷徨う片手
頭が上がり、虚空の先を見る
「……あ、忘れた」
小さな声は、膝の上の紙に溶けた
――コンコン
軽いノック音
「おーい、リク、飲み物忘れてたぞー」
少し高い明るい声が聞こえる
顔を上げ、扉を見る
瞬きを一つ
本とベーグルを置く
布の擦れる音
立ち上がり、静かに扉へ向かう
カチャリ……
扉が開く
アッシュブロンドの髪が現れ
フォグ・グレーの瞳と目が合った
「……ありがとう…」
小さな声
白い手が甘い香りを受け取り
微かに頭が下がる
「おう!……そうだ、今日はよろしくな!」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
琥珀色の光が扉の向こうへ消えた
2. 最初の契約
食後。
端末が鳴る
所長からの呼び出し。
白色の光
煎られた珈琲に
微かに混ざる紫煙の香り
揺れるレースカーテン
「香太、リク、あなたたちがペアになってから、初めての任務よ。……覚悟はいいかしら?」
ブルーグリーンの瞳が二人を見据える
冷たい声が響く
「もちろん!俺はいつも通りやるだけだ。それに、リクにケガをさせるつもりは更々ない」
「……。大丈夫」
自信満々な声と静かな声
正反対の二人
所長 ― 春の口端が上がる
「いいわ。本日の任務は、秘匿データの回収。そんなに難しい任務じゃないわ」
差し出されたメモ
香太が受け取る
二人は渡されたメモを見る
記された住所
思い出す地図
「私設研究所からのデータ回収。……げ、ここの近くって、結構めんどくさくなかったっけ?」
春はふふ、と目を細める。
「監視カメラのハッキングなんて簡単でしょ?」
その目はリクを見つめていた
「……」
3. 最適化された黄昏
「まったく、所長もなんだってこんな場所を初任務の場所に選ぶんだか。……リク、大丈夫か?無理はするなよ?」
茜色と濃紺が混じり合う空
一粒の白銀の輝き
目標施設が見える高台
闇を纏う二つの影
香太の括られた黒髪が、黄昏の風に遊ばれる。
その隣には、目立つ髪を黒いフードに隠したリクがいた。
「……うん」
静かな声
感情の隠れた瞳
香太は端末の時間を見る
予定時刻、数分前
「そろそろ行くか。監視カメラの書き換え、いけるか?」
幼く小さな隣を見る
「……いける」
返ってきたのは短い肯定
白い指先が端末の画面を踊り
静かに叩く
直後、警戒ランプの挙動が変わる
「……完了」
「よっしゃ、じゃ――」
「……任務開始」
香太の声を待たず
リクの影が濃紺の中へ滑り落ちた
――
青白い光が明滅する廊下
静かに崩れる人影
――静かな侵入
小柄な影とさらに小さな影が
闇の落ちる場所を渡り行く
敵の死角に近づく
小さな影から放たれる
白銀の一閃
最適化された動きに滲む、僅かな粗さ
崩れた敵
声が上がる前に落ちる
無音の撃鉄
流れる黒髪
振り向きざまに跳ね上がる手
「はは、初任務とは思えないな!」
最後の一人が崩れ落ちる
同時にリクは、サーバーに端末を静かに繋ぐ
端末を滑り
……止まる指先
「……目標確保。終わり」
――
濃藍に染まる空
散りばめられた星屑
高台に立つ二つの影
静寂に包まれた施設
「……帰る。ココア、冷めたから」
「はは!そうだな、今度は俺が淹れてやるよ!忘れるなよ?」
「……うん」




