嵐の夜の襲撃
第一章 EP.2
窓を激しく叩く雨粒。
雷鳴が鳴り響く、ある日の深夜。
突如、ICUのナースステーションに警報が鳴り響いた。
警報の鳴る部屋へ、医師たちが駆けつけた時、
そこに男の子の姿はなかった。
ジリリリリ………
電話が鳴った。
病院からだった。
一人で動けないはずの男の子が、――消えた。
「連れ去られたんだ……! まだあんな状態なのに!」
弾かれるように雷雨の現場へ向かう。
病院の警備を潜り抜けられるルートを逆算し、雨が叩きつける屋上へと辿り着く。
勢いよく扉を開け放つ。
そこで見たのは、最悪の光景だった。
まるで荷物を扱うかのように、男の子の灯を断ち切らんとする黒い服の男。
男の瞳には、ただ、感情のない冷たい殺意が宿っていた。
「てめぇ……!!」
思考よりも先に、体が動いた。
激しい雨を蹴り、十歳の小柄さを生かし男の懐へ飛び込む。
渾身の力を込めた拳が、男の顔面を真下から捉えた。
衝撃で男の手が緩み、男の子の体がアッシュブロンドの髪を散らしながらふわりと宙に浮く。
「っ、危ねえ!」
地面に叩きつけられる寸前。
駆けつけた茘枝が、その紙のように軽い体を抱きとめる。
男は忌々しげに香太と茘枝を睨みつけ、身を翻す。
「おい…待て……っ!」
手を伸ばすが、空を掠めた
男は雨の闇の中へ消えていった。
――
茘枝は抱きとめた男の子を、雨のない場所へ運びこんだ。
安堵の時間は一秒もなかった。
俺たちはただ見ていることしか出来なかった。
(――死ぬな…この子を助けてくれ…)
握りしめた拳が恐怖で震えていた。
――
助けだした男の子は息をしていなかった。
抱き上げられた男の子の顔色はすでに土気色に変色し、雨に打たれた体は氷のように冷たかった。
「……心肺停止っ!応援呼んで!……早く!」
「ストレッチャー、急いで!」
駆けつけた看護師の鋭い叫びが、雨音を切り裂いて屋上に響く。
「先生、ストレッチャー来ました!」
「――蘇生開始する!屋上から降ろすぞ…。君、挿管準備して。それから、アンビュー持ってきて!」
医師の怒号が飛ぶ。
ストレッチャーが激しく揺れながらエレベーターへと滑り込む。
十一歳の龍也は、弾かれたようにその横に食らいついた。
まだ子供の体格ではストレッチャーを押すのが精一杯だが、その目は一点、男の子の胸元だけを見つめていた。
「心電図は!?」
「……崩れてます!」
「くそっ…!圧迫を継続!」
「おい、アドレナリン、急げ!……頑張れよ、少年!」
医師の体重を乗せた掌が、規則正しく男の子の胸を厚く圧迫する。
絶え間ない重いリズムに、男の子の細い体は力なく揺れていた。
(動け……動け……!お願いだ……)
龍也は歯を食いしばり、ストレッチャーを押す手に力を込めた。
医師の額から滴り落ちる汗が、男の子の頬を濡らした雨と混ざり合う。
屋上に雨の音だけが置いていかれる。
――
背後では、香太が血の気が引いた顔で、自らの濡れた長い髪をかきむしりながら、一心に祈り続けていた。
(神様、どうか……助けてください。まだこの子の声も聞いてない、笑った顔も見てないんだ……!)
薄暗く、冷たい長い廊下。
蛍光灯の光が瞬く中、絶え間なくリズムを刻まれ続ける男の子の姿は、
あまりに小さく、今にも消えてしまいそうなほど脆かった。
「オペ室入ります! 家族はここまで!」
看護師の手に遮られ、重い扉が閉まる。
命をつなぐ音は扉の向こうに切り離された。
その瞬間、香太と龍也、茘枝の視界から、繋ぎ止めるべき命の姿が消えた。
立ち尽くす三人。
どうか、
助けて
誰だろうと関係ない
――ただ、消えないでくれ
俺たちは一心に願った。
三人の荒い呼吸だけが、虚しく廊下に消えていった。




