第79話 『偏差撃ち』と『置きエイム』
「いやはや、さすがはハル殿の弟君だ!【弓士】でありながら近接戦闘であそこまで戦えるとは!」
「……すげぇよアンタ!!俺も【弓士】だけど、近接戦なんてあそこまで戦えたもんじゃない!!」
「……あ、ありがとうございます……ふ、普段から兄を相手に鍛えてましたから……」
「いやぁ、それでもあそこまで的確に攻撃出来るとは……」
「ホントだぜ……【弓士】で近接戦なんてやる必要無いって思ってたからな……」
模擬戦が終わり、ナツは軍人さんたちから賞賛を受けていた。
『……どうだエリオ。ナツの戦い方。』
『………凄い………凄かった………』
『だろ?アイツはさ、自分で今の戦い方を見つけたんだ。俺に何度ボコボコにされても、アイツは歯を食いしばって立ち向かったんだぜ。』
『……そうだったのか……』
俺から言うのはここまでにしておこう。
あの模擬戦を見てエリオが何か掴めたのならそれでいい。
間違えたとしても、間違えたと気付くことも大事だ。
「おいテメェ。ナツとか言ったか。今度は俺とやろうや。」
「んえ!!?アーサー!!?」
アーサーがナツとの手合わせを申し出たが、咄嗟に俺はナツとアーサーの間に入った。
「アーサー!お前とじゃまだナツは敵わないって!そ、それに……」
「あぁ!?手加減しろってんだろ?わぁってるっつうの。」
「……ででで、でも……ナツにもしもの事があったらさ……」
「……兄さん……僕は子供じゃないんだから。手合わせ、宜しくお願いします、アーサーさん。」
ナツは俺を押しのけた。
……そ、そんな……!!
ナツが……可愛いナツが……!!
アーサーのやつ!!分かってんだろうな!!
ナツにケガでもさせたら……!!
「……あなた、意外と過保護なのね。信じなさいよ、アーサーを。」
そう言ってアリシアは俺を窘めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ナツとアーサーの模擬戦は無事に終了した。
………ってかさ、アーサーのやつ、マジで手加減してくれてるじゃん。
まあ、分かっちゃいたけどさ。
実際手加減してくれてるのを見て安心したよ……
それに、ナツにとってはいい経験になっただろう。
普段俺としか手合わせしてなかったんだ。
そこへ今まで手合わせしたことない相手との模擬戦だ。
俺のクセなら知っていても、アーサーのクセまで分かりっこない。
そんな初見の相手でも立ち向かえるのか、どこまで通ずるのか。
それを推し量れただろう。
「……兄さんより間合いの詰め方が早い……」
模擬戦が終わり、肩で息をしながらナツが言った。
「お前、なかなか面白ぇ攻撃してきやがるな。荒削りだが、実践でのみ鍛えてきただけはありやがる。」
あのアーサーが褒めたぞ。
「……ありがとうございます。アーサーさんの攻撃……多種多彩で対応するのに一苦労しました……」
「ったりめーだ。」
「……あの……不躾なんですが……何かアドバイスがありますか?」
「……そうだな……弓つっつのは引く強さだろ。どんな体勢でも強く引けるよう体幹でも鍛えりゃあいいんじゃねぇのか?」
「……なるほど……ありがとうございます!!」
……アーサー、アドバイスがざっくりとしてるなぁ……
にしても、ナツがアドバイスを求めるなんて少し嫉妬だぞ!
兄というこの俺を差し置いて!!
……ゴホン。
取り乱した。
アーサーのアドバイスは的を得ている気がする。
今までナツの弓術を見てきたけど、アイツは無駄な攻撃はしないが、無理な体勢からでも撃つ、みたいなことはしない。
なぜなら威力が死ぬからだ。
……いや、待てよ。
アキとトーヤなら……弓をあんな風やこんな風に……
………………
ふむ、出来そうだぞ!
『……おい……』
これでナツもさらなるパワーアップが見込めるってもんだ!
『………おい………』
いやはや、楽しみだ!
ナツに新たな力……科学が融合すれば、アイツはもっと強くなれる!
『おい!聞いてるのか!ハル!』
「んえ?」
振り返るとエリオが少し怒った表情で俺を睨んでいた。
というか、今俺の名を呼んだ?
