第76話 オリエンスの死闘
月日が経ち、いよいよ新学年が始まる。
ついに俺達もセント・クラークの2年生ということだ。
新1年生には当然ナツの姿もある。
この1年でナツはメキメキと力をつけ、1年生の中で唯一の特待生として迎え入れられたというわけだ。
いやぁ、自慢の弟を持って兄として嬉しい限りだ。
それから、元4クラスについては2クラスと統合された。
と言っても生徒が2人だけしか残っていなかったんだけどな。
各クラスでは2年次に多少人数が減っていた。
成績が足りなかったり自主退学だったり。
俺たち1クラスは誰一人として欠けることなく2年生を迎えられた。
あと、闇ギルドについてだ。
あの襲撃以降、特に目立った動きは無い様子だ。
俺もAxelとRexを用いて街を巡回しているものの、そういった輩がいる気配は感じなかった。
というのは表向きだ。
アリシアに聞いたところ、ヴァレンティアより西に位置するエグトマという街にて不審な3人組の集団が入国してきたらしい。
すぐさま軍が調査に向かったものの、その不審な集団の足取りを掴むことは出来なかった。
先日の闇ギルドの件もあり、軍はエグトマにて警備を強化させた。
それにより、いくらか小規模の闇ギルドの摘発が成された。
しかしながら、彼らはあの襲撃に関与していた連中については何も知らない様子のようだと。
それに、エグトマにて確認した不審な集団とは目撃証言とも不一致だった。
というのがこれまでの情報だ。
もしも奴らがすでにエルミール領に来ているのなら……いや、すでに来ていると思って警戒するに越したことは無いな。
それはそれとして、本日は久しぶりに女神様とのデートだ!!
「もう来てたのねハル。待たせちゃったかしら?」
「い、いやいや!俺も今来たとこ!」
嘘です。
1時間前から来てます。
にしても、やっぱり女神様はお美しい。
今日のデートプランは……と。
まずは街のイベントの春祭りを見に行って……食事して……それから演劇を見に行って……
うん、完璧なはずだ!
3日前くらいから入念に計画していたからな!
「じ、じゃあ、行こっか!」
「えぇ。」
春祭りのイベント会場はここからそう遠くは無い。
去年もイベントは行われていたらしいけど、去年の俺には無関係なイベントだとスルーしてた。
だってさ、そういうイベントは決まってカップルやら家族やら……所謂リア充たちでいっぱいだって勝手に思い込んでたから。
イベント会場が近づくにつれ、人も多くなってきた。
その時、ふと女神様が俺の手を握った。
「……逸れると大変でしょ……」
「……あ……あぁ、うん!そ、そうだな!」
……全く……
こういう時は男の俺が率先して手を握らんといかんだろう!!
我ながら情けない……!!
人混みをかき分けて進んでいくと、イベント会場には多数の出店が立ち並んでいた。
このイベントは、本来は厳しい冬を乗り越え訪れた春を祝うためのイベントだった。
しかしながら時代と共に姿を変え、今では各自様々な料理を出店にて振る舞うイベントとなっている。
ジューシーな肉を野菜と共にパンに包んで出される料理。
秘伝のタレに漬け込んで焼かれた串焼き。
ミンチ肉を油でカラッと揚げた料理。
日本でも見た事のある料理ではあるが、この世界ではまだ認知度の低い料理が立ち並ぶ。
「……あ、ハル。見て。ハルの好きな唐揚げがあるわ。」
「……お……ホントだ……!買ってみよっか!」
お金を払って唐揚げを受け取る。
見た目はカリカリに揚がっており、香草を練り込んでいるのか香りに彩りを感じる。
そして一口。
サクサクとした食感に続いて中から鶏肉のジューシーな油が滲み出る。
次いで香草の香りが口の中に広がった。
「……うまっ……!!アリシアも食べてみて!」
「いただくわ………ん……美味しい……!」
「……この香草……?……がいい味してる……寮の食堂でも採用してくれないかな……」
「さすがにそれだけの手間暇は掛けられないんじゃない?」
「……んん……毎日でも食いてぇ……」
「ハハッ!兄ちゃんも姉ちゃんもウチの唐揚げを気に入ってくれたんか!」
威勢のいい大将が俺たちに語りかけた。
「めっちゃ上手いっすよ、これ!」
「そうだろ!……にしても兄ちゃん、どえらい別嬪さん連れてるじゃねぇか!なかなかやるねぇ!」
褒められたアリシアは少しばかり照れくさそうだった。
「……いやぁ……ホント……俺には勿体なすぎます……」
と、ついつい言葉に出てしまった。
まあ、本音だけど。
その後も色んな店を回った。
アリシアは色んな表情を見せてくれる。
美味しい料理を食べてご満悦な表情。
あまり口に合わなくて苦そうな表情。
それでも、俺と目が合った時は優しい笑顔。
……あぁ……幸せだ………
「スリだ!!誰かそいつを!!」
……ん?スリ?
