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—鴉の夜—  作者: こんぺいとう
第三章 白銀の境界線
27/44

不完全な歯車 ―― 嘘という名の防壁

EP12

1. 深夜二時の暗闘


「……っ……ぁ、……っ……」


貫かれる衝撃

抉られる胸

見開かれた瞳


机を滑り落ちる紙

掴めない手


崩れ……

落ちる

散らばるアッシュブロンド


息が詰まる

入らない酸素

消える色


白磁の指先が

床を彷徨い

掻きむしる

指先から色が消える

立てられた爪

音が鳴る


「はっ……っ、…、……ぁ…、」


胸を

心臓を

乱れた鼓動《リズム》を

片手で抑え込む


音が消える

白く歪む視界


……まだ……まだ、だめ……だ……


冷たくなる末端

欠ける意識


藻搔く

零れる酸素


震える指先

探るポケット

隠された

未完成の薬《カプセル》


……無理やり飲み込む



――床の上、散らばる紙と髪

徐々に落ち着く呼吸音


目を閉じ

頭の中で自身のバイタルを確認する


唇を噛む

無意識に触れたピアス


……っ……早すぎる……



作戦決行前夜、深夜二時……

机の上の青白い光

冷たい床


追いつかないアップデート

――――道具(自身)の賞味期限が近づいていた




2.嘘の上書き


薄明るい光が部屋に滲む

 

持ち上げた瞼

床の上

散らばった紙


「……」


微かに震える指

ポケットの中から

一つの飴玉


口に含む

溶ける甘み


静かに天井を見つめていた



――



日が昇る


自室の鏡

映る蒼白の顔

中の瞳と目が合った


……ひどい顔


頬を叩く

戻らない血色

冷たい指


整った部屋

静かに後にした



――



翌朝、作戦当日


いつもの時間

いつもの確認

誰もいないリビング


端末の青白い光

画面に映る

不安定な自身の波《リズム》


――白い指が画面を撫で


映る

整う波



リビングのドアが開く

僅かに頭を上げる


「おはよう……おい、リク。……ひどい顔だぞ。」


香太は眉を寄せ、相棒《リク》を見る


「おはよう。……昨夜、寝付けなかっただけ」


端末を見つめたまま

何でもないように言う


「作戦、延期するか?」


「大丈夫……。演算《シミュレーション》は完璧」


香太の眉がさらに強く寄せられる。


「……無理だけはするなよ?」


静かに席を立つ


「……ん。わかってる」


部屋を出る

そのまま洗面所に滑り込む


小さな紙片

包まれた自作の薬《カプセル》と気付け薬

一気に流し込む


破かれる包み紙

水に触れ

溶ける

残らない証拠


握りしめた手

世界の色は、戻らない


――契約を破るわけにはいかない


目を閉じ

深く息を吸い

吐く


真っ直ぐ見据えた瞳

扉を開ける



3.機械仕掛けの指揮《コマンド》


薄暗いビルの廊下

物陰に一つの影


『……作戦、開始』


インカム越しに聞こえるリクの声

微かに拾う

浅く、早い呼吸音


香太は物陰の窓から、離れた廃ビルを見つめ

すぐに視線を戻す

違和感が支配する


『……リク、いつもより指示が0.5秒遅いぞ。……おい、聞こえてるか?』


『……聞こえてる。……次、右』


指示通り動く

淡々と紡がれる無機質な声


『左……、巡回二、そのまま』


音も匂いも一つなく

影から影へ滑るように移動する


側を通る警備員

気づかれない


『……ポイント2、右。カウント……三、…二、……っ……』


途切れるカウント


『リク、ポイントまで来たぞ。……おい、リク?どうした!?』


インカムを押し当て

叫ぶ


何かが崩れ落ちる音

途切れ途切れの呼吸音

応える声はない


目標《ターゲット》は目前

眉を寄せ

薄暗い周囲を睨みつけ

見渡す


「クソッ!作戦中止だ」


翻る括られた黒い長髪

駆け出す


一つの影が、窓から躍り出る


通信機の向こう側

消えかかった「相棒(存在)」が何よりも「正解」だった――



4.砕け散った「道具」


廃ビルの一室

青白い光が室内を満たす


浅い呼吸

インカムに拾われないように調整する


見つめる画面

キーボードを叩く指

感覚はなかった

グレースケールのフィルターがかかる

座標と数式の文字列の世界


ポケットの中

震える手で確認する


……大丈夫……これで……いい……


唇から零れる指示

何度もシミュレーションした内容


『……ポイント二、右。カウント……三、…二、……っ……』


足りない酸素


……ぁ……


――リズムが飛ぶ


……だ、め……


『リク、ポイントまで来たぞ。……おい、リク?どうした!?』


急速に遠のく音

糸が切れる

デスクに散らばるアッシュブロンドの髪



瞬間――

衝撃が胸を打つ

リクの意識は真っ白な空白に叩き落とされた


――


バァン!!


