硝子の檻、滅菌された死
第二章 EP.2
1. 二人の歩法
明滅する街灯
水の粒子で満ちる
滲んだ赤灯
閉ざされた搬入口
真夜中の非合法研究所
壁から伸びる大小二つの影
端末を操る白い指先が止まる
「……地下三階、第二実験室」
ぽつりと落ちる声
青白い光と赤灯の光が混ざり合い
フォグ・グレーの瞳が塗り変わる
端末を覗き込む
零れる長い黒髪
「目標はこの非合法な研究所の主任研究員…亡国の機密データを流用している…か」
愛銃のスライドを静かに引く。
排莢動作を確認し、ホルスターに忍ばせる。
丁寧で落ち着いた手つき。
身に染みついた動作だった。
「……空調システム、…ハック完了。『銀の露』作用開始まであと、三十…」
リクは、タクティカルパーカーの内ポケットから、自作の噴霧デバイスを取り出す。
殺菌灯の青い光
アッシュブロンドが透ける。
この世のものではない色を、深くかぶったフードが隠す。
「……時間だ、行くぞ」
「……了解」
香太が奪ったカードキーをかざす。
重厚なセキュリティドアが音もなく開いた。
二つの影が、白一色の廊下へ滑り込んだ。
静かな歩法、
死へ向かう秒針の音。
2. 精密なる解剖
白い世界を切り裂く、鋭い音
けたたましく鳴り響く警報音
薬品と硝煙が混ざる匂い
焦燥の滲む怒号
「侵入者だ! 隔壁を閉鎖しろ!」
前方の防弾ガラスの向こう側、武装した警備員たちが一斉に銃を構えた。
「――撃て!撃つんだ!」
二つの影が落ちる場所。
銃声が滅菌された静寂に響く。
壁が抉れ、破片が飛ぶ。
香太の背後を守るリク。
視界の隅に動く影を見逃さない。
「……左から三、来るよ」
「……おう」
香太は愛銃を流れるように構え
「……右の通気口、任せる」
躊躇なく引き金を引く。
プシュ……
微かな音。
無駄のない速射。
沈む三つの影。
白い通路、小柄な影がひらりと躍り出る。
一斉に向けられる銃口。
引き金の指が動く。
リクはデバイスを空調の吸気口へと滑り込ませ
トリガーを引く。
刹那
――無色透明の霧が、猛毒となって白い空間を満たしていく。
「……っ、なん、だ、この匂いは……花、の……?」
警備員が甘い香りに気づいた時。
――糸の切れた人形のように、次々と床へ崩れ落ちていた。
リクは感情のない瞳で一瞥し、
フードを深く被り直す。
霧を抜け、突撃してきた残党。
リクは袖口から極細のメスとナイフを抜き放つ。
「遅いよ」
声を残し、男たちの視界から消える。
無駄のない、最短距離。
白銀に煌めく刃。
リクは、男たちの喉元や手首の腱を静かに確実に、撫で切っていく。
崩れる姿勢。
死の恐怖に、瞳が見開かれる。
その眉間を、香太の銃が正確に射抜く。
一発、
一発。
ダンスのステップを踏むかのような精密な照準。
硝煙の匂いが満ちていく。
弾切れと同時に、流れるような所作で予備マガジンを叩き込む。
左手でタクティカルナイフを逆手に抜く。
低い位置で結われた長い黒髪が翻り、
背後からリクを狙った敵の急所を、香太のナイフが深々と貫いた。
「……背後は任せろって言っただろ?」
振り返らない華奢な背中。
「……うん。香太がいるから、俺は前だけを見ていられるんだ」
静かに、淡々と紡がれた言葉。
フードの下の瞳に宿るのは、絶対の信頼。
二人の間に言葉は少ない。
リクが撒く「毒」と、香太が放つ「硝煙」。
お互いを傷つけることなく、敵だけを確実に刈り取っていった。
3. 硝子の檻の終焉
薬品と花の香りに包まれた
最奥の実験室。
扉が開く。
白い床。
散らばった研究資料。
砕けた硝子の器具。
そして―――
床に倒れる白衣の男
その側を音もなくすり抜ける二人。
香太はちらりと床の白衣へ視線を落とした。
「……呆気ないな」
「……」
青白い光を灯したままのディスプレイ。
モニターには亡国――真珠王国の技術を盗用し、兵器化しようとしていた研究データが並んでいた。
リクは無表情のまま、静かに端末にウイルスを流し込み、
物理的にもメイン基板をナイフでズタズタに切り裂いた。
(……汚されたものは、消さなきゃいけない)
「……消去完了」
任務完了の合図と共に、二人は崩壊を始める研究所から脱出する。
――
霞む月光
冷たい空気
非常階段の踊り場に二つの影
香太はリクの肩に手を置き、少しだけ乱れたアッシュブロンドの髪を丁寧に整える。
「お疲れ、今日もありがとな、相棒!」
「……ん。香太もありがとう。」
リクの瞳が一瞬、香太を捉える。
すぐに伏せられるフォグ・グレーの瞳。
「さて、帰るか。今日はホットサンドって聞いたぞ」
「……いいね」
先を歩く香太。
リクは、その背中を静かに数秒見つめ、
濃紺の空を見上げる。
気づかれないように、
深く息を吸い
――ゆっくり吐く。
少しだけ、目を閉じた
フードの下のアッシュブロンドが歩みに合わせて揺れていた。




