残響の白、隠された毒(過保護の迷宮)
第二章 EP6
1. 香太の違和感
薄暗い事務所の事務室。
青白い光に照らされたアッシュブロンドの髪
伏せられた目
画面に映るデータ
ちらりと時計を見る
「……そろそろ、か」
静かに立ち上がり、給湯室へ向かう。
湯を沸かし
そのまま、装備置き場へ
香太の装備
龍也の装備
茘枝の装備
一つ一つ丁寧に確認していく
「……」
湯が沸く音がした。
確認が終わったそれらを、寸分狂わずもとに戻す。
痕跡一つ残さない。
あと三十分
――
「おはよう、リク。早いな」
香太が事務室へ入ってきた。
リクは端末の画面を静かに見つめている。
「おはよう、香太。……いつものことでしょ」
香太の席に一つのマグカップ
リクは僅かに顔を上げる
「……その白湯、飲み頃だよ」
「おう、ありがと」
香太はマグカップを手に取る。
完璧な角度で置かれたマグカップ
丁度いい温度の白湯
「……」
ちらりと相棒を見る。
画面を見つめるフォグ・グレーの瞳
静かで、何を考えているのか見えない
………またか
白湯を一口含む。
計算された温度。
無表情のリク
滑るように叩かれる画面
あの日から、違和感がさらに増えた。
手に馴染む装備に予備のマガジン
泥濘んだ道のはずなのに、乾いた地面を歩いているような感覚
何なのかはわからない。
微かに感じる息苦しさ。
一つわかるのは、あの日からだってことだけ。
「ありがとな、適温だ」
「……ん。よかった」
偶然ではないのだろう。
でも、確証はない。
一つ息をつき、
リクの頭に手を置く
年相応の顔がこちらを見た
「あんまり根を詰めるなよ?」
それ以上は何も言えなかった。
2. 春さんの眼差し
部屋の奥
二人を静かに見つめるブルーグリーンの瞳
珈琲の香りが肺を満たす
「……」
一口含む。
香太の瞳に浮かぶ違和感。
リクの静かな過保護。
雨の廃工場……
あの日の任務を境に、リクの過保護が一段と増した。
そして、彼自身を削っているのも……。
春は静かに給湯室に消えた。
――
紙を捲る音
画面を叩く音
整備する音
珈琲の香り
人の匂い
硝煙の香り
混じる室内
――遠い。
一枚のフィルターを挟んだように。
震える指先。
ピアスを触る左手
「……リク、あなたも何か飲みなさい。水分は摂らないと」
差し出されたハーブティー
微かに混じる蜂蜜の香り
カップを見つめる
琥珀色。
ゆるりと顔を上げ
「……ありがとう」
それだけ。
瞳の奥にある静けさ
「……。どういたしまして」
確信に変わる。
「香太、ちょっといい?」
「ん? なんですか?」
手紙をひらりと見せる。
白い封筒。
「お使い。お願いできる?」
香太が口を開こうとした時、
静かな声が一足早く言葉を紡ぐ。
「……春さん、俺が行くよ?」
真っ直ぐな瞳がこちらを見ている。
春はその視線を受け流し
「香太にお願いしたいの。リク、あなたはお留守番よ。いいわね?」
「……」
「……行ってきます」
香太は封筒を受け取ると、上着を引っ掴んで部屋を出ていった。
――
静寂が落ちる
「……リク」
呼びかける。
微かに揺れる肩
こちらは見ない
深く息を吐く。
「リク、こちらを見なさい」
顔が上がる。
視線は合わない。
白い顔。
「あなた、無理しすぎよ」
「……無理はしてない」
「酷い顔してるわ。そんなんで、今日の任務いけるの?」
静かに問う
「いける。情報戦なら問題ない」
「……そういう問題じゃないわ」
逸らされたままの視線。
揺れるピアス
わかってる。
それは確か。
わかっているけど、理解はしていない。
「……じゃあ、何?」
「あなたのせいじゃない。全部、私の責任」
ブルーグリーンの瞳に宿る
絶対的な覚悟と確信
「……」
「それだけよ」
大人が背負うものを、あなたが背負う必要はない。
――
花と蜜の香りがする琥珀色
少しだけ遠い春の声
「あなたのせいじゃない。全部、私の責任」
「それだけよ」
こちらを見つめるブルーグリーン
すべてを見透かす瞳。
――見れなかった。
答えられなかった。
香太を、香太達を守る。
任務を遂行する。
それ以上でもそれ以下でもない。
非効率だよ、春さん。
――
扉の向こう
騒がしい声がした。
扉が開く
「戻りましたー」
明るい声が響く。
冷たい空気がほどける
「春さん、これ。」
「ありがとう。香太」
「おう!」
包を渡す。
リクはただそれを見つめていた。
身体の反射速度、遅延なし…。
回復問題なし。
あ……靴紐……。
「リク、そろそろ準備しようぜ」
「……うん。今行くよ。香太、靴紐結び直しておいたほうがいいよ」
静かに席を立つ
アッシュブロンドの髪が部屋の外に消えた
残されたハーブティー
「……臨界が近いわね」
窓の外を見る。
雨が窓を濡らしていた。