近くで誰かが叫ぶ。
驚いて目をやると明らかにスリと思しき男が人混みを押しのけて逃げてゆく背中が見えた。
……まあ、これだけ人が多いとそういう輩も出てくるか。
……と、呑気に感想を述べているには理由がある。
逃げゆくスリの男の前に突如何者かが立ち塞がった。
「……あ、あなたはっ!!」
「ま、まさか……!!」
「黒衣の騎士……!!?」
そう。
『転写』させてあったAxelだ。
俺たちのデートに邪魔が入らないよう、見守ってくれている。
黒衣の騎士はスリを手刀で一撃でノし、奪われた財布を持ち主に返すと颯爽と立ち去って行った。
その瞬間、場内が拍手喝采で沸いた。
何も言わず、礼も受け取らずに立ち去る背中、我ながらかっけぇ…!!
「……まさか、私たちのために近くに?」
……と、アリシアには見抜かれていた。
「……まぁ……王女様だしさ……この前の襲撃もあったわけだし……これだけ人が多いとさ。」
「……心配性ね。私だって一緒に鍛えてるんだから少しは戦えるのに。」
「…ま、まあ、それは分かってるけどさ…」
「……魔力……大丈夫なの?」
「…え……あ、あぁ、うん。大丈夫だよ。」
「……無茶はしないでね。」
『転写』の活動限界時間については未知数だ。
ちょっと前に『転写』しっぱなしで忘れてた時、わざわざ窓からAxelが現れて教えてくれた。
その時にメモ書きを渡され、『忘れられるってかなり辛いんだぜ?知ってる?忘れられる辛さを。』って説教された。
……まぁ、いくら俺とは言えずっとAxelに『転写』されたまんま放ったらかしってのは酷いよな……と猛省した。
とはいえ、その時はほぼ丸一日中『転写』しっぱなしだったけど、それでも魔力切れを起こす気配は無かった。
その気になれば丸一日どころか丸三日くらいはいけそうではある。
「……あ!ハルお兄ちゃんだー!!」
と朗らかな声がしたかと思うとシエルが抱きついてきた。
「…シエル!?……ってことは……」
「ハル様!ごきげんようございますわ!……それと……そちらは……アリシア様で……?」
「えぇそうよ。こんにちわ。」
「あ!ホントだ!アリシアお姉ちゃんだ!」
「……こんな所で会うなんて……2人もこの春祭りを?」
「はい!美味しそうな匂いがいくつもありましたので……ね?」
いや、ね?って言われてもな。
「……そういえば、ステラはエリオの件で呼ばれていたわよね。その後はどう?」
アリシアが言ったように、闇ギルドの襲撃のきっかけとなった例のエルフ族エリオ。
彼の通訳としてステラは付きっきりだった。
「……その件に関してですが……皆さまに……というか、ハル様の手をお借りするかもしれませんわ。」
「……ん?どゆこと?」
「詳しくはまだ口外してはならないとの事ですので私の口からは申し上げる訳にはいきませんの……何卒、ご理解の程を……」
「……まさか、ハルの手を借りるってことは闇ギルドの討伐にハルを駆り出そうってことかしら?」
「……それは……私の口からは……」
……それ、もう肯定してるのと同じじゃん。
「……そんな……お父様に直訴しないと……!!」
「……アリシア……」
「闇ギルドの件は、軍で対応すべき案件よ。それを学生に……ハルに頼ろうだなんて……!」
「……アリシア、まだそうと決まった訳じゃ無いしさ……」
「……そうかもしれないけど……似たようなものよ。エルミール国は、黒衣の騎士の……ハルの力に頼ろうとしてるのよ。」
……かもしれないな。
少し前にあったアリシア誘拐事件の時、俺とステラで解決した。
闇ギルドの足取りが不明だけど、あいつらに対抗するためには力が要る。
軍内部でどう判断に至ったのかは知らないが、あの襲撃を生き残れたのは俺の力だと思っているかもしれない。
しかも、闇ギルドの人間3人を相手にだ。
……まあ、正しくはあの場には俺の他にアーサーとロータス、リュゼも戦ってたけど。
「……隠していても仕方ありませんわね……ここでは人が多すぎますので、どこか人のいない所でお話できますでしょうか?」
ステラは隠し切れないと判断してか、俺たちを人気のない場所へと案内した。
「……では、エリオの件ですが……」
ステラの口から顛末が聞かされた。
エリオの村を襲撃し、他のエルフ族を連れ去った闇ギルド。