『今度は僕と手合わせしろ!』
『……え……あぁ、いいけど……』
という訳でエリオとの手合わせを開始させた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ハル氏よ、お待たせしましたぞ。これぞナツ氏の新たなる力、科学の弓ですぞ!」
あれから1週間後、ついにナツの新たな弓が完成した。
「けけ、結構調整が難しかったよ!ででで、でも、上手く作れたと思うんだ!」
「ほほう。」
「……これが……僕の新しい弓……?」
アキとトーヤによって作られたもの。
それはコンパウンドボウと呼ばれる弓だ。
弓の両端に滑車がついており、それにより威力が増大する。
この滑車は威力を増大させるだけではない。
ナツは実際に弓矢を番えた時、異変をすぐに感じ取った。
「……なにこれ……急に軽く……!?」
「それがコンパウンドボウの最大の利点ですな。偏心滑車によって弓を引ききってしまいさえすれば、テコの原理によって弱い力で保持する事が出来るのです。」
「……偏心滑車に……テコの原理……?……なんかよく分からないんですけど………」
偏心滑車とは、滑車の重心が中心に無いことだ。
そもそもコンパウンドボウに使用される偏心滑車は綺麗な円形では無い。
なぜそうしているかというと、今度はそこにテコの原理を利用するからだ。
支点・力点・作用点。
力点というのは支点から離れれば離れるほど弱い力で作用点を動かせる。
このテコの原理が偏心滑車に組み込まれているのだ。
偏心滑車のとある地点から力点が支点から離れるために、引ききってしまえば弱い力で保持できる、という仕組みだ。
……と偉そうに説明したけど、これは1週間前にアキによって説明されたことそのまんまだが。
ただし、このコンパウンドボウはそれだけじゃない。
滑車を保護する形で刃が備え付けられている。
矢が無くなった場合に備え、最悪その刃で敵を倒せるようにしてあるのだ。
ナツはコンパウンドボウを引き絞り、的へと狙いを定めて射出する。
そうして、今度はその威力に驚いていた。
「……な…なんだこの弓は………威力が……桁違い……!?」
「左様。通常の弓に比べて3倍ほど威力が増しておるでしょうな。ナツ氏に無理が無ければ、更に張力を増す事も出来ますぞ。」
アキはそう言うと、小型の六角レンチを取り出し、弦の張力を調整して見せた。
そうして再度ナツが引き、実際に張力が強まっていることを確認させた。
「……この……長い棒?これはなんなんです?」
「それはスタビライザーと言うものですな。弓の平行バランスを安定させるだけでなく、矢を放った際に発生する弓の振動を吸収してくれるものです。」
「……では、これが無いと、安定させづらいって事ですよね?」
「そうでしょうな。近接戦で邪魔になるというのであれば外しても構わんでしょう。」
「……なるほど……ありがとうございます。……でも、本当にいただいても……?」
「勿論ですぞ。」
「い、いつもハルに世話になってるからね!」
「遅れたけど俺たちからの入学祝いだ。」
「……あ、ありがとうございます…!!」
ナツはよほど気に入ったのか、訓練所でもコンパウンドボウを持ってきては練習していた。
その威力や精度の良さを見た軍人さんから色々と聞かれていた。
お陰で「自分らにも作ってくれ」と懇願されたが、アルバート隊長が諌めてくれた。
それはそうと、エリオの近接戦の成長が目覚しい。
ナツとの模擬戦を見て、何かしら得たものがあったということだろう。
俺の動きをよく観察し、時には予測して魔術を撃ち込んでくるほどに成長した。
相変わらず模擬戦では勝てないにしろ、多分そんじょそこらのモンスター相手であれば文句なく勝てるだろうな。
『……またハルに当てられなかった……』
『そう悲観するなって。前よりも大分と良くなってるぞ?』
『ねえエリオ。魔術を撃つ際に必ず詠唱をしているわよね?』
『…え…はい、そうですけど……』
『その詠唱、省略したりは出来ないのかしら?』
『……省略……ですか……考えてはいるんですが……』
エリオ曰く、魔術には詠唱が必須であるらしい。
言葉として発するからこそ、精霊が力を貸す。
エルフ族の間ではそう教わっているのだとか。
言霊に近いものなのか。
『…よし、エリオ。』
俺に声をかけられてエリオが向き直る。
