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地下の処刑場、泥の中の遺言

第二章 EP.3


1. 鉄錆の匂いと冷たい調合


作戦開始、三十分前……

旧市街の某所


冷たい白色の光

僅かに漂う下水の匂い


深い黒の闇に

溶ける黒のバン


車内の小さなオレンジ

頼りない光の下、リクは最終確認を行なっていた。


タクティカルパーカーの内側

防弾ベストのストラップ

仕込まれた道具と薬品

袖口のメス、ナイフ


動作。

位置。

距離。

ひとつひとつを丁寧に確認する。


横顔にかかるアッシュブロンド

オレンジの光とは対照的に、

その顔だけは妙に白かった。


フォグ・グレーの瞳には

深い霧が立ち込めていた。


「……リク、大丈夫か?」


――手が止まる。


「……大丈夫」


小さな声。


香太はその横顔を少し、見つめる。

触れられない記憶に沈んだ瞳。


「……無理はするなよ?」


その声に返事はない。


ふぅ……と小さく息をつき、リクの目立つ髪を隠すようにパーカーのフードを被せた。

――怪訝そうな瞳がこちらを見る。


「自分でできるよ」


「知ってる。でも、ぼーっとしてるから、忘れてるのかと思った」


「……。忘れないよ」


ずらされた瞳。

小さく吐き出された息。

霧が少しだけ晴れていた。


「はは、だよな」



香太はそれ以上、何も言わなかった。



――



「そろそろ時間だ。忘れ物はないか?」


運転席の茘枝(れいし)から声がかかる。


「問題ない。今日も万全だ」


「……うん。大丈夫」


リクと香太は口元のネックゲイターの位置を微調整する。


「……香太、今回の『黒死蝶ファルファッラ・ネーラ』、吸い込むと一分で肺が融解する。解毒薬(アンチドート)を飲んでるけど、風向きには気を付けて」


「了解」


「あと、このネックゲイターも外に出るまでは外さないで」


真剣な眼差し。


「わかってる。俺の背中から離れるなよ?」


香太はリクの肩に軽く手を置いて、離す。



――探るのではなく、守る。



それが香太の出した答えだった。


「お前を傷一つつかせずに事務所(うち)へ連れ戻すのが、俺の今日の『大事な仕事(任務)』だ」




2. 静寂を切り裂く外科手術



――


【任務内容】

目標:亡国の民を拉致、非人道的人体実験と売買を繰り返していた組織拠点

任務内容:民の救出及び組織の破壊


――



地下五階…


腐敗と下水の混ざった鼻につく強烈な臭い

重く冷たく淀んだ空気

朽ちた鉄の錆の色


鉄格子の檻

何も映さない(まなこ)

生気も絶望もない


通気口から下を静かに見下ろす影


その光景を目にした

瞬間――

空気が凍った。


「   。」


フォグ・グレーの瞳の奥の闇が一段と深く鋭くなった。

フードの下、左耳のピアスにそっと触れる。


「……消去(デリート)開始」


低い声が静かに落ちた。


2つの影が音もなく通気口から梁へ飛び移る

着地と同時に、ディフューザーを起動した。


黒い霧が立ち込める。

水銀灯の光を受け、黒藍の鱗粉が降り注ぐ。


……三、二、一。


一人。また一人。


見張りの男達の咳き込みが響き渡る。


目を見開き、

喉を掻きむしり

泥水に崩れ落ちていく。


零れ落ちた柘榴の結晶は、青白い光に混ざり、

床を妖しく染め上げていった。



――



「なっ……ガスだ!吸いこむ――」


……言葉は続かなかった。


香太は着地直前に愛銃を抜き、男の眉間を貫いた。

耳前の横髪と後ろで低く結ばれた髪が踊る。


「鼠だ!殺れ!」


防毒マスクをした精鋭部隊が銃を構え、香太を捉える。

香太は敵に向き直る。


『香太……右斜め0.5、左1.5、ズレて。……当たらないでね』


インカムから届いた静かな声


『あぁ、ありがとな』


引き金が引かれる。

香太はしなやかに弾を避け、自身も引金を引く。

放たれた銃弾は迷いなく急所を貫いていく。


リクは男達の背後に蝶のように静かに降り立ち、白銀のメスとナイフを閃かせる。


「ガラ空きだよ」


敵が振り返る間もなく

その喉元へ白銀のナイフが吸い込まれる。


前から鉛玉。

後ろからは白銀の刃。

葬送の華は柘榴の結晶を濡らしていく。



青白い光の下、二羽の蝶が舞い踊る




3. 泥の中の安らぎ


水が滴る音と金属の音が響く。

立ち込める鉄の匂い。


香太は檻の鍵を壊し、中で怯える子供達に視線を合わせる。


「……もう大丈夫だから」


その声はとても温かく優しい。

先程の冷徹さの欠片もない。



リクは地下処刑場の壁に背中を預け、一枚の紙を鋭い瞳で見つめていた。


汚れた白い指先に力が入り、紙にシワが寄る。

フードから零れるアッシュブロンド。

その顔は、蒼白に近かった。


記されていたのは、実験内容と

亡国の機密データを狙う顧客の情報。


(……。いつか――)


震える指先。


――それを包み込む、少し大きな手。


ぬくもりに顔を上げる。

見ていられない色を宿した瞳。



「……帰ろう。帰って、温かいお茶でも飲もう。砂糖たくさん入れて、な」


香太の優しい声。

冷え込んだフォグ・グレーの瞳が揺れる。


「……ん」




自分を「人間」に引き留めてくれる香太の体温。

そのぬくもりは

ゆっくり

静かに

伝わっていく。


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