当然、彼らが単にエルフ狩りのために動いていた訳ではなく、その裏には闇ギルドにエルフ狩りを依頼した何者かがいる。
エルフ狩りの目的は、エルフを奴隷にすること。
エルミール王国では奴隷は厳罰に処されるが、他国ではまだ奴隷制度を黙認している。
なので、この度エルミール軍はそういった諸外国への調査、及び、偵察を計画している。
その調査団に、黒衣の騎士を、という話になったそうだ。
「……私も反対を申し上げたのです……ハル様がそんな遠くの地に行かされるなどと……」
……うーん。
なんか反対意見として少し私情が挟まってる気がする。
「……そこで、私めも名乗り出たのです。ハル様に付いて行けるように、と。」
「……なるほど。」
アリシアは少しばかり黙考していた。
……まあ、ステラが付いてくれるってのは有難いっちゃ有難い。
いざとなれば龍形態になって空を飛び回れるわけだし。
……いや、確か闇ギルドの中に【弓士】がいたよな。
俺の剣戟を弾くために射られた矢。
あの矢のせいでジンネマンを討ち損じた。
あの時の俺はオーバードライブ状態だったにも関わらず、正確無比に剣戟を弾いて逸らした。
あんな芸当が出来るやつが闇ギルドにいる。
……つまりは、空が必ずしも安全という訳では無い。
「……なら、私も行くわ。」
「んえ!?ア、アリシアも!!?」
「……私じゃ足手まといかしら?」
「…い、いや……そういう訳じゃ無くって……危険だよ?」
「危険っていうならハルも同じよ。」
「……で、でも俺はさ……【人形師】で万が一やられても平気だし……」
「向こうはハルが【人形師】なのを知っているのよ。その対抗手段も。」
対抗手段。
それは術師の俺本体を殺せばいい。
あの時はアキやトーヤ、それにアリシアが俺本体を守ってくれていた。
だからこそ奴らは容易に俺本体に近づかなかった。
……いや……
待てよ。
あの時、なぜ俺本体を狙わなかったんだ?
奴らの実力があれば、その3人を相手にしながらでも俺本体を攻撃する実力があったはず。
「……なあアリシア……あの襲撃の時、奴らはどうして俺本体を狙わなかったと思う?」
「……彼らは【人形師】の知人がいる。おそらく、そのスキルについても熟知しているハズよ。」
「……あぁ、そうだな。」
「もしハルがこの先、敵として現れた【人形師】が、1体のみの人形を操っていたとしたら?」
「……1体のみの人形を……?」
しばらく考えたが、答えはすぐに出た。
「……【人形師】のスキルには、熟練度によって複数の人形を操れる……だから……」
「その通り。彼らはおそらく、その点も考慮してハル本体を敢えて狙わなかったのかもしれないわね。どこかに伏兵が待ち構えているかもしれない、と。当然、ハルの操る人形が存外に強かったっていうのもあるだろうけど。」
………なるほど。それでか。
合点がいく。
となれば、もしも次に闇ギルドに会うことがあれば、今度こそ万全の状態で俺たちと対峙することになる。
向こうは、俺の熟練度についてもある程度認識しているはずだ。
「ねぇ、ハル。もしも私が危険を冒して何かしようとした時、ハルは黙って見ていられる?」
「…そんなの見てられないに決まって……」
「私も同じよ。」
……だよな。
「……分かった。どうせなら、アーサーとロータスにも来てもらおう。あの2人がいればさらに心強い。」
「……そうね。アーサーはともかく、ロータスが来てくれるのかどうかだけど。」
「……うーーん……実力は確かだけど……あいつ、家の事とかも色々あるもんなぁ……」
「それで。実際に調査に向かうのはいつ頃に?」
「ハル様のご都合を考えて、夏休み中に向かわれる、とお聞きしておりますわ。」
「……夏休みか……それまでにやれる事をやらないとだな。」
「ステラ、ありがとう。教えてくれて。」
「滅相もございませんわ。いずれ話さねばならない事案ですもの。」
「それでも、ありがとう。」
アリシアは頭を下げ、俺も続いた。
「んねー、お話終わったー?シーね、プリン食べたい!」
「あらあら、この子ったら。」
「……あ……俺たちも!えーっと時間は……げっ!もうこんな時間に!!」
気付くと時刻は昼を回っていた。
入念に下調べして予約したお店、時間が過ぎてる!