『そろそろ次のステップに行くべきだと思ってな。』
『……次のステップ……?』
『そうだ。エリオは動いてる対象に魔術を当てようとした時、少しばかり目で追いすぎてる。』
『………目で……追いすぎてる……?どういう意味?』
例えば右から左へと動いてる対象がいたとする。
エリオの場合、この対象へと魔術を当てようとする際は左に動いてる対象と一緒に照準も左へと追従するように移動している。
これじゃあ当てられない。
俺がエリオに教えたのはFPSでの基本、『偏差撃ち』だ。
射撃と着弾にはタイムラグがある。
動いてる対象は射撃時にはそこにいても、着弾時にはそこにはいない。
移動速度・相手との距離・着弾までの時間を即座に計算し、動いている相手の少し未来の位置に向かって射撃する。
これが『偏差撃ち』だ。
そしてもう1つが『置きエイム』。
相手が攻撃してくるなら必ずここを通る。
そういう場所に予め狙いを定め、いつでも撃てるように構えておくことだ。
が、これをそのまんまエリオにやれというわけじゃない。
俺が伝えたいのは、『相手を誘導する』ということだ。
地形によっては足場の悪い場所や動きを制限される場所がある。
そういう場所に相手を誘い込むわけだ。
さらに今ではエリオは左手でも魔術を撃てる。
空いた方の手で魔術をスタンバイさせ、『置きエイム』しておくってわけだ。
『……な……なるほど………それで当てられなかったっていうことか………』
「……凄いわねハル……本当によく見てる……」
「い、いやいや、俺もゲームで培った技術だしさ!」
「だから、『よく見てる』って感心したのよ。その知識を知っているのも凄いことだけど、本当に凄いのはエリオがどうして当てられないのかというのを、エリオの視点で考えられるからよ。」
「……そ……そうかな……ハハハ……」
……すっげえ褒めてくれた!!
舞い上がっちゃうっての!!
……ん?
な、なんか、アリシアに褒められてる俺をエリオが恨めしそうな目で睨んでる……気がする。
……ま、まあいい。
それからはエリオの『偏差撃ち』と、誘い込みからの『置きエイム』の特訓を行った。
遠距離攻撃を持っているのなら視野をとにかく広く持つ。
ゲームでスナイパーライフルを持っているとどうしてもスコープを覗きすぎて周りが見えてないってこともザラにあるものだ。
そして着弾までの時間を体に染み込ませる。
魔術とは言え質量があるようで、重力の影響により下へと引き寄せられるのも計算に入れる。
この『偏差撃ち』は「計算する」と言ったものの、実際は慣れだ。
どのくらいの速度で魔術が飛ぶのか、どのくらい落ちるのかを体に染み込ませてゆく。
そしてお次は誘い込みからの『置きエイム』。
先程視野をとにかく広く持つ、というのは単に視野を広く持っていればいいってだけじゃない。
足場の悪い場所・四方の内どこかしらが塞がれるような場所・死角。
そういった場所を見定め、魔術を当てるに適した場所を探す。
これらの特訓だ。
最初こそなかなか当てられなかったエリオだったが、何度も何度も練習しているうちにようやくコツが掴めたらしく、当て感が良くなっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして新学年からあっという間に1ヶ月が経過した。
『だいぶ上手くなったなエリオ。これなら実践でもバンバン当てられるぜ。』
『……まだハルには当てられないけど。』
『いやぁでもさっきのはちょっと掠ったんだぜ……ほらここ。』
そう言ってエリオに袖を見せた。
そこには確かに魔術を掠めた形跡があり、少しばかり焦げている。
それでもエリオは少しばかり不満げだった。
『掠めたって意味はない。当てられてないし。』
『そりゃあ魔術が飛んでくるって分かってんだから動きにめちゃくちゃ緩急付けまくってるからな。それでもそういう相手の動きの見極め、かなり上達してるぞ。』
贔屓目無しにしてもエリオならそんじょそこらの魔物相手なら簡単に打ち取れるだろう。
問題は、それが闇ギルド相手にした時にどこまで通用するか、だ。
だけど、現時点では今のエリオじゃあ闇ギルドには勝てないだろう。
こういう時に実戦が組めればいいんだけど。
そんな俺の思いが通じたのか、この国を襲撃してくる輩が現れることを、この時の俺は思いも寄らなかった。