勢いよく開け放たれる扉

澱んだ空気が逃げだす


「リク!!……っ!?」


目を見開く


明滅するモニターの前

整ったデスクに突っ伏す

アッシュブロンドの背中

力なく落ちた左腕

動かない身体


「おい!しっかりしろ!……リク!」


駆け寄り

リクの肩を引き寄せる。

糸の切れた人形のように

デスクから腕が落ちる


息を呑む

朝よりもさらに色のない顔

滲む脂汗

微かな呼吸音

冷たい身体


リクの胸に耳を当てる。

不規則で暴力的なリズム


唇を噛み

リクを抱いたまま、端末を操作する


繋がる回線


「龍也、茘枝《れいし》、緊急だ!」


余裕のない声

察した龍也と茘枝の静かな声


『……準備しておく』


『すぐ向かう。あとは任せろ』


切れる


リクを抱く指に力が入る


「死なせねぇ……。絶対に死なせねぇから……」


リクを抱え、廃ビルを飛び出す。

事務所のバイクへ飛び乗った


細かな水の粒が轍を静かに消していく



5.事務所の「断絶」と暴かれた「綻び」


リクを抱えた香太が事務所の扉を蹴り開ける



「春《しゅん》さん!龍也!」



悲鳴に近い呼び声

ほぼ同時に飛び出してくる二つの影


リクの姿を見る

息を呑む二人


龍也は手を握りしめ

ボトルグリーンの瞳を香太に向ける


「香太、準備はできてる。医務室へ行くぞ。……よく頑張ったな」


香太の手は微かに震えていた。


――


医務室のベッド

横たえられた華奢な身体

龍也は手早くバイタルをチェックし、処置をしていく。


その隣、春は震える手でリクの上着を剥ぐ。


――カラン


ポケットから落ちた小さな遮光瓶

拾い上げる


「……これは……っ」


零れた声

静かな戦慄。


手の中にある「それ」は

あまりに無力で、残酷で


(……こんなものでは、どうにもならないでしょ……)


「春さん?……それは……」


彼女の手元のそれを見る

見開かれる瞳

凍り付く背中


きつく寄せられた眉

ボトルグリーンの瞳が

静かに

冷徹に

昏睡するリクを見つめていた



6.夜の底の「審問」と、打ち砕かれた「価値」


数時間がたった。

聞こえるのは点滴の滴る音だけ。


香太は静かに、白い手を握っていた。


――


白い指先が僅かに動く

瞼が震え

フォグ・グレーの瞳がのぞく


「……香太……龍也……」


掠れた声が落ちる


香太は弾かれたように顔を上げ

龍也は静かにリクを見る


「……気が付いたか。気分はどうだ」


「……平気」


細められる目


「何が平気だ。……そんな酷い顔しやがって」


冷え込んだ声


「……リク、お前……自分の命を『演算機』か何かだと勘違いしてねぇか?」


深く、深く沈んだボトルグリーンの瞳


「ち……違う」


「おい、龍也、リクはまだ起きたばっかりなんだ、後でもいいだろ?」


香太が割って入る

龍也は、そんな香太を静かに見つめ

淡々と告げる


「香太、ちょっと黙ってろ。……リク、じゃあ、これはなんだ」


龍也の手には、小さな遮光瓶

リクの瞳が揺れる


「そ、れは……」


無意味にシーツを弄ぶ、白い指先


「……これが何なのか、わかってるんだよな?」


「え…っと、うん。……ここに来る前に受けていた……実験の負荷で……。少しだけ、心臓が疲れやすいだけだよ。……仕事は、問題ないから……だから……怒らないで……」


龍也は気づかれないようにそれを見る

瓶を握り締める


「……それだけじゃねぇだろ?」


龍也はリクの首筋に指を当てる

乱れた鼓動《リズム》が伝わる


「お前、『負荷の蓄積』なんて言葉で、この今にも止まりそうな不整脈を片付ける気か?」


地を這うような低い声


「……ふざけるなよ。こんな気休めにもならねぇ安薬一つで、銃弾の中に飛び込んでいたのか?こんなのは『治療』じゃねぇ。ただの『ごまかし』だ」


リクの肩が跳ねる

彷徨う視線


龍也はリクの細い手首を掴む

痩せた腕

削られた「生命《いのち》」の痕跡


「……お前は……、壊れかけた爆弾にテープを張っただけで、俺たちの隣に立っていたのか?」



沈黙が落ちた


7.「家族」という名の答え



「……役に立たなきゃ……」


静かな、消えそうな言葉

震えの混じる声


「……俺が……隣にいる資格がない、から」


さらに鋭くなる龍也の視線


「……どういうことだ?」


低い声が逃げ場を塞ぐ

その時


「もう、いい加減にしろ!!……龍也、今じゃなくていいだろ!?」


香太の声が二人を遮る

リクの瞳を見つめ

言葉を浴びせる


「演算だの、資格だの、そんなもんどうだっていいんだよ!今、ここにいる、それだけでいいんだよ!」


リクの手を再び握り

震えが伝わる


「リク……お前は自分が計算機にでも見えてんのかよ。だがなぁ、俺にはお前は計算機なんかじゃない。お前でしかないんだ」


真っ直ぐ見つめる香太の黒褐色の眼差し

フォグ・グレーの瞳が涙で揺れる

キュッと引き結ばれる唇

零れない涙


「……」


手首を掴む龍也の手に、力が籠る


「……リク、お前の演算能力なんて、俺からすればただの付録だ。そんなもん、できなきゃ俺達が代わりにやってやる。俺達が大切にしているのはな、計算結果なんかじゃない。……朝起きて、『おはよう』って言って、時々飲み物を忘れるお前なんだよ。……わかったか、この大馬鹿野郎」


二つの視線を避けるように

リクは目を逸らした

――透明な雫が一粒零れた


――


深く静かなブルーグリーンの瞳

春はその様子を見守っていた。



……約束は守るわ。


「……おかえりなさい。リク」


その声は誰の耳にも届かない








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