「あら、ハル様。せっかくこうしてお会い出来たのに……」
「き、今日はアリシアと……デ、デートだから…!ステラ、また学校で!シエルもまたね!」
「えー!ハルお兄ちゃん……もうどっかに行っちゃうのー?」
「そゆこと!また今度な!」
悲しげな表情を浮かべる2人に後ろ髪を引かれつつも、俺はアリシアとのデートを再開した。
予約したお店に関しては完全に時間切れとなり、敢え無く満席のために入店出来ずだった。
仕方なく別のお店で……と探したものの、結果は惨敗。
………まあ、空くまで待てばいいんだけどさ。
それだと演劇が間に合わないんだ……
「私は春祭りでたくさん食べたから大丈夫よ。」
とフォローしてくれた。
結局そのまま演劇を見に行く事に。
会場は満員だった。
今回行われる演劇は、以前学校の対抗祭の時に5クラスがやった演目と同じで、題名を『オリエンスの死闘』。
戦争で傷ついた仲間のために孤軍奮闘する兵士の物語だ。
こういった本格的な劇を見るのは初めてだ。
早速開演すると場内から拍手が起こり、俺も倣って拍手する。
最初こそは5クラスがやった演劇の本格バージョンかな?って程度だったけど、演劇が進むにつれてどんどんと惹き込まれていった。
仲間がどんどん傷ついてゆくにつれ、主人公の葛藤が描かれる。
国のため、正義のためだなんだと戦う理由はあれども、そうして手に入れた勝利の先に、互いに喜び合う友がどれほどいるのか。
大義のために命を捧げるのは崇高なことだが、そうして遺された者の悲しみは何処へゆくのか。
1人、また1人と倒れてゆく仲間の屍を、この先どれ程目にしなければならないのか。
このまま戦争が続けば、いつの日か自分も仲間と同じくただ横たわるだけの屍に変わり果てる。
共に笑い、共に泣いた友はもういない。
そんな主人公の葛藤や絶望。
苦しみ。
迫真の演技で会場から啜り泣く声が聞こえ、気付けば俺自身も涙を流していた。
その時、アリシアが軽く俺に凭れかかり、肩に頭を乗せた。
……めちゃくちゃ嬉しい……ってかいつものアリシアらしくない……
横目でアリシアを見つめると、アリシアも涙を浮かべていた。
そして、小さな声で。
「……ハルは………死なないでね……」
確かにそう聞こえた。
日本では、戦争なんて遠い国でやってた事だ。
そりゃあ昔は日本も戦争をしてたけど。
でも、ほとんどの日本人は戦争を知らない。
戦争の悲惨さは分かっているようで、本当は何も分かっていないんだろう。
この世界では、命は簡単に消し飛ぶ。
命の値段が、地球よりも遥かに安い。
もしも俺の目の前で仲間や家族が死んだ時、俺はそれに耐えられるだろうか。
いや、目の前でなくとも。
自分になにか出来たはずだと、後悔するんじゃないだろうか。
もしもアキやトーヤ……それに、アリシアが死んでしまったら………
………耐えられない。
耐えられるはずがない。
力を付けた気になっていても、それでもどうしようもない敵が現れたら?
………もしも……戦いを避けられるのなら避けて欲しい。
どれだけ力があろうとも、だ。
………………
俺はアリシアの肩にそっと手を回した。
キザだとかなんだとか、笑いたきゃ笑え。
「……大丈夫だよアリシア。俺は必ず、アリシアや皆の元へ帰るって約束する。俺がアリシアたちを守るなんて傲慢な事は言わない。皆で乗り越えて、皆で帰ろう。」
「……約束よ。」
俺たちはそう言って互いに見つめ合い、口付けを交わした。




