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雨の廃工場、慈悲なき慈愛

第二章 EP5


1. 硝煙の匂いと包帯


はぁ、はぁ……


浅い呼吸

小さく早く揺れる肩


バタバタバタ…

タン……

バラバラ…


金属の屋根

雨粒が容赦なく打ち付けられる

隙間から漏れ出る雫

明滅する2つの影

地を這う振動


「……ごめん、不覚を取った」


漂う血の匂い

鮮血が流れる左腕

香太の額に滲む脂汗

張り付く黒い前髪


「……」


懐に仕込んでいた包帯と止血剤


「触るよ」


色の無い声

優しく腕を取る


「……っ」


香太の顔が痛みに歪む

無意識に手を引く


フードから零れるアッシュブロンド

髪に隠された瞳に滲む憔悴


「……動かないで」


わからないほど微かに震える指先。

傷口を解析(確認)する


――弾は抜けてる

……十分……いや、五分。

それ以上は、させない…


「……香太の腕が動かないと、俺が困るんだ」


止血剤を塗り、素早く包帯を巻いていく。

端を丁寧に織り込んで、止める


「……これで、五分は使える」

「五分もあれば十分だ、ありがとよ」


愛銃を取る

翻る黒髪


「……行くぞ」




2. 演算の切り替わり


水銀灯の青白い光

泥水に反射する影

広がる波紋


錆びついた配管

軽やかに駆ける影


「二つだ!逃すんじゃねぇ!生きて帰すな!」


響く傭兵の残党の咆哮


影を狙う銃弾

飛ぶ

低く結われた黒髪が踊る


構えた愛銃


タンッ

タタタッ


配管から配管へ

しなやかに移る


崩れる敵

散る赤い華


「――っ!」


染まる肩

僅かにずれる重心



(……あ)


腰のホルスターからサイレントリボルバーを引き抜き

撃鉄を落とす


香太を狙っていた敵が落ちる


「……やめて」


溶ける拒絶

フォグ・グレーの瞳から色が消える

一歩踏み出す――


「リク…っ!逃げろ!!」


香太の叫び声


瞬間


全身に走る衝撃

揺れる視界

爆音

途切れる意識


「……っ!」


水が跳ねる音

声が近づく


「リク!」


目を開ける

そこにあるのは

相棒(香太)の背中


タタタッ…タンッ


ダンッ


濡れた服

掠める銃弾

泥水に混ざる赤



……だめ、やめて



見開かれる瞳

震える指先

浅くなる呼吸


世界から

色が

音が


――消えた



ふらり

立ち上がる





3. 銀の円舞曲(ワルツ)、氷の死神


フードを深く被り直す

香太の隣へ

視線を向ける


「……下がって、香太」


低い、温度のない声

袖口からメスとナイフを抜き放つ


「……汚れるよ」


香太が止める間もなく

リクは飛び出した


雨音だけが響いている

浅い呼吸


乱射される弾

配管の間を舞う


……一。


背後から落ちる静かな声

流れる白銀の煌めき

弾ける赤


雨音が音を塗り替える


……二。


貫く急所

赤く染まる指先


闇雲に銃を乱射する

読み切られた弾道


「く、来るなぁ……――――っ!」


絶たれる声帯

恐怖に染まる瞳


肘を

膝を

そして…急所を

滑るように「解体」する


青白い光の下

煌めく銀灰色

敵の群れ

幾重にも重なる銀の一閃


落ちる

…また一人


深紅の花弁。

舞い踊る一羽の白鴉。


――その姿は、残酷なまでに美しかった。


最後の一人が汚泥に沈む。


廃工場に残ったのは雨音だけだった。




4. 見惚れるほどの死神


香太は、泥の中に座り込んだまま、動けずにいた。

視線の先には、全身ずぶ濡れのリク。


息を呑むほどの光景


――見惚れていた


雪山で拾った、あの脆くて消えそうだった少年。

それが今、

残酷なまでに儚く、美しい死神(すがた)として、そこにいた。


香太は眉をひそめ

下唇を噛んだ…


綺麗だ…

と思った


……どうかしている


握り締めた拳に爪が食い込む

胸が苦しい

息をするのが

難しかった…



透明な雫が横髪を伝い

――落ちた



「香太……」


震える声

今にも消えそうだった


リクは糸が切れるように

隣に膝をつき

右腕に縋り付く


「……っ」


震える細い身体

浅い呼吸

恐怖を湛えた瞳


「大丈夫だ…ここにいる。……温かい(あつい)だろ?」


「……ん」


リクの頭を力強く、熱を伝えるように包み込む。



5. 春のスープと静かな夜


事務所へ戻る車内。

血の匂いが満ちていた。


迎えに来た茘枝(れいし)は二人の姿をみて

「龍也には伝えておく」とだけ告げた。


他に言葉はなかった


雨は相変わらず降り続いていた



事務所のドアを開ける。

琥珀色の光が目に染みる


「おかえりなさい」


そこには所長――(しゅん)がいた。


血と泥にまみれた二人。

眉を潜め

深いため息をつく


「……二人とも、今すぐシャワー。着替えたら……香太、龍也に手当てしてもらいなさい。リク、あなたはキッチンに来なさい」


それだけ言うと、春は部屋の奥へ消えた。


――


キッチンに繋がる扉が静かに開く。

優しいスープの香りが満ちる空間。

白い顔をしたリクが入り、止まる。


「……春さん」


小さな声


「ごめんなさい……香太が」


細い肩が微かに震えていた


「……いいから、食べなさい」


テーブルに置かれたスープカップ。

かぼちゃと野菜がたっぷり入った黄金のスープ。


リクは席に着く

しかし、その手は降ろされたまま。

俯き、アッシュブロンドの髪が顔を隠す


春はリクの向かいの席に座る

ブルーグリーンの瞳がリクを静かに見つめる。


「……香太を助けたのは、あなたでしょう?」


細い肩が跳ねる。

春は小さく息をつく


「それだけ。……冷めるわよ?」


リクはゆっくり顔を上げ

スープを一口食べる。


あたたかい……


冷えた指先を、体を温めていく。


「……春さん、香太のはもう少し甘めにね」


「あら、まだ足りないかしら。あの子は甘党だものね。……あなたは、大丈夫そうね。」


「うん……十分」


春は満足そうに目元を緩める


「おかえり、リク。……鴉は、家に戻ればただの小鳥でいいのよ」


フォグ・グレーの瞳が揺れ

小さく頷いた。



リビングを包み込む

温かな空気


今だけは、すべてを忘れさせてくれた







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